177話 死の世界で二人きり
「じゃまだよリコリス〜、、おにーちゃんのところにいけないじゃない」
「行かせないよ。お前みたいな愛憎に狂った女なんて――」
“強欲”と“憎悪”がぶつかる。すべてを求めて手をのばすリコリスの枝を、全てを破壊するニーナの“崩壊”がパキンッと粉砕する。ここまではこれまでと同じ。
「――避けてください!」
その声にリコリスが枝を使ってバッと飛び上がる。それによりリコリスに被ることで隠れていたシトラとニーナとの間の遮蔽物がなくなる。
「飛翔する斬撃、、ホライズン――!」
右足を一歩前に出してシトラが力を込めて聖剣フィルヒナートを大きく横に振る。ビリッと空気が震え、衝撃を伝えるように飛んでいく斬撃がニーナを真っ直ぐに狙う。だが、
「むだだよ? やっぱあなたではおにーちゃんのとなりにたつにはやくぶそくだわ――」
無造作にシトラの斬撃に触れる。ただそれだけでやはり斬撃はパシュっと空気の一気に抜けるような軽い音とともに霧散してしまう。
悔しそうな表情を浮かべるシトラ。だが間髪をいれずに今度は左足を前に出し、振り抜くべく後ろに大きく握った剣を引く。
「ふふっ、もうだまされないんだからね?」
シトラには目も向けず、ニーナがすっと上を見上げる。そこにはリコリス。シトラとニーナとの射線上から離脱すべく高く飛んだリコリスが落下してくる。上へ飛ぶことで視界から消え、その状況でニーナの注意を別に逸らすことで完成する死角からの攻撃。だが少し変えたとはいえ二回目では通用しない。ニーナが勝ち誇ったようにニィっと笑い、両腕を降ってくるリコリスめがけてかざす。
「崩――」
「させないよ......。F M O , L Y B As 《両腕を下ろせ》―――!」
アザミの詠唱と同時にニーナがかざそうとしていた両腕がバチンッと強制的に地面に吸い付けられる。「うわっ!」と前につんのめるニーナ。
「攻撃は崩壊で防げても、ニーナ自身の魔力に干渉する俺の魔法は防げまい、、。さあやれ! リコリス――!」
“崩壊”を使えるのはニーナの両手の平だけ。であれば、その発動のために魔力を両手に集めたタイミングで“その魔力を操ってしまえば”いい。アザミの魔法は相手の魔力に干渉し、それを自由自在に操れると言ったもの。だからこそ成し得た芸当だ。アザミの声にリコリスがフフッと笑う。
「――言われなくてもっ! 樹霊ッ、、句句廼馳ノ薔薇!!」
リコリスの腰から伸びる太い枝がバッと何本もの細い枝に分かれ、そしてその細い枝の先端からまたいくつもの細枝が伸びる。そしてリコリスの合図でその何本もの枝は一斉にニーナめがけて弾丸のような速さでビュンっと伸びる。そしてザクザクと突き刺さっていく。
「――今だ! アザミ、、ニーナの核を壊せ! ニーナはアザミに手が出せないはずだ!」
何本もの枝に貫かれバランスを崩したニーナの小さな体がアザミの方へとふらふら転がる。
「おにー、、、ちゃんっ――!」
その時、ニーナと目があった。アザミを見つめるその目には涙が溢れていて、目があった瞬間嬉しそうにパァッと輝く。その目にアザミの思考が一瞬消え去った。世界がゆっくりに見えた。
(俺は、、この子を殺してもいいのか……)
「――アザミ!」
だがシトラの叫び声にハッと我に返る。そしてほんの一瞬と言えども、僅かにでも敵に対して手を抜こうとした自分を叱責する。
「――クソッ! どうしたんだ、俺っ......!」
ブンブンと首を激しく振り、ギンッとニーナを睨みつけて魔法陣を展開する。
「――煉獄魔弾!!」
アザミが魔法陣を思い切り殴りつける。そのとき押し出された空気の塊が魔法陣を通して、真っ赤な炎に包まれた岩に変わる。そしてそのまま、燃える火の玉は真っ直ぐにニーナを貫く。赤黒い穴が空き、ボッと発火するニーナのボロ布。
「……おにー、、ちゃ、、、、ん、、、」
驚いたように目を丸くするニーナ。その目からポロッと涙が溢れる。信じていたものに裏切られたようなニーナの純粋なその表情にアザミが悔しそうに唇を噛む。
(もし、、助けられたなら、、、)
敵という関係である以上、同情するのはおかしな話だと理解はしていた。でも、愛憎でも、歪んだ愛情だったとしてもアザミに向けられていた目は本物だった。前にグラッと崩れるニーナの小さな体から思わず目をそらす。
だが、
「何をしているんだアザミ――! なんで、、、なんで、、、」
信じられない、と地面に降り立ったリコリスが絶望した目でアザミを見る。それもそのはず。
「……ひどいよ、おにーちゃん。ニーナのこと燃やすなんて――」
ゾクッと悪寒が走り、アザミが慌てて逸らした目をバッと正面に向ける。
ニーナが立っていた。倒れてなどいなかった。死んでなどいなかった。冷たく色を失った絶望の目がアザミをジッと見つめていた。
「ああ、そうか。おにーちゃんはおにーちゃんじゃないんだね。にせもの、なんだね......。でも、わかってるよ。ニーナがたすけてあげるからね......。だからいっしょに――」
ゆらゆらと、不気味な笑みを浮かべながらニーナがアザミの方へ歩みを進める。腹に空いた赤黒い穴がボロボロと崩れ、そして再生してゆく。
ニーナはアザミにニコリと満面の笑みを向ける。そしてその満面の笑みのまま、小さな口がゆっくりと言葉をきざむ。
「―― 一緒に死んで? そして永遠にニーナと過ごそうね。……おにーちゃん?」
