表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の兄と勇者の妹 〜転生したら双子の兄妹だった勇者と魔王ですが力を合わせてこの世界で生きていきます。〜  作者: 雨方蛍
第十部 二ヴルヘイム【終幕】 ‟ワールドエンド・オア・ラスト” ~世界また唄う刻~
1350/1512

1259話 最終作戦(19) ―透結界―

 そんな模倣者サブリムと同じ、いいやそれ以上の怒りでポッポは彼女を睨みつける。いつも涼しげで、どこか余裕さえ漂っているようなその表情は見たことが無いほどの怒りに震えていた。


「ぐっ……! よくも、僕の友人を―――」


 ダギラ・ドランはダッダ鳥という種族だ。人を乗せられるほどの大きさに成長するその鳥を、しかし「竜だよ」なんてずっとポッポは言い張っていたっけ。ゆえに竜騎士、とポッポは自らを呼称していた。

 そんな彼にとって、ダギラ・ドランは道具でもなく移動のための足でも無い。唯一無二の、カッコイイ戦友だった。それを奪われた。あまりにも呆気なく、そして心臓を握り取られるみたいな屈辱で苦しかっただろう殺され方をしたのだから。


「……うるさい」


 だが、小さな人間がいくらピーピー喚こうと、それは神様にとってもその模倣者サブリムにとっても、耳障りな戯言でしかない。友情とか敵討ちとか、そんなものは模倣者サブリムにとって心の底からどうでもいいこと。

 

 模倣者サブリムはその背中から伸びる、黒々と渦巻いた灼翼を軽く振った。それは前のめりになった、なってしまったポッポの足を軽く撫でる。


 あのまま倒れたダギラ・ドランに構うことなく、振り返ることなく逃げていればあるいは……。

 熱くなってしまったことは否定できるものじゃない。それを後悔なんて言葉で言い表したくはない。けれど、その行動が結果としてポッポを追い込んだのは確かだった。


 軽く撫でただけ。しかし、絶対の灼翼はたったそれだけで、ポッポの両足をぐちゃりと簡単に粉砕した。


「ポッポさん!?」


 ガクッとその体が崩れたせいで地面に投げ出されたクロト。目が潰されているせいで何が起きたのかは分からない。だが、「ぐぬぬぬっ……!」と唸るポッポの声に、血の臭い。彼の身に何かが起きたことは見えずとも分かる。


 両足の、膝から下をぐちゃぐちゃに潰されたポッポ。そんな状態じゃ起き上がることなんてまさか出来ないし、這うことしか出来ないその体じゃ戦うなんて無理。攻撃はもちろん、防御だってろくに出来ない……無力だ。そして、無力な人間が生き残れるほどこの戦場は甘くない。


「……さよなら」


 両目を失ったクロト。両足を失ったポッポ。放っておいてもろくな戦力にはならないだろう状態の二人だが、万が一ということもある。それに、放置して苦しめるようなマゾ気質はシュツィに無い。そもそも蛆虫如きに興味が無いから。ゆえに、それを模倣する彼女だって同じ。


 せめてひと思いに逝かせてやろう。模倣者サブリムはゆっくりとその灼翼を振り上げた。それを振り下ろせば、今はギリギリで息をしている無力な人間二人は、すぐにどちらがどちらか分からない肉塊となるだろう。


 しかし。そんな目の前の傷ついた人間に気を取られた模倣者サブリムは気が付かなかった。流石の身のこなし、隠形。この緊迫した状況にもかかわらず一切焦ることなく、音を消して必然のタイミングを狙ったそれ。


「‟透結界”」


 その声が静かに、けれど凛と戦場に響いた刹那、ポッポとクロトを殺すべく狙っていた模倣者サブリムの灼翼がフッと消えた。


「……あれ?」


 その事態にキョトンと首を傾げた模倣者サブリム。しかし次の瞬間、その華奢な身体がぐらっと揺れる。


「……殺させないよ。ボクの大切な仲間たちを、もうこれ以上は奪わせない」


 ジッと見下ろす胸元。そこから鋭い剣の先が伸びていた。そこで初めて、模倣者サブリムは自分が後ろから剣でズブリとその身を貫かれたことを知る。ぶらんと浮いた足、ガフッとその口から血の塊が漏れる。


「けど、無駄……」


 だって模倣者サブリムには絶対の再生力があるのだから。いくら傷ついても関係が無い。現に、ダギラ・ドランに貫かれた鉤爪の傷はとっくの昔に塞がっているし、そういえばクロトが切り飛ばした右手首もすっかり元通り。だから、その貫かれた胸の傷もすぐに塞がって再生される……ことは、無かった。


