207話 そして少女は、
「……うそっ、、ニーナ様が敗れた、、ってアレどんな手を使ったんです――!?」
「正直想定外、だけど貴重な実戦データ取れたじゃん。アタシらの任務もこれで終わりだよ、テュリ。あとはさっさと“石”回収して魔界に帰ろ」
晴れた星空の下、テュリとシキネは路地裏から呆然と戦闘の行く末を見守っていた。結果はニーナの敗北。ただ人界の勝ち、と言えるのかはトドメを刺したのはリコリスなので微妙な所だ。
そして今、2人は人目を避けて戦闘の中心へと向かう。シキネの言う“石”を回収するため。そしてその石とニーナの実戦データを元に魔王の研究を発展させるべく、久方ぶりの魔界に帰る。念には念を、と人払いも起動しているがそれでも警戒は怠らない。
なぜならこんな奴もいるから、だ。
「――テュリ、止まって」
「ふぐっ! ちょ、ちょっとシキネちゃ……」
シィッ! とテュリの口を抑え、シキネが民家の角からそっとその男を見る。路地に落ちた赤い石を拾う男。
「――マズイ、、なんでここに来れるのかは置いといてもあの石を奪われるのはッ、、」
大切な研究に使う石を他人に、それも人界のものに取られるわけにはいかない。シキネがゴクリと唾を飲む。そしてテュリに「ここに隠れといて」と一言告げ、通りすがりを装ってフラッと男の前に姿を見せる。すぐに男はシキネに気づき怪訝そうな目を向ける。それに対しシキネは作った笑顔で対応する。
「ごめんね〜、君。その石さ、アタシの妹が落としちゃった大切な物なの。ね? それ、渡してくれない?」
男はその石にスっと目をやり、そしてまたシキネに目を向ける。口元には笑み――。
「――人払い、か」
「……ッ!?」
男の言葉に身構えるシキネ。それを知るということはこの男は手練。何もここに迷い込んだ一般人では決して無い。つまり、シキネ達と目標を同じくする“敵”――。
「……悪いな。お前たちの手は大体読めている」
男の目が邪悪にキランと光る。それは魔術を解析し、撃ち破る目――そう、恒久の魔眼だ。
「……なら力づくで、、」
「――やるか? 俺と」
男、いやアザミがスッとその手をかざす。ニーナが消えた今、アザミは魔法だって使える。2人に勝ち目は無かった。
(今、この人と戦うべきじゃない――!!)
敵の正体はわからないが、それでもそれはシキネの本能が告げていた。今は石を諦め、逃げる体勢に入る。だが、それを黙って見送るアザミでは無い。
「F M O,――」
「スローザダイストッー!!」
魔術の展開の速さでアザミが負けた。だがそれもそのはず、シキネはただ内ポケットから取り出したサイコロを7つ、ヒョイッと投げただけなのだから。だが、そのサイコロはもちろん魔道具。コロコロと地を転がり目が決定する。と、同時に辺りにボンッと煙幕が撒かれる。
「けほっ、けほっ、、」
「――今のうちにッ!」
その煙の中、シキネがアザミに背を向ける。アザミも声のする方に手をかざすが、相手が見えないのでは魔法も魔術も使えない。チッと舌打ちし手をゆっくりと下ろす。
「アザミ、アザミィ! 追わないの……?」
ニーナ戦で戦力にならなかった事を気にしてやる気を出していたのに、と若干物足りなさそうなセラの声。だがアザミは肩をすくめ、くるりと踵を返す。
「追っても見つけられないさ。それに、コレを回収出来ただけでも良かった。次はアイツらから現れる、、だろうしな」
そう言ってズボンのポケットにトクトクと小さく脈打つ赤い石を滑り込ませ、颯爽とその場から歩き去る。その石こそがニーナの核。これが魔界の、SSDの手に渡らない限り第二、第三のニーナは現れない。
「……俺たちの、完全勝利だな」
アザミの口元に再度笑みが浮かぶ。SSDを設立したのはアザミ、魔王シスルだ。その動きは手に取るように分かる。ただ、
「……アイツらは研究員、、だから戦闘力は低いはずなんだ、、なのにあの魔術か......」
アザミは先程の少女を思い出す。あの術式、いや魔道具自体は珍しいものでは無い。魔法陣を必要とせず、ゆえにその展開速度は最速。しかし何の魔術が出てくるかはランダムで運試し、というのがシキネの使った魔道具の特徴だ。
「あの少女は最後明らかに逃げようとした。そしてサイコロを振り、出てきたのは逃走にはうってつけの“煙幕”。出る魔術は完全に運で決まる、はずなのにだ。ならこれは偶然、か……?」
その嫌な予感はアザミの中にモヤモヤと残っていた。もしあれが偶然でなく、狙ってサイコロの目を出せるなんて特技でも持っていようものなら。
「……そりゃあ、まあ......反則級の強さだな」
アザミはケッと笑い、その場を去る。どうやら魔界も300年で随分と変わったようだ。
アザミがやって来たのに気づき、シトラがパッと駆け寄ってくる。そこは王都の中央広場。怪我人の治療や死者の確認がそこで行われていた。その一角、エレノアを始めとした騎士団のトップクラスが勢ぞろいしていた。その中心で寝ているのは、
「……ニーナ、か」
赤毛の少女が穏やかな表情で目を瞑り、そこに倒れていた。核を抜き取られているため既に元の死体に戻っている。だがそれを倒した張本人は、
「――リコリスは?」
「いえ、姿が見えなくて、、」
アザミがそっとシトラに囁く。だがシトラも申し訳なさそうに首を横に振るのみ。エレノア達もニーナの処遇に困っているようだ。
