130話 変化の中心
時は少し戻る。それはアザミがアミリーとクトリと食堂で出会い、サラにクラン戦を申し込まれた日の昼休みのことだった。
「……じゃあ、ここまでだな。ちゃんと復習しとけよ〜」
ハイルがパタンと教科書を閉じ、教室を後にする。これからお昼休みだ。教室で持ち込みのお弁当を食べるもの、購買で何か買うもの、食堂で食べるもの、様々だ。そしてここ最近双子は購買で軽食を買い、オルティスアローの本部として使っている小教室で食べるのが日課になっていた。この日もそのつもりだった。
「……さて、アザミ。行きましょう!」
財布を持ち、シトラが立ち上がる。アザミも「ああ」と頷き席を離れる。
そしてこのまま購買に向かうのがいつもの動きだったのだが、この日は違った。シトラの肩を誰かが叩く。
「シトラ、ちょっと時間あるかな? 2人っきりで話したいことがあるんだけど、、、」
振り向くとそこにはリゼが立っていた。
「今から、ですか……? でも私たち、、」
シトラがチラリとアザミを見る。アザミが「行けよ」と目線で合図を送る。
「……それなら俺は久しぶりに食堂でも行くよ。シトラはリゼの話を聞いてやれ。じゃあまた午後の授業でな」
アザミがシトラの肩をポンっと叩いて軽く片手を上げて教室を後にする。少し申し訳なさそうな顔をしながらリゼがシトラの手を引く。
「……こっち。人に聞かれてはいけない話よ、、」
そのトーンからシトラはそれが300年前のことと関係がある話だと察する。だがぐっと立ち止まる。シトラが動かないのを見てリゼが不思議そうに眉をひそめる。
「……どうしたの?」
「えっと、、お腹が空いたので先にお昼ごはんだけ買ってきてもいいですか?」
エヘヘと照れくさそうにはにかみながらお腹を押さえるシトラ。
「そうね。じゃあ話はご飯を食べてからにしましょ」
リゼはシトラの提案に乗り、人混みの中を購買目指して進む。
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「はむっ!」
幸せそうにシトラが口を大きく開けてパンにかぶりつく。2人はいつもアザミとシトラが昼を食べている小教室に居た。ここは双子くらいしか来ない。気兼ねなく何でも話せる場所なのだ。
「……シトラってホントに美味しそうに食べるよね、、、」
「そうですか? 自覚したことはないのですが......」
リゼの言葉にシトラが首をかしげる。
――無自覚って怖いな、、
「あ、そういえばよかったですね、リゼ。学園に復帰することが出来て」
「……色々制限はあるけどね。でも、今更魔界に戻ってもって話だし? それなら私はこの学園のほうが居場所があるんじゃないかって思うんだわ」
リゼが学園に復帰したのはアザミたちがイドレイを倒した3日後のことだった。どうやら吸血鬼族であるリゼは傷の治りも早いようで、早期の復帰が叶うことになった。
もちろん、人界のなかで魔界の住人である吸血鬼が生きていくことは許されることではなかった。いくらアザミの願いによって成立した『全種族解放令』があろうとも。
そのため、リゼは騎士団とある契約を交わした。
『……リゼ・ケイネス。君の魔術は有用だ。他人の血液で自分の体を擬態させられる術を正しく用いれば、潜入において君の右に出る者はいないだろう。どうだ? 騎士団の力になってはくれないか?』
『それは、私に騎士団に入れと?』
エレノアの言葉にリゼが怪訝そうな目を向ける。アルカード峠事件でカリエ村の住人達を皆殺しにしたのは騎士団だ。救われたとはいえ、恨みが消えるわけではない。
『勘違いするな。これは条件だ。君が今まで通りの学園生活を送りたいのなら、我々人間に利益をもたらしてもらう。それと引き換えに我々が君の学園生活を保証する、そういった契約だ』
『もし、断ったら......?』
『それは自由だ。だが、この国には居られないと思え』
リゼが「ハァ」とため息をつく。元から断る選択肢なんて無かったのだ。
* * * * * * * * *
「……まあ、そういうわけで私は学園に戻って来たのよ。ハナから断るつもりはなかったけどね。シトラもアザミもアックも、人間もいいなって思えたところだったし?」
リゼがニィっと人懐っこく笑う。転校してきたばかりの無感情無関心のリゼとは随分と違う。だが、その表情を見たシトラは自分の胸が少しざわめくのを感じた。なんだかリゼの姿が自分に重なって見えた。
(……私も、、変わったのでしょうか、、笑ったり、楽しんだり。……あれ? 春の私はどのような表情をしていましたっけ......?)
