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魔王の兄と勇者の妹 〜転生したら双子の兄妹だった勇者と魔王ですが力を合わせてこの世界で生きていきます。〜  作者: 雨方蛍
第十一部 ニヴルヘイム【結幕】 ‟ラストランド・イーチホープ” ~理想叶う刻~
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1394話 太陽神アポロン

 魔法とは、元を辿れば神様のみに許された特別な力であった。

 神のみがそれを扱うことを許され、人間には扱えない代物。ゆえに、かつて神代と呼ばれた時代じゃ神が人間を支配していたのだ。魔法に抗うすべを、当時の人間やその他種族は持っていなかったから。鬼族オーガやエルフ族なんかも、身体能力は優れていても魔法には太刀打ちできない。よって、隷属に甘んじるしか無かった。

 そんな現状を多少なりと変えたのが、セイラム・アガトレイヌの開発した原初魔術である。神様しか扱えない魔法……なぜなら精霊との親和性を持つのが神様しかいなかったからなのだが、じゃあ精霊に認められないならそのエネルギーを自前で補ってしまえばいいじゃないか―――という思考で生み出されたのが、原初魔術。現代の魔術の原型である。といっても、扱うためには魔力を扱うための相当レベルの器用さや、複雑な計算をこなす頭の良さが求められたため、原初魔術が神の時代に一矢報いることは結局なかったのだが。というか、原初魔術が神座かむくらを脅かす前に神代が滅んだので。


 さて。なぜ今さら‟魔法”を振り返ったのか、という話だが……。

 魔法は神様の持ち物である。ならば当然、絶対を冠する神様であろうとそれは扱えるわけだ。

 そして、魔法は精霊といかに親和性を築くかによって自由度や規模が大きく変わってくる。その親和性とは、簡単に言うと精霊にどこまで認められるかという話である。ので、何も持たない一般人と絶対を持つ神様とでは、その認められ具合も格段に違ってくるのが分かるだろう。


 つまり、だ。絶比老アンリロゼの使う‟魔法”とは、人類の尺度で考えて良いものじゃ決してないということである。

 眼前に迫るアンリロゼの左手と、冷たい瞳。そこに彼の武器である福音書は関わっていない。だが、それでも妖狐の混じった少女ひとりを容易く葬るだけの威力はあった。


(……こうなる未来は見えてた。けど、‟見える”ことと‟どうにか出来る”ことは違うからね)


 それは、不思議とえらくスローに見えた。あれか。死が迫ると世界がゆっくりに見えるというやつか。エリシアはフッと微笑みながら、その光景を前に悠然と構えていた。見えていた、つまり事前にこうなることが分かっていながらしかし堂々と身構えられるのは、さすが3万年生きたゆえの余裕というやつなのだろうか。

 エリシアの未来視はこうなることを予知していた。だから言ったのだ。未来視による‟未来干渉バタフライエフェクト”封じとて完璧では無いと。近いうちにその単純な抜け道に気が付かれ、単純な魔法によって、絶対という力による正面突破が襲い来ると。

 でも、だからって何か出来るわけじゃない。だってエリシアはただの人間だ。ちょっとだけ昔から生きていて、ちょっとした事情によって妖狐の肉を喰らって半妖化しただけの、普通の人間の女の子だ。扱える魔法は、そりゃあ妖狐族のおかげで一般人よりは上であるが、神様には遠く及ばない。だから、エリシアじゃ絶対神の一撃は分かっていても防げないのだ。


 どうにもしない。じゃなくて、出来ないから。

 だからエリシアは、あとのことを全てアポロンに託したのだ。絶対を持つ神様と、半端だったかもしれないけれど絶対を借りたアポロンとの戦いにおいて、エリシアが関与できるところはもう無い。十分にその役目は果たした。人間の身で、一分ちょっとだったかもしれないけれど時間を稼げたのなら……十分だ。


