203話 持つべきものは友、そしてなんやかんやで頼りになる後輩
エリシアがその剣をギュッと握りしめそこに立っていた。狐の耳と九本の尻尾が揺れる。
「……話はあと。今はここを突破するよ――!」
エリシアの振るう剣の軌道を反復するように九本の斬撃が空を薙ぐ。
「――結界、、切断の波!」
ポチャン、、とエリシアを中心に波紋が広がったように見えた。空気がスッと静まり返る。そして、10本の斬撃が一斉に黒煙を襲う。
「――!」
驚いてその手を上に引き上げる黒煙。距離をとるようにその高度も徐々に上がっていく。
「……今のうちに逃げて」
「でも、、」
「いいから――!」
エリシアの周りをヒュンヒュンと斬撃が舞う。
「ボクの結界の中ではあの黒塊でも再生出来ない。この凪の結界の中ではボクが絶対なんだよ。だから一旦任せといて」
エリシアの言葉通り、切られた黒塊は再生することなくその場から蒸発するように消える。「アザミ、、」とシトラがアザミを引っ張る。
「……あ、ああ」
ひとまず、とアザミとシトラは手近な建物に逃げ込む。そこは既に黒塊にやられたのか中はボロボロで凄惨な有り様。戦闘があったのは一目瞭然だ。そんな場所に逃げ込んだ双子。シトラの体からフッと力が抜け、床に座り込む。
「大丈夫か――」
「バカっ!! あなたは一体、、何を考えてるのですか!? ……命を無駄に、、しないでっ――!」
泣きそうな目で、震える手でアザミを引っ張る。引かれるがままに片膝を着いたアザミの目の前に妹の顔がある。初めてみる、表情――。勇者のこんなか弱い顔、初めて見た、とアザミは拍子抜けする。
「……すまない。でも、王都や皆を守るにはあれが最適で――」
「違います! あなたの命はそんなにポンポン捨てられるほど、、軽くないっ! 少なくとも私にとってはこの王都より、何よりも大切なんです!」
それはかつて人界のためにその命を捧げた勇者とは思えないセリフ。魔王であるアザミと幾度となく戦闘を繰り返し、その命を互いに賭け合ってきた関係とは決して言えない。
「……シトラ、、、」
「……だから、、だからもう二度とこうやって、、私の前から居なくなろうとしないで! 私はあなたがいればそれだけで良い――」
そこまで言ってシトラは自分の言っていることの意味に気づく。ハッとした表情で顔を赤らめ、アザミをパッと離してスススと後ずさる。
「……あーあ、私も振られちゃったかしら? 私もシトっちとは長い付き合いのつもりだったのにな」
「シャ、シャーロット!? あっ、今のは......アレです! あの、、勢いです!!」
勢いってそれ本音じゃない、とシャーロットは苦笑する。が、シトラのことを300年前から知る友人としてシャーロットは理解している。シトラのあんな声、表情、感情。それは決して自分には向けられたことのある物じゃなかったし、何より初めて見る。
――悔しいけど、シトっちはアンタを選ぶのね、、
シャーロットがあーあ、とノビをする。そんな気持ちなど知らず、アザミが思い出したようにシャーロットに尋ねる。
「……てかなんでシャーロットがここに居るんだ?」
「それはこっちのセリフよ、アザミくん。私達からしたら急に飛び込んできたのはあなた達の方かしら?」
シャーロットの後ろからカヌレ、オルメカ、グリム、エイド、それにクレアとフレイアまでもが姿を現す。それを見てここが北西のポイントなのかとアザミは理解する。
「それは悪かったな。だが俺達も追われてて、、」
「そう、それよ! なんで追われてたのよ。それと、シトっちがああまで言うんだからきっと何かあったのよね? それも含めてぜーんぶ教えなさい!!」
シャーロットが腰に手を当てビシッとアザミを指さす。その追求の目にアザミは逃れられないなと本能的に感じる。軽く息を吐いて「降参」とばかりに両手を上げ、ここまでの経緯を話す。
「……アザミてめぇ、、馬鹿か?」
「馬鹿だよね」
