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魔王の兄と勇者の妹 〜転生したら双子の兄妹だった勇者と魔王ですが力を合わせてこの世界で生きていきます。〜  作者: 雨方蛍
第十一部 ニヴルヘイム【結幕】 ‟ラストランド・イーチホープ” ~理想叶う刻~
1444/1512

1349話 世界存亡戦(7) ~本命~

 逃げ惑う人々。上がる叫び声、うめき声、断末魔の三重奏。

 そう言えば、長い歴史の中で王都が戦場になった数はそう多くない。それこそ魔界と人界の戦争ではここまで攻め入られたことは無かったし、逆行前……アザミとシトラがまだ聖剣魔術学園の学生であった時代だって、王都まで攻め入って来たのは三例くらいだったか。

 それほどぐらいには、人界の要である王都セントニアの守りは堅いのだ。しかしそれゆえに、一度突破されたら弱いということがここに露呈してしまった。広大な王都と、入り組んだ道が襲撃者を阻む……はずだったのに、なるほど。模倣者サブリムみたく、一個体で一旅団レベルの破壊力を持つ相手が攻め入った場合はその限りじゃ無かったらしい。


 シャーロットの読んだ通りだった。模倣者サブリムたちはその絶対の力を使って強引に王都へ攻め入り、侵略をしていた。それに騎士団も精一杯の抵抗をするが、しかし敵が敵だ。絶対の力を持つ敵を相手に善戦こそすれど、しかし止められるはずはなく、ジリジリと追い詰められていっていた。


 絶対王ゾルディナ、そしてシュツィ。彼女たちがいずれ、世界を終わらせるために何らかの行動を起こしてくることは想定されていた。だが、それがこうした真正面からの物量作戦なんて単純明快な方法だとは思っていなかったのだ。

 確かにそれは至極まっとうで、最も簡単で確実な作戦だろう。だがしかし、今の今までかの絶対王はそれに頼ってこなかった。ゆえに盲点となっていたのだ。ここに来て、最後の最後でまさか無いだろうと。……それもまた、伏線だったのかもしれないけれど。


 ともかく、王都は混乱の真っ只中であった。攻める備えはあった騎士団だが、防衛戦となることは想定外。十分な備え、準備があったとは……まあ、言えない。こちらから仕掛けて先手を取るつもりだったのに、まさか後手に回されるだなんて。そして、格上を相手に‟後手後手”というのは負けフラグだ。先手を取り、こちらのペースに巻き込んでその差を埋めなければならないのに、これじゃあ逆に離されてしまう。


「……なんて、今頃お慌てになっているのでございましょうね」


 そんな王都の、逃げようと必死な民たちの中をしれっと逆走する少女がひとり。周りは自分やその家族のことで精一杯ゆえに気が付いていない、そんな小さい女の子。しかし、まさかそれがこの騒ぎの元凶であろうとは。

 巻いたマフラーで隠した口元からクスクスと笑みが漏れる。おっといけない。ここで正体がバレるわけにはいかないのだ。そんな黒幕ムーブをしてしまったら、私が敵ですと言っているようなものじゃないか。コホン、と小さく咳をして、少女改めシュツィは一応逃げている素振りに同調するべく、小走りで王都を駆ける。もっともそれは、他の民みたく危機感が一切なかったせいで楽しそうなスキップにしか見えなかったのだが。


(……正面から物量で押す? うふふ、まさかでございますよ。まさか私が最後の最後、この局面でそのような面白くない手を弄するはずないのでございます)


 もしそう思われているのなら舐められたものだ。と思う心半分、しかしそう思わせられなければこの作戦の意味が無いので……と冷静な心もう半分、だった。


(上手く引き付けてくださいね、模倣者サブリム。あなた方の役目は陽動、囮なのでございますから。せいぜい私が動きやすいよう、騎士団の皆々様の手を止めておいてくださいませ)


 そう。それは陽動作戦だった。数で押し切る―――そう見せていたのはあくまで囮。模倣者サブリムたちの純粋な侵攻で騎士団の手を奪い、その隙にシュツィがこっそりと王都で暗躍する。そんな、これまた使い古された作戦だ。

 しかし逆に、使い古されているということは、それだけ有用な作戦ということでもある。彼女の言う‟面白味”というやつがあるのかどうかはさておいて、けれど突破の脳筋プレイよりかは美しいのだろう。


