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142話 クラン戦《10》 No color's

「おや、こんな所にいたのですか。クトリ君」


「副会長! よっと、、えへへ、副会長こそここで何を?」


 クトリが座っていた木の枝からピョンとニックの前に飛び降りる。


「僕は目的を果たしたので今は少し夜風に当たっていたところですよ。会長とアミリーさんなら僕達の加勢が無くても大丈夫でしょうし、お二人共それを嫌がるでしょうから」


「それに関してはボクも同意です。ボクも一応割り振られてた分の仕事はやったからここで星空を眺めてたんです♪ 副会長もどうです〜? 綺麗ですよ……」


 クトリが草むらにドサッと身を投げ出し空に向けて手を伸ばす。




「……占星術式、会長の魔術のカラクリがこれです。どうりで魔法陣を必要としないわけだ。なんせ、魔法陣はあそこにあったんだから」


 アザミがスッと空を指さす。無数の星々が輝く真っ暗な空を。


「続きをどうぞ?」


「……占星術式とは星を繋いで魔法陣を作り出し、魔術を放つものです。各星の持つ神名や属性によって魔術にオリジナリティが出たり、魔法陣を必要としないためその展開速度や対抗のされにくさも最高峰。つまり、実用性においては並ぶもののない流派の魔術です」


 基本的に魔術の展開のプロセスはこうだ。


①魔法陣を思い浮かべ、それを空中に描き出す。(地面に描けばアックのような罠を貼れる)

②魔法陣に術式を打ち込み様々な条件を設定する。

③魔法陣を通して自身の魔力を事象に変換する。


 普通はこの3ステップとなる。ゆえにひとつの魔術の展開には速い人でも3秒はかかる。


 だが占星術式は違う。魔法陣が要らないため①、②は省略できるのだ。


 頭の中で星を繋いで魔法陣を作るだけであとは魔力さえちょっと流してやれば自由に術を展開できる。


「……他にもメリットはあります。普通の人間には描けないような魔法陣であっても星を繋ぐというやり方でなら描ける。つまり、例外なくどんな魔術でも使えるようになるんです。でも、、、」


 実用性において他を圧倒する占星術式。だがそれならどうして使い手が少ないのか。魔法陣もいらない、展開速度も速い、魔術の幅も広がる。いい事づくめだ。


 その答えは簡単なことだった。


「でも、占星術式を使うには“いつ、どの方向に、どの位置に、どの星があるか”を完璧に把握する必要がある。無数の星の配置を覚えるだなんて普通の人には出来ない。だから、いくら占星術式が強いと言えども廃れたんですよね? 普通の人が覚えられる星の位置ではせいぜい数個の魔術しか使えませんから」


 アザミも占星術式という古代魔術が存在していたことは本で知っていた。だが、使うのが非常に難しいものであるためまさか使い手がいるとは思っておらず、今の今まで忘れていたのだ。


「……それでも私がその占星術式の使い手だと?」


「ええ。これでしか説明がつきません。使うのが難しい、逆に考えれば“もし、星の位置を完璧に把握すること”さえできれば、占星術式ほど強いものは無い。そこで思い出したんです。会長が異常なほどの記憶力を持っていたと。……俺は魔術関連の書は結構読んでましてね、そこで見たことがあったんですよ。この世には“完全記憶能力者パーフェクトメモリー”と呼ばれる者たちがいる、と。まったく、化け物のような才能の組み合わせですよ、、、」


 アザミがハハッと力なく笑い肩をすくめる。『記憶さえ出来れば最強になれる術式を扱える才能』と『なんでも記憶できる才能』を両方持って生まれてきたのがサラ・バーネットという少女だった。


「……正解かな。うん、よく辿り着けたね。見損なっていた部分は取り戻せたんじゃないかな? そう、君の言う通り私は占星術式の使い手にして完全記憶能力者パーフェクトメモリーだよ。ただ、前も言った通り覚えていると言うより見ているんだけどね」


 サラが苦笑する。

 完全記憶能力者パーフェクトメモリーとは記憶力が良い人のことではない。生まれてから今までに起きたこと全てを、いつ、どこで、何が、なぜ、何をした、といった全ての情報を映像として完璧に脳内に保存することが出来る者たちのことを指す。なので彼ら彼女らにとって、“思い出す”という行為は頭の中に保存してあるフィルムをただ再生するだけの簡単な行為なのだ。


「……つまり覚えようとしなくても覚えている、という訳ですね」


「ま、そうなるかな。で、アザミくん。どうかな? 私の魔術のカラクリを見抜いた訳だけど、今の気持ちは?」


 サラがイタズラっぽく笑う。アザミは「はぁ」とため息をつき、お手上げですと言わんばかりに肩をすくめ、両手をあげる。


「俺もカラクリさえ分かればどうにかなる、と思ってましたよ。でも、違った。確かに、魔術の出どころの根源は空にあるということは分かりました。でもそれが分かったところで結局どうにもならなかった……」


