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魔王の兄と勇者の妹 〜転生したら双子の兄妹だった勇者と魔王ですが力を合わせてこの世界で生きていきます。〜  作者: 雨方蛍
第十部 二ヴルヘイム【終幕】 ‟ワールドエンド・オア・ラスト” ~世界また唄う刻~
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1231話 シトラ・ミラヴァードの甘美な休日 ~やつくちめ~

 そういえば、シトラ・ミラヴァードがこのような休日を過ごしたいと思ったのはどうしてだったか。

 というのも、いつもならば一人でのんびりと過ごすか、出歩いたとしてもふらふらぼっちで散歩程度に済ませるだろうシトラだ。それが、シャーロットを誘って共に遊びに行くだなんて。誘われたシャーロット本人ですら、「……嘘でしょ?」とわが目わが耳を疑ったほどだ。


 そんな「信じられない」みたいな反応をされると、さすがに膨れっ面を浮かべたくなるシトラ。ただ気分で、そういえばシャーロットとしばらく話せていなかったから、あの記憶の世界魔法で300年前の真実を知ったから。理由なんてそれぐらいだ。これと言った、大した理由があるわけじゃ無い。


 そういうわけで、シトラに誘われたシャーロットは、まさか断るだなんて考えすらしなかった。誘いを受けたその瞬間に彼女は行くことを即決し、次の一瞬ではすでに‟どうやって王女の身分にありながら自由に王都を歩き回るか”を考えていたぐらいだ。


 そんな二人の休日をどう過ごすかを決めたのは主にシトラだった。集合場所も集合時間も、そして昼食と談笑の場に選んだカフェテリアも。ここまでの流れは全部シトラが選び、やりたいと望んだことだった。


「……楽しみです。確かこれからのディナーは、シャーロットが用意をしてくれたのですよね?」


 そんな中で、これより向かう晩餐の場はシャーロットが選んだものだった。やはり、世界魔法の旅などで王都から離れて長いシトラじゃ知らない店もある。それに、せっかくならば滅多にいかないようなレストランで最後を飾りたいから。終わりよければすべてよしとも言うし。

 そういうわけで、ウキウキと揺する体に期待感が隠し切れていないシトラに代わって、本日のディナーはシャーロット・ローズウェルハートの準備する最高級のものだった。


「えぇと……ごめん、シトっち!」


 だがしかし。隣を歩くシャーロットは覚悟を決した表情で、そうシトラに対し申し訳なさそうな表情で手を合わせた。その仕草、その言葉にピシッと凍り尽くシトラ。


「まさか……」

「いや、シトっちの想像しているまさかじゃ無いわ! そこは安心してちょうだい」


 一瞬脳裏を過った最悪の想像。終わり良ければ総て良しとは、逆に言うならば終わりがコケたらそこまでがどれだけ素晴らしいものだったとしても台無しになるということだから。

 しかし、そんなシトラの絶望にシャーロットは慌てて首を振り否定する。


「やっぱり、王女自らがお店を選んでしまったら問題になりかけてね。だから別の人に頼んだのよ」

「あぁー……なるほど。それは確かに、ですね」


 冷静に考えてみて、そのあまりにもその通りな理由に際し、シトラはハハッと苦笑いで頷く。王女様なんて立場じゃ、そりゃあほとんどの高級レストランは顔パスで。むしろ評判の為にも向こうから来てくれと懇願されるレベルだろうが、それはつまり、どうやっても目立ってしまうということ。それは、髪を短く切ったりサングラスで瞳を隠したりの変装をしてまでシトラとこの休日を満喫しようとしているシャーロットにとっては無視できない課題だった。


「それで、シャーロットは一体誰に頼んだのですか?」


 王女に代わって王都のいい店を予約できるような人物。その顔の広さも、家柄も併せ持ち、かつグルメな情報も仕入れているような人物。そして何より、王女であるシャーロットからの秘密の頼み事を果たすことが出来るような、その信頼に足る人物。


