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187話 オルメス王伝説《開戦の章》

「……なんと、そうだったのですか。神の国エデン、とねぇ。そこに追われてあの洞窟、メルカ様が秘密基地にしていらしたあの洞窟にオルムは逃げ込んだと言うわけなのですか」


「そうだ。そしてそこで姫と出会い、我は命を救われた。……深く感謝しているし、その分申し訳なくも思っている。我のせいでそのような体にしてしまったのも事実だしな、、、」


 余はもう気にしておらんぞー! と余は頬を膨らませてプンプンとオルムを睨みつける。じゃが、こう楽しくワイワイ出来ていたのも今だけじゃった。ときは戦国時代。周り皆敵のテラアース大陸で今、気を抜ける時間など無い。一通り歓談し会話デッキが尽きたのを見計らい、レオバトが「さて、、」と真面目な顔で切り出す。


「……どういたしますか、メルカ様。邪龍の力でコージン帝国を討ち滅ぼしクロイツの領土は拡大しました。ですが、一夜でコージン帝国ほどの大国を我らのような弱国が討ったという話はきっとすぐに大陸全土に広がります。そうなれば脅威と感じた他国がクロイツを排除しようとするでしょう。そうなれば再び戦争となることはは避けられない――」


 そうじゃった。コージン帝国はテラアース大陸内でも大きい国なのじゃ。それを一夜で滅ぼすような国を他国が好ましく思うはずがない。特にクロイツと国境を接するセイレーンとユグラシアの2つはすぐにでもクロイツに出兵してくるじゃろう。そうなればクロイツ王国建国以来の危機じゃ。


 緊張状態は常にあるが、とは言え別に常に戦争をしておるわけではない。クロイツのような弱国は“いつでも滅ぼせる”という位置づけなので放って置かれているだけじゃ。


 でも、そろそろ余も覚悟を決めなければならないじゃろう。開戦の判断も侵略者への対応も余の一声で決まるのじゃから。黙り込む余にオルムが白い紙を1枚持ってきて余に手渡す。


「……敵の把握がしたいです。我の力を振るうにしても、その対象は明確にしておきたい。敵、味方。脅威、軽視。その判断もです。なのでこの大陸の略図を描いてくださいませんか?」


「ほう、だが邪龍はこの大陸を自由に飛んでいたのではないのか? 空から見ていたなら国の位置も分かるのではないか......?」


 オルムの疑問に疑問で返す余。自分で言うのもなんじゃが余もなかなか性格が悪いのう。でもそんな余に嫌な顔ひとつせず、オルムは余の疑問に当たり前のように答えてくれた。


「――我は世界に混沌をもたらす存在、、いちいち国の位置や国境線なんて気にしてもいませんでしたよ。なんせ破壊すればみんな一緒ですから」


 ほ、ほう、、余はそなたが恐ろしいよ。淡々と答えるのが一層ゾクッと余の恐怖を煽る。本当にこの邪龍が味方で良かったと心の底から思う。


「……ゴホンっ、じゃ、じゃあ描くとするかの。まずはクロイツの位置からじゃが、、、」


 余は白い紙に南北に伸びた楕円のようなテラアース大陸を描く。そしてその中心から少し南に行ったところに小さめの国を描く。これがクロイツ王国、そしてその中心都市アスランじゃ。


 クロイツと国境を接している国は3つある。

 ひとつがここからサザン要塞、サザン峡谷を越えて南に行ったところにある魔族の国のコージン帝国じゃ。領土は大陸内最大で、位置は大陸の南端になるな。コージン帝国の西にはドワーフ族の国のドワルトイがある。小国じゃがおもちゃと機械の国となかなか個性的な国じゃ。


 ふたつめがクロイツの西、エルフの国セイレーン。大陸内でも随一の発展度合いを誇る。みっつめがユグラシア。クロイツの東にあり、水の民と呼ばれる水鬼や人魚族の国じゃ。大陸内最大の湖があり、水の豊かな国。


