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SS7話 ロメリアの花言葉《後編》

 その日から僕は数々の戦場に立ち、その中で獅子奮迅の活躍をしてきた。斬って斬って、斬りまくった。一体どれだけの数を殺したかわからない。最初は触れるたび温かかった血はいつの間にか冷たいものになっていた。食事も、睡眠もどうでもいい。僕はもっと殺したかった。なんせ食べ物は全部冷たいし、布団に入っても寒すぎて震える。でも、剣を握って人を斬る時のあの高揚感だけが僕を温めてくれた。


 でもそれもいつか無くなっていた。幾多の戦場に立つにつれて僕の殺しは作業になってきた。感情無く斬り殺し、冷たい血を浴びる。そんなの、温かくない。僕は“暖かさ”に飢えていた。熱々のスープを一気飲みしても喉は凍るように冷たかったし、夏だと言うのに、砂漠が近いと言うのに夜は寒すぎて眠れない。


『……ねえ、君は暖かい?』


『はっ! えっと、、、むしろ暑いくらいです』


 その当時、僕はひとつの隊を任されるほどになっていた。あの時事後処理してた情けない主力部隊を今や僕が率いている。まあそうなっても僕は部下とか気にせず単身突っ込んでただ斬るだけなんだけど。そんな僕に急に声をかけられてその若い兵士は戸惑っているみたいだった。若い、って言っても僕よりは年上、20代なんだろうけど。


『剣勇様は寒いのですか......? 僭越ながら砂漠におけるその格好、ずっと不思議に思っておりました』


 僕は完全防寒だった。確かに、周りのものは結構薄着だな。僕だけがこんなに厚着を......って別にそんな事はいい。暖かさに飢えた僕は答えを探していた。


『君にとって“暖かいもの”ってなに?』


『……やはり食事、でしょうか。暑くてもそれを食べたくなります』


 チッ、使えない答えだ。僕にとって食事なんて腹を満たすだけの苦行、食べなきゃ死ぬから食べてるけどあんな冷たいものを好き好んで食うコイツらの気が知れない。


『で、ではやはり達成感とかでしょうか。自分も戦争に勝てばワクワクして暖かくなることが、、、』


『……もういい。使えないな、本当に』


 僕の不満を感じたか、慌てて次の答えを出す若い兵士を見限る。やはりコイツらと僕とでは住む世界が違う。戦場における高揚感は勝利の美酒としてではなく人を殺す快感だろうが。するとその時、落胆した僕に隊の中ではだいぶ年上の兵士が進言してきた。


『……自分にとって暖かいものはやはり“家族”ですな』


『――家族、、、それは、、、』


 僕に家族は居ない。親の顔なんて知らないし、物心ついたときからスラム街で他のガキと大人相手に闘争していたぐらいだ。だからその言葉には不思議な魅力があった。新鮮で、暖かいものを感じる。


『いやぁ、さすが兵長! 家族持ちは言いますな〜』


 若い男がホッとした表情でなにか言っているが僕はそれを無視して年上の兵士に尋ねる。


『お前には家庭があるのか?』


『はい。故郷の村に妻と二人の子供がおります。帰ってきた自分に言ってくれる“おかえり”、駆け寄ってハグしてくれる子供の体温。あそこにいる時、自分は“暖かい”と感じます』


 そう言って思い出したように微笑むそいつに僕は新しい世界を見た気がした。家庭や家族......それが本当に暖かいものなら僕は――僕はそれが欲しい。


『――帰る。探しものをしているんだ』


 ザワッとするキャラバンを無視して僕は隊を離れた。初めての命令違反、戦場からの離脱。でもそれで良かった。僕はこの寒さを何とかしてくれるかも知れない“家族”を探すんだ。あわよくば作る。自分だけの帰る場所、暖かな環境を。


 こうして砂漠を彷徨うこと数日、数週間、数ヶ月と時間が過ぎていった。ただ暖を求めて彷徨っていた僕はいつの日か力尽き、志半ばでそこへ倒れた。もう自分のことすらよく分かっていなかった。自分は何者か、自分はどこから来たのか。……それでもただ一つ、何ゆえにここに来たのかは覚えていた。


――僕は暖かな家庭を探す、、、


『……死んでいるのかな、この人』


『メアリー、変なこと言わないでよっ! 怖いじゃない、、、』



 気がつくと僕は見知らぬ馬車の中に居た。ゆっくりと目を開けた僕の目の前に座っていたのは背格好の似た銀髪と金髪の女の子。……姉妹、かな? そうぼんやりと考えながら体を起こした僕に銀髪の子が笑いかけた。


