1203話(2) 世界列車で行こう
続き
世界の滅びまであと三月も無いのなら、そろそろそのための戦いが起きていたって不思議じゃない。いくら相手が絶対といっても、世界とは一朝一夕で滅ぶような脆いものでは無いのだから。少なくとも、そんなあっさりと滅びを受容するつもりは無い。アザミはもちろん、留守を守る騎士団の面々だってそうであるはずだ。
そう信じているからこそ、アザミは戻った元の世界に戦乱が訪れていることを確信していた。
すでに戦いは起きていて、きっと騎士団はその対策に追われているだろう。平和だった世界に再び戦火が訪れたのだから当然だ。
「……間に合う、よな?」
けれど、絶対王ゾルディナ相手に騎士団がどれだけ抗うことが出来るだろうか。そこは生憎、アザミにも分からない。
もちろんその強さは信じている。が同時に、世界を滅ぼさんとする相手の強さも知っているから。
もしかしたら、元の世界に戻った時にはもう手遅れかもしれない。せっかく世界魔法を巡って可能性を潰し、極力勝率が高くなるように準備をしていたのに、それでも足りなかったかもしれない。
そもそも、絶対を相手にする時点で、人間ぽっちには最初から勝ち目なんてほとんどないのだ。それを、2年近くかけて‟ほぼゼロ”から‟ゼロとちょっと”に増やした。正直、アザミたちがやったことなんてその程度だ。たった2年で、人間と神様との差なんてそう簡単に埋められるものじゃ無いから。
たった一歩、されど一歩。その程度しか近づくことは出来ていないけれど、でも。
「……間に合うか間に合わないかではありません。私たちはやるべきことを、やり遂げたのですから」
戻った世界がどうであったって、やるべきことは変わらない。もう間に合わないからと言って諦めるのか? いいや、そうじゃない。
「……だな」
シトラの力強い、迷いのない表情を見て、アザミは自身の内に芽吹きかけていた不安がスーッと枯れていくのを覚えた。心強くなったものだ。世界魔法を通して。特に、あの記憶を通じて彼女はまた強くなったと思う。
(そういった意味じゃ、世界魔法の旅は……。俺たちの2年間は決して無駄じゃ無かったな)
色々出会って、別れて、最期には裏切りにあったりもしたけれど。
でもつみ重ねたこの物語はきっと無駄なんかじゃ無かった。きっと意味のある道のりだったのだと。結末を迎えなくても、今でもそう胸を張って言える。
「最後の世界魔法も、そろそろ終わる」
走る機関車の、車窓の外に流れるは星の海。しかし僅かながらその星の瞬きがどんどんと眩しいものになっていることに気が付いた。それはまるで、別れを祝福する送り歌のように。
ロキの世界魔法……38番島に開いた世界魔法を皮切りに。
ユルムと出会ったのは、30年前の王都だった。
ユグリスとユドエルとは、邑淑という未知の場所で争ったっけ。
スルトリーヴァと神代の海を駆けて、最後には絶対を冠する神様同士の領域外の一戦を見た。
ミリャの世界魔法が300年前の魔都と王都、勇者シトラスと魔王シスルの全盛に開いたのは驚いた。
チルの世界魔法は、まさか夢の世界だっただなんて最後まで気が付かなかったな。
そして、最後の世界魔法……。アザミとシトラの開いた、‟終憶の世界魔法”もそろそろ終幕だ。
今まで、多くの世界を旅して、多くと出会ってここまでやって来た。
しかしまだ戦いは終わらない。むしろここまでは全て、これからのための序章に過ぎなかったのだから。
「終われば、また始まるのですよ。今度こそ本番……。世界の滅びをかけた、最後の戦いです」
その場所を目指し、神の汽車は線路の上を走る。走った先に待っているのは元の世界。
さて、どうなっているだろうか。さて、そこには一体、これからには全体、何が待っているのだろうか。
ずっとともに旅をしてきたのに裏切った、正体を隠して傍にいたシルリシア……いいや、神代兵器スイの思惑とは一体。もしかすると彼女と戦うこともあるんじゃないかって。