 大陸の中央にあるのが通称“神の国”、エデン。天使や神が暮らす大陸内最強の国。そこに喧嘩を売った結果返り討ちにあったのがオルムじゃ。笑えてくるのう、、すまぬ冗談じゃ。剣を収めよ、、、


 ん、んんっ。そしてエデンの北にあるのが妖精と花の国フリージア。フリージアの東が幽霊たちの国ホラール。その南が鬼族オーガの国ガシマ。そしてその4つの国に囲まれているのがゴブリンの国グリーズじゃ。


 エデンの西を見れば2つ、国がある。北が狼人族ローガの国ジルムーン、南が悪魔の国ディアブロス。どちらも強国じゃ。互いに仲がよく、睨み合っている大陸内でも珍しく交流を深めておる二国じゃと聞いておる。


 ジルムーンの北にも2つ国がある。ひとつは大陸の北西、隅にある国アズール。クロイツと同じで人族の国じゃ。アズールとライナス大峡谷で国境を接するのが吸血鬼の国アルカド。夏は砂漠、冬は雪原という極端な気候を持つ、大陸内最北端の国じゃな。そして最後に大陸の北東の端にあるのが妖魔の国イシュトワール。独特の国民性と風景を持つ国じゃ。


 アズール、アルカド、イシュトワール、ジルムーン、ディアブロス、セイレーン、ドワルトイ、エデン、フリージア、ホラール、グリーズ、ガシマ、ユグラシア、コージン帝国……そしてクロイツ王国。以上がテラアース大陸内の15国じゃ――。


――そういえばオルムの国はどこじゃ? オルムはどこから来たんじゃ?


「我は龍の里、、この地図だとフリージアの領土内に里を構えてそこに住んでおりました。まあそれもたった200年前にエデンによって討ち滅ぼされ、その後は帰る場所を持たず大陸内を飛び回る存在となったのですけどね――」



挿絵(By みてみん)



「……国の位置と特徴はだいたい把握しました。で、どこから攻め落としますか?」


「――もう攻め落とすことは確定なのじゃな、、、」


 舌なめずりをしてワクワクと余を見つめるオルム。ほんとに恐ろしいやつじゃ。じゃがオルムがいたところでそう簡単に世界を統一など出来ない、ということは分かっておった。邪龍ひとりでどうこうなる戦争ならとっくに片がついておる。コージン帝国を倒したのじゃって、向こうに油断があったからじゃ。


「でものう、、最強の国であるエデンですら大陸の中央を取るのが最前線、世界統一などなし得なかったのじゃぞ? それを余らクロイツが成せるじゃろうか、、、」


「……我の力でも、、厳しいですか。成長したとはいえ確かにエデンの神兵や天使に挑むのは気が乗りませんね。でも、向こうが攻めてくるならやらないわけには、、、」


「そうですな。ひとまずエデンは置いておいてもセイレーンとユグラシアへの対策はしなければなりません。ドワルトイは……まあ大丈夫でしょう。新たに手に入れたコージン帝国の領土と接していますがあの国は平和で友好的な国です。攻めてくる恐れは低いでしょうし」


 だといいのじゃが……。

 ひとまずクロイツにとって直近の脅威はエルフの国セイレーンと水の国ユグラシアの2つとなった。こちらには邪龍オルムがおるとはいえ舐めてはかかれぬ相手じゃ。


「――ところで姫、この国の兵達はどのような訓練を?」


「ん? ああ、すまぬが余は存ぜぬ。なんせ動けぬのでな。そのようなことは元将軍のレオバトに聞いてくれ」


 動けたなら兵の訓練にも顔を出すのじゃがこの足ではのう......。やはり余は王としての責務を果たしきれておらぬな。と、そう考えると寂しく申し訳ない気持ちになる。


 余の進言通りオルムは同じことをレオバトに尋ねておった。


「そうですな……まず私たち人間が魔族やエルフといった他種族に優っているのは“数”です。大陸内全種族の中で最弱かつ短命の私たちはその繁殖力で数を増やし、人口だけなら大陸内トップとなりました。二番目はもちろん同じ人族の国、アズールですがね。……それゆえに戦い方も数の有利を活かしたもの、、例えば陣形を組んで剣と槍で応戦。後衛部隊が弓で援護、とかですかな。なので訓練も武器の扱いをメインにやっております」


