209話 シスターとシスター
「……悔い改めるのです。汝の行いも、神は許してくれるでしょう」
「あの、そうじゃなくて私が聞いているのは――」
「せっかちはいけません。急ぎすぎる人生というのも疲れるだけ。どうですか? あなたも休みの日にはこの教会で祈りを捧げましょう」
「いえ、ツッコみたいところが多すぎるのは置いておいて、私が言ってるのはですね――」
「まあまあ落ち着いてください。カリカリすると天命が短くなると言われています。神から授かったたった一つの命、どうか無駄になさらないでください。もし、それでもイライラしちゃう時はこれを。この聖なる水を飲めば心も体もきれいに洗われ、まるで生まれ変わったような感覚になります。どうですか? もちろんお金は取りません。私はシスターですし、ここは教会です。……ただ、金貨5枚ほどお布施として募金いただけたらこの秘伝の聖水を渡しちゃうかも知れませんね?」
「……なんですかその悪徳商品......って違いますッ!! どうなってるんですか、ア ザ ミ !」
シトラがムキーッとアザミに詰め寄る。教会のあの長椅子に腰掛けていたアザミはその剣幕にビクッと肩を震わせる。果たして今がどういう状況か、を説明するのは簡単だ。アザミが面倒くさそうに口を開く。
「ああ。それならここに来たときに説明したろ? シスター・ニーナに話を聞いてもらおー、、ってな」
「……まずいつのまにニーナは教会のシスターになったんでしょうか?」
シトラの怪訝そうな目にニーナがニコリと笑い返す。ボサッとしていた赤髪はストレートになり、ボロ布1枚だった服はその髪を覆い隠すような黒い修道服に変わっている。
ニーナとの戦いが終わったあと、核を失い元の死体に戻ったニーナにミュリエルによって新たな生命が吹き込まれたのはもう2,3ヶ月前のことだ。それからニーナをどうするか、という議論が3者の間で行われた。騎士団長のエレノア、聖剣魔術学園の学園長のオルテウス、そして言い出しっぺのアザミ。アザミが引き取る、というわけにもいかない。なんせアザミはまだ学生なのだから。それにそんなことしようものならシトラに殺されかねない、とアザミは流石にこれまでのことから学んでいた。
じゃあどうするか、で議論が割れたのだ。一応、王都に対して謀反と言うか攻撃を行った犯罪者であるニーナ。記憶がないとは言え、ただそのまま日常に戻すわけにもいかない。かと言って牢屋に閉じ込めるのも違う、、と困っていたところに現れたのが円卓の騎士の第陸席の姉弟だった。そしてその二人の提案により、姉弟が運営している教会でシスターとして祈りを捧げ、その罪を悔い改めればいい。ということになった。
アザミが今日来ているのは成長した姿を見るためだ。ニーナには笑っていて欲しい、なんて自分勝手な願いでその魂をいじったのだから責任は最後まで負うべきだ、と。
「……アザミおにーちゃん、その、、どうだった? ニーナの説法......!」
「え、まさかアレは説法だったのですか......? アレじゃあただの押し売り――」
シトラはそう言って首をかしげるが、そうじゃないんだな、チッチと指を振るアザミ。不安そうにアザミを見つめるニーナの背中をポンっと叩き、ただ一言
「よく頑張ってるんだな。偉いぞ、ニーナ」
「……ッ、、、! ほ、褒めたってニーナはアザミおにーちゃんのために祈りを捧げることくらいしか出来ないんだよっ!」
一言、褒めてやればいい。確かにただの押し売りだった感はあるが、それでも以前のニーナと比べたら明るくなった。アザミとしてはそれが何よりも嬉しかったりする。だがシトラにとってはそんな兄の態度、ニーナの距離感が気に食わない。
「……あの、ニーナ? その“おにーちゃん”という呼び方はやめませんか? アザミの妹は私一人なんですけど......」
「うーん、、、でもニーナだってアザミおにーちゃんのシスターだよぅ?」
「は!? ちがっ、、アザミのシスターは私だけです!! それにあなたは皆のシスターでしょう!?」
上目遣いでジトーッとシトラを見つめるニーナにシトラが顔を赤くして詰め寄る。変わった、って言えばシトラもだな、とアザミは今や遠い昔に思いを馳せる。
(……こっちの時代に転生した時は『話しかけないで』『よらないで』『あなたの妹なんて御免です』なんて言ってたのに。それが今や『私がアザミのたった一人の妹です』ってか? 随分と人間関係っていうのも変わっていくもんだな)
