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154話 サラ・バーネット

「……当然よ。だって私が決めたんだもの」


 少し間が空き、サラから返事が返ってきた。それはアザミにとって想定外の答えではなかった。だが少し意外だった。


(会長、嘘は言っていないのか......。つまり本気で魔術大学への進学を考えている、、もしくはその逆――)


 サラの答えを聞いたアザミが話を続ける。


「これは俺の勝手かもしれませんが、会長なら今の実力で十分騎士団に入れると思います。それなのに、、」


「それなのに魔術大学に行くのはおかしいって? ほんと、勝手な話ね。どの道に進もうが私の自由でしょ? どうしてアザミくんが首を突っ込むのよ......」


「……それは、お兄さんと何か関係があるのですか?」


「……」


 答えはそれ以上返って来なかった。またまた二人の間を沈黙が流れる。


(聞かれたくない、ってことかな。まあ、人の家の兄妹仲に突っ込むのはお門違いだったか――)


「アザミくんはさ、シトラちゃんに負けたくないって思う?」


 今度はサラの方が質問を飛ばす。うーん、、と少し考え込んでアザミが答える。


「……まあ、そうですね。一応兄として、ライバルとして負けたくないなとは思います。でも、、」


「――私はね、そんなことを思ったことないわ。ううん、思う余地も無かった。兄妹って互いに競い合うものよね? お兄ちゃんなのに、とか妹なんだからしょうがないとか。でもね、私は兄さんに勝ちたい、なんて思えなかった。兄さんは、エレノア・バーネットはそんなこと思っていい相手じゃなかった......」


 アザミがゴクリとつばを飲む。アザミを圧倒したサラが勝てないと言う相手。

 病室で一度会っただけの関係だが、エレノアの雰囲気が異質だったことはよく覚えていた。リコリスや冥王クリムパニスから感じたプレッシャーは全く感じなかったこと。不気味なほど、警戒心を持てなかった。


「……だから私は兄さんに離されないために努力してきた。偶然にもね、兄さんも私も天賦の才能を持って生まれてきた。一等星のように輝く、恵まれた才能をね。当時、バーネット家では相当に議論されたそうよ。兄さんか私、どちらを次期当主にするかってね。もし私に力がなければどこかの家に嫁にやれたのにね」


 堰を切ったようにサラが話し始める。それはとある兄妹の話だった......。


『兄さん! 見て、私も魔術試験1級取ったわ。兄さんより3日遅かったから最年少記録は更新できなかったけど、、』


「――勝てないって分かっていても、負けたくはなかったの。ううん、ただ大きく離されたくなかった。兄さんより私が劣っているのは分かっていた。だったらせめて、その差はできるだけ小さくしたかったの。幼心に理解してたのね。もし私が兄さんより圧倒的に劣っていると判断されたら私は価値を失ってしまうって。兄さんほどではないけど適当に扱うには惜しい、そんな評価でいいから欲しかった」


 兄さんは私に辛く当たったり偉そうにすることは決してなかった。


『サラはすごいね』


――それが兄さんの口癖だった。ほんとにすごいのは兄さんだ。でも、そんなすごい人、尊敬する人、大好きな人から褒められるのは嬉しかった。だから頑張ってこれた。


「……兄さんに褒めてほしかったから、私は何でもしたわ。兄さんのしたことは全部。兄さんが魔術師だったから私も魔術を極めた。剣の腕は兄さんに遠く及ばないけど、それ以外では差をつけられないためにね。初等学校、中等学校では常にトップ、満点評価を取り続けた。完全記憶能力者パーフェクトメモリーである私にとってそれは造作ないことだったけど、それでも兄さんには勝てなかった。だって、兄さんも同じだったんだもの......。それも、能力無しで」


――力を持ってしても勝てない。逆に自分が情けなく感じてしまうほどだった......。


「それは聖剣魔術学園に入ってからも同じ。主席で合格し、常にトップ。生徒会長にもなったわ。……でも、兄さんには勝てなかった。当然、これも兄さんの通ってきた道だったから」


――兄さんは聖剣魔術学園在籍時、満点以外をとったことがなかった。生徒会長にもなり、主席で卒業した。そして卒業後は騎士団に入り、そしてそのわずか1年後、史上最年少で騎士団長、つまり“力”における王国のトップに立ったのだ、、、


「進路を考える時期になった。私は普通に騎士団に入ろうと考えていたわ。ええ、そうよ。私だって今の実力でも余裕で騎士団に入れるって自信があった。……でも、気づいたの。これまでの私の人生は、、18年の人生は全て兄さんの再上映リバイバルなんだって。その背中をずっと追って、ずっと挑戦してきたのに、、、一度も届かないんじゃそれは偽物......。ただ同じことをやっているだけの人形みたいな人生だなって、思ったの……」


 壁の方を向いているため表情はわからないが、その顔はきっと諦めたように悲しい笑みを浮かべているのだろう。

 何度も挑戦して、それでも勝てないから必死に努力して、、それでも並ぶのに精一杯の相手。


(……この先いつか勝てるなんて保証はない。18年という長い挑戦の道のりが全て二番煎じだって事実は会長の心を折るには十分すぎたんだ、、、)


「……だから私は魔術大学に行くのよ。私の人生なんだから私の好きに生きてやるってね。……多分卒業する頃には結婚が決まっているわ。兄さんが騎士団長になった。バーネット家始まって以来の快挙よ。もう、次期当主も決まった。飛べなくなった私は用済み。利用価値なんて政略結婚の駒としてしか無いわ。……まだ利用価値があるだけマシかしら。こういうときは女の子で良かったって思うわ......」


