1213話 絶対の先
‟我は絶対の力を持って混沌を平定す魔術師なり”―――。
それは最高威力を誇る、ゾルディナ最大の武器である。一瞬の閃光の後、それは一直線上にまるで光線の如く打ち出される。そして、その絶対の一撃はそこにあるモノを例外なく破壊し尽くすのだ。
この湖畔の町を、一撃にして炎に包みこんでしまったその一撃。
「……ふふっ。手加減をしたつもりは無いのでございますけれどね。まあ、一撃で終わってしまうのもつまらないものでございますが」
「……これで手加減無し、か? ハハッ。じゃあ安心だな。これからも何度だって止められるわけだ」
「ぬかせ、でございますよ。手加減はしていませんが、全力の一撃とも言っていないのでございます」
軽口を叩くアザミに、ムッと不快そうに顔を顰めるゾルディナ。そしてこんな会話が出来るということは、あの凄まじい一撃をアザミたちは耐えたということ。
(天属性魔術、‟天壁”。魔術障壁を数段階レベル上げ下、俺の知る中で最高峰の防御術式だが……危なかったな。咄嗟に展開できたことも幸運だったし、この魔術でゾルディナの『‟我は絶対の力を持って混沌を平定す魔術師なり”』を止められたことも、ラッキーだった……)
避けるなんてまさか出来たはずが無い。咄嗟の反応でアザミが展開させた‟天壁”が、もしもゾルディナの一撃に敗北していたら……。今頃、アザミたちは灰燼に帰していたことだろう。その呆気ない結末を想像すると、ゾゾッと背筋が凍る。もしかしたらついさっきで人生を終えていたかもしれないのだから。
「それにしても……相変わらず滅茶苦茶な一撃ですよね」
それはシトラも同じことを感じているのか、珍しく少々青くなった表情で、彼女はギュッと不安そうに胸元を握り締める。シトラやエリシアにとっては、もっと冷や汗ものだったろう。なんせ、アザミが防御を展開していなければ、彼女たちはとっくに死んでいたのだから。
とはいえ、そう深刻そうに語るシトラの言葉は確かにその通りだ。滅茶苦茶も滅茶苦茶で、なんせゾルディナがその一撃を放った前と後とで、そこの景色は大きく変わってしまっていたのだから。
町の中心に美しく鎮座していた湖はカラカラに干上がっていた。草木も剥げて、ぽつぽつとのどかに並んでいた家々は脆くも破壊され尽くしてしまった。
その荒れた大地の中に、ひときわ目立って無事な地面が二か所。
ひとつはアザミが‟天壁”で守った彼らの立っている場所で、もうひとつはメラグロードの展開させた神殿術式の中。流石は神殿術式。堂々とそこにあって、それに関しては陥落する気配すらなかった。
(全く渡り合えていない……というわけじゃない、が)
エリシアの透結界がゾルディナの絶対をも無効化すると知った。天属性魔術も、守りの方であればゾルディナの絶対ともやり合える。
2年前とは大違いだ。それ自体に、嬉しいというか誇らしい感情はあるけれど。しかしアザミの表情は変わらず浮かないものだ。
(いくらある程度‟渡り合えている”と言っても、こちらは最初から全力で向かってこれだからな。少しでも気を抜いたり、ひとつでもミスがあれば……すぐにドン、だ)
プツンと橋桁が崩れる音を聞く。たった一歩でも踏み外したら即奈落の底へ一直線、なこの戦い。表情を緩める余裕なんて有るはず無かった。
「……どうする? アザミ君」
「とりあえず、今の突破口はエリシアの透結界だけだ。その中へ上手くゾルディナを引き込んで、そこに俺かシトラの全力をぶつければ……」
あるいは、可能性もあるかもしれない。そう呟いたアザミに、エリシアは「了解♪」と敬礼する。シトラも頷き、とりあえずの動き……作戦は決まった。
「作戦会議は終わったのでございますか? それでは―――‟我は絶対の力を持って混沌を平定す魔術師なり”」
クスッと微笑んで、彼女は軽やかにその杖を振るった。幼女の背丈よりも大きな杖を軽々と、まるで魔法少女のステッキみたく「るんっ♪」と振るう彼女だが、その仕草からは想像できないほどの轟音鳴らして、再び光の渦があたりを壊滅させる。
「……天属性魔術、‟天壁”」
しかし、その一撃をまたもやアザミは防御魔術で受け止めた。虹色のベールがその絶対を受け止め、その向こうで無事なアザミはニッと得意げに白い歯を見せる。
「今だ!」
そして、アザミの一声に従って、そのベールの奥よりエリシアとシトラがバッとその姿を現した。
そして、彼女たちは迷うことなく真っ直ぐにゾルディナの元へ突っ込んでいく。剣を抜き、ぴょこっと九つの尻尾を揺らしながら。
(ゾルディナの一撃……『‟我は絶対の力を持って混沌を平定す魔術師なり”』は確かに強力だ。俺の知る限り、あれ以上の攻撃なんて、それこそ同じ絶対の神様であるズイヒとかエルトラウネぐらいだな)
強大で、凄まじい一撃。絶対を冠する神様に相応しい、人間じゃ逆立ちしたって届かないであろうレベルの攻撃だった。
だが、強大であるからこその突破口もある。
(ゾルディナの魔法……あの規模の一撃をまさか連発なんて出来るはずが無いんだよ)
ポンポンとあの光線を乱発されたら、それこそ世界の秩序が狂ってしまう。2年前も、そしてさっきもそうだ。一撃放ってから、次に同じ光線を放つまでには‟溜め”が必要なのだ。それは、いくら絶対の神様でも逃れられない制約。
杖をブンッと振るだけで、簡単に絶対の一撃を起こせるわけじゃない。一度振れば、二度目までに多少は時間がかかるのだ。
だから、アザミたちはそこを突いた。
(アザミくんが天属性魔術でゾルディナ王の一撃を受け止めて、その隙にボクが透結界内部にゾルディナ王を巻き込む)
(そして、ゾルディナさんの‟絶対防御”を無効化させたうえで、私が一刀を加える―――ですか。流石アザミです!)