「――シトラ?」
ボーッと自分の頬に手を当て遠いところを見つめていたシトラの顔を心配そうにリゼが覗き込む。
「あ、、ごめんなさい。私、また一人で考え事しちゃって......。そういえば、リゼの話って、、、、」
本題を思い出したシトラがリゼに何の話があって自分を連れてきたのかを尋ねる。リゼはごっくんと口に残っていたパンを飲み込み口を開く。
「……12月24日はね、アザミの、魔王シスル様の生誕祭なの。知ってた?」
リゼがニヤッといたずらっぽく微笑む。
「いえ、初耳です。だってアイツ、何も語ろうとしないんですもん!」
自分も誕生日とかをアザミに伝えていなかったのを棚に上げて「あわわ、、」とうろたえ始めるシトラ。
「魔界じゃシスル様の誕生日なんて祝日だから常識なんだけどね……で、どうするの? プレゼントとか誕生日パーティーとか用意してあげるの?」
リゼはその言葉を特に意識せず、普通に言ったつもりだった。だが、シトラにとってはそもそも人の誕生日に物を贈るなど初めての経験であり、当然“たんじょうびぱーてぃー”なんて異国の言葉に触れたことなど一切なかった。想像もできない2つの課題を投げつけられたシトラの頭はパンク寸前だった。
(た、たたた誕生日なんて何をすれば――! でも何かしないと、、だって私はアザミにこのヘアゴムを貰ったのですから! ……でも何をすればいいのか検討も付きません〜〜)
シトラがグルグルと目を回す。想定外の反応にリゼは反応に困った引きつった笑いを浮かべてその狼狽えっぷりを観察することしか出来なかった。
「……そうだ! 皆に相談しましょう。そうしたらいいアイデアも貰えますし、パーティーとは晩餐会。古来より晩餐会は大人数がいいと決まっています――!」
シトラがグッと拳を握りしめやる気のみなぎった目で「うん!」と力強くうなずく。リゼも安心したように胸を撫で下ろす。だが、
「――ッとダメだァ! それじゃあ私達の誕生日がバラバラという奇妙なことになってしまうではないですか!!」
雷に打たれたようにショックを受け、ガクンと膝を付くシトラ。ホッとして油断していたリゼがその急な大声にビクッと肩を震わせる。
「り、りぜぇ〜、、」
小動物のようにプルプルと震えながら涙目で助けを求めてくるシトラにリゼは言葉に詰まる。
「いや、私は......ううん、無理! 私もプレゼントあげるけど、兄妹の問題に踏み込む勇気はないわ。それに、私と一緒に買い物に行くということはもれなく監視として騎士団員がついてくるよ? それは秘密を守るためにも良くないんじゃないかな〜〜?」
もちろんでまかせだった。監視がついてくるのは本当だが、別に『友達の誕生日プレゼントです!』と言えばいいだけだ。何も正直に『双子の兄へのプレゼント、、って言っても私は5月生まれなのですけど』なんて言う必要はないのだから。
(……咄嗟に断っちゃった、、。で、でも、シトラと出かけるとなんか変なことに巻き込まれそうで怖いっていうか......面倒くさいっていうか......)
しっかりと“怠惰”を受け継いでしまっているリゼがブンブンと自分に言い聞かせるように首を振る。
当然そんなことは知る由もないシトラは「うう、、、困りました......。かくなる上はいっそ私がプレゼント、なんて、、、、」と小さく縮こまってブツブツとおかしなことを口ずさんでいる。
――なんか胸が苦しい、、ごめんねシトラ......
自分が見捨てたとはいえやはり放っておけない。
「あの、、さ。誰かいないわけ? その、私以外に過去を知っている人とかさ、秘密を守ってくれる人とか……って何言ってるんだろ。そんなのいるわけ――」
「それです! ありがとう、リゼ!」
シトラがガバっと立ち上がり、キラキラと目を輝かせてギュッとリゼに抱きつく。
「む、むぐっ、、どうしたんだシトラ――」
「います! そうです、あの子に相談すればいいんです!」
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