『――あなた、ユーゴ・ミラヴァードっていうのね』


 突然かけられた言葉に戸惑う僕。そしてそんな僕を見て、おっとりとした様子の金髪の子がニコッと笑いかけた。その瞬間、僕は久方ぶりに心が暖かくなるのを感じた――。



……寒い。僕はぼんやりと目を開ける。すでに冷たくなり固まった血の中、僕は目を覚ました。長い記憶の旅を経た僕は体をほぐそうとノビをする。冷たい風が吹く、暗闇。王都にはすでに夜が訪れていた。まだ騎士団は僕を探しているのだろうか、アブドは無事だろうか......今更な心配事がぐるぐると頭を駆け巡り、僕はおもむろに立ち上がった。足は勝手に動いた。震える体をゆっくりと動かし、右足左足一歩ずつ、僕は歩く。路地裏から出た僕をきれいな月明かりが照らした。今の僕にとって暖かい場所、目指すべき場所なんて一つしか無かった。無意識にそこへと向かう足。


「……ごめんね、メアリー。今夜は遅れちゃった、、、」


 追手に見つからなかったのは幸運だった。僕は大通りを抜け、王城の外れにある花畑に来た。ここに来れば君に会えると思ったから。サーッと風が吹き、君の育てた色とりどりの花が揺れる。そのだだっ広い花園に――君はいなかった......月明かりの下寂しく僕は咲き誇る花の中に座り込む。寒い、寒い、寒い、、、


――僕は君がいればいい。君がいれば僕は......


「……ねぁ、お花は好きかな?」


 その時、僕はそっと包み込むように後ろから抱きしめられた。その体温、柔らかな肌に僕は心も体もポカポカと暖かくなるのを感じた。君の香り、君の息遣いに酔う。ああ、そうか。やっぱり僕が探していたのは――


「……好きです。花も、そして花を好きな君も、僕は大好きだ!」


 クルッと身を翻し、メアリーの体をギュッと抱きしめる。メアリーは驚いたようにポカンとしていたけど、それでもクスッと笑って僕の背中に手を回す。


「私も、ユーゴが好きよ。世界で一番好き......」


 僕とメアリーの周りを綺麗に咲いた赤い花が愛を祝福する。ずっとこうしていたかった。僕はようやく、探していたものを手に入れたんだから......


「……邪魔するぜ、二人共」


 その時聞き覚えのある声がした。ハッとその声のした方を見るとそこには全身傷だらけになったアブドがいた。僕は慌てて駆け寄ろうとする、が、アブドがそれを静止した。


「来るんじゃねぇ。お前は来ちゃいけねぇ、ユーゴ」


「どうしてだい? 僕もアブドと一緒に――」


「来るなっ――! お前は魔界の人間、俺は人界の人間だ。関わっちゃマズいだろうがよ、、、」


 アブドがそう言って大剣を構える。そしてゆっくりと、僕の方へ近づいてきた。戦うつもりか? 僕はメアリーの前に守る形で立ちふさがる。ふと奥を見ると花園の入口の方に騎士団の大隊がいた。僕一人では流石に相手にできない多さだ。……もう終わりなのか? せっかく手に入れたのに......僕はまた逃してしまうのか――?


「……ユーゴ、西へ行け。西の端に行け。そこにはエッジ村っていう小さな村があってよ、そこで暮らせ」


 だが、ゆっくりと歩み寄りながら僕らにだけ聞こえるような小声でアブドが呟く。「えっ?」と思わず聞き返しそうになった口を慌てて押さえる。……アブドは僕らを逃がそうとしてくれている。最後まで信じてくれたんだ......


「……俺を斬って先へ行け。そして......幸せになれよ」


「――ッ、、、!!」


 僕は唇を噛みしめる。やっぱり君は僕の大切な友人だ。相棒だ。そしてこれが......人を斬る最後だ。

僕は剣を抜く。血を吸って重くなった剣を、そして命の重みを背負った剣を。僕はこれまで何人も殺してきた。そんな僕の最後の一閃は親友に向けるもの。そして僕の生涯で唯一の苦しい一太刀だろう。


「うあぁぁ!!」「うおぉぉ!!」


 僕とアブド、二人の剣が交差する。パッと散る鮮血に白い花弁が赤く染まる。血が吹き出し、アブドが膝をつく。……バカはお前だ、アブド......