「あれ……あれ……?」


 ズシュッと抜かれた剣、ドサッと地面に倒れる模倣者サブリム。普段ならばすぐに逆再生みたく塞がる胸の傷はいつまで待ってもどうにかなる様子はなく、赤黒い血が止めどなく流れ続ける。


「ボクの透結界内部では‟再生”も何も使えないよ。無力なのはお互い様、だね」


 けれど無力を知るエリシアやクロト、ポッポと違って、模倣者サブリムはそれを知らない。ゆえに、困惑のままその状況に対応できず、灰色のくすんだ瞳に僅か残っていた光さえ、曇りの隙間に消えてしまった。そして、それはピクリとも動かなくなる。


「……妖狐ガール。まさか、アレを倒してしまったのかい?」

「うん。ゾルディナ王の絶対をどうにか出来るのは現状、ボクだけだからね」


 透結界。敵味方問わず、その空間の中では一切の魔法・魔術が使えなくなる。それは、ゾルディナの絶対も同様だった。絶対防御エイギス・マギアすらも無効化するその結界は、模倣者サブリムの再生力であっても問題なく消してみせる。


「その声……エリシアさん、だよね」

「やっほ。クロトちゃん。無事……とは、言え無さそうだね」

「……ごめんね。クロトちゃん、もう戦えそうにないっす」

「仕方ないよ。そもそもアレはボクたちの手に負える相手じゃない。最終作戦が通用しなかった時点でもう、ボクたちにはどうしようもないんだよねぇ」


 はぁーっ、と大きく息を吐いてエリシアはその場に尻餅をつく。確かに、よく見るとエリシアは満身創痍だった。クロトはそれを見る視力を持たないけれど、でも、声の感じで彼女が相当に疲弊していることは分かった。


「……酷いものだね、妖狐ガール。君がそこまで傷つくなんて見たこと無いよ」

「ポッポに言われたくないけれどね。ボクよりも重傷じゃ無いか、君さ」

「問題ないよ。止血の術式は施したからね。とりあえず、命だけは拾えたみたいだ」


 槍術だけではなくこういった基礎魔法の知識も深いポッポ。治癒術式は練習すれば身につくというものでは無く、わりと生まれ持った素養が物を言う。そのためエイドみたいな天才がいる一方で、実はアザミが治癒魔法を苦手にしているというビックリ情報もあるのだ。なんでもそつなくこなす印象のアザミだが、治癒魔法だけはどうにも得意じゃないのだった。

 それも問題なく扱うポッポ。本当に、ナルシストな所さえ無ければ完璧な男である。


「それよりも、どうして君がここにいるんだい? 妖狐ガール」


 寝返りを打って、なんとかその身を起こしたポッポは木に背中を預けてエリシアに問う。だって、エリシアは本来、第二部隊を率いているはずだから。それが単身こんなところにいることは、本来すべき役割を放棄しているのと同じ。命を救われたことは感謝するが、指揮を執るべき仲間を見捨ててまで救われたかったかと言われるとそれは無い。


 けれど、エリシアはそんなポッポの問いにクスッと笑う。


「聞くまでも無いよね? だってポッポも、ボクと一緒でしょ?」

「……やはりそうか。君も、そうなのかい」


 そう言ったポッポの表情は悲しそうなものだった。だったらまだ、エリシアが弱い部下を見捨てて戦力になる円卓を助けに来たクズであって欲しかった。同じであって欲しくなかった。


「君のところも……壊滅したんだね」

「……うん。第二部隊の生き残りはボクだけだよ」

「そうか。同じだよ。僕の第五部隊も、僕を残して殲滅されてね」


 だからポッポもエリシアも、この危機に単身駆け付けることが出来たのだ。守るべき仲間が全て死んでしまったからこそ、本来は率いる部隊のある戦場に縛られるはずの円卓の騎士が単独行動することが出来た。


 それはクロトとポッポの命を救った。だがしかし、逆に言えばつまり、それだけの犠牲がすでに出てしまったということだ。少なくとも現在、三つの部隊が殲滅されてしまったのだから。


「クロトちゃん。目が見えなくても歩けるよね?」

「えっ、と……介助があれば多分、出来る」

「うん、分かった。ならボクの服の裾を握って歩いてよ。ポッポは、ボクが背負って行けばいいね?」

「すまないね、妖狐ガール」

「気にしないでよ。言った通り、もうボクは仲間を失いたくないんだよね」

 

 そう言って宣言通り、エリシアはポッポを「よいしょっ」と背負った。そして、立ち上がったクロトに「ここだよ」と自分の服の裾を握らせる。移動速度は随分と情けないものになるけど、満身創痍の三人がこの戦場で生き残るにはそれしかない。


