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魔王の兄と勇者の妹 〜転生したら双子の兄妹だった勇者と魔王ですが力を合わせてこの世界で生きていきます。〜  作者: 雨方蛍
第十部 二ヴルヘイム【終幕】 ‟ワールドエンド・オア・ラスト” ~世界また唄う刻~
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1216話 相対する絶対

 押しているのに押し切れず、押されているのに一歩も引かず踏みとどまる。

 内容は明らか互角なんてものじゃ無いはずなのに、湖畔の町だった場所で行われるその戦局は、まるで拮抗した攻防であった。


(面白くないだろうなぁ。思い通りにならなくて、本気を出せば絶対の一撃で簡単に葬り去れる……。そう疑っていなかったのに、今になっても俺たちを完全には押し切れていないんだから)


 まるで他人事のように、アザミはその戦局の中でポツリと息を吐く。

 気を抜けば。少しでも不足があれば、この見かけだけの拮抗はすぐに崩れて、アザミたちは絶対という暴力の前にあっさり倒されてしまうだろう。

 しかし今のところはそうならず、ギリギリかもしれないけれど戦えていることが自信だった。

 そして、そんな自信とそんな現状が、ゾルディナ王にとっては何と面白くないことであろうか。友人じゃ無いし、好敵手というほどやり合ったわけでも無くて、どうあれ相手のことをよく知る間柄じゃない。けれど、ゾルディナ王……あるいは、その王の力を借りたその‟少女”が、人間に対して過剰なほどのコンプレックスを覚える存在であること。神であることに執着し、プライドを持っているということは、親しくなくても分かるものだった。


「アザミ……! この繰り返しで本当に大丈夫なのですか!?」


 そんなことを考えていたアザミを現実に引き戻したのは、少々不安の混じり始めたシトラの声であった。

 アザミの立てた作戦を信頼してはいるし、エリシアの透結界しかゾルディナの絶対を覆せる手段が無いのも理解している。けれど、絶対王相手に均衡したまま、ただただ繰り返すのみなのは不安にもなるだろう。


「このままじゃいつか崩壊します!」


 悲痛なシトラの声は、確かに的を射ていた。アザミもギリッと親指を噛み、ようやくその涼しい表情が少し焦りへ傾き始めた。

 確かに押し切れていないゾルディナのおかげで、戦局はまるで互角みたいなのだ。しかし詳しく見れば、ずっと押しているのがゾルディナで、アザミたちは何とかそれを押しとどめているに過ぎない。今は力の流れが釣り合っているけれど、それが崩れればどうなるか。簡単だ。一気に傾いて、一気にその力の奔流が全てを攫って行く。


 そんな見かけ上だけの均衡が崩れるのは時間の問題だった。そして崩れた時、それはアザミたちの敗北が決定する時なのだから。


(エリシアの透結界しか頼れるものが無い現状が心許なさ過ぎたな。くそっ……続けていればいつか、神の驕りなんてものが見られると期待していたが……)


 どうやら一度敗北を知った神様の恐ろしさというのは本当だったらしい。まったく油断も隙も無い。常にエリシアの位置を把握しているし、透結界に巻き込もうと仕掛けるたびにそれを追い払われる。そうしてずっと、アザミたちにとっては唯一の突破口であり、ゾルディナにとっては唯一の警戒対象であるエリシアから距離を取り続けているのだ。


 そんな状況で、アザミやシトラが囮になろうと攻撃を仕掛けてもあしらわれるだけ。無駄撃ちだ。セラの力を無為に消費するだけだし、天属性魔術なんて命を無駄に削るだけの愚行でしかない。

 そんな中でも、囮役だとしても、自分の攻撃がゾルディナの首を取る―――なんてことがあり得ないと理解した立ち回りだとしても、気を緩められずにずっと集中しっぱなしなのだから、シトラのように一杯いっぱいになるのも無理はない。


 このままでは瓦解する。シトラの声はその通りだった。

 そうなるのは恐らく時間の問題で、アザミだってどうにも‟このまま繰り返していればいつか、ゾルディナが隙を見せる”なんて楽観的観測を信じられないでいたからだ。


「そろそろお終いでございますか? ふふっ、脆いものでございましたね」


 そんなアザミたちの状況を察したのか、彼女はクスクスとようやく満足そうに笑った。これでようやく終わらせることが出来る。このつまらなく、無意味な争いを。


「願わくばもっと強者と戦いたかったのでございますよ。しかし、仕方ないのでございます。ちっぽけな人間ではこの程度が関の山でございましょうから」


 終わりが見えればやけに饒舌だなと、それに触れる気力すらアザミたちには残されていなかった。拮抗、絶対と渡り合えているという充足感。そのようなもので誤魔化されていただけで、結局はその魔法クスリが切れてしまえば‟何も通じなかった”という残酷な現実のみが残るのだから。


 結局、ここで敗北してしまうのだろうか。こんなはずじゃ無かった、と言い訳したくもなる。本当は元の世界に戻り、色々と準備を進めたうえで、この正念場を迎えたかった。それが準備も早々に、まさか帰還したその場所にゾルディナ王が居て、即時戦闘になるだなんて。準備不足と言えばその通りだが、ここまで格差があれば準備をしたとして……果たして、何か変わっただろうか。


