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221話 男女比1:1の男子寮

「ほらよ、食え」


 王都の露店街、そこの店で買った肉串をアザミが差し出す。テュリはそれを見ると目の色を変える。しかし人界の者から施しを受けるのを嫌がっているのか、フルフルと首を横に振る。そんな様子に困惑し顔を見合わせる双子。


「……別に変なものは入れてない。それに、空腹のまま暴走されても困るしな。食え、ほら」


 アザミが肉串を目の前で動かすとそれに合わせてテュリの目も左右に動く。しばらく我慢していたテュリだったが狼族の“飢え”に耐えかねてアザミの手からガブリと肉串を奪い取る。


「……そんな嫌そうな顔じゃなくてもっと美味しそうに食べて欲しいけどな」


 その言葉にテュリがポッと顔を赤らめ俯く。フードの影に隠れた目から邪悪な光がスーッと消えていく。飢えを脱し、理性が戻ってきたのだ。


「で、これからどうするのですか? 三日以内にこの子に情報を喋らせるなんて出来るのですか?」


 シトラがチラッとテュリを見る。手枷首枷が隠れるように羽織ったブカブカのコート。ぷいっと目を逸らし黙り込む少女を。


「……やるしかないさ。とりあえず寮に連れ帰って話してみるしかない」


「あの、あなたは当たり前のように男子寮に女の子を連れ込むのですね。ああ、いいんです。慣れてますから」


「慣れているのならその手はなんだ」


 恨みがましく空中を掴むシトラの手にアザミはトラウマが甦ってきてブルッと震える。心無しか少し寒い。


「ごほんっ、まあやれることはやってみるさ。俺たちの生活のためにも、こいつの捕虜としての尊厳のためにもな」


「まったく、本当にあなたはお人好しですね」


 やれやれと肩をすくめて苦笑するシトラ。日の落ちた王都を双子は寮に向けて帰路に着く。



「……まあ、分かってたぜ? セラがいて、この前のアイツが帰って、そろそろ新しい女でも連れてくるんだろうとは思ってたぜ。でも、、、」


 プルプルと怒りに震えるグリ厶。その指先が新しい女を、拘束された狼族の少女を指す。


「――テメェ、こんな趣味だったのかよォ!」


 奴隷にしか見えない子。ああ、ついにアザミは女の子を“買う”ようになったのかと侮蔑の目を向けるグリム。アザミはその勘違いにため息をつき、弁明する。


「違う。というか俺は全種族解放令を出した張本人だぞ? それが獣人の奴隷なんて連れていたら意味が分からないだろ。こいつは捕虜だ。三日以内に情報を引き出さないと処分される訳アリの、だがな」


「……なるほどな。またテメェは厄介事を連れ込んで来たわけか」


「いつも迷惑をかけてすまないな、グリム」


 アザミの珍しく申し訳なさそうな態度にグリムは怪訝そうに眉をひそめる。


「はァ? 違ぇだろうが。すまない、じゃなくて“信じろ”って言えや。俺を信じろって、力を貸せって。そうすりゃァあれだ。俺だって巻き込まれてやんだろうがよ」


 そう言って照れくさそうに頭を掻くグリムにアザミはポカンと馬鹿みたいに口を開ける。それを見て「ウッ」と赤面するグリム。アザミに向けて枕を投げつける。


「ばっ、バカがよォ!! なんか言えや! 俺だけ恥ずかしがってバカみてぇじゃねぇか!」


「……プッ、アッハッハ。いや、馬鹿みたいにじゃなくてお前は馬鹿だよ」


「んだと――!」


「――でも、ありがとう。俺を信じてくれて」


「……ッ、、は、恥ずかしいこと言うんじゃねぇよ。……わーった、信じる。で、こいつはなんか喋んのか?」


「……男の子同士で分かりあってるみたいだけど、あたしは納得していないんだよ、、、」


 アザミとグリムにジトーッとした視線を向けるセラ。セラにとってみれば自分を放って代わる代わる新しい女の子がやってくるこの部屋には不満しかないのが現状。そのせいでアザミもセラに構ってくれなくなったわけだし。


