1325話 聖剣魔術学園の七不思議
思えば、世界魔法を巡って神代兵器たちと出会って、セイラム・アガトレイヌという人間のことも、あったことは無い癖して案外知っているかもしれない。といってもまあ、噂に来ている程度だけれど。
神代、100万年前に原初魔術という今の魔術の概形を作った天才。
それまでは基本、名ばかりだった神代兵器の使用者なのに、彼だけは神代兵器らの暮らす家に寝泊まりして実際に戦場を指揮するような変わり者。……とはいえ、指揮を執るほどの知識や経験は無かったらしく、結局は今まで通り神代兵器の個人技で夷敵獣と戦っていたらしいが。
人間でありながら神様、当時の王であったアポロン相手に直談判して要職を得るような、行動力のバグった男。
などなど、神代兵器たちから聞いた話を纏めるとこんな感じか。他にも理想家だったり、神代兵器たち相手に「君たちに戦って欲しくない」と大真面目に言い放ったりしたエピソードも聞いたことがあって、誰だったか、それを‟アザミみたいな人”とも言っていたっけ。
(そんなすごい人と似ているって言われるのは誇らしいが、でもやっぱ言い過ぎじゃないか?)
謙遜。あと、最後の方のぶっ飛んだエピソードの類は‟似ている”が悪口になるやつな気がするので複雑。
そんなまだ見ぬセイラム・アガトレイヌという男に想いを馳せながら、アザミはフッと息を吐いた。100万年前の人物である彼に会えるとはまさか思っていなかったが、会えたならば色々聞いてみたいところだ。もっとも、アザミが出会えるのかはまだ分からないのだが。
(まあ、まだローゼンらの聞いていた噂話が真実か否かも分からない段階だしな。手掛かりゼロの中から突如出てきたから変に信憑性を得ているだけで、それが真実である確率なんて……100万年かかって辿り着けなかったってんだから、どんだけ低いんだという話だしな。それに、もし真実だったとしてその‟扉”とやらがどんなシステムなのかもわからないし)
例えば、認められた者しかそこをくぐれない……鍵の持ち主しか受け入れられないみたいな扉ならば、アザミにはその奥へ進む資格がないわけで。まあ、期待半分にそれは待っておくことにしよう。
それよりも、議論すべきは前者の方だ。
「……なぁ、シトラ。その、聖剣魔術学園の七不思議って聞いたことあったか?」
学園の前に停まった馬車より降りて、噂で語られていた礼拝堂を目指しながら。アザミは、二歩ほど後ろを歩いているシトラと歩みを合わせてそうこっそりと耳打ちした。
「……いいえ、初耳でしたね。そういうゴシップ話はシャーロットもエイドも好きだったはずなので、あれば私の耳に入っていてもおかしくはないはずなのですが。アザミはどうですか?」
「俺も同じだな。もし聞いたことがあったなら、スイから扉って単語を聞いた瞬間ピンと来ているさ」
それはそうですね、とシトラは頷いた。アザミは、いくらここ2年ほど色々な出来事があり過ぎたとはいえ、たかだか‟数年前”のことを忘れるほど愚鈍な男じゃない。どれだけ日常でさらっと語られただけのワードだったとしても思い出すような気味悪い男だ。特に、‟聖剣魔術学園の七不思議”だなんていかにも何かありそうな手がかりを忘れているなんて有り得ない。
そんなアザミがローゼンから聞くまで初耳だった。ということは、忘れていたのではなく純粋に知らなかったわけだ。
そして、第二王女のシャーロットや、ふわふわしたナリをしていながら意外とゴシップ話には目が無い、学園時代にシトラと寮で同室だったエイド・ロッツォからもシトラが聞き及んでいない話……というあたり、恐らく、
「……俺たちが在学していた時代。つまり、時間逆行をする前には無かった事象って可能性が濃厚だな。時間逆行によって起きた変化……いわゆるタイムパラドックスめいた出来事の一部ってわけだ」