 世界魔法を巡って、その差が縮まっただなんて思い上がった代償か。

 渡り合えているようで、常に押されている戦況を必死に持ちこたえていただけ。何もかも互角なんて響きのいいものじゃない。こんなもの……全然、届いていない。


「さようなら、でございます。弱き者」


 諦めたつもりは無い。今だって、天壁ペルデルタを展開したり、聖剣フィルヒナートで弾いたりして、各々がそれぞれの身を必死で守っている。

 けれど、それでも残酷にゆっくりと、どうしようもない差が開いていく。そしてその差が完全に開き切ったその時、抵抗空しく彼らは星に果てるのだ。


 ゾルディナ王の杖が光ったのを、ただ見ているしか出来なかった。反応できない……。乱戦の果て、それはどうしようもない人間の限界だった。


(俺は、ここで―――)


 死を覚悟した。足りなかった自分の弱さを呪って、けれどそんなことをしても無駄だというのは自分が一番よく分かっていた。

 

 ‟我は絶対の力を持(デウス・)って混沌を平定す(エクス・)魔術師なり(マギア)”―――。

 その詠唱は聞こえただろうか。口が動いたのは見えていたけれど、その声までは聞こえてこなかった。煌めく閃光があまりにも轟音だったから? 


 いいや、違う。


「まあ待て、ゾルディナ卿。いいや今は嬢か?」


 その声の方が鮮明に、アザミの意識に横入って来たからだ。

 この乱戦の中で、それはあまりにも落ち着いた第三者めいた聲。


「どうでもいい? いいだろう。では単刀直入に」


 ポケットに手を突っ込みながら、スタスタとまるでレッドカーペットを歩くみたいな優雅さで。

 美しい金色の髪をなびかせた、格好はどこぞの王侯貴族のような荘厳さの彼は告げる。


「強い者と戦いたいのだろう? その役目、私なら不足だろうか?」

「あなたは? 黙って隅に震える弱虫かと無視をしていたのございますが、絶対の神を相手にその口ぶりなど―――」


 しかし、言いかけてその口が途中で止まる。彼女の表情は怪訝そうに、そしてその突然の乱入者を見下した口ぶりだ。その態度も彼はフンッと不敵な笑みで許容する。

 言いかけて、その口は途中で止まった……いいや、止められた。少女ゾルディナは不思議そうにキョトンとしていたけれど、その口がそこからは彼女の意思と関係なく、勝手に動いた。


「……貴様ッ! その気配は絶敵卿カノアリムージュであるなっ……!」

「ようやく思い出していただけたか、絶対王ゾルディナ? ‟たった”100万年と少しぶりだというのに冷たいものだね」

「その口ぶり、変わらんなカノアリムージュ。襤褸切れの神と揶揄られた貴様の不遜な態度は相変わらずであるぞ」

「お互い様だよ、ゾルディナ。私も貴兄も、見かけは変わったが中身は変わっていない。まあこと外見に関しては貴兄、さすがに変わり過ぎだと思うけれどね」


 そう言って彼、カノアリムージュはゾルディナの容姿を引き気味に指す。

 まあ、100万年前は筋骨隆々の大男だったかの神様が、今や10歳に満たない可愛らしい幼女をやっているのだから、事情を知らなければドン引きだろう。


「……絶敵卿カノアリムージュ? 何者でございますか、神様」


 そんな旧交を深めるカノアリムージュとゾルディナのやり取りに置いてけぼりなのはアザミたちと、そしてその‟少女”も同じだった。さっきまでカノアリムージュを煽っていたその口が、今度は「誰?」なんて意味の分からないことを言う。


「なるほど。さてはゾルディナ、貴兄は体の自由までその童女に預けたのか。これはこれは、中身も随分と変わったものだね」

「……貴様には関係の無いことだ、カノアリムージュ」


 ゾルディナは笑うカノアリムージュをひと睨みして、ポツリと語る。


「かの男は我と同じ、絶対を冠する神が一柱だ。小娘」


 自分の口が紡いだその言葉に、またその口が驚きを述べる。


「絶対……? まさか、神様以外にも絶対の神はいるのでございますか?」


 そうだ、と頷くは、先ほど疑問を口にした同じ顔。奇妙な光景だ。一人の少女の中に、少女の人格とゾルディナ王の神格の二つが共存しているというのは、ここまでシュールになれるのか。一人で驚いて、一人で解決している。状況が緊迫していなければ何かの冗談にしか見えないだろう。


「……カノアリムージュ。アンタ、力を貸してくれるのか?」

「そのつもりは無かったのだけれどね、ミラヴァード卿。まあ事情が変わったってことで、ついでに助力して差し上げようでは無いか」


 まだ状況を詳しくは飲み込めていなくて、驚き混じりのアザミにカノアリムージュはフッと頷いた。ああ、これほどまでに心強い答えがあるだろうか。


(カノアリムージュとの協定は、‟元の世界に帰るまでの協力”だった。だからすでに帰還を果たしたその後の、この戦闘においては力を貸してもらえると思っていなかったのだが……幸運な想定外だ!)