「……そう、なのか? それならちと腑に落ちんな、、」


 余は自国の戦い方を初めて知って「ほう、なかなかやるのう」と感心しておったのじゃが、どうやらオルムは違うようじゃ。何やら不思議そうに首を傾げておる。


「どういう意味じゃ?」


「いえね、姫。普通戦場において数の有利というのは覆せないほど大きなものなのですよ。よっぽどの策か、我のような数をもろともしない火力が無ければ連戦連敗なんてありえない、ありえないはずなんです。それもエルフはともかく水鬼や人魚のような種族にまでここまで遅れをとるなんて、、、」


 余は戦争に関しては文献で読んだ程度の素人じゃ。だからオルムの言っていることはよく分からなかった。でも、オルムの話を聞く限りクロイツに何か敗北の大きな要因がある、ということは分かった。


「……もしかすると“魔法”の存在かも知れませんな。人間を除いた他種族は魔法という不思議な力を使います。ですがそれを扱えない私どもは大変苦戦を強いられ――」


 レオバトの独り言のような呟きを聞いたオルムの表情がハッと変わる。それはもう、余にでも分かるほどあからさまに。


「――まさか、お前たちは魔法を使えないと言うのか!?」


「……魔法とはなんじゃ? 本で見たことはあるが使い手を見たことがないので空想の話じゃと思っておったが、、」


 余の言葉を聞きオルムが頭を抱える。すまんの、使えない姫で。


「それだ。間違いなくそれが原因ですよ、連戦連敗の――。剣と槍? ハハッ、笑止千万ですね。そんなただの石ころで魔法や聖剣・魔剣を止められるはずが無いでしょう――?」


「……面目ない。確かに奴らの魔法は盾でも止められず、奴らの剣とは私達の武器では鍔迫り合いすら許されないのだ」


「だろうな。逆によくここまで残ったものだ、、ああ数がいるからか。数が多くて命拾いしたな、レオバト。我も烏合の衆とはいえ多い敵を一掃するのは面倒だからな。多国も同じ気持ちなのだろう。いてもいなくても関係ない、なら放っておこうとな」


 悔しい、と余はシーツをギュッと握る。余を馬鹿にされるのはいい。じゃが、ここまで命を散らしてきた兵達の戦いが無駄だと笑われるのは許せぬ。


「……どうすれば、どうすればセイレーンやユグラシアの鼻をあかせる!? どうやったら、、人間でも一矢報いれるのじゃ、、、」


 震える余の手。オルムがそれを分かってかそっと自分の手を重ねる。冷たい手じゃ。でも、気持ちは暖かい。


「我に1ヶ月ください、姫。レオバトはなんとか戦争を1ヶ月引き延ばせ。さすれば我がこの国の兵たちに魔法を教えましょう」


 余は目を見開く。驚きの話じゃった。でも、ワクワクもした。クロイツの不利の元凶であった魔法をこちらも使えるようになれば、戦局は一転するかもしれぬ。


「でもたった1ヶ月で魔法を取得など出来るものなのでしょうか?」


「……才能のある者達を選抜すれば何とかなるかもしれない。魔力量、精霊との親和性などだな。幸運にもこの国は人族の国。母数が多いから才能ある者のいる確率も必然的に上がる。……まあ才能ある者が100人いたとして1人が大魔法士、10人が魔法士になれれば上出来というレベルだろうがな」


 オルムも算段はあるようじゃ。余はオルムにその魔法使い候補生の選抜、指導を一任した。その間、レオバトはセイレーンとユグラシアの動きを牽制してもらう。何としても1ヶ月耐えるのじゃ!


 まあ、そんなことを言っても余は何も出来ない――



「――なんて、考えてたんじゃないですか? 姫様」


 1ヶ月が経った。余は今、城の外にいる。寝室から出たのですら2年ぶり、外に出るなどそれこそ10年前以来じゃ――! 


