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199話 王女の決断

 長い長い話が終わる。それはまるで大陸の一生の追体験。引き込まれるような話にカヌレもリコリスも息を呑み、そして聞き終わった後はまるで激しい運動の後のように息が上がっていた。


「……どうじゃ? これが余の物語。そして真の『オルメス王伝説』じゃ。まあ所詮現実はこんなもの、余は確かに大陸を統一はしたがそれもたったの1年。結局それを良しと思わぬ者の反逆で王座を追われ、そして今も続く人界と魔界の戦争の引き金となったのじゃ――」


 どうりで、とリコリスは“オルメス”という王の名が歴史書のどこにも記載されていなかった理由を理解する。そもそもオルメスという名は架空のもの、そして人界の書物は全てアズヘルン王国、かつてのアズールの治世で書かれたもの。それなら自分たちの支配方法に反する敵国の女王の名前など残さないだろう。ただ、


(……ロベル・エヴァグレイス、、怨嗟の魔王か。魔王シスルのエヴァグレイス家の先祖、かな。その人がメルカ姫側について魔界の一員となったのならもしかしたら残っているかも知れないね、、、)


 魔界の図書館もひと通り見たリコリス。でも他に探していないところもある。例えば生家、かつて暮らしていた屋敷とか、だ。ニーナを倒して魔界に戻ったら久しぶりに帰るか、とリコリスは内心決意を固める。


「……で、どうじゃカヌレ。余の話を聞いて覚悟は決まったか? 悩んでいたのは王令を出すか出さぬか、じゃったな。……一つ、アドバイスをやろう。カヌレが何を選んでも、未来は分からぬ。皆仲良く笑っていられる、なんて理想の世界を目指した余がその反対の世界を作り上げたように、思ったとおりにいかぬのが人生じゃ」


「じゃ、じゃあどうしたらいいのです! 私は、、私もそんな世界を作りたいっ! ……なのです」


「――カヌレさ、もう分かってるんじゃないの?」


 思わず口を挟んでしまうリコリス。優柔不断、どっち着かず。そんなところが自分とどこか重なって見えた。オルメカもフッと笑うだけでその先は何も言わない。元々助けるつもりはなかったオルメカ。オルメス王伝説の真実、自分の過去を話したのだってカヌレがかつての自分のように後悔を残し選択をしてしまう、と思ったから。


(あとは自分で考えるのじゃ、カヌレ。そこのリコリス、、ディアブロスの末裔が言うように答えはすでにあるのじゃろうからな――)


 レオバトもオルムもメルカの決断には口を出さなかった。反対や意見はしたが、最後はその意見を受け入れてくれた。女王というのは、国を統治する立場の人間はその全てを自分の口・言葉で決めなければならない、というのがオルメカの持論。ゆえにそこに責任が生まれ、そして国民との信頼関係が生まれるのだから――。



『私はそんな王様に憧れた――』


 まだ外が明るかった時、カヌレはそう言った。オルメス王のように何でも決断し、そしてその夢を叶えた王様のようになりたい、と。


(……でも、そんな王様はいなかったのです、、、オルメカは、メルカ姫は何度も悩み、そして不安の中大陸を統一するという悲願を叶えた、、でもそれも、せっかく叶えた理想も最後には、、)


 オルメカの話を聞いてカヌレがまず思ったのは『メルカ姫はどういう人なのだろう――』ということだった。もちろん、本当に“どんな人か”が気になるわけではない。「呪いで足が、、」とか「クロイツの王で、、」とかは聞いたから知っている。ただカヌレが知りたかったのは『メルカという姫がどういう評価を受けるのか』と言うこと――。


 15種族が分割して統治していた大陸を初めて統一した、という実績は十分に伝説。それは後世でも評価されるべき栄華なのだろう、と思う。でもその理想の世界が拒絶されたということはその理想は受け入れられ無かったということで、つまり評価には値しないということでもある――。


(う〜ん、、考えるほどに難しいことなのです......)


 名君か愚王か、メルカはどっちなのか。その評価を考えるカヌレ。でもその答えなど分かるはずがなかった。なぜならカヌレはカヌレだから。他の人がオルメス王、メルカをどう判断するかなどカヌレに分かるはずもない。主観で客観は語れない、ということ。それは至極当たり前のことなのに――。


『――カヌレさ、もう分かってるんじゃないの?』


 リコリスにかけられた言葉が何度も何度も、頭の中で残響する。


 そう、分かっていた。もう知っていた。結局カヌレも同じだと。カヌレが決断したことの結果、誰かが傷ついても誰が笑っても、それを最後に評価するのは“自分”――。


 後から『英断だった』『無謀だった』と周りから言われても、それでも誰もカヌレの判断が正しかったか間違っていたかなんてわからない。だってそれを決めるのはカヌレ自身なのだから。


 名君と愚王についても同じ。それを判断するのは王自身が死ぬ間際、ベッドの上で自分の人生を振り返りどう判断するか、だ。他人の評価など“自分”の表面を図るものに過ぎない。悩み、葛藤、後悔......その全てを知る自分しか自分を裁けない――。