「ばっかじゃないの!」
「いや、あの……でも無いんじゃないかなって、、」
「信じられないなのです、、」
「馬鹿じゃな。貴様ほどの男がそんな選択をのう」
話終わると同時に全員から浴びせられる辛辣な言葉。アザミはウッと心臓の辺りを抑える。だがアザミにしてみれば自分の命ひとつで王都の民含め皆を救えるのなら、何故それを選んではいけないのか。そこについては納得していなかった。
「でも、あの場ではそれが最適解だと思ったから――」
ボソッとアザミの口から零れた言葉。それを聞いたグリムがガシッとアザミの胸ぐらを掴んで引きずりあげる。
「本気でそう思ってんのかァ? ざっけんなテメェ!! ああ、分かるぜエリシアって奴の言ってたことがよォ! ……お前、自分が死んだ後のこと、考えてんのかよ!」
「……死んだあと、、? そりゃ、皆助かって――」
「助かって笑ってるってか? そりゃァなんも知らねえ奴はそうだろうさ。騎士団や3年の一部にとっちゃァ名も知らねえ2年の奴がテメェの命と引き換えに王都を守ったとなりゃ感謝はするだろうさ。……でも、テメエをよく知る俺たちはどうなんだ――!?」
目ェ覚ませや! とグリムがアザミの額にガツンと自分の額をぶつける。その衝撃にアザミが驚いたように目を見開く。
「……シトラのこととかよォ、俺らのこともちったぁ考えろや――。俺らはテメエが死んでも感謝なんてしねェ。お前の命と引き換えに得る平和なんていらねェ! だから、だからシトラも泣いてたし怒ってたんだろうが、馬鹿。……女を、妹を泣かせんじゃねェ――」
珍しく、と言うか似合わないセリフを吐くグリムにアザミは思わず真顔で尋ねる。
「……グリムも俺が死んだら悲しいのか?」
「はっ!? ばっ、馬鹿かよ! 気持ちわりぃこと言ってんじゃねェよ! ……でも、テメェが居なきゃ......ちっと、つまんねェよ」
指摘されると恥ずかしい。思わず勢いで言ってしまったことを後悔しながらもグリムは顔を赤らめ目を逸らす。そんなグリムの様子にエイドがククッと微笑む。素直になれないんだから、と。
それでもグリムの言葉はアザミに届く。目を伏せて軽く笑みを浮かべるアザミの体からすっと力が抜ける。こんな俺にも大切に思ってくれている人がいたんだな、と。シトラだけじゃなくて、他にも。
「……悪かったな、皆がそこまで思ってくれるなんてびっくりで、、、でも嬉しい......。勝ち筋に上手く入れなくて頭が一杯一杯になってたんだ。策はあるのに、それを使える状況に無――」
「――うわぁぁ!! ごめんねっ、あっぶなーい!」
せっかく感謝の言葉を述べているアザミを窓を割り建物内に突っ込んできたエリシアが突き飛ばす。
「うおぁあ!? ――ッて、、なんで事後報告なんだ――!」
アザミを押し倒し、その上に座った状態で「あぶなーい!」と頭を掻くエリシア。だが外で黒煙を食い止めていたはずのエリシアがここにいるということは、
「――クレア!」
「う、うん! 魔装展開、大盾――!」
ガシャガシャンッとクレアの生み出した大盾が集まり、今まさに割れた窓から中へ突っ込もうとしている黒煙の手を間一髪で止める。だが“崩壊”によってその大盾ですらパキンッと壊される。そのたびにクレアが盾を補充していく。
「……クッ、、今行く!」
大盾で黒煙の手は止められる。が、崩壊の作用で作っても片っ端から壊されるのだ。このままでは先にクレアの魔力が尽きてしまう。だからアザミがクレアの細い首に手を当て、そこから魔力を補給する。これぞ魔力無限のなせる技、だ。
「……本当は首より頭、デコとデコをくっつけるのが一番効率がいいんだが――」
「そんなの絶対に許さないんだからね?」
フレイアから反対されるのは目に見えていた。ですよね〜〜、とアザミは苦笑する。だがすぐに真面目な顔に戻りキッと目の前の敵を見据える。
(……止めれはする......が、このままでは負ける!)