 車輪の付いた椅子に余は座り、それをオルムが支える。動けない余のためにレオバトとオルム、それに国の技術者とで考えてくれたらしい。余は感無量じゃった。久方ぶりの外の空気は澄んでいて気持ちが良かった。


「……余は満足じゃ。そなたらも、よくやったのう」


 余の前には20人ほどの若者が一列に並んでおった。新設された魔法部隊の者たち、オルムの魔法指導を受けたクロイツ初の魔法使いじゃ。それゆえ余が挨拶に来た、というわけじゃな。


「――サンタナ・スノウ二等兵です! お目にかかれて光栄であります、女王陛下!」


 その右端に立つまだ10代、余より少し年下っぽい少年が緊張した面持ちで敬礼する。その言葉に他の魔法士達もバッと一斉に敬礼する。ああ、余はこの国の女王だったのじゃな。懐かしい感じが少しくすぐったくて、そして嬉しい……!


「そなたらの働き、期待しておるぞ?」


 余は精一杯の笑顔で笑いかける。「はいっ!」と元気の良い返事が返ってくる。元気っていいのう。余も、病がなければこんな17歳を送っておったのじゃろうか――。


「……じゃあお前たちは訓練に戻れ。戦争で役立つには、この国の礎になるにはまだまだ足りないぞ!」


 オルムが若い魔法士達を一喝する。素直に散開しそれぞれのすべきことへと戻る姿。オルムが余の元に来てからこの国は大きく成長した。余も、こうやって外に出たり笑ったり。……ああ、こんな楽しい時間が続けばいいのにのう――


 じゃが、決断のときは訪れるものじゃ。1ヶ月が経ち、魔法士も育った。コージン帝国戦で疲弊していたクロイツの軍隊もだいぶ回復し、大陸内最大領土のコージン帝国を獲得したことで余らクロイツは大陸内最大領土を受け継ぐ形となった。レオバトがよく耐えてくれたおかげもあり、セイレーンとユグラシアからはとりあえずこの1ヶ月、国を守ることが出来た。


「――姫、どうなさいますか?」


 生徒たち、魔法士たちを見渡しながらオルムが余に尋ねる。最後の確認じゃ。余の心はもう、、決まっておる、、、はずなのに――!


――何を迷っておるのじゃ......! 国を守るために敵を討つ、当たり前のことであろう!?


 余は震えていた。怖かったのじゃ。平和に慣れ、この1ヶ月を“楽しい”と心から思ってしまったがゆえ、それを手放したくない。じゃが、一国の王としてはそれではいけないのじゃ。……いけないのじゃが、、、葛藤に悩む。女王として、国のトップとしてのメルカと、ひとりの女の子としてのメルカの間で揺れる。


「……メルカ姫、、もう......」


「嫌じゃ! ……分かっておる、オルム。余はもう決めたのじゃ――!」


 心配そうに余を見つめるオルム。落ち着こう......余は大きく息を吸い、そしてゆっくり吐く。

 この1ヶ月、真に楽しかったというのなら今度はそれを恒久のものにしよう。他の種族にもこのワクワクを味わって欲しい――!


 そう、決意をすると震えが止まった。余は腹をくくる。


「余は――」



 それから2700年、半神半人の存在となり“守護者”としてこの世界を見守ってきた余はこのときのことを『最大の転換点』と振り返る。この時余には取れる選択肢がいくつかあった。きっとその選択肢一つ一つが無数の未来へ繋がっておったじゃろう。結局このとき余が選んだ、選び取った未来は最善じゃったのだろうか......今でも時々悩む。もし、この時女の子としてのメルカの気持ち、『このまま平穏な毎日をオルムと共に送りたい――』を選んでいれば、あのような結末は迎えなかったのじゃろうか――。



「余は、この世界を統一する――!」


 だが余は選んだ。理想の道で修羅の道、茨の道を。……たった11文字。この時余が発した“たった11文字”が今、余の運命も世界の運命も大きく変えた。そのことを、まだ余は知らない――。



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