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163話 春

「1年ぶり、だな......」


「そうですね、短くもあり長くもある1年でした。ホント、色々ありましたもんね……」


 アザミとシトラはゆっくりと、寮から学園への道を歩いていた。気持ちのいい朝、涼しい春の麗らかな風が頬をなで、思わずシトラは片目をギュッとつむる。


 ちょうど1年前の昨日、双子は初めて王都に来た。この聖剣魔術学園の入学試験を受けるために。だが、地図が読めなかったせいで道に迷い、結果的に裏口入学という形となった。それも、今や昔のこと。懐かしい思い出のひとつとなった。


「……この1年で沢山の人に会ったな。オルティスアローの皆、馬鹿だけど面白いクラスメートたち。それに、頼りになる先輩方。本当に300年前の俺たちじゃ考えられないよな......」


「ええ。300年前はお互いに殺し合う仲でしたもんね、私達。……不思議なものです。今や魔王のあなたと並んで登校しているなんて。でも、この生活は300年前には経験できなかったものです。だから私、楽しいですよ?」


「俺もだ。仲間、というのも案外いいものだな。それにこっち(人界)は食事が美味しい!」


あちら(魔界)はそんなこともないのですか?」


 グッと握りこぶしを作り微笑むアザミにキョトンとした顔のシトラが尋ねる。


「いや、ただ単に人界のほうが俺好みの味っていうか、、うーん......あっちにいたときはこんなことは感じなかったんだが、、、」


「……そうですか。私はこっちの味に慣れてるからか少し物足りなく感じてしまいますが、、あ! 話している間に着きましたよ? 学園に――」


 そこは聖剣魔術学園。アズヘルン王国最大の勇者、魔術師育成機関だ。そして今日は入学式。また国のためを思う新たな若者たちが、希望を胸にいだいて学園の門を叩こうとしていた。その若い芽を、太陽のようにキラッと光を反射して輝く大きな時計塔が見下ろしていた。


「……んじゃまあ、手伝いますか」


「ありがとうございます、アザミ。私達は今日まで休暇だと言うのに手伝ってもらって、、、」


 気合を入れて腕をまくるアザミにシトラが申し訳無さそうに目を伏せる。アザミはそれをちらっと見て、『気にするな」とその金色の髪にポンッと手を乗せる。


「俺がやりたくてやってるんだ。それに、俺はお前の兄だからな」


 ニコッと笑顔を見せるアザミにシトラが嬉しそうにパァッと顔を輝かせる。

 そしてそのまま双子は新入生たちの中を講堂目指して歩いていく。


 アザミとシトラ、転生した魔王と勇者の兄妹は第2学年になった。



「……ま、特に俺たちの頃と変わらない入学式だったな。それと今年の首席挨拶は女の子だったな。俺たちのときはトーチだったが、、」


「その前はアミリー先輩でもうひとつ前はサラ先輩なのでトーチくんが珍しかった、のですね。でも首席の子は明るくて良い子そうでしたね......」


 入学式を終え、アザミとシトラはしばらく校内を散策していた。見事、聖剣魔術学園への入学を果たした第1学年生たちが両親や村の人、友達と一緒に喜びを分かち合ったりしている。そんな中を双子は人を探しながら歩いていた。


「……いないな、、もしかしたら受かっていないのか? ……まあ、難しい話だったか。去年の夏、約束をしたんだが――」


「アザミさん! シトラさん! こっちっす!」


 その声に双子がバッとその方向に目をやる。そこに立っていたのは嬉しそうに手をふる長身で白色の髪をした細めの男と、薄黄色の髪の毛をポニーテールに結んだ少女。それと、、


「おー! 良かったな、アーシュ、イリス! ふたりとも合格するなんて、、頑張ったな。二人が受かって本当に嬉しいよ。……でもな、これはどういうことだ? なぜ君までいる? ニア、、」


「――ニアは言いました。『やりたいことを見つけた』と。つまり、そういうことです」


 ニアがクルッとターンをしてその制服姿をアザミ達に見せつける。ふわっと広がるスカートに揺れる灰色で縦ロールのツインテール。そして何よりも他の生徒たちの視線を集めていたのはその背中から伸びる純白の羽だった。


「……そういうことです、じゃなくてだな、、どうしてニアがここに? お前、年齢は――」


「ニアの年齢はちょうどあなたのひとつ下です、アザミ様。まあ、人族で言うところの60年くらいは年を取りませんけど」


「だよな!? それなのにどうしてニアが……」


「ニアさんが私達に魔術や剣の手ほどきを教えてくれたんです! 自分も学校生活というものを送ってみたいって言って、、」


 イリスの言葉に思わずアザミは頭を抱える。そんなアザミを心配そうに見つめるシトラ。


「はぁ......無茶をするんだな、天使族でも」


「いいじゃないですか。授けられた長い命、そのたった3年間でもニアは楽しいことをしたい。退屈にはもう、飽きました」


 そう言って微笑むニアにアザミがため息をつき、「分かったよ」と軽く微笑む。


「歓迎する。ようこそ、聖剣魔術学園へ」


「ありがとうございます、……アザミ先輩?」


 ニアの言葉にアザミの全身を謎のむずがゆさが走り抜ける。それを見て思わずクスッと笑うシトラ。


「……何を笑っているんだ、、、そうだ、アーシュ。お前もシトラになんか言ってやれ!」


 妹に小馬鹿にされ、アザミがアーシュに指示を出す。それを受けて「俺っすか?」とアーシュが驚いたように自分の顔を指差すが、「そうだ」とアザミが頷くのを見てその指示に従う。


