1245話 最終作戦(6) ―崩落の兆し―
第一部隊がゾルディナの本体と交戦し、そして第二部隊がまだ全滅する前、その複製体を前にそれでもあきらめず奮戦していたころ。
第三部隊。ネロ・シャオ・キールシュタットの率いるその部隊もまた、想定外の邂逅となった絶対王の複製体との戦いを強いられていた。
「にっ、人形遣い!」
戦場に響くはネロの震えた声。しかし、それでも彼女は円卓の騎士の一角に座る少女だ。ひょいっと投げられた薄汚い人形は、彼女の詠唱によってギラリとその瞳を輝かせ、そこにありうべからざる命が灯る。
「かっ、かかるんだヨ!」
そして、その指示に合わせて彼女の放り投げた人形たち。加えて、第三部隊の兵たちがゾルディナ・コピーへと一気に攻め立てる。
ネロの固有魔法は、人形に命を宿すことの出来るという魔法。とはいえまるっきり本物の‟命”ではなく、人形に自らの意思を持たせることによる‟疑似”的な生命化だ。
人形であるため、それは腕がもげようと首が吹っ飛ぼうと、朽ちることなくずんずん進むことが出来る。人形の軍勢は、いわゆる不死の軍勢に近いものだった。
巨大な熊のぬいぐるみがボテボテと走って、ゾルディナ・コピーにがっしりと組みつく。それはなんともファンシーな光景だ。恐ろしく、強さというものを具現化したようなゾルディナ・コピーに対して、つぎはぎだらけの熊さんがそのぽてっとした腕で殴りかかっているのだから。その戦いをギュッと不安そうな表情で眺めるガーリー系のネロも相まって、この戦場だけはどこかのファンタジー世界のよう。
「終わりでございます。終わりでございます。終わりでございます―――」
ただそれを繰り返すだけのゾルディナ・コピー。その複製に対して、引き裂かれた首から綿が飛び出そうと怯むことなく襲い掛かるネロの人形たち。
しかし、それはどうしたって‟にんぎょう”である。本来は幼い子が笑顔で遊ぶための玩具である。壊されたって蘇る、そんなゾンビ戦法が可能とはいえ、人形の戦闘力なんてたかが知れている。それに、腕を斬られたって無事と言ったって、その身を襤褸切れレベルにまで裁断してしまえばもう戦う術なんて皆無。
強そうに思えて、しかしネロ・シャオ・キールシュタットの人形遣いは戦闘という面では物足りない力なのだった。偵察や労働力として人形を使うのなら強いのだが、戦わせてみるには弱い。単純な戦闘力ならば兄のトーチ・キールシュタットの方が数段上である。
「終わりでございます―――!」
数度ほど殴り合っただけで、簡単に無力化されてしまったネロの人形を越えて、ゾルディナ・コピーは第三部隊の大将にあたるネロの首を狙ってその灼翼を大鎌みたく薙いできた。そうなれば残念、ネロに抗う術はない。彼女が円卓の騎士という騎士団の幹部に座れているのは、キールシュタット家という名家の当主であるという家柄ゆえ。一応は家柄のみでの登用ではなく、‟人形遣い《ドルチェット》”も強くはある。あるのだが、他の円卓に比べたら一段劣るのは否定できない。
それに、決して無視できない最大の問題も。
それは、ネロ自身に単純な戦闘の素養が無いということである。
剣術とか、魔法の腕だとか。ネロには人形遣いとしての力しかない。そのため、ナイフを握った街の不良に襲い掛かられたとしても勝てないかもしれないのだ。
なのだから、絶対王の複製体に対してだなんて、まさか渡り合えるはずが無い。その首を狙った一撃を躱す身体能力も無ければ、それを受け止めるすべもない。ビクッと震わせた肩、ギュッと目を瞑った彼女の命は一秒も経たないうちにこの世界から消える―――。
はずだった。もしも、第三部隊の主力が第二部隊のエリシアみたく彼女ひとりであったのならば。
「―――アミちゃん!」
「分かっています、会長。問題ありません」
ネロと複製の間に割って入るひとつの人影。それはぐるりと身軽に回ると、その遠心力を利用して加速した長い‟髪の毛”をもってゾルディナ・コピーの横薙ぎの一撃に正面から立ち向かった。
「……終わりでございます?」
「いいえ。終わっていません?」
ただの髪の毛であるはずなのに、それは絶対王の一撃を受け止めてみせた。シューッと立ち込める蒸気、その白い靄の向こうでその少女は無表情に立つ。その返答を聞くに、なんだか冗談の通じない堅物タイプの匂い。複製とはいえ、絶対王の一撃を正面から受け止めたその髪は一本一本がキラキラと輝いていた。
