116話 アルカード峠事件《2》
「よう、嬢ちゃんたち。りんご、売ってんのかい?」
「そうよ。買ってく? オマケはできないけどね!」
サキアとティロは市場の一角にシートを広げ真っ赤なりんごを並べる。大人だらけの市場の中でまだ10歳にもなっていないサキア達は逆に目立つ。常連のお客さんも、興味本位の客もわらわらと集まってきて用意していたりんごは飛ぶように売れる。
「ありがとうございました〜」
サキアはニッコリと満足そうに微笑んで頭を下げる。そして頭をあげると「ふいー」とやり切った感のにじみ出る声とともに額の汗を拭う。
「やったよ〜! サキちゃん、りんごがぜんぶ売れちゃったよぉ!」
やったー! とティロがピョンピョンと嬉しそうに跳ねる。「いえーい!」と2人はハイタッチを交わし、シートを撤収していく。
「……あ、もう終わっちゃったか、、、」
「そうなんです。ごめんなさーい」
店仕舞いが終わりかけていた時、ふと若い男がサキアたちの店先にふと立ち寄り、商品がひとつも並んでないのを見て残念そうに肩を落とす。
「……次は1週間後くらいに来るんで、そのときは是非お願いします!」
ちゃっかり貢ぎルートを確定させようとあざとい目線を作るサキア。男はニコッと微笑んで店を後にした。
「……イケメンだったね、、」
「うん〜。いい男だった。……血を吸うならあんな人のがいいなぁ、、、」
エヘへと指をくわえて男の背中を目で追う。
「――まあ、誰の血かなんて分かんないけどね、、」
パンパンと手を払い、「そんなことより!」と目を輝かせる。
「よーし!! 遊ぶよ、ティロ!! あと1時間。めいいっぱい楽しむんだから!」
テンションが最高潮のサキアがティロの手を引いて市場を駆ける。
「……遅い! 今何時だと思ってるの!?」
シュン、とサキアは玄関口でうなだれる。街で話題のかふぇとやらが1時間待ちで。なんとか席につけたはいいものの、かなりのボリュームに食べ終わるのに時間がかかり、結局帰ると約束した時間を大幅にオーバーしてしまった。
「ごめんなさい。最後の1個だったからなんとか売りたくて、、、」
街で遊んでいた、なんて正直に言うと怒られるのは目に見えている。悲壮感漂う声で同情を買う。母親は「はぁ」と諦めたようにため息をつく。
「……そう。でも、1つくらい残っても青果屋のおじさんは文句なんか言わないわよ。……今度からは、ちゃんと時間通りに切り上げて帰ってくること、いいわね?」
ビシッと釘を刺す用にサキアを指さす。サキアは目を伏せ申し訳なさそうに小さくなる。心の中でペロッと舌を出す。
――サキって嘘の才能あったりする??
