164話 後輩たち
《聖剣魔術学園豆知識》
クロト・イヌガミ (犬神黒兎)
東の国、イシュタル帝和国出身の女の子。可愛いものが好き。黒髪や名前から清楚で厳しい系と思われがちだが、実際の中身はおちゃらけてどこかふわっとしている。第1学年の首席。
※作中に出てくる『東の国』はどこか日本っぽく、露天風呂やたこ焼きなどはありますが流石に漢字はありません。なので『犬神黒兎』はあくまで裏設定、イメージしやすくするためのものです。
「……トーチくんとクロトさんはどのようなご関係なのですか?」
「ああ、僕のおばあさんが東の出身でね。僕も幼いときはネロと両親と東に住んでたんだけど、その時にお隣さんだった人だよ。その好でね、僕に校舎を案内したり学園生活のサポートをしてくれという頼みが来たってわけさ」
シトラの質問にトーチが答える。
「そうです! 実はクロトちゃん、、、むこうじゃ結構えらい家系の子なんですよ!? えっへへ〜、びっくりしました?」
フフン! と誇ったように胸を、、、寂しい胸を張りクロトがアザミにちらっと目をやる。
「……まあ、この学園に入る時点で相当の家柄なのは目に見えているがな。魔術も剣術も、幼少期の教育が物を言う。魔術に関して言えば代々伝わる秘術、などもあるわけだし。逆に俺たちやアーシュとイリスのような辺境平凡の出身の方が珍しい。……あ、見た目と言動のギャップということで言えばびっくりだ。クロトからは馬鹿のオーラが漂っているからな......」
「ひ、ひどいですぅ〜! これでもクロトちゃん、首席合格なのですよ!?」
む〜、、と軽く頬を膨らませてクロトがアザミに詰め寄る。
「……俺は客観的事実を述べただけ、、ええい! 暑苦しいからそれ以上寄るな!」
「もうクロトちゃんは怒りました! こうなったら――」
クロトがバサッとフードを被る。ピンッとフードに付けられた犬耳が立ち、目がキラッと光る。
だが、それだけで特になにかが起こるわけではなかった。
「……どうですか、、、恐ろしいでしょ?」
「えっと、、、それだけ? 何というか、加護とかはついていないのか?」
「籠!? 別に荷物を入れるようじゃ無いですよ〜先輩! 頭の方、大丈夫です?」
「頭がオカシイのはお前のほうだろ!? はぁ、、ただの見掛け倒しか......」
「ん〜、、確かに効果はないですけど、どうです? クロトちゃん可愛いでしょ? この犬ちゃん被るとクロトちゃんの可愛さが増し増しになるんで〜っす☆」
クロトが犬耳をサスサスと触り、アザミをキラキラと輝くイタズラな目で見つめる。
「可愛いな。確かに。でも戦闘向きでは――」
そこまで言ってアザミは何やら周りの視線が冷たいことを感じる。目の前のクロトは「な......!」と絶句し頬を赤らめているし、イリスは不満げでシトラは何やらブツブツ言いながら冷気を放っている。
「まてまて、一体俺が何を――」
「アザミ様は変態なのですね。女の子を勘違いさせるのが趣味か何かのようです。……はぁ、また被害者が増えた、、あとライバルも。……ゴホン、ところでトーチ様。用事の方はよろしいのですか?」
「ああ、クロトに学園を案内するってやつね。それなら大丈夫。せっかくだし、皆で回ろうか。聞こえたけどアザミとシトラさんも学園を紹介する予定だったんでしょ? じゃあ僕らもお邪魔させてもらおうかな。いいよね? クロト」
トーチの言葉にクロトがフードを外しながら頷く。
「はい。クロトちゃんは構いませんよ〜。それに、クロトちゃんもお友達と一緒に回りたいですからっ!」
「え? それってもしかして、、、」
アーシュとイリスがお互いに顔を見合わせる。二人の手を握り、クロトが「当然でしょ?」とニコリと微笑む。
「せっかく同じ学年で、同じ学園の仲間でしょ? クラスは違うけどさ〜、友達、なってくれないかな〜? あ、そこの天使ちゃんも!」
「ニアも、ですか......友達に、、、」
クロトにそう言われ、ニアが少し嬉しそうな表情を浮かべる。そんなニアにニコリと笑いかけるクロト。
「……良かったな、ニア。じゃあ、早速校内を回るか」
「そうしよう。クロトもいいね?」
「もっちろん!」
行こっか、とクロトが3人に声をかける。そしてアザミ、シトラ、トーチを先頭に7人で聖剣魔術学園の校内を散策することとなった。
「まず、ここが講堂だ。入学式や卒業式を行うことに使われるのがメインかな」
「……そう考えるとあまり使われることがないですね、講堂って。行事に使うのもあのアリーナがほとんどですし、、、」
いつのまにか紹介される側に回っているシトラが講堂の奥に見える円屋根を指差す。
「お! アレが噂のやつっすか!? あの新人戦とか双剣戦とかやってるっていう――!」
その建物を見て興奮したように熱くなるアーシュ。まあまあ、と諌めつつアザミが語る。
「そうだな。第1学年のほとんどの行事はあそこでやった。どうやら、霊脈の関係であそこが一番異世界の展開がしやすいらしくてな。そうだ、アーシュ達の新人戦も楽しみにしてるぞ? もちろん優勝だ」
アザミの言葉に「が、頑張るっす!」と武者震いするアーシュ。その横で「へえ、そんな理由でここに建っていたのですかぁ、、」と納得しているシトラ。
(――どうしてシトラに教えることになっているんだ......?)