(だから、何をするにしても自分の責任、そしてだから自分のやりたいことをやるなのです――)


 カヌレは小さな胸、幼い心でそう決める。国のためとか誰かの評価とかは気にしない、ただ自分がいいと思った箱に一票を投じると。


「……オルメカ、リコルちゃん、ありがとうなのです。私はようやく分かりました。いい王様というのはすぐに決断できる人ではないと思うなのです。本当にいい王様は“決められない”王様――。だって決められないということは考えているということ、きっと誰よりもその問題を憂い、国を思い悩める人なのですから――!」


 カヌレの思想の枠組みならメルカは名君か。カヌレは自分で答えを出す。憧れた王のようにはならない。ただ私は私、カヌレ・ローズウェルハートという名の王女になると。


「……私はこの国を、王都を守りたいと思うなのです。だから私は王令を出します。第三王女として命じるなのです、、“憎悪の魔王、ニーナを討ち平穏を取り戻せ”と――!」


 この瞬間、ニーナとの全面戦争が決まった。騎士団はその命によって動き、王都を防衛する任につく。その結果がどうなるかは誰にもわからない。でも、カヌレに後悔はなかった。ただ自分の決断を信じる。その結果、良し悪しは後で反省会でもすればいいなのです、と。


 

 王令発布の知らせはすぐに騎士団本部にも通達される。


「……ついに来たか。おい、エリシア。これがお前の見た“未来”か?」


「うーん、、大まかにはね。ただボクの見た未来では王女様が泣いていた。……でもどうやら、大丈夫なようだよ――」


 エリシアが空に光る星星を見上げフフッと笑う。その澄んだ目は今、また先の未来を見ているのだろう。


「ふん。サラ、あいつらは動かせるか? 魔王戦だ。流石に円卓の騎士たちの力がいる」


「え〜っ、あいつらとボク、仲良く無いんだけど〜〜」


「それはお前が何とかしろ! ……で、どうだ?」


 ブーブーと謎の文句を言ってくるエリシアを鬱陶しそうに押しのけるエレノア。その質問にサラが肩をすくめる。


「全員、とはいかなそうです兄さん。あの姉弟は東に布教活動中。でも他の3人は動けそうですよ」


「……まあ、十分だ。じゃあ早速呼びつけろ。戦争だ、働け給料泥棒共――とな」


 エレノアが立ち上がりコートを着る。聖剣魔術学園に行き、もう一度あの元騎士団長様に確認をとってくるのだ。念には念を、というやつ。


「……給料泥棒とは。あいつらも悪いやーい」


「お前が一番の給料泥棒だバカっ」


 エレノアの辛辣な一言に「うっ、、」と胸を押さえるエリシア。だがすぐに真面目な表情になり、エレノアの半歩後ろをついて歩く。


「……魔王、か〜......ちょっとばかし楽しみだね、、」



 そう言えばなのです、、とカヌレが切り出す学園の帰り道。カヌレ、リコリス、それにオルメカの3人は既に日を落とした暗い帰り道を歩いていた。リコリスの暮らす、というか住み着いている学園寮はカヌレの住む王城とは反対なのだが、まあ時間もあるしということでついて行っているリコリス。


「そう言えば、気になったことがあるなのです。オルメカの、、メルカ・クロイツァーリの血筋を持つ人っていうのは今生きてるなのです?」


 確かに気になる、とリコリスも珍しく目を輝かせる。普段から暇が多いため読書に勤しんでいるリコリスにとって新たな知識を得ることは楽しいことで、そういう意味では当然の反応なのかもしれない。ただ、そういう顔を人界でするのは初めてだった。そんな自分に少し驚いているリコリスをよそに「え〜」とオルメカは勿体ぶる。


「……そうじゃな、、でもどうしてそんなことを気にするのじゃ? かつて自分たちが滅ぼした血を持つ者がいつか私を殺すために現れる、なんて。そんなことを思っておるとか――?」


 カヌレはかつてクロイツを滅ぼしたアズール王国のガデシュ・ローズウェルハートの子孫。だからもしもガデシュのしたことの仇討ちにクロイツ王家の血を継ぐものが現れることを恐れている、、という訳ではなかった。カヌレがブンブンと首を横に振る。


「違うなのです。……私のご先祖さまがしたことと私は無関係なのですから。ただ、気になるだけなのです。オルメカのこと、もっと知りたいなって、、」


「……カヌレ、、」


 カヌレに過去を語ってからどこか甘えてくれる。それが嬉しいオルメカ。カヌレはオルメカのことを召喚獣としてこれまで少し距離を取ってきた。でも過去の話を聞いて、オルメカも自分と同じただの女の子、姫とか王女である以前に悩み、恋して涙するような人間だと知った。だからカヌレは今、ひとりの人生の先輩としてオルメカを好いているのだ。


