1215話 絶対王の想定外
気迫に溢れる一撃であればどうにかなるかもしれない、と心のどこかで期待していた。全身全霊……飛び抜けた一撃であれば、その絶対防御をともすれば突破するかもしれない―――なんて。ほんの少しの可能性だったとしても、もしかしてと。
でもそれは結局、叶わぬ夢でしか無かったわけだ。
「通じなかったですね、ヒナ」
『ボクのせいかい!?』
トントンと軽く跳んでゾルディナ王から距離を取りつつ、ジトーッと咎めるような視線を愛刀に向けるシトラ。もちろん、その責任転嫁もいい所のとんでもない口ぶりには、必死で首を横に振るフィルヒナートなのであった。刀身にダラダラ汗が見えたのは、きっと気のせいじゃ無いのだろう。
(シトラの一撃でも足りないか。となると、‟絶対防御”を攻略できるのは透結界のみ……)
少なくとも今のところ、思いつく手段の中ではそれだけが唯一の希望だった。アザミは冷静に、先ほどのシトラとゾルディナのやり取りを思い出す。ゾルディナの灼翼を撃ち払い、隙を突くのではなく正面から斬り込んだ形での攻撃は見事だった。ゾルディナの驚きぶりからしても、きっと絶対の王様相手に真正面から突破口を切り開いたのは、恐らくシトラが初めて。
だがしかし。それでも‟届かなかった”のだ。あそこまで完璧な形で、狂いなく命中させた必殺の一撃。それが通じなければもう、正攻法じゃ超えられない。アザミの天属性魔術でもゾルディナの絶対防御を打ち破ってダメージを与える、というのは難しいだろう。
「……だからって、ひとつでも突破口がある以上は諦めなんてしないけどな」
そんな状況で、けれどアザミの表情は真っ直ぐだった。そりゃあ自信に満ち溢れているとか、余裕綽々だとか、そんなはずはない。しかし焦りや不安に押しつぶされた、そんな青ざめたものでも無かった。
まだ折れてはいない。天属性魔術もシトラの剣術も、ゾルディナの絶対を超えることは出来ないのだろう。しかし、エリシアの透結界という突破口がある以上、100%敵わないわけじゃ無いから。
「天属性魔術……"天穿"」
アザミは覚悟を決めた。ここで相対した以上、逃げたり隠れたりは許されない。だってもしここでゾルディナ王を止めることが出来れば、今後彼女の望む世界の終わりに巻き込まれる無垢な人々を救うことが出来るから。
しかし、まともにやり合って勝てる相手でもない。様子見なんてものが通用するわけもない。
ならば、ここで全力を出そう。通じるか通じないか、どうなるかはわからないけれど、ここを正念場とやりきる覚悟は決めた。
「何度やっても無駄でございますのに。あなたの攻撃が、一度でも私の絶対を貫いたのでございますか?」
「いいや。それでも、やらないよりはマシだ」
「……理解不能でございます。けれど、向かって来るのなら叩き潰すのみでございますゆえ、後で泣き言は無しでございますよ」
そうため息混じりに告げて、ゾルディナは無造作に杖を振るう。それとアザミの放った魔弾が触れた刹那、それはなんとも呆気なく崩れ消えた。
「絶対防御を使うまでもないのでございます」
「ああ、そうかよ! だったらこれはどうだ……!」
フンッと鼻で笑うゾルディナに、アザミは走りながら次の魔術を唱える。
「天属性魔術……‟哭天”」
クルッと一回転しながら放ったその衝撃波は真っ直ぐにゾルディナを襲った。その凄まじい衝撃は、触れたモノを軽く破壊してしまうほど。人間の放つ魔術、魔法の中では群を抜いた威力だ。
「……また、でございますか」
けれど、相手は絶対の神様だ。何度繰り返したって結果は変わらない。
ゾルディナは本格的に失望の表情を見せる。こんなものだったか、と。結果の見えた攻撃を繰り返すだけ。見苦しい。
「……何度やったって同じでございますよ。あなたご自慢の天属性魔術とやらも、そして……使い古された、‟仲間との挟撃”も―――」
そう言って、ゾルディナはクルリと杖を後方へ向けた。その狙い定める先にいたのは―――
「あちゃー、バレてたか♪」
ぺろりと舌を出し、軽く笑うエリシア。ただの一度すらゾルディナは後ろを振り返っていないはずなのに、彼女はそれをあっさりと見抜いていた。
(所詮はつまらない人間の考えそうなことでございます)
だからこその失望。結局、ゾルディナの想定を超えてはこなかったのだから。
だがゾルディナ自身、彼女自身自覚していなかったが。それはアザミ・ミラヴァードという人間が、まさか愚かにも同じことを繰り返すだけの人間だと思わなかったからこそ、予測できたものである。つまりは、アザミという人間を認めていなければ出ない発想だった、ということには気が付いていないのだった。まあ、気が付いたところで神様であることに絶対の矜持を持つ彼女がそれを認めるはずも無いが。
警戒するのはエリシアだけでいい。なぜなら、ゾルディナの絶対防御をどうにか出来る可能性があるのは彼女だけなのだから。
アザミたちにとって、エリシアの透結界は唯一の突破口だ。
それはすなわち、ゾルディナにとって唯一の警戒すべき相手ということ。
だからあの瞬間も、いつだってゾルディナはエリシアの動きにだけは警戒をしていた。だからこそ、アザミの天属性魔術を囮にして背後より近づいていたエリシアを、簡単に見破ることが出来たのだ。
「……‟灼翼は対うこと絶えて”」
