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魔王の兄と勇者の妹 〜転生したら双子の兄妹だった勇者と魔王ですが力を合わせてこの世界で生きていきます。〜  作者: 雨方蛍
第十一部 ニヴルヘイム【結幕】 ‟ラストランド・イーチホープ” ~理想叶う刻~
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1351話 世界存亡戦(9) ~プライド~

(そう言えば、最初の時もそうでございましたね。特段気に留めていませんでしたが、私が放った最初の灼翼もあの方は軽く回避してみせていましたね……)


 その時は特に気にならなかったが、今になって思えばそれも慣れゆえだったのだろう。シュツィの振るう絶対の力にも対応し、普通に戦うことが出来るのだって今までそれと何度も対峙してきたからだ。最初は度肝を抜かれたその威力も威圧も、速度も。けれど今となってはそれが普通。今更、驚くことなんてない。


「……なるほど。絶対王、という響きに臆することはもはや無いということでございますか」

「ああ。だから言ったろ? 前とは違うって。そりゃあ、たった十数日で爆発的に成長するなんて今の俺たちには無理だ。伸びしろで言うなら俺たちなんてほぼ限界点だろうからな。でも、経験や純粋な戦力、そして戦う環境フィールドって工夫次第じゃ絶対との差だって縮められないものじゃない」


 スイを味方に引き入れ、シトラと並ぶ火力役に。さらに彼女はアザミのような万能オールラウンダーでもある。そう言った意味じゃ、アザミとシトラがそれぞれ二人に増えたようなものだ。純粋な戦力強化として、これ以上の成果は無い。

 経験は、先の最終作戦を通してどれだけ増えただろうか。敗北という苦い味、多くの仲間を失ったことによる後悔など。辛いものでもあったけれど、でも、それでも顔を上げて前を向いて……そうしたらばそれは紛れもない、大切な経験になる。

 絶対を冠する神様―――。そのあまりにも規格外な存在とその力に、いつかは呆然と自分の無力さを思い知ったものだ。神代の海に開いた世界魔法で、絶連姫エルトラウネと絶並神ズイヒのぶつかり合いを目の当たりにして、そのアザミらじゃ一切介在出来そうにない、‟住む世界の違う”強さに色々考えさせられもした。今後、こういった相手ともやり合えなければ『世界を救う』だとか『守る』だとかは夢のまた夢、所詮は理想にしか終われないのだろうと。

 でも、その経験があったからこそ今、絶対王ゾルディナの力を借りたシュツィ相手に堂々と向かい合うことが出来ている。だから、今までのことは。今までの敗北も、苦渋も、思い知らされた無力感も。すべては決して無駄じゃ無かったんだなって。


(……まあ、だからって力の差が埋まるわけじゃ無い。経験だとか慣れだとかで絶対防御エイギスマギアを打ち破れるなんて都合のいいものじゃないから、結局は回避できるとか怯まないとか、その程度でしか無いんだけどな)


 結局は、少し差が縮まるというだけ。そうアザミは笑うが、それでも十分凄いことだった。だって、あの時はただ見ていることしか出来なかった絶対との戦いに、今は少なくとも精神的には対等に戦えているのだから。そんなもの、1年前の自分からすれば確実な成長である。魔法とか魔術とか、剣の腕とか。そういった分かりやすいものじゃ無かったかもしれないけれど、でもこれだってちゃんとした成長だ。


「そして……‟戦う環境(フィールド)”でございますか。もしやそれが‟みっつめ”でございますか?」

 

 スイとセイラム、それに双神という先の最終作戦には無かった戦力の追加。そして絶対の力に対する慣れ、とりわけ絶対王ゾルディナの攻撃に対する慣れによる平常心。それが、アザミたちが「前とは違う」という根拠の二つ。


「ああ、そうだ。‟灼翼”しかり‟絶対の一撃”しかり。アンタの攻撃って、結構規模の大きいものだろう? 絶対の力を分かりやすく誇示するためなのかは知らないが、それがあだになったな」


