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1146話 電脳世界のクルアゥル・フィナーレ(1)

「どいてくれっ! 通してくれっ!!」


 そう叫びながら、アザミたちは混沌とする客席通路を駆けていた。もちろんではあるが、ライブ会場の通路なんてそもそも走って移動するようには作られていない。暗くて、狭くて、階段になっていて。そんな三重苦の環境で、それでも出来うる限り急いで向かう。


「アザミっ……この人たちをどうにか、出来ないのでしょうかっ……」

「諦めろ。頼む、諦めてくれ。目の前で死にゆく数人を救ったところで何も変わらないんだ。それなら、見捨ててでも先へ進み、大元を絶ってやる方がよっぽど多くの命を救える……可能性、がある」


 グッと唇を噛み締めるシトラに、そう告げるアザミだって痛かった。本音を言うならばアザミだってその者たちを救いたかったから。通路の両端で、今まさに自らの手に握ったナイフで心臓を突き刺す彼らを冷淡に見ているだけだなんて、まさか出来るはずもない。本当なら、今すぐにでも「やめろ」とその手を掴んで、その頬をぶん殴ってでも目を覚まさせてやりたかった。

 こんな集団催眠のような真似が出来るのはひとつしかない。この世界に生きるもの、ニダヴェリルの地上に住まう者たちすべてを支配する存在―――すなわち、ノアだ。


「疑似的な神だか何だか知らないが、命って言うのは機械的にもてあそんでいいほど軽いものじゃないんだよっ……」


 手のひらに爪を突き立てて、やっとそのやるせなさを堪えることが出来ていた。ようやくその眼を前へと向けることが出来ていた。


「……まったく。アザミ君は相変わらず、辛い役回りをしているねぇ♪」

「王たるもの、というやつですか。エリシアは理解できますか?」

「ボクにはさっぱりだね。メラグロード君もそうだろう?」

「……ええ、理解できませんね。したいとも思いませんし。でも、だからこそ」


 メラグロードは、何も言われずともいつの間にか先頭に立って進んでいるアザミの背中を真っ直ぐ見つめ、ふぅーっと息を吐き出した。

 王たるもの……。それは、アザミ・ミラヴァード、魔王シスルのあるべき姿というやつだった。王様として、世界を治めるものとしてどうあるべきか。この世界に生きるものすべての命を背負うのが王であるならば、その責任をいかに果たせばいいのかと。そんな答えの出ない問いを、今でもアザミは律儀に守り続けていた。

 だからアザミは決して自ら人助けに動くことはしない。例えば、道の端で飢えている子供がいたとしても、アザミは決して手を差し伸べたりはしない。シトラ・ミラヴァードはそれを「冷たい」と言う。しかし、アザミはその文句に決まってその首を横に振るのだ。


『……一を助けるということは、十を助けるということだ。逆に言えば、十助けられない奴は決して一を救っちゃいけないんだよ』


 曰く、そうらしい。シトラはそれを、不器用な優しさだと思った。確かにどこか冷たくて、屁理屈のように聞こえてしまうけれど。でも、それは決して間違ったことじゃ無いと思えたから。

 それが王たるものの在り方だった。王として、自国の民を‟全て”救うだなんて到底不可能な話。ならば考えるべきは‟出来るだけ多くの”民を救うことだ。そのために避けては通れない取捨選択という、残酷な行為をするのが王なのだ。臣下や民は理想を語り、しかしその理想を踏まえたうえで、現実を採択するのが王という役回り。


 だったらそんな王冠、誰が望んでその頭に載せたいと思うだろうか。そう言った意味では、エリシアは長く世界を見守って来た者として、到底御免だと笑うのだった。


 それは今回、今起きている状況でも同じ。目の前で命を絶っていく者を数人止めたところで何も変わらない。むしろイタチごっこ、その連鎖はどうやったって止められないだろう。たった4人で、この不条理な流れなんてものは絶対に覆し得ない。

 ならば、視界にある百の命を見捨てたとしても、この大元を倒してこの連鎖を食い止めてやる方がよっぽど効果的だった。それが、王として下したアザミの選択。……あるいは、かつて王であったからこそ出来た選択なのかもしれない。きっとシトラだったら、勇者であった彼女なら、目の前で失われていく命を前に、それを無視するという選択なんて出来なかっただろうから。


(ボクだって、3万年生きてようやく出来るか出来ないかだよ。ふふっ、ちょっと怖い、なぁ♪)


 妖狐の血の混じる彼女ですらこれなのだから、一体人生を何周やればこの選択に行きつけるのかと。エリシアはアザミの在り方に、ある種恐怖のようなものすら覚えた。思わず笑みを浮かべた口元には、微かに震えが。


(この状況を生み出したのは間違いなくノアだ。確かクグツさんも言っていたっけ。この世界ではノアが絶対で、もしノアが‟人を殺せと言ったら躊躇いなく実行する”って。なら、そのノアに‟自害しろ”と言われたら……チッ。どこまでも狂った世界だよ、ったく!)


