12話(1) 長い1日
ドサッ、と音をたててジョージの体が地面に崩れ落ちた。それを見下ろし、シトラはふぅー、と軽く息をつく。その息遣いがシーンと静まり返っていたその場に再び活気を取り戻した。
「……や、やりやがった、、、」
「普通科が選抜科に勝ったぞーー!!」
まさかの勝利、大金星に野次馬の生徒たちからワァっと歓声が上がった。その中から少しホッとした様子でアザミがシトラの元へと走り寄る。
「おつかれ。まあ、案外ジョージが実力者だったから少しヒヤッとしたけどな。どうだった?」
「どうもです。そうですね、あなたも認める通りジョージは強かったですよ。魔術を絡めた剣術ならどうなっていたか……」
そう言って双子はパチンッとハイタッチを交わした。だが余裕の勝利......では決して無かった。魔術アリのルールだと魔術に不得手なシトラがもしかしたら負けていた可能性もあったのだから。アザミは呆然と地面に這いつくばっているジョージにチラッと目をやり、
「―――にしても、やはり珍しいな。お前があそこまで苦戦するなんて」
「最初は軽く一撃で終わらせるつもりだったのですけどね。思ったよりジョージの動きが速くて」
腰に手を当て、シトラは苦笑した。思い返してみればジョージとの戦いは“想定外”が多かった気がする。300年前と比べて格段に動きの落ちた体。剣の速さも剣技のバリエーションも明らかに減っていた。
―――最初の一撃、避けずにカウンターで決めるつもりだったのですが。やっぱり鈍ってます、か。
これでは次の新人戦とやらに影響が出ますね、とシトラは早速次の実戦に向けて今回の戦いを分析していた。今回はただプライドを賭けただけ、いわば模擬戦のようなものだったが次は“疑似”とはいえ形は“戦争”―――、勝利を賭けた争いになるのだから。だが、そんな落ち着いているシトラとは対照的に、
「すげーよ!」
「やるな、一年!」
「スカッとしたぜ!」
観衆、野次馬のテンションは最高潮に達しようとしていた。双子のまわりにワッと人だかりができる。人に囲まれもみくちゃにされ、どこか険しさも残っていたシトラの顔にも少し笑みが出来ていた。だが、これでしばらくは選抜科だからってでかい顔はできないだろう。馬鹿にしていた普通科に敗北を喫したのだから。
だが、普通科が喜んでいるということは選抜科にとっては好ましくない状況だ。
「どうするんだよ」
「チッ、情けないな。選抜科のくせに普通科に負けるなんて」
人間の感情や気持ち、立ち位置というものはこうもあっさりと覆るものなのだろうか。先程までジョージを讃えていたとは思えない選抜科の生徒たちの変わり身にはアザミでもジョージに同情してしまう。
「……るせえよ、、」
そんな中、ジョージはギューッとその拳を握りしめると、立ち上がった。その手のひら返しの言葉、敗北による屈辱が再びジョージに戦う炎を灯したのだ。立ち上がり、剣を握った。
「俺が、俺が負けるはずがねえ......! グッ、開眼せよ!!」
その詠唱に応えるようにジョージの剣が黄金の光に包まれた。その輝きに思わず目を覆ってしまいそうになるほどの明るい光。
「お前らは絶対に許さねえッ! ……俺を、俺の剣を愚弄しやがってェェッッ――!!」
その光に思わず目を細めていた双子に、ジョージの剣が襲いかかった。
「―――なっ!?」
それは想定外の行動だった。まさか、こんな人の中で“殺すつもり”の戦闘なんて行わないだろう―――と。だがそれは常識的なただの判断でしか無かった。ありえない敗北と皆の前で見下される屈辱感......その中で常識なんてある分けがなかった。
とっさにシトラは先程まで使っていた枝を構えた。だが、枝が武器でも戦えたのはジョージの剣も木剣だったからだ。真剣と魔術相手にただの枝が太刀打ちできるはずがない。
(ダメですっ……こんなのでは受け止めきれないっっ!)
ジョージを確認するやいなや、アザミも慌てて魔術式を展開した。だが、組み上がる前にジョージの体が凄まじい速さ、形容するなら“光速”で迫ってきた。
(ダメだ、間に合わないっ――-!)
このままでは間に合わない、となんとかダメージを軽減するためにアザミはシトラに覆い被さり守りの体勢をとった。身体能力的にはシトラのほうが高くても、体の頑丈さなら男であるアザミのほうが上だから。
だが、双子に凶刃が届くことは無かった。
「魔術解除―――」
その声は静かに、中庭に響いた。ゆえにはっきりと聞こえたパシュッという音とともに、ジョージの剣と体から光が弾け飛んだ。
「ガッ……!?」
魔術が解除されたことで制御を失い、ジョージはそのままの勢いで今度こそドサッと顔面から倒れた。カツンカツンと足音が聞こえる。その主は先程魔術を放ってジョージを止めた少女だった。少女はそんなジョージの傍らまで来ると、はぁー、とため息をついて呆れ顔を浮かべ、見下ろした。
「あのねぇ、校内での魔術の使用は校則違反だよ、ジョージ・ハミルトンくん。しかも“ハミルトンの光速剣技”なんてね。S級魔術じゃないの。全く、いったい何を考えているのかしら......下手すれば死人が出ていたのよ!?」
「あなた、は……」
突然現れた見知らぬ少女に、アザミが恐る恐る声をかけた。少女は自分が守った双子、その兄であるアザミをチラッと見て、
「3年S1組、サラ・バーネットよ。いちおうこの学園の生徒会長なんてやってるわ」
そう自己紹介をしてサラはアザミに軽く微笑んだ。風に揺れる長い黒髪を後ろで軽く結び、キリッとした細長の瞳がいかにも落ち着いて冷静な判断ができるタイプだ―――と暗に伝えていた。そんなサラの伸ばした手にアザミもスーッと手を差し出そうとしていたその時、そこへ慌てた様子で眼鏡をかけた男が走り寄って来た。
「会長、お疲れ様です! でもですね、僕を置いて行くのはやめて下さいよっ......」
「あら、ニック。随分と遅かったわね。……でも、残念。喧嘩はすでに終わっちゃったみたいよ」
ニックと呼ばれた男は悪戯な笑みを浮かべたサラの言葉に、「えぇ、せっかく走ってきたのに」と疲労の表情を浮かべてガックリと肩を落とした。そんなニックにジィーっと向けられているのは好奇の視線だった。
「んっ? ……ああ、これはこれは。申し遅れました。僕はニック・マスキュラー。会長と同じ第三学年生で生徒会の副会長をしてます」
そんな周りの視線に気づいたニックはアハハと気さくな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。その仕草からは理知的な雰囲気が漂っていた。だが、メガネに細い体、丁寧な理知的な仕草......そこから受ける印象は、
(この人が副会長……。でも会長と違ってなんか―――よわ)
「君たーーち!!」
弱そうだ、そんな共通見解を心の中で思う前に、それを遮るかのようにニックが急な大声を発した。その声にはそこに居合わせた全員が例外なくビクッと体を硬直させていた。ニックはメガネをくいっと上げながらチッチッと指を振り、ぐるりと皆を見回した。
「今、こいつ、生徒会副会長なんてしてるくせに弱そうだな―――なんて、そう思ったんじゃないですか?」