 そう言ってアザミは天井を指さす。今までは青空の下、広いフィールドで戦ってきた。戦場とは普通そういうものだから。

 しかし、ここは違う。低くはないが、地下空間ゆえ上下左右共に岸壁に囲まれた‟限りある”フィールドである。

 シュツィの背中で燃える『灼翼』も、彼女の振るう杖が放つ『絶対の一撃(デウスエクスマギア)』も。確かに言われてみれば、必要以上に大振りだったり大規模だったり。

 それはきっと、アザミの読んだ通り、‟絶対の力を誇示するため”なのだろう。


(ゾルディナ王の意思なのか、はたまたシュツィの意思なのか。気付いているか? アンタら、気にしてませんよなんて涼しい顔していながらさ、実は俺やアポロン以上に‟王”というものに固執しているんだ。それも、執拗にな)


 神様と人間。王様と平民。そういったものに拘って、そうたるものらしく振る舞うことに一生懸命。ゆえにいつだって彼女は‟逃げ”を選ばない。アザミらが策を弄してくると分かっていながら、それを正面から受け止めそして攻略して見せることで格の違いを誇示するのだ。それは、効率とか諸々で考えたら愚行の部類に入るのだろう。しかし、彼女の絶対であることに対する誇り(プライド)がそうさせる。愚かでもなんでも、絶対の神様として……絶対の神様らしい、戦いをしなければと。


 絶対王ゾルディナの‟絶対の力”のカラクリは認識力にある。

 

 ゾルディナが絶対ゆえ、周りがかの王を絶対と崇めるのではない。 

 周りがかの王を絶対的と認識するがゆえに、ゾルディナは絶対の力というチートを行使できるのだ。


 きっと、この世界で誰よりもかの神様を絶対的と崇めて信奉しているのはシュツィなのだろう。気付いているかいないかは分からないけれど、彼女は意外とプライドの高い人間だ。今まで抑圧されて、不幸にしか生きられなかったからこそ。絶対の力―――なんてとてつもないものを借り受けて、その今まで抑えられてきたものが解放されている。


(……確かに、この狭さじゃ灼翼を存分にふるうことは難しいでございますね)


 それもあったかもしれない。アザミが平然と回避し、シトラが聖剣フィルヒナートでそれを絶ち切ったりなんか出来たのは、そもそもシュツィの振るう‟絶対”が今までよりも抑えられたものとなっていたせいかもしれない。

 無意識に、この狭さのせいで出力を下げてしまっていた。その可能性は否めない。そしてもしそうなのだとすれば、確かにこの空間じゃこれからも満足いく戦いは出来ないだろう。


(けれど―――)


 シュツィはスッとその目を細める。覚える苛立ちという感情を、しかしそれをクスッと余裕漂う微笑に変えて。

 その表情を見て、「やっぱりな」とアザミはふっと息を吐いた。


(やはりシュツィ。それがアンタのどうしようもない弱点だよ。普通、自分にとって不利なフィールドに立てば‟そこを離れて有利に変える”か‟その不利に適応する戦い方に変える”かを選ぶものなんだ。強者ならば特に、それをスムーズにこなす。なんせ相手の思うつぼのまま戦うなんてリスクしかないからな。だが、アンタは違う―――)


 シュツィの辞書に‟逃げ”の二文字は無い。戦略的撤退、楽しみを先に取っておくだとか、今はその時じゃないとかで退くことはあるが、嵌った策を逃れるためだとか、そういったマイナスの要因で逃げることは絶対王であり絶対の神様であるそのプライドが許さない。

 じゃあ、この状況に適した戦い方……それこそ今のままじゃ扱いにくい灼翼をどうにかするだとかで適応させるのかというと、きっと彼女はそうしない。


(アンタはそんなことしないだろ? ああ、だって状況に合わせるってことはつまり、俺たちの策に嵌ったって自白したようなものだからな。御高いそのプライド様が決して許さないだろうさ。だから、これから意地でも今まで通りを貫かなくちゃいけない。……不便なものだよな。そりゃあ、王たる者多少の誇りは必要だし、そういったものもまたカリスマって呼ばれる魅力になるんだろう。だがな、過ぎたそれは―――間違いなく、‟毒”だ。いつかそれが身を亡ぼすぜ?)