ゾルディナは背中より黒い翼を幾つか展開させ、そのうちのひとつがビュンッと真っ直ぐエリシアを叩きに行く。アザミの放った‟哭天”は完全に無視して、だ。そんなものはいちいち弾いたり守ったりせずとも、絶対防御で簡単に無効化できると言わんばかりのその態度は、想定済みだったとしても悔しいものだった。
だが、そんなしょうもない悔しさなんてどうでもいい。
「エリシアっ!」
アザミは叫んだ。だってこっちの方がもっと重要だ。闇討ち、不意打ちは確かに効果的だが、それは見抜かれ、対抗されたときに酷く脆くなるという欠点を持つ。つまりは、カウンターに弱いのだ。
「ご心配なくっ……だよ♪ ‟透結界―――九重の剣”!」
しかしそんなアザミの声を、エリシアはいつもみたく軽薄に笑い飛ばす。早めに気が付いてしまえば、あとはエリシアの豊富な経験が物を言う。
彼女が展開させたのは透結界……の、もう一つの使い方。いやむしろ最初はこちらがその結界の本命だった。
その手に握るのは一本の剣。しかし、その透結界の中に限っては、たった一本が九本の斬撃を生み出すのだ。一刀するだけで九度の斬撃を引き起こす。それがエリシアの透結界……九尾の妖狐としての力がひとつ。
聖剣でもない、たった一本の剣であれば、それがいくら名刀であったとしてもゾルディナの灼翼には勝てなかったろう。
けれどそれはただの一本じゃない。九つの斬撃を練り上げて、強固な一本に仕上げてしまえば……。
「また……私の絶対を止めるのでございますかっ……!」
面白くないと舌打ちするゾルディナに、エリシアはヒヒッと白い歯を見せる。シトラの次はエリシアの番だった。透結界のまた新しい使い方。ゾルディナの斬撃を受け止め、そして軽やかに受け流す。結果として、不意打ちを見抜かれて一転、窮地に陥ったはずのエリシアは無傷のままその攻防を終えてしまったのだ。
「……んじゃ、任せたよシトラちゃん♪」
「はいっ! 氷花―――」
アザミの天属性魔術を無効化して、エリシアも一度は遠ざけて、そうしたかと思えば次はシトラ・ミラヴァードか。ゾルディナはピクピクと眉を上下に動かす。不快感……なんだこれは。
天属性魔術も、シトラの斬撃も、ゾルディナの絶対防御相手には通用しないと理解したはずだ。何度やってもそれは同じで、変わらない。
それなのにどうして、何度も何度も繰り返してくるのだろう。結果なんて見えているのに。
(ああもうっ、鬱陶しいのでございます……!)
絶対防御で無効化出来るとはいえ、じゃあ完全に無視できるかと言われると、そうはいかない。絶対防御だって、それは鎧みたく一度発動すれば常にゾルディナを守ってくれる、みたいな便利な代物じゃない。いちいち展開しなくちゃいけないし、ダメージが無いとはいえ、何度も攻撃を喰らうのはうざったい。
そんなアザミとシトラの無駄な攻撃は、本命であるエリシアの透結界を誤魔化すための囮なのだろう。意識を分散させて守りも分散させて、いつかどこかのタイミングで透結界にゾルディナを巻き込んで絶対を無効化する―――。
それしか勝ち筋が無いのだから、その作戦に辿り着くのもそれに頼るのも、分からないではない。しかしそうだとしてもうざい、鬱陶しい。
(何回やれば諦めるのでございますか……!?)
突っ込んでくるたびに、ゾルディナは『‟灼翼は対うこと絶えて”』や『‟我は絶対の力を持って混沌を平定す魔術師なり”』を用いてそれを追い払っていた。それはいつも止められたのではなく、避けられたのでも無く、何回かは至近弾にもなったし、何度かは確かに命中もした。
けれどそのたびに、アザミたちは立ち上がるのだ。ゲホゲホッと苦しそうな表情をしながらも、立ち上がってまた向かってくる。
(押しているのは、明らかに私の方でございます……)
彼女は無傷だ。一方的に攻撃をして、向こうの攻撃は絶対防御をもって完全に封じているのだから。状況は、明らかゾルディナが押していた。
(押されているのは、間違いなくアザミたちでございます……)
絶対なんて仰々しい冠を持った攻撃に常に晒され、少しでも気を抜けば一瞬で死という戦場。そこで一方的に殴られるがままのアザミたちだ。どう言い訳をしたって、押されているのはアザミたちに違いなかった。
しかし。
(けれど、押しきれないっ……でございます……!)
押しているのに、押しきれない。絶対という超火力をもって蹂躙する予定だったのに、蹂躙どころか戦況は互角に近い均衡のままだ。
戦力が拮抗しているのではない。ただ、アザミたちが一向に引かないから結果としてゾルディナが押しきれないでいるのだ。
(戦えているっ……! 俺たちは、絶対王ゾルディナ相手に引いていないぞ……!)
それは、アザミたちも自覚していた。信じられないけれど、でもこうなっている現実がある以上、それは事実だ。
絶対の王様を相手に、確かに押されてはいるけれど、でも押し切られてはいない。きっと世界魔法の旅を通して、心も体も強くなったおかげだろう。
絶対を相手に押し負けていないということ……。それが自信になって、アザミたちを何度だって諦めず立ち上がらせる。
まだ勝ち負けはついていない。しかし、片や絶対の存在であり、片やそれに届くはずのない人間たちである。
その下馬評を鑑みると、押し切れていないゾルディナ王は……。そりゃあ、不機嫌になるのもおかしな話じゃ無かった。
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