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魔王の兄と勇者の妹 〜転生したら双子の兄妹だった勇者と魔王ですが力を合わせてこの世界で生きていきます。〜  作者: 雨方蛍
第十一部 ニヴルヘイム【結幕】 ‟ラストランド・イーチホープ” ~理想叶う刻~
1509/1512

最終話 それからの話(3)

 * *


「……本当に色々ありましたよ」

「そうだな。世界の復興に、君はよく尽力してくれた。どれだけの感謝を伝えても伝えきれないよ」

「いえ。それが私の役目、仕事でしたから。当然のことをしたまでです。だから、頭は下げないでください。私、別れるならもう少し対等な方が好きです」


 陽が沈み始める、刻はそろそろお八つ時だ。新しい騎士団本部の騎士団長室で、シトラはあらためてファルザに握手を求めた。涙の別れとか、変に引き留めるだらけたお別れは嫌い。これが今生の別れになるでも無いのだから、ただ騎士団を辞めるというだけで死ぬわけじゃないのだから、お別れはもっと簡単で良いのだ。


「ありがとうございました、ファルザさん」

「ああ。アザミにもよろしく伝えておいてくれ」


 差し出した手を、そのまま握り返す。見つめ合って、頷き合って、こういうのでいいのだ。

 余計な言葉は要らない。余計な感慨も要らない。


(……もう少し色々考えるかなと思いましたが、意外とすんなり辞められるのですね)


 今日、シトラ・ミラヴァードは騎士団を辞める。思えば勇者時代、施設を出てジャンに拾われて、彼と共に数多の戦場を駆けて数多の命を奪って、そうして今の今までずっと……騎士団という場所はシトラにとって当然のところであった。居場所、と言ってもいい。彼女の世界といっても過言じゃない。

 それを辞めるのだから、もう少し躊躇うものかと思っていた。けれど違った。もう、戦場の鎖は彼女を縛らない。戦うしか生きる道は無く、戦場にしか生きる場所は無い―――そんな時代はもう終わったのだと。見つめた手のひら、その微かな悴みにシトラはフッと笑った。


「……ああ、そういえば。この後はすぐに帰るのか?」

「いえ。王都にまだ用事があるのでもう少し滞在するつもりですが……どうしてですか?」


 そんなシトラに、ふとファルザが「言い忘れていた」と声をかける。


「なら早めに用事は済ませておいた方がいいぞ。なんせ今日は、”あの日”だからな」

「あー……そういえば、そうでしたね。忠告ありがとうございます」


 シトラはぺこりと小さく会釈して、そしてくるりとファルザに背を向けるとそのまま振り返ることなく部屋を後にした。バタンとやけに響いた音を残して閉まる扉。これで、勇者としてのシトラ・ミラヴァードが見納めと考えると不思議なものだ。その扉を彼女が再び開けることが無いのだと思うと、やはり少し寂しいものがあった。どんな形であれ、共に戦った友と別れるのは辛い。


「それにしても、‟別れ”か。いまだに信じられないな。まさか、あのアザミ・ミラヴァードが……」


 騎士団長室の、新調したふかふかの椅子に深く腰掛けたファルザは、天井を見上げて「ふぅーっ」と息を吐き出す。およそ5年前、騎士団長の座を譲り受けてから会っていない男は今頃何をしているのだろうか。