殺し合っていた過去がまるで嘘のよう。アザミとシトラがかつて魔王と勇者だった、なんて誰も思わないだろう。でも、きっと変わったじゃなくて変えられたのだろう。互いに、そしてこの学園で育んだたくさんの“縁”に。そう、アザミは思う。
「……いつまでいがみ合っているんだお前達、、、。じゃっ、そろそろ俺たちは帰るよ」
「うん......また、来てくれる?」
軽く手を振り、それでも少し寂しそうに微笑むニーナ。寂しい、はもちろん不安や恐怖といった感情もニーナを取り巻きクルクル回っている。そんなニーナを優しく、アザミの目が包み込む。
「――もちろん。またすぐに来るよ」
パァッと温かい笑顔になり、ブンブンとアザミたちに手をふるニーナ。……対称的にものすごく冷たい目を向けてくる妹。アザミは目を合わせないようにそっぽを向いて歩く。
「……まあ、もういいです。慣れました。どうやらアザミの周りには放っておいてもたくさんの女の子が集まってくるみたいですし?」
「別に俺がそれを望んでやってるとかじゃないんだけどな......まあでも、一番長く時を過ごしたのはお前だぞ、シトラ」
「――ッ、、、! そ、そういうことを言うからッ、、もうっ!」
アザミの言葉に急に顔を赤くし俯いてしまうシトラ。褒め言葉に弱いのは昔からだ。
(……セラとかシトラとか。もっと身近な人を大切にしたほうがいいのかもな)
なんとなーく、アザミの脳裏を『将来は誰かに妬まれて殺されそう』と謎の未来図がかすめていった秋の夕暮れ。寮への帰路につく双子だった。
アザミ達が今取り組んでいるのは学術発表に向けた最終調整。本当は夏前に行う行事だったのだが、ニーナの一件により秋に延期された。それに向けて第2学年の面々はそれぞれが研究した魔術、開発した魔術を論文にしたり実験したり、実践したりしているところ。どこのグループもそろそろ大詰めというところだ。
「よし、、じゃあ頼む」
「はい。……せーの、光れ!」
シトラ、アック、アグラスの3人が声を揃える。するとその3人の真ん中に描かれた魔法陣がパァッと煌々《こうこう》しく輝き出す。その魔術を一人で使うよりも遥かに強い輝きだ。
「すげぇもんだぜ。テメエよぉ、案外やるのな」
「……どの口が。この程度の魔術ですら使えないメンバーが二人いるせいで実験に支障が出ているんだけどな?」
爆炎術しか使えないバカ、グリムがギクッとして我関せず、のつもりか口笛を吹く。治癒術式しか使えないエイドも「ごめんねっ、、」と申し訳無さそうに小さくなっている。
「エイドはいいよ。その分資料集めとかしてもらったし。ただしお前はダメだグリム。……現にお前、何か仕事したっけ?」
「……見守り、とかかァ?」
アザミがため息をつく。個性的なメンバーが集まるA組。ポジティブに捉えればそれは『様々な使い方ができる』ということなのだがその反面『まともなことに使えね―』ということでもある。こうやって単純な実験一つでもろくに出来なかったりするのだから。
「……でもさすがはアザミです。こんな理論そうそう思いつかないよってハイル先生も褒めていましたっけ」
「言い過ぎなんだよ。ハイル先生は、、、」
アザミ達の担任、ハイル・バードマンが学園に姿を見せたのは二学期になってからだった。空を飛べる人材が喉から手が出るほど欲しかったニーナ戦に現れず何をしてたのかと聞かれ、『自分探しの旅を少しね』と答えるそんな担任に褒められてもなんだか複雑な気持ちになる。確かに、ハイルも飛翔魔術を開発した魔術開発においては天才なのだから嬉しいとは思う。変人の集まりのクラスは担任までも変人、か。ともはや諦めているアザミだった。
「でもやっぱり3人だとデータが不十分だな。出来ればもっと大人数でやりたい。放課後、もう一回いいか? 手を借りられそうな人に片っ端から声をかけてみることにするよ」
「私は特に何もありません」
「俺もねェぞ?」
「グリムは居ても居なくても変わらないけどな」
辛辣なアザミの一言に「何だとゴラァ!」と掴みかかるグリム。まあまあとそれをなだめるアック。ようやくまた、日常が戻ってきた感じがする。
今の所は、だが――。
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