理屈の上では、それで上手くいくはずだ。だって、もしもあの一撃をポンポンと連射できるのならば、守ったアザミたちにも容赦なく追撃を加えてきていたはず。
そして、絶対王ゾルディナであっても、大きく分類してしまえば彼女は魔法師だ。であれば、その倒し方は同じ魔法使いであるアザミがよく知っている。
「自分の魔法で自分を吹き飛ばすなんて愚かはしたくないよな?」
魔法使いの弱点。それは、近接戦闘に弱いこと。遠距離、中距離から魔法で援護したり牽制したりであれば無類の強さを誇る魔法使いも、懐に潜り込まれたらどうしようもない。特にゾルディナなんて、いちいち魔法の規模が大きいのだから。剣士の間合いでそれを使ったら、シトラごと爆発四散するのがオチだ。
「……なるほど、でございます。私の溜めの時間を利用する作戦はありきたりではございますが、まあ真っ直ぐでお見事と申しましょうか」
エリシアとシトラの接近。もうとっくに魔法使いが有利とする間合いは突破され、もうあと一瞬もすればエリシアの透結界に巻き込まれて彼女は絶対の守りを失ってしまうのに。
その口ぶりも態度も、フフッとそれは余裕にはためいている。
簡単で、誰でも思いつくかもしれないが、でもだからこそ強力なはずの策なのに。理論の上ではゾルディナ王の絶対も攻略できるはずなのに。
「ですが、舐められたものでございます。だって、アザミの想定にある‟私”は、2年前の私なのでございましょう……?」
そう言って微笑んで、トンッと杖の底で地面を突っついた彼女に。
「まずっ―――」
エリシアとシトラは、本能的にゾゾッと危機感を覚えた。
「―――敗北って、神様すら変えるのでございますよ?」
アザミの読みは正解だった。ゾルディナ王の持つ最強の矛……『‟我は絶対の力を持って混沌を平定す魔術師なり”』は連射出来るものじゃない。一度放てば、二度目までに多少なりと溜めの時間を要するという、アザミの想定はその通りだった。
しかし想定外だった……いいや。無意識のうちに考えの中から消していた可能性こそ、‟ゾルディナ王も進化しているのだ”ということ。
アザミたちがこの2年間、様々な世界魔法で色々な出会いを通してより強さを洗練させたのなら、どうしてゾルディナだけは何も変わらずそのままなんてことがあろうか。確かに500日間眠っていた彼女だが、そもそもアザミたちが以前彼女に勝利したのは、実力ではなくゾルディナがアザミたちを過少に見ていたということと、そして幸運のおかげだ。
勝利の蜜しか知らない者は真に強いとは言えない。敗北の痛みを知って、人はさらに強くなるのだ。もう二度と、あんな思いはしたくないと。
そしてそれは、絶対の王様も同じだったらしい。というか、‟絶対”なんて仰々しい冠を持っている方が敗北の苦しみは大きかったろう。
絶対の自信。敗北なんてまさか有り得ない、思い通りにいかないだなんてあるわけない。そう思っていたのに、ちっぽけだと見下していた人間に邪魔されてしまったのだ。はらわたが煮えくり返りそう。その怒り、悔しさ……それらの感情は、きっと並みの人間以上だ。
今のゾルディナは過去と同じく絶対である。‟絶対防御”も、‟我は絶対の力を持って混沌を平定す魔術師なり”も、過去の通りの強いまま。
でありながら、さらに先へ彼女は進んでいた。もう油断はしない。もう二度と、敗北なんて愚を犯さないために。
2年前には使っていなかった、‟本気”というやつだ。
「‟灼翼は対うこと絶えて”」
その詠唱に応えるかのように、ゾルディナの背中より漆黒の翼が、悍ましくズブリとその頭を躍らせる。
一本……二本……三本……、次々とゾルディナの背中より生えるその翼は、まるで蛇の頭みたいに蠢いていた。黒々と闇が渦巻くその翼‟擬き”は、その鎌首を上げて、二人の襲撃者に嚙みついた。
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