 同じ王様として。かつて、魔王であったアザミはその気持ちがよく分かる。そして、そのままじゃいけないこともまたよく分かる。それはきっと、生まれながら王となる権利を持っていたアザミと、そんな栄光なんてまさか許されなかったシュツィとの違いなのだろう。過ぎた力、過ぎた王冠。自由そうに思えて、実は王様というものは案外難しいものなのだ。


「‟灼翼は対う(ラ・ゼィルシ)こと絶えて(ュドラーク)”ッッ!」


 それも……意地だ。窮屈に振るわれたその燃える翼。触れたら一瞬で消し炭になってしまうだろうその力も、けれど慣れてしまって、さらにこの地下空間ゆえ速度も自在性も失った今となっては……。


(……悲しいものだな。今でもその恐ろしさはあるが、しかし圧倒的な強さはすっかり消えている)


 外ならばブンブンと自由自在に振り回すことが出来るだろうそれも、上下左右に制限があるこの地下空間じゃある程度動ける範囲は固定される。その中でしか来ないと分かっている攻撃を防ぐことなんて、慣れもある今となっては造作も無いことだった。


「……だから言ったんだ。‟毒”だってな」


 迫りくるその絶対に対して、アザミはフッと笑ってその懐から……数枚の呪符を取り出した。

 そして、もう片方の手に魔法陣を四つ作り出す。ぶわっと輝く力が漏れ出るアザミに呼応して、その魔法陣もまた輝き出した。綴られる数字と文字の羅列……魔法式の計算を完璧にこなして、さあ準備はばっちり。


「‟魔術障壁シールド”、二重奏ツヴァイト×二重奏ツヴァイ


 それは天属性魔術じゃない。何も無い、無属性の、何の変哲もない、‟ただの魔術”。 

 もっともアザミの扱うそれは魔術の中でも最高峰のものではあるが、しかし相手にするのは絶対の神様なのだ。迫り来るのは絶対を司る翼なのだ。


 しかし、アザミはあえて天属性魔術ペルデルタではなく、ただの魔術を選んだ。


(……ふはっ、まさかあの父上様相手にそのような不敬をやってのけるとはな!)


 そのアザミを見て、「くはっ」と笑うアポロン。珍しくぶるっと身震いまでしてしまうほど、その感情は高ぶり高揚していた。


 過ぎたプライドは毒だ。猛毒だ。

 だからこそ、アザミはそれを利用した。毒とはその身を蝕むもの。ならばそれを使わない手は無い。


「生憎、今の俺は王様じゃないんでね」


 卑怯と罵られようが、王らしくないと蔑まれようが、今のアザミに背負うものは無い。騎士団長ではあるが、あくまで代理。それに、騎士団長なんてひとつの世界を背負う王様と比べたらどうってことのないものだから。


(やはり人間は面白い! 我ら神では決して思いつかぬ、そんな弱きものなりのあれこれを見せてくれる……。これだからっ、俺はまだこの世界の行く末を見てみたいと思うのだ! ……なぁ、父上様よ。それが理解できない御前では無いだろう?)


 アポロンじゃ同じことは出来なかっただろう。他の神様でも決して、これ以上のダメージは与えられなかっただろう。

 誰よりも絶対であることに拘り、王であることを捨てられないシュツィ。その焦って、だが意地でも自分を誇示しようとするそのプライド。


 そんな彼女にとって、絶対の一撃がまさか……天属性魔術ペルデルタという相手アザミの持ちうる最高ではなく、ただの魔術によって止められる―――だなんて。


「やめっ……そんなこと、あってはならないのでございますっっ……!」


 必至の叫びが地下空間に反響する。

 ああ、そうだろう。そんなもの、そんなこと、シュツィにとって筆舌に尽くしがたいほどに許せないことだろう。

※今話更新段階でのいいね総数→3815(ありがとうございます!!)

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