 僕はクルッと踵を返し、メアリーを抱きかかえて走る。遠くで怒号が聞こえたがそれも無視して走る。西へ、西へ、アブドの言った通り西へずっと――。そこで僕たちは結婚して、そして幸せにのんびりと暮らすんだ。子供は......二人欲しいな。そしてその子達が寒くならないように僕たちが一生懸命愛を注いであげるんだ。



「……アブドールくん、君はわざと逃したね?」


「団長、、何のことですかい」


「とぼけるな。分かっていたことだが、まあうん。とりあえず君は円卓につく資格がない。君の処罰は降級ということにしておくよ。……それに、片腕では得意の大剣も満足に振れないだろうし」


 オルテウスがアブドを一瞥して去っていく。アブドは血の吹き出す左腕を押さえ、チッと舌打ちする。


「……あのバカ、俺を生かしやがった......それに剣を握れないようにして、これじゃあ戦場から離れろって言ってるようなもんじゃねぇか......生きろって、お前は俺にそう言うのかよ、、、」




 それから30年以上の月日が流れた。王国の西の端、エッジ村では親バカとして知られているユーゴ・ミラヴァードとメアリー・ミラヴァードが暮らしていた。アブドの言葉通り西に逃げた二人は結婚し、双子を設けた。親譲りの黒髪と金髪の双子を。そしていつかその双子も王都へと旅立っていった。


 そんなある日、カランカランとミラヴァード家のドアベルが鳴る。ギギギと開けられたドアの先に立っていたのは、


「……やあ、久しぶりだねアブド」


「たまたま近くによっただけだ、お前のガキにあって懐かしくなったからな」


 アブドが恥ずかしそうに頭を掻き、家に入ってくる。荷物を置いて椅子に腰掛けるアブド。メアリーが酒の瓶を持ってキッチンから出てくる。


「悪いね、メアリー様」


「あら、もう私は平民なのだから様付けはいいのよアブド。それより久しぶりね。色々な話、聞かせてもらおうかしら」


 メアリーがアブドのコップに酒を注ぎ、その向かいに座る。ワクワクとした表情でアブドを見つめるメアリーにアブドは酒を一気飲みし目を逸らす。


「……そうだな、、、あれは夏前のことだ。俺が星見塔の上に行ったら......」


 アブドが話し始める。二人はその話を聞き、笑ったり驚いたり。久しぶりの再会は酒も話も弾み、暗くなるまで続いた。



「……へぇ、それじゃあアザミくんとシトラちゃんは上手くやってるんだね。僕らもそれを聞いて安心だな」


「おう、ユーゴに似てありゃぁ相当のバカだぜ。自分の命なんて無視して突っ走りやがる」


「僕、そんな危なっかしいタイプだっけ?」


 ユーゴが苦笑し水をグイッと飲み干す。酒に弱いのは相変わらずだ。ハハッとアブドがちらっと窓の外に目をやると外はもう真っ暗だった。


「泊まっていくかい?」


「いや、俺はプレイスシティに用があって来たんだ。あっちに泊まるわ。……じゃあな。久しぶりに会えてよかったぜ」


「うん。それでまた君がこの家の外に出たら僕らは絶縁かな?」


「まーな。そのほうが互いのためだろ。俺も安全だし、ユーゴも罪悪感感じずに済むだろうしな」


 アブドが布がダラっと垂れ下がる中身のない左腕を擦る。「んじゃ、帰るわ」と立ち上がろうとしたアブドのコップにメアリーが一杯注ぐ。


「あー、俺はもう――」


「はい、ユーゴもね」


「ぼ、僕も?」


 ユーゴと自分の前にもコップを置きそこに酒を注ぐメアリー。注ぎ終わるとコップを持ってニコリとアブドの前に立つ。ユーゴも「分かったよ」と立ち上がり、コップを持つ。


「……ユーゴ、メアリー......」


「思えばこうやって酒を酌み交わすのって初めてじゃないか?」


「ハッ、ホントによぉ。どんだけかかってんだかな」


 ハハッと苦笑し、アブドもコップを持って、そして3人が三角形を作るように集まり並ぶ。


「音頭はアブドがとれよ」


「俺かよ!? まあ、じゃあ......」


 照れくさそうにしながらもアブドがコップを高く突き上げる。


「――アルストロメリアに乾杯!」


 カチンッと甲高い音が響いて酒がコップの中で揺れる。それをぐいっと飲み干す3人。机の上に大事に飾られた黄色とオレンジの花が3人の再会を見守っていた。その花の名前はアルストロメリア。メアリーがユーゴに初めて会ったときに渡した花で、花園に咲き誇っていた花。そしてユーゴの告白を祝福し、アブドの覚悟も受け止めた花......


 その花言葉は、『持続』と『友情』――。


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