157話 魔女と呼ばれた少女〜サラ視点(1)〜
「……それから私は聖剣魔術学園への進学を辞め、ここ村で医学の勉強に励んだ。なんだかここで過ごしていればまた奴が、魔女が現れる気がしたんだ、、」
アザミは言葉を失う。カニバルの語ったサラの姿はアザミの知っているものでは無かった。
戦争で奪う奪われるを恨むのはお門違いだ。だが、敵に奪われるならまだしも、信じていた味方から奪われるだなんて、そんな、酷い話は無い。アザミは拳をギューッと強く握り、唇を噛む。
「……分かったろ? この魔女は殺すべきなんだ、、もう我慢ならない。ああ、邪魔はしないでくれよ? 君も私と同じ、この魔女に騙された被害者だ。私とて君を傷つけたくはないのでね――」
カニバルが再び魔弾でサラの頭を狙う。だが引き金に指がかかる前に、カニバルの家の木の扉がバタンと開き、そこからヒュンと石が投げ込まれる。
「――イテッ! 一体誰が、、、」
超速で飛んできた石はカニバルの持つ銃を吹き飛ばした。カニバルがサッとその目を扉の方へ向け、そして絶句する。
「……お前、、は、、、」
「――会長に手は出させません」
アミリーが立っていた。制服はボロボロにも関わらずその体には一切の傷が無い。
「アミリー先輩、、どうして……」
「アザミくんも無事でしたか。いえ、会長とあなたの姿が見えないので峡谷の底まで落ちてみて、そしてこの村まで走ってきただけですよ」
アミリーはどんな傷でもすぐに回復してしまう、驚異的な再生能力の持ち主だ。ゆえに自分の命を考えず無茶が出来る。
「……先輩の体のことを考えるとあまり嬉しくは無いですが、、それでも助かりました、、、」
「いえいえ。……っと、あなたは6年前にお会いした方ですね? お久しぶりです」
「ナメているのか! ……貴様、どの面下げて私の前に立てたッ!!」
魔弾を拾い上げカニバルが今度はアミリーに照準を合わせる。その目は怒りに燃え上がっていた。だがその火を消すかのような冷たい目で、動揺することなくアミリーはいつものようにカニバルを睨みつける。その目にカニバルが少し怯む。
「……お話は全部聞かせてもらいました。あの日、私たちとは別の視点での話、興味深かったです。でも、それは全てが真実ではない、、、あなたは会長がどれほど苦しんだかを知らない――!」
珍しく、アミリーが感情を露わにする。握った手はプルプルと震え、言葉の節々に怒気が滲む。
「真実、、だと!? はっ、何を今さら。私の父を殺したのはあの魔女で、村を惨禍に陥れたのはお前だ。これのどこに嘘があるというんだ?」
「……それは真実です。会長も私も、たくさんの命を奪った。でも、、もしあなたが聞いて下さると言うのなら――」
ぽつりぽつりとアミリーが語り始めた。それはカニバルの話とほとんど同じだった。同じ事件の違う視点での話を、、、
「……17番、命令。私たちの部隊の配備場所が決まった。東方戦線よ」
「――了解しました。早速準備します」
サラの言葉に17番が顔を上げ、右手に持っていた花をプチッと潰す。屈んだ17番の足元には同じ花が数本咲いていた
「その花、、好きなの? いつも見ているけれど、、」
薄桃色の花を指さしてサラが尋ねる。サラの言葉に17番が黙って頷く。
「ええ。綺麗、と思います。とてと綺麗な白色です……」
「……そう。あなたの髪と同じ色ね、、、」
サラが少し悲しそうな表情を浮かべ、「ついてきなさい」と言ってクルッと踵を返し去っていく。17番は立ち上がるとその後ろを追って走る。2人を見送るかのように、薄桃色の花がユラユラと風に揺れていた。
「サラ・バーネット第7魔導部隊隊長。君に命令だ。東方戦線配備の件は聞いたね? これはその具体的な動きの指示だ」
「拝見致します」
サラと17番は騎士団本部の作戦室に居た。そこで騎士団長オルテウスがサラに封筒を手渡す。ピリッと丁寧に封を解き中身を確認する。
「……リナイ村、ですか」
「聞いたことはあるかね?」
「名前だけは。魔素が薄く、魔法を上手く使えない場所だと聞いております」
サラの答えにオルテウスがうんうんと頷く。
「君の役目はそこを占拠することだ。いや、占拠というより奪い返すと言うべきかな。そこには人界の民が住んでいた。でも、以前の戦争でリナイ村は魔界に奪われてしまっていたのだよ。だから今、あの村には魔界の民が住んでいるはずだ」
「そうなのですか?」
オルテウスの言葉にサラが驚いたような顔をする。それを見て「うん」とオルテウスは微笑み頷く。
「……サラくん。やれるかね? あの村の者は皆、魔界の民だ。皆殺しにしても構わん。とりあえず何としてもリナイ村を抑えるのだ。あそこは我々にとって要になりうるからね」
「……それが命令とあらば。拝命いたします」
紙を封筒に戻し、サラが深々と礼をする。横にいた17番も見様見真似でそれに従う。
「それでは、失礼します」
ガチャっと戸を閉めサラと17番は作戦室を後にする。
「……17番。君はすぐに部隊を集めてくれ。明日の朝一番にセントニアを発ち、リナイ村を目指す」
「命令受諾――」
17番がサラに深く一礼し、サッと駆け出す。その後ろ姿を見送りながら、サラが「ふぅ」と息を吐き目を閉じる。
(皆殺しでも構わない、か……)
再び目を開けた時、その目からは光が消えていた。冷たくぼんやりと薄らう目。手を何度か開いたり閉じたりして心を落ち着ける。