 おかげで動きやすくなった王都を、シュツィは堂々と進んでいた。騎士団と会敵することも、戦闘することもなく。このままいけば、このまま邪魔が入らなければ、呆気なくこの世界を終わらせてしまうことが出来る。


(ふふっ。それもまた一興、でございますね。惜しむべくはその時の表情を見られないことでございますが……ああ、きっと驚く間もなく深い絶望に死んでいくのでございましょうね。なんせ、終わらせないために必死で模倣者サブリムの相手をしていたのに、気づけば世界が終焉を迎えているのでございますから)


 そんな間抜けな結末を迎えた時、滅びを回避するだとかなんだとか言って必死で戦っていた連中がどんな顔をするのか。ああ、それを心の底から見てみたい。けれど、終わらせてしまったらそれを見ることは叶わない……なんて矛盾、葛藤。

 だから残念ではあるけれど、それは想像するだけに留めておくことにした。まあ、想像だけでも十分に恍惚ではあるから。フフッと、またもや抑えきれず零れてしまった笑みを「おっと、いけないのでございます」とゴシゴシ擦るシュツィだった。


『……して、小娘よ。貴様の言った通りに事は進むのだろうな』

「ええ、もちろんでございますよ。これが最も簡単で確実な、この世界の終わらせ方でございます」


 ゾルディナの声に、シュツィは一切その自信を揺らがせること無く頷いた。過信でも慢心でもなく、だってそれは事実なのだし。何を悩むことがあろうか。

 世界を終わらせる。そう言いながら、シュツィは今まであまり行動を起こしてこなかった。それこそ人界との間に戦争を仕掛けるとかはしていない。騎士団が守り切れぬと放棄した都市だってそうだ。魔都アスランも聖都モルトリンデも、今もなおそこは平時の営みが続いている。そりゃあ駐屯する騎士団が居なくなったせいで多少は秩序が乱れたりもしたが、別に廃墟になったわけじゃ無いしそこに住まう生命が全て息絶えたなんてわけでも無い。


 だから、確かに彼女の言う‟終わり”とはどういうものなのか。それがいまいち分からなかったところではある。全生命を殺して終わり―――というのならば、残された9日間はあまりに短くなかろうか。たった9日、たったの216時間で大陸上のすべての生命を駆逐するだなんて、いくら絶対の神様でも現実味がない。


(ええ。ええ、分かっているのでございますよ。だから言ったでございましょう? それでは面白くない、美しくないと)


 全生命を虐殺してはい終わり、とするのは簡単だった。絶対の力を借りる彼女ならばそれも容易かっただろう。なんせ、反撃してきたとて絶対たる彼女を止められるものはいないのだから。

 でも、そうはしなかった。なぜなら、そんな終わり方は面白くないから。やるなら美しく、鮮やかに。後世に語り継がれていいぐらい完璧に終わりをもたらすべきだ。それが、絶対を冠する神様―――王様としての矜持。


 だから、とシュツィはその扉をくぐる。人々は避難したのか、すっかり無人となったとある大きな建物に忍び込んで歩くシュツィ。こう人気が無いと、なんだかテンションが抑えきれなくなってくる。


(ふふふ~ん♪ まっ、聞く者も無いことですしもういいでございましょう)


 思わず漏れた鼻歌。けれど、もう隠す必要も無いか。だって、それを聞く者はシンとしたこの場所にはいないのだし。

 ああ、本当に滑稽なことだ。外の模倣者サブリムで手一杯、守りたい王都のことで精一杯で、着実に迫っている滅びの足音に気が付かないだなんて、本当に可笑しな話。


 ギーッと軋んだ木の扉を開けて、薄暗いそこに立ち入って。灯りは……まあ、いらないか。真昼間だし、多少の暗闇ならば慣れもある。問題ない。

 そして、シュツィは迷うことなく先を進んでいく。カツンカツンと打って変わって反響する足音、石畳を踏む音だ。その足音ひとつひとつが、滅びへと近づくカウントダウン。それは、シュツィにとって歓喜の歌であった。奏でる鼻歌も、その讃美歌みたい。