 アザミはよく知っている。絶対を冠する神様の凄まじさと、そしてそれに対抗できるのは同じ絶対だけだということを。

 かつて、神代の海に開いた世界魔法で絶並神ズイヒと絶連姫エルトラウネの戦いを見た。神代の海……それを描き換え、ぐちゃぐちゃにしてしまうほどの壮絶な戦い。一つの世界‟程度”なら、もしかして消し去ってしまえるんじゃないかって規模のその戦いを見て、改めて絶対という冠の重さを思い知らされたものだ。


 そして今、同じことが起きようとしている。アザミたちが結局敵わなかった絶対王ゾルディナに対して、ラッキーなことに同じ絶対を冠するカノアリムージュが動いたのだから。


「……忘れたか、カノアリムージュ。異なる世界への干渉は禁じられているはずだ」

「ああ、そうだね。しかし笑わせてくれる。まさか、‟落ちた世界”にそのルールが適応されるとでも?」


 その言葉の意味をアザミは理解できなかったし、きっと少女も同じだったろう。

 落ちた世界……聞き覚えはある。しかし、それが何を示しているのかまでは分からないし、知らない。


「……人間の味方をするか、カノアリムージュ!」


 カノアリムージュの参戦は絶対王にとっても歓迎しないものなのだろう。同じ絶対の存在なんて、そりゃあ一筋縄でいくものじゃないとゾルディナはよく知っているし。

 何とかしてそれをやめさせようとするゾルディナ。しかし、その文句は逆効果だった。


「人間の味方? もはやその頭脳まで落ちたかゾルディナ卿」


 カノアリムージュはその言葉を鼻で笑う。しかしゴキっと首を鳴らしながらのそれは、今までみたいな不敵とか余裕綽々と言うよりか、怒り失望している―――そんな色を感じた。


「先に、人間へ味方したのはどちらだ? いやなに、別に私は貴兄が人類側に立とうとどうでもいい。別の世界、私の世界以外に興味は無いからな。ゆえに、私はそこのミラヴァード卿に手を貸すことなく、その行方を静観するつもりだった。しかし、絶対の矜持を失ったとなると話は別だよ」


 カノアリムージュの冷たく鋭い視線がゾルディナを……いいや、その神の力を借りた少女うつわを射抜く。


「借り物風情が絶対を語るなどあってはならない。ゆえに私は一度限り、其方の敵を務めよう」


 その口調……咎めにゾルディナはビクッと肩を震わせる。そんな自分に、彼女は驚いているようだった。まさか自分が威圧されている……なんて。相手も絶対の神だ、なんて言われても信じられなかったけれど、そのひと睨みだけで思い知らされる。


「ゾルディナ王が……気圧されている、のですか?」

「……確か、人間の少女に絶対王ゾルディナの魂が宿っているのが、俺たちの知るあの‟ゾルディナ王”だ。だったら、本能的にその人間のガワがカノアリムージュを恐れているのだろうよ」


 それはアザミたちとて例外では無かった。さすった腕には鳥肌がチクチク。ああ、味方にしておいてよかったと心から思う。あの怒りに溢れた敵意を100%、こちらに向けられたらと思うと肝が縮みそうだ。


「というわけだ。手合わせ願おうか? ゾルディナ。いいや、ゾルディナ風情の偽物よ」

「神様をっ……! 愚弄するな、でございますっ……!」


 煽るカノアリムージュに、少女はその喧嘩を買う。やめろ、と止めるその神の声も届かない。少女にとってゾルディナは救いだったから。それを馬鹿にされて、黙っていられるはずが無い。

 

 カノアリムージュが静観を捨て、参戦を。アザミたちに力を貸すことを決めたのは、ゾルディナ王と名乗るその少女が彼の知る絶対の王様とあまりにも違っていたからだ。中にはその神がいて、‟絶対防御エイギス・マギア”や‟我は絶対の力を持(デウス・)って混沌を平定す(エクス・)魔術師なり(マギア)”と言った戦い方は同じだけれど。


 でも、それを振るう外見が違い過ぎた。

 少女と大男の違いだけじゃない。足りなかったのは神様の矜持だ。神とはかくあるべし、という理想の高いカノアリムージュだからこそ、それが許せなかった。


 だってそれはまるで神様ごっこみたい。神の力を我が物と勘違いして勝手を演じるその少女には、ここでお灸をすえねばならないと。


「……終わるなら勝手に終わっておけよ、ゾルディナ。終わらせることが貴兄の責任だというなら、大人しくそれだけしていればよかったものを」


 小さく息を吐き、カノアリムージュはボソッと小さくそんなことを呟いた。しかし、それは誰にも届かず風に消える。

 それはきっと、アザミたちや少女よりも太古より、ほんの少し広く世界を知っているがゆえの言葉だったから。聞こえたとて、理解までは出来なかっただろうけども。


 

 かくして、この世界でも絶対同士の戦いが……始まる。

※今話更新段階でのいいね総数→3768(ありがとうございます!!)

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