一瞬も気が抜けない。大盾を生み出し続けるクレアの額に脂汗がにじむ。わずかでも大盾の供給が滞れば黒煙に建物内に侵入され、そしてずっとこのままでも押し切れないばかりか、少しずつ高度を落としてきている黒煙によって建物、王都の街ごと“崩壊”で破壊し尽くされてしまう。だからもう、時間がなかった。
「ごめんね、、ボクの結界で黒塊は止めれたんだけどさ、ニーナ本体はちょっちキツかったんだよ、、、」
エリシアが悔しそうに眉をひそめ、苦笑する。状況はまた苦境。だが今回はアザミも“あの選択”をしない。この場もこの戦いも全て終わらせるには自らの命をなげうつことが最適解だとしても、それでも今回は皆とともに乗り切る方法を考える。
(――クソッ、、どうするどうするっ......! 俺の策に必要なのはみっつ、黒塊含めニーナの動きを一時的に止めること、そして黒煙の大きさをあと一回り小さくすること。……そして最後に、、)
今はそのどれもが足りない。代用案を考える。特に重要なのが“最後の”ひとつ。だがそれを可能にできるものがどこにも......
「――あれれっ、アザミ先輩? 奇遇ですねこんなとこでっ♪ クロトちゃん、この建物の上に陣取ってたんですけど、残念ながらあの化け物に魔弾は通じないみたいでっ☆ だから降りてきたらみ〜んないるじゃないですか〜?」
――“そして最後に一つ、近づくことが許されないニーナに術を当てられる人物”
黒煙に触れると“崩壊”に巻き込まれる。なので遠くから狙う必要があった。だが、魔術には距離の制限というもの、例えば長距離魔術、近接魔術というように適正な距離がある。ゆえに、近接型の展開魔術であるアザミの必勝の策でも届かない――。……はずだった。
だがそれを可能にする人物が、アザミの後ろにしゃがみこんでいた。ニパーッと無邪気な笑みを浮かべてアザミを見つめるクロト。新人戦で見せた、あの超絶精巧な遠距離狙撃なら……
「ハハッ、探したぜ……」
「えっ? 先輩、もしかしてクロトちゃんのこと好――」
「違う、てかだとしたらなんで今だと思ったんだ――」
ハッとした表情で胸部を隠すクロトに冷めた目を向ける。だが、それよりもアザミの中で今は安堵が上回る。最も大事なピースは後輩だった。やはり持つべきものはおかしな後輩だな、とアザミは思う。
「……でも助かったぜ、クロト。お前のおかげでこの状況を打破できそうだ――」
「はっ! ってことはアザミ、ついに“策”とやらが使えるんですね!?」
シトラがようやく目の輝きを取り戻し、本来の姿へ戻った兄の姿に「わ〜!」と嬉しそうに両手を合わせる。フンッと笑い返すアザミ。そして今度はオルメカの方へチラッと目線をやる。
「オルメカ、アイツを......ニーナを一時足止めできないか? それと出来ればひと回り小さくして欲しい――」
「……なぜ、じゃ? どうして余に頼む――。余は別に……」
突然仕事を振られ、困ったようにオルメカが頭を掻く。だがアザミは「何を言っているんだ?」と一瞥して一言。
「――今この状況でニーナに対処できる“力”を持つのはオルメカだけ、だろ?」
「……なるほど、のう。貴様は確かに“そう”じゃったな。いいだろう、余の力を持ってすればアレの相手は出来よう。……ただ、長くは持たないし後者の願いは引き受けかねるぞ?」
「まあ、、いい。最悪前者の“足止め”だけでもしてくれれば助かる」
アザミの言葉に「了解じゃ」とサラッと呟きオルメカが踵を返す。その背中をカヌレが心配そうに呆然と見送る。
「大丈夫、、なのです......?」
「――案ずるな、カヌレ。そなたは余の、、、いやいい。行ってくる」
何かを言いかけたが思い直し、オルメカが割れた窓から建物の外へと出ていく。空は随分と近くなり、真っ黒な煙はもうかなりの近さまで来ていた。高い建物の天井はビキビキと震えている。
(……アザミ・ミラヴァード、か。前世はディアブロスの末裔、エヴァグレイス家の者――余のことを伝え聞いていても不自然はない、な)
この力を使うのは初めてだ、と若干緊張しながらオルメカは背中の剣を抜く。ニーナとは違った種類の邪悪な煙が剣を纏う。
「――ゆくぞ、オルム!!」
剣を無造作に振るうと同時にオルメカの姿が変貌する。その巨体が大盾に突進し、黒煙を押し返す。そこにいたのは正真正銘の“龍”――。
「グルルァァァッッ!!」
呪いを振りまき世界を混沌に導く――それは邪龍オルムの姿だった。
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