115話 アルカード峠事件《1》
『サキア』
ジリジリと照りつける太陽に手をかざす。
「……イテテ、、アハッ。やっぱり無理かぁ〜」
夏だと言うのに長袖のワンピースを着た黒髪の少女がススッと軒下へ避難する。真っ赤な瞳と笑ったときにキラッと輝く犬歯。
「……ごめんね、待ったぁ〜?」
少女の立つ軒下におっとりとした女の子がトテトテと駆け寄ってくる。軒下に入り少女の横に並ぶとエヘヘと笑って日傘を閉じる。
「ううん。今来たとこッ! ――なんてね!? ティロが遅れるのはもはや日常よ!」
アハハッと楽しそうな笑みを浮かべる少女。ティロは恥ずかしそうに頭をかく。
少女が「行こっか」と手を差し出す。
「うん。行こうか、サキア......!」
2人は仲良く手をつないで駆け出す。ふわっと優しい風が走り抜ける。揺れたカレンダーには8月29日という文字。サキアの9歳の夏の終わりまで、あと2日。
「うへ〜、、あっちぃ!!」
「ちょっと、文句言わないでよジェイク! サキ達まで暑くなっちゃうじゃん!」
うだるような暑さにぐで―っと机に伏せるジェイクにブーブーっとサキアが文句を垂れる。木製の校舎には3人しかいない。カーテンが締め切られているため窓から吹き込む風も弱められてしまう。
「……てかさ、、なんでサキアがいるんだよ!」
「え〜、、サキはティロの付き添いだよ? 夏休み最後の三日間の補修に引っかかっちゃったティロちゃんの、、ネ!」
みょいーっとティロの頬を掴み横に引っ張る。
サキアは案外勉強は出来る方なので補修には引っかからなかった。でも、ティロがジェイクと2人きりで補修を受けるのは可哀想だなーっと思い勝手についてきたのだ。
「……ま、いいじゃん! 皆で受けたほうが面白いっしょ!」
満面の笑みで「ぶいっ!」とピースを作るサキア。元気すぎて見ている方の暑さが増してくる。ジェイクがはぁ、と深くため息を付いてバサバサとノートで顔を扇ぐ。
ガラガラッと木の扉が開かれ、担任の先生が入ってきた。
「――起立、礼! お願いしま〜す!」
号令をかけるのはサキアの役目だった。元気な声が教室に響く。
「あの、、サキアさんは補修じゃなかったよね?」
「気にしないでハロルド先生! サキは勉強したいから来てるの!」
ハロルドがアハッと引きつった笑みを浮かべる。呼んでいないのに来るくせに、呼んだときに限って来ない。本当に変わった子だ。
「……う、うん。いいよね。そういう心がけは。まあ、これで全員揃っちゃったわけだけどね」
サキアたちが顔を見合わせる。
「本当だ! あまりにも普通のことで分からなかったよ!」
びっくり! と両手をバッとあげる。カリエ村は小さな村だ。この学校も各学年3人ほどずつしかいない。1人の学年もあるぐらいだ。
「あー、、なんか代わり映えないね。サキ達ずーっと一緒でしょ? 5年生も6年生も。中学でも高校でも。……転校生とか来ないかな?」
「ばーか。来るわけねえだろ〜、、」
ジェイクが呆れたように肘をついてサキアを見つめる。べっ! といたずらっぽく舌を出しゆらゆらと椅子の脚を使って揺れる。
「分かってるよ〜。だってサキ達、“吸血鬼”なんだもんね」
それはこの村に生まれたときから決まっている運命。さして気にしていなかった。人に生まれるか魔物に生まれるか。サキ達は偶然吸血鬼に生まれたのだ。と、楽観的に考えていた。
――確かに用もなく村の外に出れないとかは不便だけどさ、、
サキアは知らなかった。なぜ吸血鬼たちがこのアルカード峠、人界と魔界との間の僻地に村を構えているのかを。
「あー終わったぁ〜、、。疲れたね、ティロ」
うーん、、とノビをしてティロに笑いかける。ふと時計に目をやる。針は3を指している。しめた、まだまだ遊べるぞ――!