「えっと、、覚えてくれてるっすよね? 俺とした約束。入学したら俺に剣を教えてくれるって約束っすよ! シトラ先輩!!」


 “シトラ先輩”という言葉にニヤッと笑うアザミ。だが、シトラは特段気にする様子もなく、余裕の笑みで返す。


「はい、もちろん。私もクランの集いとか生徒会の仕事で時間はあまり取れませんが、、暇なときならいつでも来てくださいね?」


「な!?」


 呆然とするアザミと「はい!」と嬉しそうに背筋を伸ばして返事をするアーシュ。思惑が外れ言葉を失っているアザミに対して、シトラが強者の笑みを見せる。


「私はあなたと違って騎士団内での地位は普通でしたから。ね? 魔王様」


 いたずらっぽく笑いながらシトラがボソッとアザミの耳元でささやく。チッと舌打ちして悔しそうな表情を浮かべるアザミ。そんないちゃつく双子を少し不満げに3人が見つめる。


「……あ、ごめんなさい。これからどうします? 私達も王都にそこまで詳しいわけではないのですが......」


 シトラが困り顔でアザミを見る。300年前の王都であれば詳しいが、現在とは大きく姿が変わってしまっているため休日にあまり外出しないタイプの双子にとって街案内は現実的ではなかった。うーん、、と考え込む。


「じゃ、じゃあ私、アザミ先輩とシトラ先輩にこの学園を案内してほしいです! 明日から授業も始まるし、やっぱり詳しくなりたいです!」


 はい! と元気よくイリスが手を挙げる。双子もそれに賛同する。だがその時、ふと5人のそばを通りかかった一人の少女が双子の名前に反応する。


「アザミ、シトラ......もしかして第2学年のアザミ・ミラヴァード先輩とシトラ・ミラヴァード先輩ですか!?」


「そうだけど、、、って君は――!」


 自分たちの名前を呼ぶ声に振り向いたアザミとシトラが驚きの表情を浮かべる。

 黒いサラサラとした髪は肩ほどの長さで、その目はオッドアイ、右目は赤で左目は青という珍しい色合いをしていた。背丈は少し小柄でシトラと同じくらい。エヘヘと人懐っこい笑顔を浮かべながらアザミたちの方へスキップで駆け寄ってくる。 な ぜ か 、まだ入学式にもかかわらず制服は改造されており、女子用制服のセーラーパーカーではなく男子が着る上着を羽織っていて、そのフードには犬の耳が付いていて、くりっとした目とヒゲが描かれていた。それはまるで犬のキグルミのようだ。


「あなたは確か新入生代表の挨拶をした方ですよね? えっと、、、」


「クロトでっす! クロト・イヌガミっていいま〜す! よろしくですっ♪ せ〜んぱいっ!」


 クロトがパチッとウインクをしながらアザミの腕にギュッとまとわりつく。その突拍子もない行動に流石に驚きを見せるアザミ。


「……え、なんだ? 俺たちの名前を知っているのもだけど、なんでここまで馴れ馴れしいのかの方が疑問なのだが......」

 

「決まってます。クロトちゃん、実はこの学園に知り合いの先輩がいまして〜、その人から事前情報を入手してたのですっ☆ まあ、その先輩とははぐれちゃったっていうか〜」


 清楚そうな見た目とは裏腹にどうやらクロトは可愛らしさを武器にしているタイプらしい。アザミがため息をついてとりあえずクロトの手を振りほどく。


「ま、俺たちのことを知っているなら自己紹介の手間も省けるな。で、気になっていたんだがその制服は何だ? 上着は男物だし、、、まさか……」


 アザミの脳裏にひとつ上の男の娘の先輩の顔がチラチラッと浮かんで来る。


(確かに話し方とか雰囲気もどことなくクトリ先輩に似ているような、、、)


「いやいや、何勘違いしちゃってるんですか先輩! キモいですよ? クロトちゃんはれっきとした純度100%の女の子ですよ〜! この犬ちゃんはですね、私の名字をモチーフにしてるんです! 実はクロトちゃん、ウサギさんより犬ちゃんの方が好きなんですよ〜?」


「いや、最後のは知らないけど......てか興味無いが」


「イヌガミ、、、ということはもしかしてクロトさんって――」


 キモイと言われたアザミが疲れた目でクロトを見る。シトラは何かに気づいたようでハッとした表情を浮かべる。そんなシトラの背後から声が聞こえ、その発見の答え合わせをする。


「そうだよ、シトラさん。クロトは東の国、イシュタル帝和国の出身だ。だからシトラさんが気づいたとおり、ちょっと名前が僕らと違うんだよ」


 そこに立っていたのはトーチだった。トーチの姿を見つけたクロトが「わぁ〜!」と嬉しそうにそのそばに駆け寄る。


(知り合いの先輩って、、、トーチかよ!)

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