 サラの魔術も分かった。持っている力も分かった。でも、勝てない。分かったところで届かない位置にサラはいた。


(仮にここにセラがいて、俺が魔法を使えたとしても勝つことは難しいだろう。魔王としての力を完全に取り戻して、、、五分五分といったとこか……)


 アザミはゴクリと唾を飲み込む。サラが強いというのは知っていたし、決してナメていたわけではなかった。だが正直ここまで強いとは思っていなかった。


「……これが敗北だよ、アザミ・ミラヴァード。頭を使っても、小手先の努力でも届かない。つまり君たちの完敗ってわけね」


「……確かにそうですね。でも、言ったでしょ? ただでは負けないって」


 その言葉の半分以上は強がりだった。もう、アザミ達の敗北は必至だった。でも、認めたくない、諦めたくないという気持ちがアザミの胸の中でしぶとく炎をあげていた。


 それが痛くて……そして苦しい。それはアザミにとって初めて味わう敗北だった。


「そこまで言うなら仕方が無い。いいよ、君の全力を全て受け止めて、その上で完膚なきまでに叩き潰してあげるわ」


 サラがニコリと笑顔をアザミに向ける。互いに相手を認め合い、その上でぶつかり合う。


「――煉獄星石ブレイズナイト魔弾ミーティア!!」


「全属性魔術、全てを無に帰す矢(オルティスアロー)!!」


 空気がビリビリと振動する。

 刹那、サラの放った魔術が空から降ってくる。炎を纏った隕石が引き寄せられるようにアザミへ襲いかかる。


 アザミは黙って矢を弩につがえ、キリキリと弦を引く。


(……いけ――!)


 最大級の、人智を越えた魔術同士がぶつかり合い、凄まじい衝撃が世界を破壊した。




「……なかなかひどい作戦ですね、シトラさん。あの2人を囮に使うだなんて」


「……くっ、、!」


 防戦必死だった。アミリーの繰り出す攻撃をシトラはなんとか食い止める。


「何の話でしょう……? 私が2人を囮に、、、使ったって、、」


「違うのですか? あの2人をこの場から遠ざけたのは“クトリと副会長の加勢を恐れたから”だと思い受けましたが」


 ガキンッ! と青白い火花が散り、2人が少し距離を取りにらみ合う。

 涼しい顔をしているアミリーに対し、シトラは呼吸のペースが少し速く、そしてグッと悔しそうに唇を噛みしめる。


 正解だった。シトラがクレアとエイドをこの場から離れさせたのは3対3とならないためだった。アザミの反応からトーチたちが敗北しているのは分かっていた。当然ニックとクトリがフリーの状態なのも。もしこの場に3人いれば、2人がアミリーを手伝いに来るかもしれない。そうなれば攻撃の出来ない2人を庇いながら戦闘を行うことになる。それは無理のある話だった。


(……ダメですね、私。まるで魔王が取るような策を使ってしまうなんて、、、)


 罪悪感が襲いかかる。自分が楽になるために二人を見捨てたのだ。それは勇者としてのシトラの誇りにも、アザミの考えにも反していた。


「うあああぁっぁぁ!」


気を紛らわせるために激しく剣を振るう。


「それにしてもよく動きますね。止まっていた方が楽に逝けるというのに……」


「あいにく、、ですがっ! ……私は往生際が悪いのです――!」


 渾身の力でアミリーを押し返す。アミリーはクルッとターンして再びシトラの方へ向き直る。遠心力でツインテールが揺れる。


「……私は現代魔術に疎いのですが、、先輩の魔術は“念動力サイコキネシス”というやつですか? その髪、剣を弾くなんてあまりにも硬すぎます、、、」


「教える義理はないのですが、会長の理念ですので一応。シトラさんの言う通り、私のこの髪は念動力で自由自在に操っています。それと、このリボンも。ただそれだけでは心許ないので“強化”と“加速”の加護も付与していますが」


 そう言ってアミリーが薄桃色の髪をクルクルと触る。


「なるほど……よく分かりませんが勉強になりました」


 アザミと違いシトラは魔術の知識や理解力には乏しかった。だがなんとなくは分かる。つまりアミリーは自分の髪の毛を魔術で硬くし、それを念動力で動かして攻撃を行っているのだ。まるで生きているかのようにパッパと素早く動くツインテール。

 アミリーがスッと片足を引く。


(来る――!)