「……お風呂、入ってきなさい。あ! その前に、リビングに“いつもの”あるから飲んでおきなさいよ!」
「はぁーい」
いつもの、か。苦くてあまり好きじゃないんだよなぁ。サキアは重い足取りでリビングへと歩く。机の上のコップに赤い液体がなみなみと注がれている。
「うえー、、ちょっと黒くなってるじゃん。鮮やかな赤色なんて高望みはしないからさぁ、もうちょっと新鮮なのがいいよねー」
「こら! サキア。その血は墓荒らしの方々が命懸けで取ってきてくれたんだぞ!! 感謝こそすれ、文句を言うとは何事だ!」
ブーと口をすぼめるサキアに父親が雷を飛ばす。べーっと舌を出しグビッと一息で血を飲み干す。思った通り、いつも通りの生臭い味がした。
「うぇぇ。まっずい、これ!」
「サキア!!」
2度目の雷を落とされる前にそそくさと風呂場へ避難する。開いた扉からリビングの会話が聞こえてくる。
「……もう、どうして感謝ができないのかしら、、」
「……全くだ。私たちが生きていけるのは墓荒らしのおかげだと言うのに。それに聞いたか? 母さん。またひとり、墓荒らしの若いもんが亡くなったらしい」
「……あらっ、それは大変ね。見つかっちゃったのかしら?」
「……それは分からんが、色々不穏な噂も広まっとるしな。街にハンターが現れて色々探ってるとかな」
――馬鹿馬鹿しい、、、
はぁ、とため息をついてバタンと風呂場の戸を閉める。タオルをぎゅっと握りしめ座り込む。
……分かってるよ。私たちが生きていくためには血が必要だってことはさ、、、。
吸血鬼は週に一度、血を1杯飲まなければ暴走してしまう。理性が働かず、吸血鬼としての本能のままに人を襲うようになるのだ。そうなれば待ち受けている運命は最悪なものしかない。人間たちが吸血鬼を根絶やしにしようとカリエ村にやってくる。
「……だから出来る限り人様に迷惑をかけないように墓荒らしをするんだ、、、か――」
ここらの地域は土葬が基本だ。なので、埋められたばかりの死体にはまだ血が残っていたりする。それを掘り起こして村人全員分持ってくる仕事。それが墓荒らしだ。
当然人間にバレたら殺される。そして吸血鬼だとバレてしまう。そのためもしバレたら手持ちの爆薬で自ら命を絶つように言われている。それが墓荒らし。命をかけて村と人間のために尽くす仕事だ。
「……まあ理解できないけどさ〜。サキは嫌だな。自分の命をかけて誰かを守る、なんてさ。――やっぱり、自分が一番カワイイじゃん?」
鏡に映る自分の姿にニコッと笑う。
あまりにも自分と縁遠い世界だと、そう思っていた。自分は墓荒らしなんてしない、この村もいつか出ていくんだって。誰かのために命をかける。じゃあ、もしその誰かが自分の大切な人だったら?
そんな可能性に目を向けていなかったんだ。逃げて目をそらしていたんだ。
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翌朝、窓から差し込む陽の光で目を覚ます。「う〜ん、、」と軽くノビをして、サキアはベッドから起き上がる。
「あ! やっば!!」
ふと時計に目をやる。もうすぐティロと待ち合わせの約束をした時間だ。その焦りと現実がはっきりとサキアの目を覚まさせる。
朝ごはんもそこそこにパッパと着替え、ダッシュで家を飛び出す。
「――ウゲッ! 今日も暑いなぁ、、」
日傘をバッと開いて全速力で待ち合わせ場所へと走る。
「……で、どうしていつもどおりになるのよ、、」
「エヘヘ、、ごめんねサキちゃん。ちょっと眠れなくてさ......」
遅刻したサキアより遅刻する、という謎ムーブを起こしたティロが申し訳無さそうに笑う。目が真っ赤に充血している。
「――大丈夫? どっか悪いんじゃないの?」
「う、うん、、大丈夫だよ多分。ちょっと、血を飲み忘れちゃっただけ......」
目をそらし言葉を濁らせる。
「は!? それ、やばいんじゃないの!? 1週間飲まなかったら暴走しちゃうって言われてるよ!!」
「大丈夫だよ、サキちゃん。一週間っていうのは、『血を飲んで一週間は暴走しない』からそう決まってるんだって〜。だから、一週間以上飲まなくても大丈夫なんだよ〜」
そう言ってのらりくらりといつもどおりの笑顔を向けるティロ。心配そうなサキアの手を引いて学校へと向かう。
「急がないと、遅刻しちゃうよ〜〜。……あ、もう遅刻なんだっけ〜?」
ティロも、サキアも何も知らなかった。確かに、一週間であれば血を飲まなくても暴走しない。だがそれは、大人ならの話。未成熟で血の巡りも早い子供は当然暴走のリスクが跳ね上がる。
のちにサキアは言った。『戻れるならこのときに戻りたい』と。
この時何も知らずに破滅への扉の鍵を開けた自分たちをぶん殴りたいと。
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