そして何よりも、絶対王ゾルディナとの再戦だ。一度は勝利したが、それも奇跡の積み重ねによって起きた、ほんの幸運ゆえに過ぎない。敗北を知った絶対なんて、今度こそ一切の油断なく目的のために全力を賭してくるだろうし。
「……楽しみだな」
それは、なんともアザミらしくないコメントだった。ゆえにエリシアもシトラも、顔を見合わせてポカンと口を開ける。
「絶対に勝つ」とか、「救って見せる」とか。そういうことを口にすると思っていたのに。
「えっと、これは……」
そしてそれは、アザミ自身も想定外だったみたいだ。自分で言ったくせに、自分で理解できないと呆けた表情で口をパクパクさせる。
だからこそ、その言葉はきっとアザミの中にあった偽りのない感情だったのだろう。
「いいじゃないか。どうせ、ここから見苦しく足掻いてもスタイリッシュに構えても、そう結末は変わらないのだ。待ち受けているものが、気の持ちようでポジティブに変化するわけでもない。であればミラヴァード卿のみたく、素直に楽しもうとする心の方が大切じゃないかね?」
腕を組んで、カノアリムージュはそう笑う。きっとこの神様的には、不安がるとか変に熱く燃えているよりかは、不敵に「楽しみだ」なんて言う方が好みなのだろう。
不安もあって、緊張もあって。そりゃあそうだ。だって、世界が滅ぶか続くかを背負って今から戦うのだから。
でも、そんな状況を楽しんでいる自分がいる。どうなるか分からない―――そんな戦いを、そんな物語にテンションの上がっている自分がいた。少なくとも、心のどこかには。
「……まあいいか」
それも悪くない、とアザミは言い訳を諦めた。
そんなアザミは珍しくて、らしくないと思うけれど。でも、そんなアザミもたまにはいいだろう。一度は困惑したシトラもエリシアも、ぷっと吹き出した。
それはきっと、あの記憶と向かい合ったおかげだ。
シトラだけじゃない。あの真実に触れて、自分の過去と向き合ったおかげで救われたのはアザミも同じ。
その世界のことは、二人だけの大切な記憶だ。アザミとシトラしか知らないけれど。
眠って、目覚めて。夢の中で眠るだなんて不思議で矛盾した感覚だけれども。
(……そのおかげで、得られたものもあるか)
変わったのは。強くなったのは、アザミもそうだった。
それは戦う点での魔法の実力とか、武芸の心得とかではなく。精神面、心の成長だ。
2年間……いいや、300年間かけてやっとここまで来た。
あとはそれをすべてかけて戦うのみ。決して、ここまで紡いできたものをこんなところで終わらせはしない。
(せっかく救い、救われたんだからな。せっかく叶えたというのに……それをこの程度で終わらせてなるものか)
今までは全部、誰かのために戦ってきた。
でもこれからはその中にほんの少し、自分の為という我儘が入ることを許してほしい。
この先も、シトラの隣にいられる時間が続きますように。
想いを知って、想いを伝えて、ようやく真の意味で隣に立つことが出来たのだから。
その居場所を決して手放さないためにも、アザミは断じて世界の滅びなんて許さないと決めた。
何に変えてでも未来を守ると。それを自らの手で掴み取ってみせると、隣で微笑む少女にそう誓う。
欲しいのは大金でも栄誉でもない。世界を統べる力でもない。
望みは、ありふれた普通の幸せ。どこにでもある、でもだからこそ遥か遠いそれを心から願う。
そんな最後の戦いへ、汽車は警笛鳴らしながら線路の上を走る。
元の世界へ。想いの先へ。この世界列車で行こう。
アザミとシトラの、守るべき……居るべき本当の場所へ。
「楽しみだ……!」
戦うことが、だけじゃない。その先に待っている、その先で叶えたい幸せのカタチも思って。
アザミは今度こそ、清々しい表情でそう言い直した。
第九部『ニヴルヘイム【序幕】 ‟アリス・イン・ワンダードリーム” ~氷天使の覚める刻~』完
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