「どうすればいいのかな? 死体に尋問する訳にもいかないだろうし、かと言ってこのまま葬るっていうのも勿体ない……」
憎悪の魔王、七罪の使徒の8人目。ニーナにの利用価値はかなり高い。円卓の騎士でも意見がまとまっていないようだ。そんな中、エリシアがアザミを見つけため息をつく。そしてアザミの方へズンズン歩みを進め、アザミの胸をトンっと人差し指で突く。
「……アザミくん、君ならどうする? いや、こう聞くのが適切だね。……一体、どういうつもりかな?」
「……バレてたか。さすが、未来視の魔眼だな」
「なに。ボクは未来を見たわけじゃないよ。ただこの状況、君の性格。……わざと憎悪の魔王、ニーナを殺しきらなかったね? まったく、ホントに君らしい幕引きだね」
エリシアとアザミが目を合わせ、クスッと笑う。そしてアザミはニーナを取り巻く円の中に入り、そこでミュリエルを見つける。
「……な、なんの用だ、、」
アザミに突然詰め寄られ、ミュリエルが軽く後ずさる。だがミュリエルもアザミの目、そしてその行動を見てその意味を理解した様子。
「まさか、メッシュボーイは神の禁忌に触れようと言うのか……? そんなの、機関に見られでもしたら、、、」
「――頼む。ミュリエルなら出来るだろ? 魂を操れる死霊術師なら、さ」
その言葉に広場がザワつく。シトラもようやく兄のやろうとしていることを知り、ハッと息を呑む。
「……ニーナを、この娘を生き返らせろと言うか。確かに、私なら出来る。でも、オススメはしない。私の死霊術は魂を移すことは出来ても、失った魂を完全に再生することは出来ない。だからこの娘が生き返ったとしても、その記憶も力も戻らないぞ? もしそれを期待しているというのなら、やめておけ。私はこれまでの人生で多くの命を蘇らせた。でも、そのほとんどが生前とのギャップに最後は『処分してくれ』と頼むんだ。私はもう、そんなことはしたくない、、、」
つまり、ニーナに新たな魂を宿らせることは出来る。だがそれは肉体と魂が完全に別となる為、生きていた時のニーナとは大きく違った存在となってしまうということ。
それでも、アザミはミュリエルに頭を下げる。このままではニーナが救われない、そう感じたから。死してなおSSDによっていい道具にされ、そしてここで見捨てられるなんて。
「……シャイで普段は作った話し方をするメリーちゃんがまともな口調、ってことはそれ、本音ってことだね。それを聞いてどう? アザミくん。君はそうすることがこの子にとって本当に幸せだと思う?」
エリシアがアザミにそっと優しく尋ねる。ニーナはそれで幸せなのか、と。アザミは肩をすくめ、零すように答える。
「そんなのは、分からないさ。それを決めるのは俺でもエリシアでも、ミュリエルでもない。ニーナだよ。でも俺は、コイツには笑っていて欲しい――」
あの時、初めて会ったときに見せたあの満面の笑みで。もう何かを恨まず、純粋に笑っていて欲しい。そう、アザミは願う。そんな想いを無視できるはずがなかった。ミュリエルがギリッと唇を噛み、杖を持ってニーナのそばに立つ。
「――知らないからな! どんな結末になっても、、賽はもう......投げられたんだから――!」
ミュリエルの持つ杖の先端に淡く光る球体が現れる。その球体は一瞬キラッと輝き、そしてニーナの体内へと吸い込まれるように消えてゆく。そしてその光が完全にニーナの中に入り込んだと同時に、ニーナの体がふわっと火照り、体温と鼓動を取り戻す。
「へくちっ!」
これまで冷えていた体に寒気を覚えたか、ニーナがガバッと立ち上がり小さくくしゃみをする。アザミはそれを黙って見守る。ニーナは不思議そうに辺りを見渡し、そしてアザミと目が合う。キョトンとしたニーナの目と、ずいぶん長いこと目が合い続ける。
「……や、やあ。ニーナ、、、」
その名を呼ぶ。それを聞いたニーナの口角がだんだん緩み、その目に涙が溜まっていく。そしてクシャッと崩れた笑顔で、今度はアザミの名を呼んだ――。
「アザミッ、、、おにーちゃん――!!」
その言葉にアザミはハッと息を呑む。と同時に、走り寄ってきたニーナがアザミにギュッと抱きつく。それは、“愛”。すべてを失ったニーナの肉体に唯一残った感情。絶句し、何か思いつめた表情のアザミがポン、ポンとその背中を叩く。だがそれを面白く思わないものが一人。
「む〜、、私がアザミのほんとの妹なんですけどね......というか私、あんな感じに扱われたことなんて、、、」
しゃがみ込んで頬に手を当て、ムスッと唇を尖らせるシトラ。“あんな感じに扱われたことがない”のはそう扱ってもらえるような行動を、甘えることなく距離をおいてきた自分の責任でもあるのだが、今のシトラにはそんな事を考える心の余裕はなかった。だが、シトラも少し違和感を覚える。
(……あれ? ニーナは死体に戻って魔王時代のことは頭に残っていないはず、、、じゃあなんでアザミのことを“おにーちゃん”と呼ぶのですか……?)
アザミは名残惜しそうにうるうるとした瞳を向けるニーナをエリシアに預け、早足でどこかへ向かう。
(――あんの、、、大バカ野郎ッッ!!)
間に合わないと知っていてもなお、アザミの足は前へ進み続ける。ここにいない、強欲な王様の元へ――。
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