11話(1) 普通科と選抜科
「あー、終わったぁぁ!!」
朝早くから来ていたこともあってか、結構な疲労がたまっていたアザミはうーんっ、と伸びをする。他のクラスメートたちもバラバラと帰り始めていた。早速放課後に遊びに行く者や、家に帰って気持ちを落ち着ける者などその放課後の過ごし方は様々。そんな中双子は、
「俺たちは寮だよな?」
「はい。私たちはセントニアに住んでいるわけではないですから」
聖剣魔術学園には寮がある。流石はアズヘルン王国最大の高等学校であることもあり、生徒層が裕福な家庭中心だとしても、それでも国中から生徒が集まってくる。まぁ、それでもやはり国の中心は王都なのでその生徒の多くが王都にある屋敷や家から通っていたりするのだが、双子のように郊外や田舎から入学した者もいる。だがそれも多くは地方貴族や役人の家系。この双子のように木こりの子供なんてほとんど居ない。
話がそれたが、とにかく王都以外から通いに来る者もいる。そんな生徒たちは毎日毎日出身の家まで帰る、なんて分けにはいかないので学園の敷地内に寮が併設されているのだ。
入学初日、突如『クラス対抗新人模擬戦』など発表されたり、多少のいざこざはあったものの大きな問題を起こすこともなく、双子は1日を終えようとしていた。このあとはやっと帰宅だ。寮生活が始まろうとしていた。そんな非日常な生活にやはりワクワクする。
「さて、寮に着いたらバカ親たちに手紙でも書いてやるかな」
「いいですね! きっと心配しているでしょうし、話したいこともありますし」
いつもより若干テンションが上っているからか、アザミは普段なら面倒で送らないであろう手紙に言及する。そんな感じで他愛も無い話をしながら双子は目的の学生寮を目指していた。昇降口で靴を履き替え、外の庭園を突っ切って寮に最も近い校門へと歩みを進めていたその時だった。
何事もなく終わるはずだった、ようやく始まった双子の日常が突然の叫び声によって崩壊したのは。
「助けてくれぇぇ!!」
その緊張感を刺激する叫び声に双子はピタリと歩みを止め、サッサッとあたりを見渡した。
「なんだ? ……何かあったのか?」
「この声は……中庭からです! 近い、、行きましょうアザミ!」
顔を見合わせてコクリとうなずき合うと、双子は揃って中庭目掛けて駆け出した。
* * * * *
「おい、舐めた口利いてくれたもんだなぁ? あぁん!?」
「おっ、俺が悪かった......! 頼むよ、謝るからもう見逃して……」
地面に転がりながら泣きそうな目で助けを乞う男子生徒。だが、それを見下ろしている別の生徒はそんな声に耳を貸すこと無く、「落とし前つけろや」と躊躇なくその手の剣を振り下ろした―――。と、そこへ、
「やめろっ!! ……おい、一体何をしているんだ......!?」
双子が間に合った。その声に水をさされ、剣を持つ男はチッと舌打ちをついて声の主を探して目を動かす。そんな所へ双子はただ傍観していた野次馬をかき分けて前に出る。するとそこにあったのは今朝あったばかりの知った顔だった。
「あなたは……ジョージ・ハミルトン?」
少し遅れてやってきたシトラはイライラした表情で肩に剣を乗せている金髪の男の顔に驚いた様子で目を見開いた。そう、そこに居たのはジョージ・ハミルトン―――双子が今朝、入学式の前に出会ったトーチの友人、それがジョージだった。せっかくの処刑タイムだったのに、と双子の言葉につばを吐きながら、ジョージは振り向いた。そこでジョージも双子が今朝の二人だと気がついたようだ。
「お前らは……あぁ、今朝会った普通科の双子か。フンッ、どうした? もしかしてお前らも普通科の分際で俺たち選抜科に逆らうのか?」
「―――だから、その普通科とか選抜科っていうのは一体何だ? 俺とお前とで何か違うのか?」
「……はぁ? おいおい、正気かお前。マジかよ、そんなことも知らねえでこの学校に入ったのかよお前。それはマジでやべえな。普通科が低能だからってそれはねえぜぇ、なあ?」
アザミの言葉にやれやれと肩をすくめ、ジョージはニヤニヤ笑いながら胸のバッジをトントンと叩いた。