アミちゃん、と呼ばれたその彼女はアミリー・クラウスという。膝辺りまで伸びた薄桃の長い髪をひとつに括り、それを武器に戦う少女。
そして、そんな彼女を動かす”会長”とは。
「―――大丈夫? ネロちゃん」
「あ、ありがとうなんだヨ! サラちゃん!」
ネロを助けたもう一人は、サラ・バーネット。騎士団長エレノア・バーネットの妹であり、アザミたちが聖剣魔術学園の一年生だった時代の三年生、元生徒‟会長”出会った少女だ。そしてアミリーはその時代において書記を務めていた少女。
「ネロちゃんは皆のサポートをお願い。これの相手は、私とアミちゃんでやっておくから」
「うん! ありがとうなんだヨ!」
そんなサラとアミリーもまた、この第三部隊に配属されていた。その役目は単純。戦闘という面で難を抱えるネロの補助役である。単純な戦闘能力で測るのならば他の円卓にうんと劣る彼女だけを主力とするのであれば、第三部隊だけ練度がガクッと落ちてしまう。そうならないために、戦力均衡を図ってサラとアミリーも第三部隊で戦うことになった。騎士団長であり兄でもあるエレノアの副官であるサラが、団長率いる第一部隊ではなくこの第三部隊で戦っているのはそのため。
「さあ、準備はいい? 戦うよ、アミちゃん!」
「命令受諾、会長」
その強敵を前にして、しかし二人の少女は一切怯まない。戦闘用人形として生み出されたアミリーにはどんな敵であれ退くという選択肢は無かったし、じゃあそんなアミリーの上司であるサラにだってもちろん無い。
「まったく、今の私はもう会長じゃ無いって何度言えば分かるんだか」
「じゃあ昔のように。御主人様?」
「いや、それなら会長の方がマシ。その呼び方は忌々しい記憶を思い出すからね」
かつて……血濡れた戦場にしか生きられなかった、ひとりの少女を思い出すから。
サラは微笑む。その表情に釣られて、アミリーのそれも少し柔らかなものになった気がした。
「―――戦闘用人形17番、あらためアミリー・クラウス。出ます」
平和な世界じゃ忘れつつあったその名前を、アミリーは戦う覚悟の表れとして呟いて。その髪の毛に魔力を流す。改造によって魔力回路を髪の一本一本にまで埋め込まれた彼女のそれは、まるで剣のような鋭さとこん棒のような荒々しい重さをも併せ持つ。
サラはエレノアの副官であり、そしてアミリーはサラの右腕。円卓の座にこそ就いていない彼女らだが、その強さはあるいは円卓の騎士にも並ぶかもしれないレベルだった。ただ立場的に、その座を固辞しているというだけ。
そんなアミリーは絶対王の複製体に対し、一切怯むことなく立ち向かった。腕を吹き飛ばされたって、改造された少女はそれを即座に再生させることが出来る。‟死なない”少女は、その傷を厭うことのない凄惨な戦い方を選んだ。サラにとっては見慣れたものだが、けれどやっぱりいい気分のするものじゃない。傷ついたって構わないと、自らを犠牲にする戦い方だなんて。
しかし、それが強いのは確かだった。絶対王の一撃にだって構わず突っ込んでいけるのは、無謀では無くどれだけ傷ついたって再生できるというその力ゆえ。……もちろん限界はあるのだが、少々の戦いぐらいじゃまだ問題は無い。
傷つき、壊れて、血を流して、濡れて。治して、戻って。また傷ついて。
その繰り返しの戦場。アミリー・クラウスの戦いは、そこに居合わせた味方にもしばらく拭えないであろうトラウマを植え付けるレベルで凄惨なものだった。真似なんてまさか出来るものでは無く、もし出来る力があったとしたって、したいとは思わない。
限度はあるが、どれだけの傷を負ったって回復する力。改造人間であるがゆえ、アミリー・クラウスの強さ。
だが……相手が悪かった。普通の人間相手であればまず間違いなく後れは取らない。神様相手だとしたって、どんなダメージも厭わないのだからさして問題は無いはず。
それに違いは無い。無いのだが……相手は絶対王の‟複製”体。
どのようなダメージを負ったって蘇るのはアミリーだけじゃ無かったのだから。
これじゃあ傷つき損だ。限度のあるアミリーに対して、複製であるその怪物には際限が無いのだから。
「……大丈夫? アミちゃん」
「問題ありません。大丈夫……です」
心配そうなサラにアミリーは頷きそう返すが、しかしその声色から疲弊の色は隠し切れていなかった。このまま戦えばジリ貧、消耗していく第三部隊もまた、時間の問題で壊滅するだろう。
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