「それは……まあ、もうすぐ分かるわよ」

 

 ここで答えは言わない。何故ならその前に、今晩のディナーを嗜む場所へ到着したから。

 「ここよ」と立ち止まったシャーロットが示すのは、王都のあまり人通りのない道にポツリと立った扉。看板も寂れた一つしか無く、偶々通りがかった時に「ここにしよう」とは思わないだろうなぁという店構えをしていた。


「ここは……そういうお店なのですか?」

「シトっちの‟そういう”が何を示してるのかは分からないけれど、まあ隠れ家的なお店よ。知る人ぞ知るっていうのかしらね。王城の元シェフが独立して始めた完全予約制のお店、らしいわ」


 ああ、それならば確かに人を呼び込むための宣伝は必要ないだろう。噂が客を呼ぶ。王城の元シェフだなんて、一般人からすればまず縁のない人種だから。上流貴族のお抱えシェフでさえ、王城レベルには届かない。

 まあ、そういう人たちが集まる場所というわけだ。そこにシャーロット……は王女なので相応しいだろうが、円卓の騎士であり聖騎士であるシトラはどうなのだろう。平民生まれだし、と、少し不安になって自分の恰好を「大丈夫でしょうか?」と不安そうに見つめ直すシトラだった。


「大丈夫よ、シトっち。シトっちほどのオーラの持ち主を無下に扱うだなんて有り得ないわ」

「だといいのですが……」


 恰好的に入店を断られたりはしないだろうか、と。その不安が拭えないシトラ。

 だがしかし、落ち着いてよく考えてみれば、恰好で言うならばシトラよりもシャーロットの方が明らかに不釣り合いだった。「ん?」と遅ればせながらそれに気が付くシトラ。王女だからと何も考えずスルーしていたが、ショートパンツより伸びるすらりと長い脚を普通に見せて、夜なのにサングラスをかけたこの少女こそ、高級レストランに一目で拒まれるような格好だった。


(大丈夫なのでしょうか……止めた方がいいのでしょうか……。誰か分からない、この店を選んだ方はまさかシャーロットがこのような変装で来るだなんて思っていなかったでしょうし……)


 その状況にあたふたと悩み、不安を覚えるシトラ。


(というか、このお店を選んだ人物とはいったい誰なのでしょう? シャーロットから秘密裏に頼まれて、それを秘密のまま遂行できるなんて王城関係者じゃありませんよね。そして、そうなると私には‟あの方”しか思い浮かばないのですが……)


 その脳内にふわふわと浮かんでくるある人物の顔と名前。その者であれば確かに、シャーロットから信頼されているだろうし、こういう店を予約するに足りる家柄も持ち合わせているだろうし、キャラ的に何となくグルメな印象もある。


 そんな想像に「まさか……」と嫌な予感を覚えるシトラをよそに、シャーロットは一切躊躇することなくその扉をガチャリと開けて店の中へと入っていった。


「予約していたのだけれど。連れがもう中にいるはずよ」

「連れ? いやいや、そうだとしてもお嬢さん。その格好はマズいよ。ウチはある程度格式のあるレストランでね。いくらお嬢さんが貴族のご令嬢だったとしても、そんなふざけた服装じゃ入店は許可できな―――」

「―――私、王女」

「失礼いたしました。どうぞ中へお入りください」


 その一瞬の様変わりを、シトラはポカンと見ていることしか出来なかった。人はこうもあっさりと態度を翻すことが出来るのか、と。


「……いいのですか?」

「いいのよ、別に。今日はここで終わりなのだし、今更バレたところで関係ないわ」


 だから使えるのならばその身分を堂々と使うわけだ。貴族の令嬢はダメでも、王女なんて考えうる限りの最高峰が出てきてしまったらその限りじゃない。怪訝そうな表情でしっしっと追い払うつもり満々だった店主の男は、シャーロットがその身分を明かした刹那、もう見事としか思えない早さで恭しく礼をしたのだった。清々しい程の態度の違い。