「セラも我慢してくれ。今度遊んでやるから」


「……むぅ、、、それならいいんだよ!」


「単純だなおい」


 小声でツッコんだはずのグリムに「聞こえてるんだよ!」とセラが枕を投げつける。ボフンッといい音を立てて顔面にストライクする枕。アザミが「ぐぬぬ」と悔しそうにセラを睨むグリムの首根っこを掴み、これまでの経緯を説明する。もちろん、アザミが魔界の者だと疑われている件は除いてだが。


「……なるほどな。そりゃぁ、ひでえ話だぜ。でもよぉ、ホントにアレを喋らせられんのか?」


 グリムがチラッとテュリの方を見る。盛り上がっていた3人とは対称的にずっと黙り込みベッドに座っているテュリ。アザミはおもむろに立ち上がるとテュリの横に腰掛ける。テュリはアザミを見てプイッと顔を背ける。


「……無理に喋らせたりはしない。でももし君が恩を感じているのならせめて名前くらいは教えてくれてもいいんじゃないか? 俺はアザミ・ミラヴァード、それでこの赤い髪はグリム、このちっちゃい子がセラだ」


 ちっちゃくないよ! と不満げに口をすぼめるセラ。だがテュリは何も言わずに座り込んだまま。


「……ダメか。せめて一言くらい――」


「テュリ、、、」


 そうアザミが諦めてため息をついたのと同時にボソッと小さな言葉が零れる。


「……なんだって?」


「……テュリ。私の名前はテュリ」


 テュリが俯いたままボソボソと名乗る。ようやく動き始めた状況にアザミとグリムは目を合わせニヤッと笑う。


「氏は?」


「家の名前は言えない。そう、一族の教えだから、、、」


 首を横に振るテュリ。アザミはそれなら聞いても無駄か、とフルネームを尋ねるのは諦める。


「それでテュリは何者なんだ? 狼族、魔界の人間であることは分かる。それ以上の情報が欲しい」


「……それ以上は言えない。名前を名乗ったのが最大の譲歩。……感謝している。私を助けてくれて、お肉も食べさせてくれて。だから名前は名乗った。でもそれ以上は言えない――」


 テュリの覚悟を持った強いまなざしがアザミを射抜く。


「……どうしても、か?」


「どうしても。私は魔界を裏切れない。アザミとグリムが他のアズール人と違うのは分かった。でも、ごめんなさい、、、」


「アズール人? んだそりゃあ」


 グリムがテュリの言った“アズール人”という言葉に首を傾げる。知らないの? と不思議そうな目を向けるテュリ。グリムは助けを求めるようにバッとアザミの方をむく。


「……アズール人はこの国の民族だ。この大陸にはアズール人、クロイツ人の二種類の人族がいる。その内最初に大陸を統一し、全種族平等を目指したのがクロイツ人、そしてそのクロイツ人を排斥して人間至上主義の国を建国したのがアズール人だ。そしてそれが人界、残されたクロイツ人とその他種族の世界が魔界だ」


「すごい、よく知ってる」


「昔本で読んだんだよ」


 『昔(300年前)本(先祖代々残されている日記)で読んだ』が正解だがその多くを省略して肩をすくめるアザミ。そして聞いたグリムはと言うとやはり理解は出来ないようでさっきよりも大きく首を傾げていた。


「……簡単に言うとアズール人が人界の人間、クロイツ人が魔界の人間だ」


「は? おいおい魔界に人はいないんじゃないのかァ?」


 グリムが「待てよ」とアザミを制止する。だが遅かった。グリムの言葉にテュリが目を見開き、悔しそうにグッと唇を噛む。そして怒りを込めた視線をグリムに向け、これまでの小さな弱弱しい声からは想像もつかない低い声で唸る。