 そりゃあテンションも上がることだろう。だって、ようやくなのだ。ようやく……待ち望んだ終わりが目の前にある。この苦しみも、永遠みたく思われたこの呪いも、もう終わる。この世界を終わらせて、自分も終わる。そんな壮大な自殺によってすべてに終止符を打つのだ。ああ、考えただけでツーッと涙が伝う。そのぐらいには、シュツィにとって世界の終わりというイベントは待ち遠しく愉しみなものだった。


(ああ、これでようやく終われる―――)


 カツン―――と、ひときわ大きく響いたその足音。階段を降り切って、その足が地下空間へと達する。

 そこには大きな扉があった。何かを守るみたいに立ち塞がった、重々しくて、けれどどれだけの歳月の間鎮座していたのだろうか、錆びて朽ちかけた扉だ。


 それを、シュツィは無造作に押す。すると、ギギーッと不協和音を奏でながらも呆気なく開く扉。


(鍵はかかっていないのでございますか? まあ、その方が都合いいのはその通りでございますが)


 鍵がかかっていれば絶対の力で開けてやろうと思っていたが……その手間が省けた。ラッキー、と言うべきだろうか。世界の運命もまた、それを祝福してくれているみたい。


『……たわけが』


 しかし、シュツィのその浮かれた思考にため息を吐いたのはゾルディナだった。よく考えてみれば分かることだ。悲しいが、分かってしまうことだ。


幸運ラッキーだと? 面白い冗談だな。貴様のような不幸にしか生きられぬ者に、最後の最後で神が微笑むわけなかろうて』


 開いた扉。その向こうに待つは、世界の終わり……では無かった。


「―――やあ、シュツィ。待ちくたびれたぞ。もしかして世界を終わらせるつもりが無くなってしまったんじゃないかって、丁度心配していたところだ」


 そう笑う軽薄な声。その声と、その顔をシュツィはよく知っていた。

 何度も邪魔をしてくる、けれどどうしてか無視できない男。記憶の中で、いつだったか出会った気がする男。


「……どうしてあなたがここにいるのでございますか。アザミ・ミラヴァード」


 鼻唄なんて歌っちゃっていた余裕はスッと消え、鬱陶しそうに眉を顰めるシュツィの目の前。そこに居たのはアザミだった。


「どうして、とは父上様も耄碌したものだな。決まっているだろう? お前たちの策などお見通しというわけだ」

「……アハハ、そうですね。お久しぶりです、ゾルディナ様。あなたならきっとここへ来ると思っていましたよ。‟世界の核”―――、これを破壊すれば一撃ですからね」


 アザミだけじゃない。フンッと自らの父の力を前にしてもいつもみたく見下し鼻で笑うアポロンと、その様子に引き笑いを浮かべるセイラムだって。


「そういうわけです。まさか、私たちがあなたの計画を大人しく見過ごすはずありませんよ」


 スーッと冷気を纏った剣を抜くシトラ・ミラヴァードだっている。

 待ち伏せ。つまり、シュツィがここへやって来ることはとうに読まれていたのだ。陽動作戦も然り。シュツィがどうやってこの世界を終わらせようとしているのか―――。それを先読みしたアザミたちによって、ここ。世界の核を隠した‟聖剣魔術学園の地下空間で”。


 とある場所、とは聖剣魔術学園のこと。

 軋んだ木の扉は礼拝堂の扉で、やけに反響する階段はその地下へと降りる階段のこと。重々しい扉は神代兵器たちの約束の場所で、鍵が開いていたのはスイが以前それを開け放ったからだ。


 セイラムが眠っていて、セラと別れたその地下空間。そこで見つけた‟世界の核”なんて代物。

 そこを彼女が狙ってくるだろうことは分かっていた。だからこうして先回りし、待ち構えていたのだ。


「……これで場は整ったな。さあ、始めようか。世界は続くかそれとも滅びるか。すべてを賭けた、‟世界存亡戦(さいごのたたかい)”を―――」


 アザミとシトラ、アポロンにアルテミス。セイラムとスイ。対峙するはゾルディナの力を借りたシュツィ。

 最後に相応しい舞台の上に、こうして役者は揃った。かくして前座は終わり。泣いても笑っても、これが最後の邂逅であろうことは誰の目にも明らかだった。

※今話更新段階でのいいね総数→3815(ありがとうございます!!)

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