「―――無駄じゃ。アポロンよ、お前さんじゃ絶対には届かぬよ」


 だが、そんな信頼とか色々を嘲笑うかのように。アンリロゼはその粛清を止めることは無く、淡々とその手を下す。これはもう決定事項なのだ。どう足掻こうと覆せない。‟絶対”とは、それほどに重い言葉なのだから。たとえ神様だとしても、ちょっと抗ったり無茶したりした程度じゃ。努力とか、気持ちとかでどうにかなる次元じゃないのだから。


「……ああ、知っているさ」


 だが、そんな言われて当たり前の言葉。追い込まれているのは彼の方だというのに、しかしアポロンはあまりにもあっさりとそれを認めた。まるで、この状況をどうにか出来る策があるかのみたく……いいや、有り得ない。そんなことは絶対に無い。


(……不可能だ。絶対王ゾルディナの力を借りたにも関わらず、今までそれを上手く使いこなせておらぬかったのじゃ。それがこの状況で、追い込まれたシチュエーションでいきなりモノになるほど世界は都合よく出来ておらぬ)


 世界は合理的だ。決してどちらかだけに甘い蜜を吸わせるような、そんなことはしない。使いあぐねていた過ぎた力を、この土壇場で物にするみたいなご都合展開があるわけないのだ。そんなもの、英雄劇ドラマじゃあるまいし。

 絶対王の力を‟借りた”。その時点で、そもそも勝負はついているのだ。物事においてオリジナルとフェイクというすみわけがあるのは、両者の間に決して超えられない壁があるから。借りた時点で、仮初の絶対じゃ奇跡は起こせない。


(ああ、そうだ。だから俺は、絶対という冠に触れる資格が無かったんだ)


 今になってようやくわかった。そうだ。今まで自分は、ずっと偶像に憧れていたのだと。

 アポロンとアルテミスにとって、一番身近にあった憧れが絶対王ゾルディナだった。だからこうなりたいと、こうならなきゃと憧れて信じて、追いかけてきた。それなのに叶うことは無く、結局世界は滅んだ。


 今ならその理由が分かる。憧れてしまったら、もう越えられないってことが。

 自分たちの中でその王座を神格化させ過ぎたのだ。それがきっと、アポロンに足りなかった‟決定的に欠けているモノ”の正体。


 絶対王ゾルディナの息子だからじゃない。

 神代の二代目の王様だからでも、それが滅んだ際に王座にあった愚王だからでも無い。


「俺は、俺だ―――。太陽神アポロンだっ!」


 憧れるのはやめる。今はひとりの神様として、ひとりの男として。

 自分を信じて命を預けてくれた臣下の命ひとつ救えなくて何が王だ。あとは任せたなんて勝手、でもそう笑った少女ひとりに応えられなくて男があってなるものか。


「ぬぉぉぉぉっっっっ!!」


 アポロンは必至でその腕を伸ばした。そして、その指先がエリシアの襟首に引っ掛かる。そのまま一気に引き寄せてアンリロゼの凶刃を回避させようとするが……

 しかし、間に合わない。アポロンの指が届いたその時にはすでに、アンリロゼの手のひらはエリシアの小さな顔を包む刹那だったのだから。

 その血の暖かさ、体温すらも感じられる距離。そこまで迫った死の一撃を覆すなど、不可能だ。


「悲しいよ、アポロン。結局最後の最後までお前さんは間違えたのだ。絶対王の力を借りて自らが強くなったと錯覚したのが一番。もっとも、絶対王でもこの状況は覆せんか。確かあの方の力は、0%と100%には干渉できぬものじゃったからな」


 だからもう無理。100%不可能で、アポロンがエリシアを救う可能性は0%だ。

 そして、アンリロゼが悲しそうな顔で述べた通り、絶対王ゾルディナの力は僅か数パーセントの可能性を100にしてしまうというものである。つまり僅かでも可能性があれば、それを絶対に出来るのだ。しかし、その力は例外として‟100%起きる”ことや‟0%起きない”ことには効果を示さない。