「いらっしゃいませ。お越し頂けて光栄でございます」

「あっ、どうも……です」


 シャーロットの友人であるシトラにさえ、この笑顔で態度で声色である。さっきまでの不安や心配なんてとっくに馬鹿馬鹿しい。シトラは引き攣った笑みで、すりすりとゴマをする店主に会釈を返すのだった。


「まあ、こんなだけど味は本物よ。それに、こういう静かな場じゃ無いと気にせず話を出来ないもの」

「まあ、そうですけど……」


 街の酒場なんかじゃ大声で機密に関わるような話を出来るはずない。王女様と聖騎士様が並んで食事をしていれば、昼のカフェならまだ溶け込めても、夜の酒場じゃまず無理。金髪と銀髪のこんな少女たち、まさか目立たないはずがないから。


「それで、このように最適なお店をしっかりと選んできたのは、どこのどなたなのですか?」

「ふふっ、それはね―――」


 他の客があまり気にならない、個室の高級レストラン。そもそも客数が多くないので周りを気にする必要もなく、それに居合わせたとて貴族様や騎士様だったりの上位身分の人間のため、これまた安心して大切な話でもすることが出来る。


 そんな店の、案内された最奥の個室の引き戸をガラガラと開けて。

 その向こうにはシャーロットが「連れ」と呼んだ者がすでに座っていた。


「―――やあ。久しぶりだね、シトラさん」

「……やはりあなたでしたか。トーチくん」


 そこに居たのはトーチ・キールシュタット。そのニコリと笑う二枚目面を見るや否や深くため息をついたシトラの想像していた、その通りの人物であった。

 

「おや? ひょっとして僕は君に嫌われていたっけか」

「嫌ってはいませんよ。良き友人だとは思いますが、それだけです」

「友人か。それ以上には? もっと親密な関係にはなれないかな?」

「そういうところですよ。妻帯者で子供もいるくせに、どうしてずっとその態度なのですか……」


 それは昔からそう。学生時代からずっと、トーチはシトラに好意を抱いているのだ。家庭をもって、幸せの絶頂にあるはずの今でも変わらないのだから屑である。

 

 トーチとシトラ、そしてシャーロットは同じ聖剣魔術学園の出身である。どちらかというとシトラよりアザミと絡みのあった彼だ。同じ策略家タイプであったがゆえに、話し合ったりぶつかり合ったりしているのをよく見た。

 そんなトーチは今、魔法大学アカデミーの研究者をしている。聖剣魔術学園の卒業生は基本、騎士団に入るか魔法大学アカデミーで魔法の探求に努めるかの二択である。トーチは学園に首席で入学するような強者であり、それゆえ騎士団からも熱心に誘われたと言うが、しかしそれを蹴って進学を選んだ変わり者だった。


「冗談だよ。そこまで本気で口説いているわけじゃ無いさ」

「それはそれで私に失礼ですけどね。というか、‟そこまで”ということはある程度本気なのですね。正直、ドン引きですよ」


 うわぁ、とシトラはトーチの斜め向かい。つまり、その個室で彼と一番距離を取ることが出来る場所に腰かけた。


「ハハッ。そりゃあ、チャンスがあればいつでも、僕は準備できているからね」


 繰り返し言うが、これで妻も子もいるトーチ・キールシュタットである。

 こんな屑中のクズのようなセリフを、イケメンな面でニコリと爽やかな笑顔と共に言うのだから脳がバグる。


 終わり良ければ総て良し。そんなシトラの休日、その最後トリを飾るのはシャーロットとトーチとの晩餐ディナーであった。

やっと本番ディナー……。

シトラの休日はおまけ扱いで、正直3話ほどで終わる予定でした。結果はいつもの如く、見ての通りです。


※今話更新段階でのいいね総数→3786(ありがとうございます!!)

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