アザミたちが時間を巻き戻し、過去を変えたせいで様々なことが変化した。とはいえ、大概の出来事は‟修正力”によって元の路線へと戻されたので、大きく世界が変貌したなんてことは無かった。それこそ、過去改変によってAという出来事の因子が無くなってしまったのならば、新たに因子Bが現れて、それが辻褄合わせみたいに歴史を元に戻していた。
だが、それでも所々齟齬は生じているらしく、ごく稀に‟こんなことあったっけ?”という事象に出会うこともある。しかしそれらは実に些細なもので、例えば晴れるはずが雨になっていたり、パン屋が花屋に変わっていたりと、世界にとってそう大きな影響を与えるものでも無かった。
だから、今回の‟聖剣魔術学園の七不思議”というものも取るに足らない変化だったはずなのだ。それが……まさか、こんな形で重要になってくるだなんて。
(逆行前と逆行後の違いになんてそこまで注意を払っていなかったんだが、こうなるんならもう少し本腰を入れておくべきだったな)
そこは少し反省、である。もしこれをあらかじめ知っていたなら、もしかしてスイとやり合う必要も無かったかもしれないのだし。結果的に丸く収まって、何とか互いの利を確認し合えたから良かったものの、この場面でわざわざ危険な賭けをする必要性は全くなかったわけで。平和的に解決したのなら、それに越したことはない。
「こっちっす。確カこっちに礼拝堂が……あっタ!」
さすがは卒業して1年そこそこしか経っていないローゼンたちだ。慣れた足取りで、普段とは雰囲気の違う夜の学園をずんずんと進んでいく。「いやぁ、こういう夜の探検みたいナ悪事に憧れてたんスよね」なんて語っていたローゼンだし、案外少年心を忘れないタイプなのかもしれない。
ちなみに。
「……怖いなら戻っていても構わないと思うのですが」
「ひっ、ひとりで帰る方が怖いもんっ!」
先ほどから静かだった、いやまあ普段から大人しいキャロルなのだが、彼女は普通の慣性を持っているらしく、いつもと違う夜の校舎の魔力と、加えて夜間に学園へ忍び込んでいるという背徳感のダブルパンチで余計にオドオドブルブルしているのだった。よっぽど怖いのか、ギュッとレンヒルトの腕を掴んで離さない。そんな彼女にため息をつきながらも、それでも付き合ってくれるあたりレンヒルトも同期組で随分成長したものだ。
ちなみに、パート2。
「……ねぇ、アザミ。アザミも聖剣魔術学園ぐらい目を瞑ってたって進めますよね」
「まあ、な。逆行前、何度ここで敵と戦ったんだって話だしさ」
おかげで聖剣魔術学園の構図はしっかり頭に入っている。卒業して数年が経った今でもばっちり、鮮明に。
そのため本来はローゼンに案内されなくたって礼拝堂くらいちょちょいのちょいで辿り着けるのだが、そこは先輩の余裕というやつ。せっかくならローゼンの好意に甘えるとしよう。
そんなコソコソ話なんて全く気付く由なく、一行はローゼンの案内でついに件の礼拝堂に辿り着いた。時間も完璧、頭上にはこれでもかというほど明るく美しい満月が輝いていた。
「じゃあ……入るよ」
ローゼンと先頭を交代したスイは、そう一言確認したのち、ゆっくりと礼拝堂の扉へと手をかけた。
「ちょっと待てよ、スイ。こんな時間なんだから普通に鍵がかかっているはず―――」
グッと両開きの戸を引いた彼女に、冷静なアザミは待ったをかける。そりゃあそうだ。すでに学び舎は本来の役目を終えているわけで、しかも聖剣魔術学園という人界最高峰の学術機関なのだから戸締りも当然しっかりされているはず。
「……えっ、と。開いたよ?」
「いやなんでだよ」
思わず素でそうツッコんでしまうほどの完璧なフリとオチであった。