「……優勝はさっせないよ〜? だって勝つのはクロトちゃん達だし!」
「なんだと? 負けないっすよ!」
早くも前哨戦が始まっている。呆れた目でそれを見るイリス、興味なさそうにトーチにより詳しい説明を求めているニア。そして「次、行くぞー」とバラバラな後輩たちを招集するアザミ。
(でも新人戦のMVPが第1学年の生徒会役員となるんだよな? 順当に行けば、、、クロトなのか!?)
それはマズい気がする。クトリと混ぜるのも危険だし、クロトのキャラを考えると夏までには生徒会を掌握しているというイメージが鮮明に湧いてくるアザミ。ブンブンと首を振ってその未来を脳内から追い出す。
続いてアザミたちがやって来たのは講堂に並ぶ大きさの建物。木造の暖かそうな、柔らかい雰囲気のある建物は食堂だった。内部は高い天井にいくつもの太い柱、吹き抜けを囲むように存在している2階部分にはパラパラと会議や自習をしている生徒の姿が見える。
「……ここが食堂だ。美味しいものが多いぞ。昼間は当然混雑するが、放課後や朝方は結構空いているかな。軽食や飲み物も売ってるから自習やちょっとした話にも最適だぞ。中でも俺のおすすめのメニューはだな、あの――」
「と、長くなりそうなので続きは後で。……ところで何か質問とかあったりします? 私はあまり食堂を利用しないですがアザミは結構使っているので何でも答えられると思いますよ?」
元通り、紹介する側に復帰したシトラが質問を募る。それに対し「じゃあ、、」とイリスがおずおずと手を挙げる。
「食堂のメニューで一番安いのって何ですか? 私、あまりお金がなくて、、、」
「……うーん、、そうか。それなら俺の知り合いの先輩で『セットメニューセットのみ』というものを食べている人がいるぞ? まあ、あまりオススメはしないがな......」
「う、、それはどういうものなのですか?」
アザミの言葉に不穏なものを感じ取り、イリスがゾクッと身を震わせる。
「えっと、言葉通りだ。セットメニューを頼んで、メインをキャンセルするんだ。本人曰く裏メニューらしいがな。でも安いのは本当だぞ? 銀貨1枚で葉物一色のサラダとパンが2つついてくるからな。……まあ、本当にオススメはしないが……」
そんな変人しか手を出さないようなメニューを頼むとイリスは入学後一ヶ月と経たずして校内で笑いものになるだろう。それを思うと強くはオススメ出来ないアザミだった。
(気にしないのはあの先輩ぐらいだろうしな......)
アザミの脳裏にほわほわとあの薄桃色のツインテの先輩の顔がよぎる。今や生徒会長となったアミリー・クラウスだ。
「……はいは〜い! クロトちゃん、校内も回ってみたいで〜っす!」
次はどこへ行くか、、、と考えていたアザミ達にクロトがニッコニコで提案する。だがアザミは「え〜」と懐疑的な表情を浮かべる。
「って言われてもな〜、、校内なんて教室ぐらいしか無いけどそれで良いのか?」
「いやいや先輩、、、あるでしょ? 例えば〜、隠れ告白ポイントとかせんせーに見つからない隠し部屋とか! クロトちゃん、そういうの気になっちゃうんで〜す☆」
「……良いんじゃない? だってそもそもこの学園案内もさ、明日からの学園生活で困らないためのものだろ? それならちゃんと校内設備も案内してあげないとね」
トーチに言われアザミが「確かにな」と納得した表情で頷く。それを見て「ヒドイ! クロトちゃんの言うことは聞き流してたんですか!? ねえねえ!」とクロトが不満げにアザミに詰め寄る。それを「はいはい」と作業的に流すアザミ。
「じゃあついてこい。クロトの言うポイント、いくつか知ってるから案内してやるよ」
そう言ってアザミは校内へ入っていく。さっきまでの不満はどこへやら、一転して嬉しそうに顔を輝かせたクロトがその後に続く。
「……僕たち生徒会としてはそんな隠しスポットは見過ごせないんだけどね、、、だからそこの巡回を増やすことにしよう。まあとりあえず行こうかシトラさん」
「ええ、そうですね。アザミから聞き出して、その上でこれからそこを重点的に見回ることにしましょう――」
悪い笑みを浮かべ、シトラとトーチも続く。
「……とまあ、こんな感じか? 一通り校内を回ってみたが、、面白かったか?」
「はいっす! いや〜、明日からが楽しみになったっすね」
アザミ達がいるのは第2学年A組の教室、つまり明日からアザミとシトラ達が通うこととなる教室だ。どうやらクラス替えもないらしい。教室の鍵はなぜか開いていた。
(ちょっと飲み物でも買ってくるか……)
アザミがひとり教室を出る。他の人達は教室でおしゃべりをしていた。久しぶりの再会なので積もる話も多いのだろう。
なんて、そんな事を考えながらアザミは廊下を歩いていく。その時ふと目をやった中庭で誰かがぽつんと立っているのが見えた。髪を下ろし、どこかをぼんやりと見ている制服姿の少女。
「……新入生か......?」
校舎の3階にいたアザミからは小さな後ろ姿しか見えなかったし、特に見覚えもなかったためアザミはそう思う。その程度にしか考えなかった。
だから通り過ぎたアザミの背中を逆にその少女がじっと見ていたことなど知る由もなかったのだ。
「……髪型が違うから気づかなかった? フフッ、でも久しぶりだね……“父さん”――」
少女の金色の目がアザミを射抜く。舌をチロッと軽く出して微笑む少女。その肩に青色の蝶がとまる。
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