 ……コンコンコン


「わぁびっくりした!?」


 そんな想いに耽っていたファルザへ、とんだサプライズだ。渇いたノック音にビクッと跳ね上がったせいで机にガンッと膝を打ち付ける。


「ど、どちら様……? まさか―――」


 その痛みをこらえながら、何でもないような顔をして彼はゆっくり扉を開けた。

 もしかして、と期待する。さっき出て行ったばかりの少女が帰って来たのではないか、と。まさか……とは思うけれど、状況的に期待してしまうのは仕方のないことであった。


 そして、


「……なんだ、あなたでしたか」

「なんだとは心外だね。これでも僕は一応、君たち騎士団に呼ばれてやって来たんだけどね?」


 そこに立っていたのはシトラ……とは似ても似つかない、小柄な老医者であった。ファルザのナチュラルな失礼発言にムッとして、そのとんがった耳がピクピク揺れる。


「それで、ピグ先生。彼女の様子はどうでしたか?」

「うん。特に問題はないよ。力の発現も無いし、まぁどこにでもいる普通の女の子という感じかな」

「なるほど。ではそろそろ警戒は緩めてもいいかもしれませんね」

「そうだね。せっかく守ったあの子の普通を、僕たち大人が邪魔しちゃいけないよ」


 そんな会話を、ファルザとピグマリオン……ピグ先生、とファルザが呼んだエルフの老医師は軽く交わした。


「ちょうど定期健診の日だったからこのことを報告に来たのに、まるで歓迎されなかったね」

「いやそれは、申し訳ありませんでした。実はついさっきまで客人がいましてね。その子が戻って来たのかと」

「なるほど。して、その客人とは……ん? そこにあるのは辞表かい? おやおや、誰か辞めるのかね」


 ファルザの机の上に置かれた几帳面な封筒をチラリと見つけ、興味を示すピグマリオン。目ざといものだ。


「ちょうどその子がさっきまでいたんですよ。ええ、あなたもよく知る……シトラ・ミラヴァードがね」

「あの子が騎士団を、かい。へぇ……それは驚いた」

「本当ですか? まあ確かに騎士団の顔ってイメージでしたけど」

「それもあるがね、いやはや驚きだ。あの子は騎士団から離れられないと思っていたし、あの男もそれを心配していたのだけどね。時が経てば、人は変わるものだね」


 エルフは長命の種だ。ゆえに、ピグマリオンはシトラのことをよく知っている。それこそ、まだ彼女が勇者シトラスと呼ばれる存在であった300年前から知っている。彼女の実兄、ジャン・ミラーに余命宣告をしたのもこのピグマリオンだ。だからこそ、ジャンから勇者時代のシトラの話を聞かされていたからこそ、そんな彼女が騎士団を辞めるということは彼にとって、ファルザたちとはまた違った驚き……そして感慨深さを覚えるのだった。


「理由を聞いても?」

「……家族との時間を大切にしたい、そうですよ」

「家族……ああそうだったね。あの子も今や母親なんだったね」


 目を細める。まさかあの日の、冷淡な眼をした感情の薄い人形少女が母になるだなんて。ジャンが聞いたらどんな顔をするだろう。短命な人間にはそれが叶わない、可哀想なことだ。


「何を隠そう、あの子のお腹の中に子供がいると診断したのはこの僕なんだよ」

「へぇ、そうだったんですね。まぁピグ先生の診療所は人目を避けて通うにはもってこいですからね。……ぼろいですし、いつ行っても人がいないし」

「その機密性がウチの売りなんだけどね。まるで寂れた老医院かのように言うのはやめてくれるかな」


 さっきから、随分と自然に失礼なことを言ってくれるものだ。ピグマリオンの診療所は王都の裏路地に在って、その不気味さから普通の人間は寄り付かない。だがエルフということもあって医術の腕は王都でもトップクラスのため、‟周りに知られたくない何か”がある人がやって来るのだ。

 例えば貴族のお嬢様の妊娠だったり、隠し子、不倫など泥沼関係がほとんど。あるいは大病を抱えているのに誰にも相談できず、彼の元へ辿り着く例もあった。


 そして、シトラもそのひとりであった。誰にもお腹の中の子供のことは言いたくない。言えばきっと、戦場に立つことを反対されると思ったから。

 そうしてピグマリオンの元で赤子がいると診断を受け、そして当然のように「戦っては欲しくないけどね」と言われながら、これまた当たり前のように無視してスイとの戦いに、世界存亡戦に最後の世界魔法までを戦い抜いた。

 そして風の噂で、戦後元気に子供を産んだ……とは聞いていたのだ。あのようなことがあったのに、戦場で随分と無茶を重ねただろうに。奇跡中の奇跡、と言ってもいい。赤子を産む手伝いを出来なかったのは少し残念だったが、でもその奇跡が起きたことは医者として。そしてシトラという少女の昔から今までをよく知るモノとして単純に嬉しかった。


 そして今、家族との時間と聞いてまた涙腺が緩む。ということはつまり、まだ幸せに彼女は母親を出来ているということなのだから。ああ、彼女が診療所を尋ねてきたあの日がつい昨日のように思い出される。ジャンとのやり取りが、その面影をやって来たシトラに見たことは今でもよく覚えている。


「元気かね? あの子たちは」


 生まれたその子供たちに会ったことは無い。でも、いつか会ってみたいものだ。

 そんな、まるで孫を想うおじいちゃんみたいに優しい顔で尋ねたピグマリオンに……どうしてか、ファルザは怪訝そうな顔をした。だって、


「ピグ先生。あの子たちって、一体何を言っているんですか?」

「ん? どういうことかな。シトラちゃんの子供たちのことだよ。まさか知らないのかい?」


 なぜかみ合わないのかが、分からない。首を傾げたピグマリオンに、ファルザは「いや、シトラとアザミの子供のことは知っていますよ」と頷く。それは知っている。だから、分からないのはそこじゃない。引っかかったのはそこじゃない。


「―――あの子‟たち”ってなんです? あの二人の子供は、ひとりだけですが」

「……何を言って、いや確かに僕はあの子のお腹の中に二人の赤子が居たのを見た……んだけど、ね」


 夕暮れ時に差し掛かった王都の雰囲気が、一種のホラーのように不気味良くその場を演出していた。ファルザも、ピグマリオンも何も言わない。いや、何も言えない。……奇妙なまま、冬の冷たい空気が背筋を撫でていた。

完結まであと‟2”話。

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