1295話(2) 大切な仲間だから
「メリット、か。そうだな。もしもレンヒルトたちの存在が俺たちにとって益をもたらすのならば……。それは確かに、認める理由になる」
少し考え、「いいだろう」とアザミは頷いた。優秀な駒を失うリスク……。しかしそれ以上にメリットがあるのならば、リスクを呑むだけの価値はあるだろうから。
アザミも鬼じゃない。本当は、彼ら3人もシルリシアとの間に決着を付けさせてやりたいのだ。シルリシアの裏切り……スイの嘘。その真実を知って、答え合わせをする権利は彼女たちにもあるから。
そんな与えられたチャンスに、レンヒルトはごくりと唾を呑み込んだ。ここで自分達の有用性を示せば、東の砂漠へ赴く資格を得られる。そしてもしも示せなければ、その時はすなわち、これ以上ここでごねる権利を無くしてしまうということだ。
「メリットは……あります」
そんな重役を背に、レンヒルトはひとつ息を吸って吐いて。気持ちを落ち着けると、ゆっくりその口を開いた。
「それはどんなメリットだ?」
「……私たちは同期として、シルリシアのことをよく知っています。きっと広い砂漠、おおよその場所が絞れても特定までに時間はかかるはずです」
「その時に、レンヒルトたちならばやつの思考が分かると?」
アザミの問いかけにレンヒルトはこくりと頷く。確かに、東の砂漠で目撃証言があったとはいえ、じゃあずっとその場所にスイが居続けるはずない。移動するだろうし、その時、"彼女ならどこに行くか"を察することが出来る関係性は貴重だ。
しかし、
「それだけか? それだけならば話はここまでだ」
それだけではメリットにはなり得なかった。いや、メリットではある。しかしその程度じゃデメリット、リスクを越えられない。「どうだ?」と笑みを見せるアザミに、しかしまだレンヒルトは諦めない。
「それだけじゃありません。私たちにしか話せないこともきっとあるはずです……」
「話せないこと?」
「……はい。実は私たち、エリシア様からすでに聞いているのです。シルリシア……いいえ、神代兵器スイが騎士団を裏切ったことを―――」
「……へぇ。それは驚いたな。まさか知っているとは思わなかった」
その告白にアザミはピクリと眉を動かした。驚き……確かにそれには驚く。レンヒルトたちには話せないな、とアザミもシトラも、先の世界魔法で起きた裏切りの真実を彼女らに明かせないでいた。きっとショックを受けるだろうと。ゆえに、行方不明とだけ伝えてあった。
しかしエリシア・アルミラフォードがその真実を彼女らに3人に話した。アザミとシトラは話さないべきと考えたが、しかしエリシアは話すべきだと思ったのだろう。それに対して「余計なことを……」なんて思わない。むしろ、その真実を聞いてなお、こうしてアザミの前に直談判しにくるあたり、彼女ら新人同期組は裏切りにショックを受けて落ち込んでしまうなんて、そう柔く無かったということ。つまりエリシアが正しかったということなのだから。
「私たちも知りたいのです。どうしてシルリシアが私たちを裏切ったのか。私たちと過ごした時間も、全部嘘だったのか……。そしてそういった角度での言葉はきっと、私たちだからこそ言えることであるはずです」
新人同期組として。最初こそバラバラ、嫌悪感あった4人だけれど。でも世界魔法を知り、敵を知り、そして自分達の未熟さを知った今なら胸を張って言える。自分達は仲間だと。共に背中を預けて戦うことの出来る、かけがえの無い仲間なのだと。
「……仲間の言葉だからこその力を、私は信じます」
それが2つ目の、そしてレンヒルトにとって本当の気持ちでありメリットであった。
共に弱さと強さを知り合ったからこそ分かること。そして、そんな同期だからこその言葉……。もしかしたら、それがスイの嘘で塗り固められた心の内を暴く鍵になるかもしれない。
「……それだけか?」
「それ……だけ?」
しかし。アザミはそれでも首を縦に振らなかった。それには、隣のシトラですら少し戸惑いの色を見せたくらい。
メリットとかデメリットとかどうでもいい。レンヒルトたちにだって、真実を知る権利があるはずだ。だからその理由がどうであれ何であれ、シトラとしてはレンヒルトたちを同行させてもいいと思っていた。無論アザミの言うように危険もあるだろうが、けれどそんなものは騎士団の一員である以上避けては通れないこと。何かあろうと自己責任の覚悟は彼女らも出来ているだろうし。
シトラは訴えかけるようにアザミを見上げた。そして何かを言おうとして、しかしその途中でその言葉が「―――っ」と止まる。
(アザミ……?)