ガチャリ、ギギーッとしっかりそれっぽい音を立てて開いた礼拝堂の扉。ベコン、とか破壊音が響いていなかったあたり、スイが力任せに錠前ごと壊して無理に開けたというわけじゃ無かったようだ。そこは一安心、スイはあれでもちゃんと常識があるみたい。
「あの、そこで私をチラッと見る理由を聞こうじゃありませんか」
どこかの誰かさんなら、鍵がかかっていれば叩き斬るか錠をねじ切るくらいのことは平然とするだろう。あるいは、無意識にしてしまうだろう。……なんて。それ以上は命の危機を感じるので触れないことにしよう。「ミテナイヨ」、そう棒読みで壊れた人形みたくブブブと首を横に振るアザミであった。
さて、そんな怪訝そうに眉を顰めるシトラはさておいて。
偶然なのか、それとも何者かの作為なのか。鍵がかかっていなかった不用心な礼拝堂にこっそりと足を踏み入れた一行。こうして実際に建物へ入ってみるとより悪いことをしている感が高まるのだから不思議だ。
「ここが……」
奥には礼拝堂らしく荘厳な彫刻や神聖な雰囲気を纏ったパイプオルガン。そして、その舞台を見上げるようにズラーッと木製の長いすが並んでいて、その真ん中には青色のカーペットが一直線。という、造りはごくごく一般的な礼拝堂である。
そんな礼拝堂の、舞台から最も遠い位置にある両開きの扉がその入り口であり、今まさにアザミたちが立っている場所。そこから簡単に建物内を見回しながら、
「礼拝堂か。そういえば来るのは初めてだな」
聖剣魔術学園には通っていたアザミだが、思い返せば礼拝堂には来たことが無かった。この建物の存在自体は覚えているので、ここに関してはタイムパラドックスではないはず。来たことが無かったのは簡単なことで、アザミが特に神様や何か特別信仰していたわけじゃ無いからである。
(……というか、人界に神様を信仰する文化は無いはずだが。じゃあこの建物は一体、何目的で建てられたんだ?)
それこそ、侵攻と言えば星天の庭の星空信仰くらいしか思いつかない。まさか、聖剣魔術学園と歴史から名を消されていた星天の庭に繋がりがあったのか……? なんて思ったら、夜の闇も相まって余計に不気味に思えてくるのだった。
「それで、ローゼン。確か噂だと‟満月の夜になると地下へ繋がる階段が現れる”んだったな」
「そうッス。案外礼拝堂も広いッスし、手分けした方がいいかもしれねェっすね」
「だな。‟満月”であることにも何か理由がありそうだ。月明りが差し込むおかげで何か起きるのか、それとも……」
ふむ、と考えるアザミ。これは面白くなってきた。噂話や伝承、手毬歌の類には何か隠されたメッセージがあるというのは物語のお決まりである。満月である必要性に謎を解くカギがありそうだし、面倒ではあるがもしかすると聖剣魔術学園の七不思議、残る他の六つに繋がりがあるのかもしれない。
そんな場合じゃ無い、と思いながらもこういう謎に心躍ってしまうのはやはりアザミも男の子なのだった。
「えっと、盛り上がってるところごめんね?」
そこへ、トントンと申し訳なさそうにアザミの方を叩くスイ。「なんだ?」と振り向いたアザミは、スイの指さす先を大人しく見やる。
そこでアザミが目にしたものは、床にぽっかり空いた大きな長方形の穴と、そこから覗く地下への階段であった。
「普通にあるね、地下への階段。しかも礼拝堂の通路のど真ん中に」
「だからなんでだよ」
またもや完璧なフリとオチ。もはや誤魔化すことも無く堂々とそこに口を開ける噂通りのそれには、さすがのアザミも困惑を隠しきれないでいた。満月である理由? 七不思議の謎? そんなものあるわけないじゃん、とまるで馬鹿にされているみたいだ。
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