ニヤッと笑いサキアはティロの手を引いて教室からダッシュで出る。
「じゃあねバカジェイク! また明日〜〜」
「う、うっせぇ!! 二度と顔を見せんな!!」
ジェイクの怒った声が聞こえてくる。ニヒヒっと笑みを浮かべ髪を揺らしサキアは走る。
夏はいい。日が沈むのが遅いのは吸血鬼にとって致命的だけど、子供にとっては長く遊べるということ――
(別にいいもん! 日に当たりすぎると塵になっちゃけど、少しくらいなら大丈夫だもんね!)
「よお、サキアにティロ。学校帰りか?」
「うん! でさ、おじさん。……いつものって、ある?」
ニヤッと悪い笑みを浮かべたサキアがそっと青果屋のおじさんに耳打ちする。おじさんはニヤリと笑い返し、店の奥から何やらシーツを被せられた籠を持ってきてサキアに手渡す。
「……気をつけなお嬢ちゃん。これは相当のブツだぜ、、?」
「エヘヘ、任せときなって!」
謎の茶番を始める2人をニッコリと聖母のような笑みで見守るティロ。
これがこの村の日常だ。みーんな顔見知り。平和で仲良しでのどかな村。
そんな平和の崩壊まであと48時間を切った。
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「ふふふ〜ん♪ いや〜、久しぶりだねぇ。街に行くのもさ!」
上機嫌で歩くサキア。手元の籠がゆらゆらと危なっかしく揺れる。中身はりんごだ。真っ赤に染まる果実に思わずツバを飲み込む。
「真っ赤だね」
「うん、真っ赤だね〜」
「血みたいでおいしそうだね?」
「うん、おいしそうだね〜」
なんて。物騒な会話をしながら2人はアルカード峠を下って麓の街、人間たちの暮らす街へと向かう。
目的は夕方の市場でりんごを売ること。カリエ村は外界から途絶されているため、時折麓に降りて必要なものを買う。そのためにはお金がいる。なので、こうして村で採れた果実や野菜を売りに来るのだ。
「でさでさ! どこいく? サキねぇ、最近できたっていう“かふぇ”に行ってみたいな〜」
目を輝かせてうっとりと街の発展した壮観に思いを馳せる。普段は村から出られないが、こうして物の売り買いや“墓荒らし”をする人たちは特例で村から出ることが出来る。そしてサキアは特例を良いことに売り終わって余った時間で街を堪能しているのだ。
(――伝統? 規則? バカみたい。サキはぜーったい村から出る! そして街の男と結婚して裕福に暮らすんだから......!)
ムフフと妄想の世界に浸るサキアをちょんちょんっとティロがつつく。
「……ついたよ、サキちゃん。じゃあ、りんごさん売りに行こっか〜」
「よし! ちゃっちゃと売って、パーッと遊ぶぞ!!」
サキアがぴょーんっと飛び跳ね市場へと駆けていく。
「あ、、待ってよぉ〜」
その後をティロが追いかける。夕焼けに飲み込まれる街。明日も晴れそうだ。
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「……もうすぐ、、か」
「どうしましたか、シスル様」
「いや、こっちの話だ。ゼントは気にしないでいいよ」
読みかけの本に栞をはさみ、魔王シスルは時計に目をやる。文字盤は6を指そうとしていた。そして日付は8月29日。あの“最悪の未来”まで2日。シスルはゴクリとツバを飲み込む。ブルッと体が震え、冷たい汗が背中を伝う。
(……落ち着け、落ち着くんだ。あの未来を見ることはない。だって俺が止めるのだから。そのために、、今日まで備えてきたのだから)
8月31日の夜、人界から騎士団が攻めてきてカリエ村は滅びる。2年前、クリムパニス大墳墓でみた地獄のような光景。そしてそこにはシスルの選択が大きく関わってくる、らしい。
(俺の作戦ミスでカリエ村の者たちを殺す、ということだろうな、、、)
シスルはこの2年間、ありとあらゆる戦略を学んできた。たとえどんな局面を迎えようと対処できるように。
そして失敗しないという自信も身に着けた。きっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。
「……カリエ村、か。聞いたことがないけど、どんな村なんだろうな」
これから戦場になる、見たことのない村に思いを馳せる。きっと村人たちはこれから起こる悲劇も知らず、今日も満ち足りた気持ちで夜を迎えるのだろう。
――絶対に、”最悪の未来”は阻止するからな、、、、
と、見たこともない村、関わりもない村人のためシスルは戦うことを決心する。
どうしてカリエ村に行こうと思わなかったのだろうか。それはきっと、怖かったから。
見たらあの悲惨な未来がマジマジと思い起こされそうで怖かったから......。
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