なんだろう。これは、嫌がらせだとかレンヒルトが憎くて突っぱねているだとか、あるいは面倒くさがっているだとか。そういうものじゃない気がする。何か考えがあって……何かを企んでいる、そんな感じを、シトラはアザミの横顔を見て咄嗟に悟ったのだ。ゆえに、言いかけた文句がその中途でつっかえる。
(いったい何が見えているのですか……)
生憎、シトラじゃアザミの見ている景色が分からなかった。おそらく、今より何手か先を見据えて色々しているのだろうアザミ・ミラヴァードという男の瞳。何を狙って、何をも目論んでいるのやら……。
そんなアザミの思惑というか、まだ何か足りていない―ーーということはレンヒルトも分かったようだ。何かを求められている……。何かが足りていなくて、あと一つ、ピースが足りていない。
(……それは―ーー)
ふぅー、と息を吐いてゆっくり気持ちを整えて。頭を冷やし、冷静にそれを考えてみる。
何となく察していることがあった。それは、アザミ・ミラヴァードという男は心の底から本気でレンヒルトたちの同行を拒んでいるわけじゃないと。メリットさえあれば……足る理由さえあればいい。裏を返せば、何か理由付けが欲しいのだろうと。
その思惑を的確に読まなきゃいけない。アザミが求めているもの……。複雑なメリットだとか、こちらの本気の思いだとか。そんなものは必要ない。だって、それは向こうだって重々に承知していることだろうから。
だからそれはもっと単純。要求されているのはもっと、もっと簡単なことなのだ。だとすれば……、
「―――2人で探すより、5人で探すほうが効率が良いのではないでしょうか」
それはあまりにも呆気のない、思わず力が抜けてしまいそうなほど簡単なものだった。確かにそれはその通り。2人よりも5人の方が人海戦術を用いるならば有利だろうと。それはそうで、かつ2人だろうと5人だろうと少数であることに変わりはない。つまり、アザミが気にしている移動速度や効率なんて面については、何ら影響はないだろう。
「……いいだろう。ただし、ある程度自分の身は自分で守れよ?」
「っ……! は、はいっ!」
ふっ、と息を吐いてアザミは笑った。張りつめていた空気がシューッと抜けていくみたいに和らいでいくのが分かる。そんなアザミの決断に、レンヒルトとローゼン、キャロルら3人は顔を見合わせて「よしっ!」とこぶしを握る。これで、ようやく答えを知ることができると。ようやく……前線に立つことができる、と。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
そんな喜ぶ新人同期組の3人を眺めながら、彼女らに聞こえない程度の声でシトラがささやく。「ああ、なんだ?」と頷いたアザミに、シトラは「まったく」とため息をついた。
「“私が一番目じゃないですね”? スイちゃんの目撃証言があったことを話したのは」
「……さぁ、どうだかな。慌てていてよく覚えていないんだよな」
「そうですか。じゃあ、そういうことにしておきましょう」
やれやれこれだから、と肩をすくめてプイっとそっぽを向いてしまうシトラに、「うーん」とアザミは困った顔。だがまあ、シトラの言った通りだったから特に何か文句を言えるわけじゃないのだが―ーー。
(察しがいいのか悪いのか)
わからないものだ。シトラ・ミラヴァードという少女についてはまだまだよくわからない。何を考えているのかも、あるいは何も考えていないのかも。
アザミが真っ先に、掴んだ“スイの目撃証言”という情報を流したのはシトラではなくエリシアだった。そして、そのエリシアがレンヒルトたちに情報を流す。
そうすれば何が起きるかは想像に難くなく、そして状況はその通りに動いた。レンヒルトら3人は思惑通りアザミの前に赴いて直談判。
つまり、最初からアザミはレンヒルトら3人にもついてきてもらうつもりだったわけだ。対シルリシアで考えた時に有効かもしれないし、それ以前に彼女たちには知る権利がある。
だが、それだけで簡単に受け入れてしまうと不公平になってしまうだろう。他に同行したい者がいるかどうかは知らないが、代理とはいえ騎士団の全権を握る者としてレンヒルト達だけを特別扱いするわけにはいかない。
よって、メリットを提示させたわけだ。連れて行くのはアザミの個人的な思いだからじゃない。騎士団にとっての益があるからだ―ーーと、理由付けをするために。
……なんて。そこまでがアザミの目論見。だがそれを誰かにべらべらと喋るつもりはなったし、もちろんレンヒルトらにも明かしはしない。世の中には知らないでいい事情というのもあるのだ。
こうして、色々ありながらも。アザミとシトラに、レンヒルト・ノルニス、ローゼン・ウィットリー、そしてキャロル・スレイフィールの新人同期組3人を加えた5人は馬車に乗り込み、そして駆け足で東の砂漠へと向かう。
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