「……やっぱりお前もそっちか......私達を劣等種と、畜生だと嘲るのか――!!」


 恨みがましい目でにらみつけるテュリに困惑しているのはグリムだ。自分がなんの地雷を踏んだのか分からず、オロオロとアザミとテュリを交互に見る。


「いや、知らねぇよそんなの。俺はただ“魔界に住むのは魔物だけ”って習ったってだけだぜ? だから人間なんていねぇって思ってた。……もし俺の発言がお前を傷つけたんなら謝る。すまねぇ」


 素直に頭を下げ、謝るグリム。こうなると次に困惑するのはテュリだった。思っていた反応と違うグリムの態度にスーッと怒りが引いていく。だが、グリムの言っていることはシキネから聞いていた話とは違っていた。シキネからは『人界では魔界に住むのは畜生や亜人、劣等種だと教え込まれている』と聞いていたのに。でも、シキネが嘘を付くはずがない......そう困惑するテュリ。その心を見透かしたようにアザミがテュリの肩にポンっと手を当てる。


「確かに、人界では魔界を卑下するように教える。その方が対立を煽りやすいからだ。だからきっと魔界に行ったことがない、戦争に出たこともない一般人は未だにそう思っているはずだ。魔界にもクロイツ人、人間が住んでいると知っているのは戦争で前線に立った者ぐらいだろうな」


「……じゃあなぜ、グリムはそれを知らなかったの......?」


 テュリの紫色の瞳が好奇心に染まる。もしかしたら人界にも魔界のことを悪く教えていない所があるのかも知れない、期待が膨らむ。だがアザミは苦笑し、


「いや、多分テュリの思っている理由ではないと思うぞ。大方グリムはバカだから習ったことを覚えていないだけだ」


「ざけんじゃねえ! ……ただサボって聞いてなかっただけだろうがァ!」


「もっとダメじゃないかそれ!」


 あぁん!? と間違ったキレどころで突っかかってくるグリムを押しのけるアザミ。そんな二人の掛け合いにテュリの口元に僅かながら笑みが浮かぶ。それをニヤッとグリムは見逃さない。


「――笑ったな? 今、笑ったよな!?」


「……笑ってない。狼族ローガ、笑わない」


「マジでか!? ……ってんなわけねぇだろうが!」


「おぉ! 今のはグリム上手いんだよ! 『狼族ローガ』と『ねぇだ“ろうが”』を掛けてるんだね! やっるぅ〜〜」


 全く気にしていなかったことをセラに指摘され、一気に恥ずかしくなるグリム。今度はグリムがセラに目掛けて枕を投げつける。だがセラの小さな体にはなかなか当たらない。精霊《飛べる》、という利点も相まってただ空を横切る枕と部屋を縦横無尽に飛び回るセラの追いかけっこみたいになっていた。


「フフッ、、」


「あ、今度こそ笑ったな。可愛いじゃん」


「――ッ!! そ、そんなことを言われても私は喋らないよっ、、、」


 ギュッと拘束服の裾を掴み赤くなった顔をそらすテュリ。銀色の耳がプルプルと震えていた。


「……どうしても、か? このままだと明後日にはテュリは処刑される。そうなればもうあのサイコロの女の子とも会えなくなるんだぞ?」


「……それでも、いい。私は......誰かの役に立てるならそれでいい......」


 そう言ってアザミを力強く見つめるテュリの細く小さな体は震えていた。信念は固い、でも恐怖は当然ある。怖いのだ。死ぬことも、それに負けて喋ってしまいそうになる弱い自分のどちらも。シキネと離れ離れになることも当然。


「……そっか。まあ今夜はゆっくり寝ろ。どうせロクに寝かせてもらえていなかったんだろ? ……あ、このベッド使ってくれていいからな。手枷はキツイかも知れないが、外せない決まりなんだ。我慢してくれ」


 テュリは考えるのをやめた。今は黙ってアザミの指示に従う。ベッドに寝転がったテュリにアザミが白いシーツをかける。暖かかった。それは捕虜として捕まってから初めて感じる暖かさ。まるでシキネが隣で寝てくれていたいつもの夜みたいで、懐かしかった。そっぽを向いたテュリの頬をツーッと涙が伝う。



この小説を見つけてくださったあなたに感謝します。

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