「教えてやんよ、普通科。この胸のバラのバッジが選抜科の証だ。俺たち選抜科はこの学園に入りたくて来たんじゃねえ。この学園から入らないかって言われたから来てやってるんだよ。入試なんてわざわざ受けて来たお前らとは入学時からレベルが違うってわけ。……理解できたか? 低能よぉ」
野次馬の中で胸元にバラのバッジをつけた生徒たちも、双子を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべていた。そんな侮蔑の目に対して、そんなバッジの無い普通科の生徒は悔しい気持ちを抱いていても今は睨み付けるのが精一杯で何も言い返せなかった。
選抜科と普通科の違いは入試形式にある。ジョージも言った通り、選抜科は学園から「うちに来ませんか?」と言われた、いわゆるエリートだ。S1,S2の二クラスがその選抜科と名乗ることを許され、その証拠に選抜時に貰ったバラのバッジを大切そうに胸元につけているのだ。いわゆる所属アピール、マーキングだ。だがその一方でそのバッジのないものは普通科と言って入学試験を普通に受けて入学した者たちだ。合格する時点で優秀であることに変わりはないのだが、それでも選抜科よりも劣る。だからまだ新人戦や他の試験で実力がハッキリしていないこの段階から選抜科は普通科をイビったりして侮辱する―――そんな行為が半ば伝統化してしまっていた。
それをしっかりと受け継ぎ、反映させている周りの様子に、アザミは「へぇ、じゃあさ―――」と何かを思いついたようにニヤッと笑った。
「―――なるほど。つまり、選抜されたお前は俺たちより強いってことだな?」
「それは夏は暑いのかってきてるようなもんだぜ、お前。……当たり前だろ? 俺たちは選ばれし者なんだからな」
ジョージは“選ばれし者”―――というところで自信たっぷりに胸をドンっと叩いた。その言葉と自身の実力に一切の疑いも持っていない、そんな口ぶりだ。
「なんならやってみるか? 今しがた入試成績10位だとか、その程度で突っかかってきやがった雑魚をぶちのめしたところなんだけどよ、まぁこれが張り合いがなくてな。へっ、そんな強さでよく自慢できたもんだ。俺なら恥ずかしくて死んじゃうね」
ジョージが座り込んで動けない男を指差して馬鹿にするように笑った。その男をチラッと見るアザミ。男は羞恥心に顔を赤くし、プルプルと震えていた。だが負けたのは事実、手も足も出なかったのも事実なので何も言い返せない。
(……同じクラスのやつではない、な。なら助け舟を出す義理もないのだが......)
でも、このままジョージや他の選抜科とやらに付け上がらせておくのも癪だった。出来る限り充実した学園生活を贈りたい双子にとって自分達を不愉快にさせる存在や風潮は見ていられなかったのだ。アザミがスッとジョージの前に一歩踏み出した。
「よし、いいだろ―――」
「―――私がやります」
だが、前に出ようとしたアザミをシトラが制止して、その前に強引に割り込むようにしてジョージの前に立ちふさがった。
「相手は剣士のようなので、私の方が適任です」
シトラはそう言ってジョージの手に握られた剣を指差す。その自信あり気な涼しい目にアザミは「分かった」とき、スッと一歩退いた。だがジョージは納得していないようだった。自分の相手がアザミではなくシトラであることに、目に見えてガックリと肩を落としていた。
「おいおい、俺は女を切る趣味はねえんだけどよ......」
「それはどうも。でも、斬れないなら私が斬るだけですけどね」
そう言ってシトラはキョロキョロとあたりを見渡すと、校庭に落ちていた腕より少し細いくらいの木の枝を拾い上げ、スッとまるで剣のように構えた。
「少し短いですが……これで十分でしょう」
そんなシトラを見て、ジョージの眉はピクピクと動いていた。シトラの真面目な表情も相まって、どうやら舐められていると思ったらしい。チッと舌打ちをしてジョージもその剣を構える。
「安心しな、木刀だ。魔術も使わねえでおいてやる」
「じゃあ私も魔術は無しでいきましょうか......まぁ、ろくに使えませんが」