 シトラはフィルヒナートをギュッと強く握りアミリーの怒涛の攻撃に備える。


 アミリーがザンッと地面を蹴り2人の距離を一瞬で詰める。そしてブンッと首を振り、まるで触手のように自由自在に動くそのツインテールがシトラに襲いかかる。


「なんのっ!」


 近い間合いから繰り出される連続攻撃になんとか対応する。二刀流の剣士を相手にしているような感じだ。


「……」


 強烈な一撃がシトラに打ち込まれる。シトラはフィルヒナートを握る両手にグッと力を込め、アミリーの攻撃を押し止める。だが次の瞬間、アミリーがトンッと軽く跳び、腰を捻ってシトラの側頭部にかかとを打ち込もうとする。


「しまった――!」


 アミリーの戦い方は二刀流の剣士に近いが、完全に一致しているわけではなかった。まずツインテールで攻撃をしているため両手がフリーに使えるのだ。それに剣を持っている訳では無く、武器は自身の体の一部のため所在を気にすることなく自由に動ける。ゆえに足技のようなアクロバティックな動きも可能となる。


 間一髪のところでシトラはフィルヒナートを左手のみに持ち変え、右手でガードする。だが左手1本ではアミリーの髪の攻撃に耐えきれず、フィルヒナートが吹き飛ばされカランカランと地面を転がる。


「……なるほど、基本魔術は使えるようですね」


 凄まじい衝撃にシトラの腕が電流が走ったように痺れる。だが頭への直撃は防いだ。当然、生身の右手で受け止めれば骨折は免れなかっただろう。でも、


「一応私もアザミから“防御”や“加速”と言った戦闘用の基本魔術は教わっていますので……。先輩こそ、大丈夫ですか? 相当の衝撃だったはずですが、、、」


 少し息が乱れながらもシトラはアミリーの足を指差してニコリと笑みを浮かべる。

だが、シトラの目論見とは違いアミリーの足の傷はすぐに再生しまた元通りに戻る。絶句するシトラをよそにアミリーが足の調子を確かめるように地面でつま先をトントンと鳴らす。


「……回復魔術、、、じゃないですね。それはいったい……」


「別に、ただ回復力が高いだけです」


 シトラの疑問にアミリーはさも当然のようにあっさりと答える。


「……だけ、ですか......。私、、そういう戦い方は好きじゃないです、、」


 悔しそうに、悲しそうに心配そうに様々な感情を込めてシトラがキッとアミリーを睨みつける。制服の上着の裾をギュッと握りしめるその指はプルプルと震えていた。


「そうですか。それは残念ですね。……でも、私なら大丈夫ですよ。痛みも感じませんし、もう慣れましたから、、、」


「そんなのは――! ……」


 知っていた。だからシトラは言葉に詰まる。どんな言葉をかけたらいいのか、どんな言葉ならこの人に届くのだろうか。


 アミリーが強いのには理由があった。それは“恐れを知らない”ということ。痛みを感じないからか、どんな傷でも再生できるからか、アミリーは一切の躊躇なく自分を傷つける。例えば目の前に壁があったならきっと足が折れようともげようと蹴り壊すだろう。


 でもそんなのは気のせいだ。痛くないわけがない。

 それはただ、慣れただけ......。


 過酷な環境に追い込まれたらそこで生きていけるように自らを変え、順応する。殴られ続けたらそれに耐えるために別の人格を作り出して自分を守ったりする。同様に、幼い頃から痛みを与えられ続け、そしてそれが生きるために不可欠だったりでもしたら......きっと人間はそれに慣れる。


 決して壊れず、決して音を上げず、慣れてしまう。それが人間なのだ。


 それはシトラも知っていた。300年前、あの施設のみがシトラの世界だった。でも、寂しさも感じたことはなかったし、自らの運命を悲観したこともなかった。


『私は、こんなものだ』


 ただそう思い、環境に“慣れた”。毎日同じ生活、同じ色、同じ食事。

 いつからか楽しいと感じる心も美味しいと感じる舌も失っていた。


 やはりアミリー先輩と自分は似ている、とシトラは再び強くそう思った。

 似ているからこそ、過去の自分が重なるからこそそんな戦いかたをしてほしくなかった。


 でも、だからこそ何も言えなかった。


 命令のみを心の拠り所にしている人間に対して、強制的にその命令に逆らわせるのは酷なことだ。

 それはかつてそうだったシトラ自身がよく知っている。


「そんなのは、、、悲しいです、、、」


 結局人並な言葉しか、月並みな表現しか出来ない。

 シトラがブンブンと首を振り、重たくのしかかる感情を振り払う。


――ダメです......! 今はこんな事を考えている時じゃない、、、!


 シトラがバッと踵を返し、颯爽と吹き飛ばされ地面に転がるフィルヒナートを拾いに駆け出す。


 早く、、終わらせたかった。もうこれ以上アミリーの戦い方を見ていたくなかった。


 でも、それが隙となる。一瞬でも心が逃げたら戦いにならない。そんな簡単なことさえ忘れていた、、のだろうか。


 フィルヒナートに辿り着く前にシトラの背中に衝撃が走る。ものすごい力で地面に叩きつけられる。死角からの攻撃だったので、シトラはそれがアミリーの飛び蹴りによるものだとは知る由もない。


 体を起こし、襲撃者アミリーの方を向いたところに二撃目の蹴りを腹に食らう。


「ガフッ、、、!!」


 身体の中身が全て飛び出したかのような感覚とともに血の混じった“何か”がドシャッとシトラの口から溢れる。


「……拾わせ……ませんよ…………」


 意識が朦朧とする。アミリーの声はほとんど聞こえていなかった。



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