 だから、たとえ絶対王の力をアポロンが完全に自分のモノとしていたとしても、100%決まったこの結末を覆すことは出来なかったということだ。ああ、残酷なこと。


 ゆっくりとその未来に近づいていく結末。まるで時間が止まってるのかと錯覚するほどのスローモーションの中、アポロンはエリシアを引っ張ろうとするが……到底間に合わない。その前にアンリロゼの魔法を纏った左手が、彼女の首を吹き飛ばす方が先だ。


 それは、強い思いだとかやる気だとか、そんなものでどうにかなるものじゃない。

 足掻こうと変わらない。藻掻こうと意味は無い。思いの強さが勝敗を分けるなんて、そんな次元の話じゃないのだ。


 

 そのはず……なのに。

 結論から言おう。次の一瞬、アンリロゼとアポロンの攻防に決着をつけたのは、その‟思いの強さ”というものであった。


 

「……あり、えぬっ」

「……ああ。そうだろうな。‟100%”、有り得なかっただろうよ」


 アンリロゼは苦悶の表情で、ゆっくりとその視線を下に移す。そこで見たものは、両胸のちょうど中間点。肋骨に守られていない柔らかな部分に沈む、アポロンの右こぶしであった。


「お返しだ、たわけ。確か人間も神様も壊し方は変わらんのだったな。なら、そこに‟絶対を冠する”という枕詞が付こうと大差ないな?」


 そう言ってニヤリと笑うアポロンとは対照的に、次第に苦しそうに歪んでいくアンリロゼの顔。目下5日目を迎える戦いで、アポロンの攻撃が初めてまともに通った瞬間であった。そして、それは0・100の壁を突破した瞬間でもある。


「……信じてたよ、アポロン様」

「ふんっ、当然だ。王は約束を違えぬ。目の前で有能な臣下を失う愚かなどせぬわ」


 気丈そうに振る舞っていたけれど、でも死の恐怖とは決してゼロに出来るものじゃない。少し震えるエリシアの言葉に、アポロンはいつもみたく鼻で笑って返す。そう。王は約束を違えない。救うといえば救うのだ。

 だから、エリシアはまだ生きていた。吹き飛ぶはずだった首はまだその胴体にくっついている。一気に緊張が融けたせいか、紅潮した頬の彼女は自分で自分の首元を撫でてみるが、大丈夫。ちゃんとある。


「……何をした。なぜっ、100%決定した未来が覆るのじゃっ!」

「ふはっ、それだから爺さんなどと呼ばれるのだ大たわけ。もっと柔軟に考えてみよ。絶対である御前を、どうして俺が覆せたのか。……答えはひとつしかあるまい」


 まさか、と丸くなるアンリロゼの目に、アポロンはニヤリと顎をひけらかした。さっきまでとは真逆の立場だ。余裕に追い詰めていた側が苦悶で、追い詰められていた側がほくそ笑むだなんて。

 それを可能にした理由はひとつ。そして、それは最初の最初から明言されていた。


「言っただろう? 俺は俺だ。ゆえに、父上様の力にはもう頼らぬ。アレは俺に扱える代物ではないからな」


 この土壇場で絶対王ゾルディナの力を我が物としたわけじゃない。

 

「だから、俺自身が絶対の力を持つことにした。いわゆる、‟覚醒”というやつだ」


 この土壇場で絶対の力に目覚めるのもご都合といえばそうなのかもしれないが、でも。

 ずっとアポロンの内で眠って目覚める時を待っていた力が。いつでも花咲かせられたのに、アポロンが自分でそれを諦めていたせいで蕾のままだった力が、憧れを諦めたことをきっかけに開いたと思えば……まだ、現実的かもしれない。


 絶対を冠するアンリロゼに勝つ目はただひとつ。アポロンも絶対の座に辿り着くしかない。

 そんな、‟理屈上じゃそうだが実現するのは極めて難しい”条件なのにもかかわらず、ここにきて彼は成し遂げてしまった。

俺は、俺だ。


※今話更新段階でのいいね総数→3638(ありがとうございます!!)

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