「そんなのはッ――」


 ギリッと奥歯をきしませる。握った拳はプルプルと震えていた。でも、何も言えなかった。


(――会長は逃げたんだ。……でも、俺にそれを糾弾するなんて出来ない。いや最初はするつもりだった。でも、こんな話を聞かされたら、、、)


「……そうよ、アザミくん。私は逃げたの。強くなることから、兄さんの背中から。魔術大学へ進学するのは進歩のためじゃないわ。兄さんが22年間歩き続けて作った道をただ歩き続けていたのが私の人生だったのなら、魔術大学への進学は脇道に逸れたってことかしら? それも、二度と戻れない一方通行の道、、」


 アザミの心を見透かしたようにサラが呟く。その言葉を聞いたアザミが慎重に言葉を紡ぐ。

 

「後悔は......ないんですか。会長は本気で諦めたんですか?」


 サラはその質問に答えることはなく、小さな声で呟く。


「……ごめん、アザミくん。あなたを負かした相手はね、こんな程度の人間なの。ごめんね、、」


「俺はそんな言葉が聞きたいんじゃない! 会長が本気でエレノアさんに追いつくって夢を捨てたのか聞いてるんですよ!」


 突然の大声にサラがビクッと肩を震わせる。


(……つい感情的になってしまった、、慎重にするつもりだったのにな、、)


「……どうしてそこまで私に構うの? アザミくんは私と出会って1年も経っていない。話したのだってそう多くないはずよ? なのにどうして、、、」


「理由は、、自分でもわからないです。でも、会長が魔術大学へ進学するって聞いた時、ダメだって思った。魔術大学の進学が悪ってことじゃないです。ただ、、会長には似合わない。言ったじゃないですか? 諦めが悪いって。なのに会長が何かを諦めて、その結果魔術大学を選んだのなら俺はそれが許せなかった。勝手ですけど、それは会長が幸せになる道じゃないって感じた......」


 サラが複雑な表情を浮かべ、抱えた膝の中に顔を埋める。


「ずるいよ、、ホントに。勝手だよ......」


「……会長はさっき俺に聞きましたね? シトラに負けたくないかって。さっきは『はい』と答えましたが、俺の考えには続きがあるんです。実は俺、シトラに負けてもいいと思っているんです」


「妹に負けても良い、ってこと? でもそれって、プライドとか傷つかないの?」


――ああ、そうか......


 サラの言葉にアザミは全てを理解した。そのうえで、話を続ける。


「多分、ものすごく悔しいでしょうね。でも、それでも良いです。シトラが1番をとったなら、きっと俺は2番を死守しに行く。俺とシトラで1位2位をとって、『どうだ? 俺たち兄妹はすごいだろ?』って、きっと自慢します。だから実のところ俺とシトラのどちらが強いとかはどうでもいいんです。ただ、ふたりとも強ければそれで良いんです、、、」


――会長はきっと......


「会長、今楽しいですか? クラン戦に卒業旅行。会長は最後の思い出づくりに力を注いでいる。でも、満たされていない、違いますか? 昔のほうが、純粋に兄の背中を追いかけていた昔のほうが、夢も目標もあった昔のほうが楽しかったんじゃないですか?」


「やめて、、」


「きっと会長は、エレノアさんに勝つことを恐れている。もし自分が勝ってしまったら、そのとき大好きな兄が、尊敬して目標としていた兄を越えてしまったら今までの兄妹仲が崩れてしまう、そう思って自分にブレーキを掛けているんじゃないですか?」


「ヤメてよ――!」


 サラが耳をふさいで小さく縮こまる。


(妹とは不思議なものだ。勝ちたいのに、兄を負かせたくない、なんて。自分にとっての一番を越えてしまうことで、何かが崩れてしまうことを恐れるなんて、、、やはり理解は出来ないな......)


 アザミはおもむろに立ち上がり、プルプルと小動物のように震えるサラの傍らに腰を下ろす。その目には涙が浮かんでいた。そして、


「……こんなものが世の中の妹は嬉しいんですかね?」


「――ッ!」


 ポンッと優しく、それでいて力強くアザミはその手をサラの頭に乗せる。


「……嬉しいのよ、妹は。兄って一番身近にいて、一番勝ちたい相手なんだもの。そんな人に褒められるのって嬉しいことなの。……私にとってはアザミくんだって、、、」


「え?」


 サラの顔は真っ赤になっていた。いつも冷静でクールなイメージがあったサラがここまで感情を表に出しているのは当然初めて見るものだった。


「……ひとつだけ、、兄さんに勝てたもの、、ていっても誇れないことなんだけど、、が、、あったわ。……わ、、私は、、、私がこr――」


「会長――?」


 不意にサラの体がグラッと傾く。アザミが慌てて手を伸ばし崩れる体をなんとか支える。


「あっつ! ……クソッ、体調がいいって嘘じゃねえか!」


  小刻みに震えながらハァハァと速くて荒い息をするサラの体はまるで沸騰した水のように熱かった。気温が下がったこともあって体調が急激に悪化したのだろうか。


「とりあえずここにはもういられないな。会長はすでに限界だ、、早く宿に戻らないと――!」


 アザミがサラの体を背負い、竪穴から出る。



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