「……とりあえず安全な所まで二人を連れていくよ」

「二人をって、エリシアさんはその後どうするんすか?」


 嫌な予感。クロトの表情が陰る。見えなくても、エリシアの呼吸の感じから彼女がもう戦えない、まともな状態に無いことは分かっていた。涼しい顔を演じて、いつもの調子に見せているけど、本当ならもうとっくに倒れてしまってもおかしくないぐらい。

 でも、エリシアはそんな心配するクロトに「ううん」とその首を横に振った。

 

「ボクはダメだよ。だってボク、ゾルディナ王にわりとマークされちゃってるみたいだからね」


 そう言って笑うエリシアからは、何重にも重なった血の臭いがした。それはひとりのものじゃないし、エリシアのものでもない。


「妖狐ガール……。君は一体、どれだけのアレ《模倣者》を殺したんだ……?」


 エリシアはその問いかけに微笑むだけで答えない。でも、何も言わずの表情が答えだ。

 絶対王にとって、シュツィにとって、最終作戦を否定した今、彼女の絶対を唯一かいくぐる相手がエリシア・アルミラフォードなのだ。彼女の透結界のみが現在、あるいはシュツィの息の根を止めるかもしれない脅威。だからこそ、エリシアの元へは他の円卓とは比べ物にならないほどの模倣者サブリムが送り込まれていた。それは、複製体コピーも同じ。

 ゆえに、エリシアは誰よりも多くと戦っていた。そりゃあ、これだけ損耗するのも当たり前だろう。

 そしてそれはきっと、この先もやむことは無い。エリシアを殺してその脅威を排除するまで、シュツィによる執拗な狙いは続く。そんなエリシアが安全地帯にいれば、そこはそれだけで‟安全”とは程遠い、むしろ一番の危険地帯になってしまう。


「だからボクはダメだよ。その代わり、最後の一滴まで絞って出来るだけ多くを救ってくるからね」


 一刻も早く二人を安全な後方に送って、そして自分は再び崩壊した戦場へ残る。

 ‟最終作戦が通用しなかった以上、もう自分たちではどうにもならない”―――。そのことはよく理解している彼女なのに、分かっていながらもう未来の無い終わった戦場に戻るのだ。


(……終わりは不可避、かな。可能性があるとすればエレノアかアザミくんが何か起死回生の一手を見つけることだけど……それも難しい、か)


 もしもそこ二人が何か策を思いついていたのなら、戦場はもっとマシだっただろうし。

 特に今の崩壊した戦場にもかかわらず、撤退も徹底抗戦も何も指示が無い時点で、騎士団長という組織の格が働いていないのは確か。


(何してるのさ、エレノア。どういう未来になるとしても、今の現状をどうにか出来るのは君だけなんだよ……?)


 そう語るエリシアの表情は寂しげなものだった。家庭教師として、幼少の頃よりエレノアを知っているからこそ。その弱さも、もちろん強さもよく知っている。本当は誰よりも弱いこと。騎士団長みたいな責任ある立場に合わないと嫌悪し悩みながらも、それでも強くあろうと努力していること。よく知っている。


 そんな背中に世界の命運とか、その全てが伸し掛かっていることは苦しいだろう。

 それは理解しながらも、けれどエレノアが決めなきゃいけないのだ。それは、彼に代わって誰かがどうこう出来る話じゃない。エリシアじゃダメだし、アザミでもダメなのだ。それは、エレノアで無ければ出来ない。


(君なら出来るよって言ってあげたいけど、でも……)


 物理的に、この距離をわざわざ言いに行くのが厳しいのもある。あとはみすみすシュツィの前にその脅威が姿を現すことが自殺行為というのもある。

 それ以上に、これに関してはエレノアが何とかしなきゃいけないことであり、彼以外の何物もそこには関与できない―――ということもある。


 出来ることは遠くからその苦しみをおもんばかるぐらい。頑張れと、その苦心にそれでも応援するだけ。

 あとは、せいぜい最後まで戦場で足掻き、少しでも多くを救うことぐらいか。進にせよ、戻るにせよ。奇跡を起こすための、可能性を残すために。



 エレノアが答えを出せないでいる間に、ネロは死に、クロトとポッポは戦線離脱を余儀なくされた。エリシアはもう限界ギリギリの損耗で、エリシアの率いていた第二部隊、ネロの第三部隊、ポッポの第五部隊は殲滅。クロトの第八部隊は、まだ何とかギリギリ繋いでいるだけで、壊滅は時間の問題だった。


 はっきりと目に見える形で進行してきた騎士団の崩壊。

 その流れは、これにとどまらない。

※今話更新段階でのいいね総数→3794(ありがとうございます!!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