「クソッ! 間に合え――!」
リコリスがブワッと枝を伸ばす。音よりも早く成長し伸びるその枝がニーナの心臓の位置を貫く。
だがニーナは胸元に太い枝が突き刺さったまま、ゆっくりとリコリスの方を振り返る。
「……またすぐにあえるよ。ばいばい。……おにーちゃんも、もうちょっとでいっしょにくらせるからね?」
そう言い残し、ニーナの体がパッと真っ白な光になって消える。ふわふわと光の粒子がニーナが先程までいた場所を漂う。あたりはシーンと静まり返る。先程までの戦闘は、喧騒は嘘のようだ。
「……勝ったのか?」
「――残念ながら負けよ。アンタのせいでね」
ニーナの体は光になって消えたのにリコリスは“負け”と言った。状況を飲み込めないアザミにチッとリコリスが悪態をつく。だがアザミもリコリスの怒りの原因がわからない。うーん、、と頭を掻き目をそらす。そんなアザミを見てリコリスが怪訝そうに眉をひそめる。
「……なんで、とどめを刺さなかった? もしかしてニーナに情でも湧いたか?」
「まさか、、それに俺はアイツに煉獄魔弾、攻撃をした――! 倒しきれなかったのは火力不足かも知れないが、その全部が俺のせいだっていうのは言い過ぎなんじゃないか?」
アザミの言葉にリコリスがギリッと奥歯を鳴らし、怒り心頭の顔でアザミの胸ぐらを掴む。
「“核”だよ――! なんで、、なんでニーナの核を破壊しなかった!? 私とシトラ・ミラヴァードが苦心してニーナを守る外壁を壊したっていうのに、、なんで露わになったあの子の核を壊さなかったッ! ……最大で、、最後のチャンスだったんだぞ、、、」
アザミの胸をドンッドンッと叩き、悔しそうな表情を浮かべる。
作られた魔王、特殊生命体である七罪の魔王は心臓を壊しても首をはねても死なない。殺す方法は唯一つ、“核”と呼ばれる錬成時に中心とした器官を破壊することだ。だが、
「……悪い、、だけど核の場所がわからなかったんだ、、、すまない、、、」
アザミが申し訳無さそうに目を伏せる。
「――え? 何を言って、、、るの?」
流石に予想外の言葉だったか、アザミのその言葉にリコリスが唖然と伏せていた顔を上げる。
「……魔王なら、、、核の位置は光って見えるはず、、よ?」
リコリスはアーシュたちの方にちらっと目をやり、アザミにだけ聞こえるようにボソッとそう呟く。それを聞いたアザミは言葉を失う。
なぜならアザミはあのとき、リコリスから『核を壊せ』と言われたあのとき、本当に何も見えていなかったから。
「……もしかして、、、本気で見えていないの?」
「……ああ、どうやら、、、そうらしい......」
そんな、とハッと口元を押さえるリコリス。アザミは混乱している頭を必死に動かして考える。
(七罪の使徒を殺すには核を壊さないといけない。だが核は普通のものには見えず、魔王にしか見えない――)
この状況が示しているのはひとつ。
アザミは今、魔王ではないということだった。
しばらく沈黙が続く。リコリスは険しい表情でなにか考え込んでいるし、アザミもずっと俯いたまま一言も発さない。シトラもそんな二人の間で気まずそうにしていた。
「これでよし! っと、そこの3人は怪我とか無い?」
黙り込む3人の傍らでアーシュとイリスの治療をしていたエイドが「ふぅ」と額の汗を拭う。
「あの、、エイド先輩。ありがとうございます......」
「ございます......」
アーシュとイリスがペコリと頭を下げる。エイドは「当然だよ〜」と恥ずかしそうに笑い、
「心臓が動いていれば、どんな傷でも治せるよ! まあ、あくまで応急的な治癒魔術だから後々病院には行ってね」
力強いエイドの言葉に素直にうなずく二人。「よろしい」と満足そうにコクコクと微笑むエイド。治療を終えたエイドのもとにソソッとシトラが寄る。
「どしたの? シトラちゃん」
「あの、ありがとうございました。こんな急な呼び出しに文句言わず来てくれて、、、」
「いいのいいの! だって、友達でしょ? 困ったときはお互い様、よ。……ところで、それ以外に何か言いに来たんじゃないの?」
エイドがニコッと笑って「わかってるよ」とシトラの肩に手をのせる。
「……そうですね。来てくれたのにこんな事を言うのは失礼な話なんですが、、、あの、出来れば私とアザミ、そしてあの子の3人にしてもらえませんか?」
申し訳無さそうに手を合わせたシトラがエイドの目を真っ直ぐに見つめる。シトラにそんな意図は無いのだが、そう見つめられたら同性と言えど断りづらい。エイドは「いいよ」と返事をし、二人と一緒に立ち上がる。
「……私はこの後輩ちゃんたちを治癒しに来ただけ。戦うのはアザミくんとシトラちゃんの役目だもんね。うん、分かった。じゃあ、また明日学校でね〜!」
一応納得した感じでエイドが二人の背中を押して去っていく。残されたのはアザミ達3人。シトラが「バイバイ!」と振り返って手を振っているエイドに軽く頭を下げ、小さく手をふる。
そして、互いに目をそらし合っているアザミとリコリスの方へ向き直り、一言。
「……場所を変えましょう。これからのことも話したいですし、特にあなたには聞きたいことがたくさんあります――」
シトラが真剣な表情でビシッとリコリスを指差す。
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