 そんな恋心に近い敬意にオルメカは気づいていない。でも、“気になる”と素直に言われるとどこか断りにくい。「うーん、、」と上を向いてしばらく考え込む。


「……言ってもいいのじゃが、、まあ良いか。結論から言うと余の血はまだ生きておる」


「ホントなのですか! ふふっ、いつか会ってみたいなのです!」


 妹の存在を知ったかのように飛び跳ね喜ぶカヌレ。また新しい友だちが出来るかも、という希望の喜びだった。しかしオルメカは「ただ、、」とどこか表情を曇らせる。


「……余の血、つまりクロイツ王家の血を継ぐものは正確には2人おる。まあ、1人は今も生きていてもう1人は、、どこか違う形で生きてるというか……」


 どこか複雑な話に「ん?」とカヌレは首を傾げる。説明しにくそうに頭を搔くオルメカ。


「すまぬがそれ以上は説明できぬ。素性も余から話すのはルール違反じゃ。あの子も、、それを知らぬのだしな」


 知らないのならそのままの方がいい、そうオルメカは思った。クロイツ王家の血なんて継ぎたいと思うはずがないから。


 それ以上はカヌレもリコリスも聞かなかった。どこか寂しそうな顔をしているオルメカにそれ以上詮索することは出来なかったから。そうこうしているうちに王城が見えてきた。


(……余の血、デイジーの子のまた子供のまた子供......。余は守護者として“それ”を見た。龍の血を引く呪われた者、として余の血筋が忌み嫌われてきたことを。だからあの二人も真相は知らない方がよいのじゃ、、)


 オルメカは言った。『余の血を引くものは2人いる、1人は今も生きていてもう1人は少し違う形で生きている』と。


 そのもう1人の方は今から300年と少し前、この世に生まれた。



 雪の降り頻るある日、とある夫婦がその雪の中を歩いていた。前もろくに見えない雪の中、その背中には村の明かりが見える。しかしなぜかその夫婦は村の暖かな光から逃げるように歩いていた。寒く、冷たい。そしてその夫婦の関係も同じく冷えきっていた。その原因は女の抱える赤子、そして女自身にあるようだ。


「……チッ、どうして俺がこんな目に、、君のせいで村を追い出されたじゃないか!」


「私だって! ……私だってこんな家に生まれたこと、後悔してるわ! でもあなたが結婚してくれたから――」


「それは君があの“呪われた血の一族”だと知らなかったからだろ!? 残念だよな。生まれた時から幸せになる権利が無い生活ってさ」


 男が悪態をつき、ペッと唾を吐き出す。女は泣きそうな顔で、それでも大切そうに赤子を抱えていた。両親の喧嘩なんて意に介さないかのように静かに眠る赤子を。



 しばらくして男と女は雪の中にある施設の前に立っていた。そこは養護施設のようだ。ここに来た目的はもちろん、


「……早くしろよ、トロ女。お前のせいで俺まで追い出されることになったんだからさ、こんなとこでまで迷惑かけんなよ」


「この子に罪はないでしょ! それに、こんな所に放置してもし死んだら、、」


「はぁっ? 死んでもいいじゃん。てかそいつもお前も、生きてることが罪なの。分かる? それにここ、養護施設だろ? さっさと捨ててこいよ!」


 男が女を蹴り飛ばす。思わず赤子を庇うように背中から雪に倒れる女。それでもその暴力の前には為す術なく、施設の壁の前に赤子をそっと置く。女の目には涙がじわりと浮かんでいた。置いたのを確認して男が女の襟首を引っ張る。


「ほら、さっさと行くぞ――」


「……あうー、、」


 その時、偶然なのか赤子が目を覚ます。小さな手を懸命に伸ばし両親に笑いかける。父親譲りのその青い目が男と女を射抜く。


「―――ちゃん!!」


「ヤメろ! 名前なんて付けたら、、もっと捨てづらいだろうが、、、」


 キツいことは言っているが男にとっても……“初めて”の子供。女の生まれのことが無ければ、すぐにでも抱きしめてやりたいほど愛していた。それでも男がその幸せを捨てるのは女と赤子をと暮らすよりも自分の幸せを大切に思ったからに過ぎない。呪われた血を持つ者と共に生きるぐらいなら女と別れる、とそれを選んだ。


 女も結局、自分一人では赤子を育てられないから捨てた。もし、女手一つで子供を養える自信があれば、また違っていたかもしれないのに。


 そして結局、男と女は赤子を雪の中放置しその背中は白い闇の中に消える。施設の者が放置されている赤子を見つけたのはそれからしばらくしてからのことであった。


 だが、まあまあな時間放置されていたにも関わらず赤子は眠っていた。泣くことも無く、死ぬことも無く呑気に寝ていた。


 そっと施設の者が赤子を抱き上げる。赤子が目を覚まし、ニコッと笑う。

 その肌は降りしきる雪のように透き通って白く、青い目が宝石のように光る。髪は遠いご先祖さま譲りの美しい金色。


 それから数年、その赤子は少女になった。両親の顔も名前も、自分の出身も何もかも。あまつさえ本当の名も知らない少女。施設の者から3418番と名付けられた少女はいつの日か、同じ部屋になった唯一無二の親友からその髪色由来の名前をつけられることになる。


“シトラス”、と――。




※絵の練習も兼ねて試験的に挿絵をつけてみました。まだまだ拙いですがたまーに載せていければと思ってます。ただ苦情来たらやめます。


この小説を見つけてくださったあなたに感謝します。

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