(これは戦争、、仕方がないことなんだ。殺さなければ殺される......。だから――)
それはいつからかサラが始めたことだった。戦争、殺し合い、惨劇。12歳の少女の小さな心には耐え切れないものだった。いつしかサラの中にもうひとつの人格が形成されていた。冷静に、命じられるがままに何でもこなせる人格。その人格が生まれてから罪の意識はだんだん薄れていった。夜、悪夢を見る頻度も減った。
「――さて、行くか」
チロッと赤い舌を出しサラが少し口角を上げる。こうしてサラ率いる王都騎士団第7魔導部隊は東を目指し、リナイ村を奪還する任務についたのだ。
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「……あそこがリナイ村があるライナス大峡谷か。寒そうだな、、」
サラが崖の淵に屈み暗い深淵の奥にあるであろう村に目を凝らす。サラの後ろには数十名の騎士団員。皆防寒具を身に着けて入るが、動きやすさのためにどうしても軽量化されるためあまり寒さを防ぐという点では役目を果たせていなかった。特に何の反応も示していないのは17番くらいだった。不思議そうに首をかしげる。
「……ところで御主人様、どうやってリナイ村へ?」
「少し歩くよ。あっち、、魔界の方は少し浅くなっている。そこからライナス大峡谷の底まで一気に降りて、またここまで歩いて戻ってくるのさ。……えっと、、2日くらいかな?」
サラの言葉に「マジかぁ、、」「きっつー」と第7魔導部隊の面々からため息と白い息が漏れる。それをサラがフフッと何かを含ませた笑みで一蹴する。途端、全員がキチッと並び直し、サラに注目する。
「……よし、じゃあ行こうか。私達の手で魔族に乗っ取られたリナイ村を奪還して、村の真の持ち主たちに返してあげよう」
「――了解!」「命令受諾」
サラを先頭に第7魔導部隊が南東を目指して進軍を始める。雪を踏みしめるザクッザクッという音だけが真っ白な薄ら氷の世界に響いていた。
「……待ってくれ、、『リナイ村が魔界に奪われた』とはどういうことだ?」
アミリーの話を黙って聞いていたカニバルが血の気の引いた顔で恐る恐る尋ねる。それに対し、アミリーが淡々と答える。
「言葉のとおりです。会長と私は時の騎士団長、オルテウス・ザッカリアから命令を受けたのです。“リナイ村が魔界に奪われたので奪還せよ”、と」
「そんな、、、それじゃああの時お前たちは……」
「ええ。私も会長もあなた方を魔界の者だと思っていました。なんせそれが命令でしたから、、、」
この世の終わりでも見たかのような絶望の表情を浮かべるカニバルをよそにアミリーが話の続きを語ろうとする。だが、アザミが「すみません」と断りを入れ、その話し出しを遮る。
「ちょっと待って下さい。17番っていうのは先輩のことですか?」
「……そうです。アザミくんは戦闘用人形という言葉を聞いたことは?」
「いや――」
「戦闘用人形だって!? それって、、幼い頃から戦うことだけを教えられて育てられた人間兵器のことじゃないか......」
聞いたことのない言葉に首を傾げるアザミと対称的に、カニバルがガバッと身を起こし反応する。
「カニバルさんは知っているのか?」
カニバルが心を落ち着けるように「ふぅ」と息を吐いて、ゆっくりと頷く。
「……聞いたことがあっただけだ。噂だと思ってたけどね、、、」
「今は私のことは関係ないでしょう。とりあえずその施設に所属していた17番目の人形が私です。……では、続きを。会長率いる第7魔導部隊は2日間歩き通し、リナイ村の麓まで達しました......」
「――ただいまより、ここリナイ村は臨時的に騎士団直轄領とする。これは騎士団長と国王の連名の命令である。逆らうことは許されない。命が惜しくば、即刻立ち去りなさい」
リナイ村に足を踏み入れ、その中央通りに降り立ったサラが第7魔導部隊の先頭でそう告げる。ひとりの団員がサラにこそっと耳打ちする。
「……どうして猶予を与えるのですか? 我々の受けた任務はここにいる魔界の民の殲滅のはずです、、、」
「確かに、、そうね。でも、あなたはここにいる人達が本当に悪い人たちに見えるの? 私は知ってる。魔界に住んでいるのも私達と同じ人間よ。国境のどちらに生まれたか、ただそれだけでいがみ合っているの。だからもしこの人達が奪った村に住んでるだけの一般人なら、その生命をわざわざ狩る必要はないわ」
サラがじっと懐中時計を見つめ、時間を図る。
(お願い、、逃げて頂戴。このままじゃ私、あなた達を皆殺しにしなきゃいけなくなるわ――)
だがそんなサラの思いも虚しく、懐中時計の長針は一周回り元の位置に戻ってきた。サラが覚悟を決めたように深く息を吐き、そしてすっと手を上げ命じる。
「時間だ。殲滅しろ――」
サラの言葉に真っ先に動いたのは17番だった。その薄桃色のツインテールが空気を切り裂きひとりの村人の首が飛ぶ。それを見てワッと散り散りに逃げ出す村人たち。それを追いかけ命令のままに殺す第7魔導部隊。
「……私はあちらの方を探す。皆のもの、一人たりとも生き残らせるな。人も家も、木も花も草も全て刈りつくせ――!」
そう命じ、サラは人気のない道を歩いていく。それは奇しくもカニバルの逃げた方角だった。
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