 駆けながら、乾いた舌打ちはチルの歌声にかき消された。そう言えば、明るい舞台の上から暗い客席は見づらいと聞く。だから、彼女は気が付いていないのだろう。今、このギャラリーでどんな惨状が起きているのかなんて。分かっていたら、こんなに平然とライブを続けられるはずがない。いいや、神代兵器だから命の価値は少し違うかもしれないけれど、でもきっとそうだと信じたかった。

 

 舞台上で笑顔を振りまいて、歌って踊る少女と、客席で次々に命を絶っていく観客たち―――なんて。

 一体どこのカオスだというのだ、ここは。その場に居合わせているだけで気が狂ってしまいそうだった。この状況を何とかしなければ、という正義感のようなもの……もしくは、今まで数多の戦場で積み上げた経験という免疫がなかったら、きっと耐えられなかっただろう。その点では、この世界魔法に来たのが百戦錬磨の4人だけでよかった。前の世界魔法みたく新人がいたならばもっと気を配らなきゃいけない点は増えていただろうし。


「ねぇ、アザミ。これはもしかしなくても管理局の方々が仕組んだこと……なのでしょうか。だって、ノアを管理しているのは……」

「……可能性であれば一番高いだろうな。この事態を引き起こせるのがノアだけで、そのノアを管理しているのが管理局なのなら、‟実行できた可能性”という点で犯人はおのずと一つに絞られてしまう。特に、ノアを動かせた唯一の人物にな」

「それは、やはり……クグツさん、でしょうか」

「……ああ」


 認めたくは無かったし、疑いたくは無かった。見知った人間を悪く思うのはやはり心が苦しいものだ。こればっかりは慣れないし、慣れたくない。

 クグツと言う男は管理局の長官の座に座る人間だ。見た目は紳士的な老人、まさに老獪といった感じの人だった。アザミはその姿に、魔王時代に自分の側近だったゼント・フィルメイジという男を思い出したほど。

 ノアというハイパーコンピューター、疑似的にでも神と呼ばれる機械仕掛けのそれを絶対とするこのニダヴェリルにおいて、それを管理する管理局はいわば絶対の代行者だった。そして、そのトップに立つクグツはまるで王様のよう。


「犯人なのか、だとしたら何を企んでこんな真似をしたのか。分からない点は多々あるけれど、とにもかくにも本人に直接確かめないことにはな」


 そう言えば、一週間前、クグツは侍従のジュノウを連れてチルに‟挨拶”なんかしに来ていなかったっけ。このライブは管理局がスポンサーについていて、デルフィニウム歌壇場を貸し出したのも管理局。だからクグツはその挨拶にチルを尋ねに来たと言っていたが、今思い出してもそれは少し違和感だった。……やはり、この件の黒幕は管理局、クグツか。


(でも、だとすると引っかかるのが……なぜ、管理局も無人だったのか、なんだよなぁ)


 管理局がこの件を仕組んだのなら、どうして彼らはここに誘われたのだろう。無人の管理局本部を見るに、恐らく彼ら彼女らもここに居る人たちと同じよう、ノアの声に従って自ら死を選んだのだろう。このデルフィニウム歌壇場まで誘われて、そこで死した。……もし管理局が黒幕なら、それはやはりおかしい。

 思えば管理局の中で最大の部署である、自警団のリーダーにあるカジカもノアに支配されていたみたいだったし、管理局が何らかを目論んで地上の人間を皆殺しにしようとしたとして、自分たちの味方まで殺す理由は……なんだ。


(もしや、これが‟選別”? 地上の人間を選別するって星爵が言っていたが、もしかしてこれが選別なのか? いや、これは選別というよりかは一方的な虐殺だろ……)


 管理局が無人になるほどだ。選別……生きるべき人間と、用済みの処分者を仕分けているにしては、あまりにも基準が厳し過ぎやしないだろうか。恐らくこの状況を見るに、ノアに生きるべきと選別された人間なんていないように思える。


「……それこそ、クグツさんが自分のみを生き残らせて新たな秩序を構築しようとでもしていない限り有り得ないか。もしくは、地上の人間を消して代わりに地下の人間を住まわせる? いや、一体それで何の意味があるんだよ」


 考えれば考えるほど、状況は複雑で混乱が深まっていくばかり。すでに彼らの足はアリーナに降り立って、チルのステージはもうすぐそこだというのに。アザミはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしるしか出来なかった。


 というか、だ。そもそも言えば、この惨状と化し(クルアゥル・)た歌壇場(フィナーレ)を現実のものとした元凶がノアであるという前提の前に、ノアの本体はアザミたちが確かに破壊したのだ。やはり、考えれば考えるほどドツボにハマっていくような……混沌が極まっていくような、そんなどうしようもない感覚だ。


「……そう言えば、アザミ君。君は、クグツという男が黒幕なんじゃないかって言ったね?」

「ああ。といっても、その可能性が高いってだけだがな。どうしてだ?」


 もうステージは目と鼻の先というところで、ふとエリシアからかけられた声にアザミは振り返り首を傾げた。今更、どうしてそのようなコトを問うのだろうと。いつものおふざけか、冗談めかした何かからかいか。

 確かに、エリシア・アルミラフォードという少女はそう言った冗談めかした真似をよく好んでいる少女だ。だから一部じゃ女狐なんて呼ばれているのだが、でも。


「……何か匂うのか?」


 それでも、こういう時に空気を読まない悪戯に哂うような少女では無いとアザミは知っていた。

 いつの間にかエリシアの肩まで伸びた綺麗な黒髪にぴょこっと生えた狐の耳。そして、その臀部より伸びる美しき九重の尻尾が、その状況を真剣なものだと告げていた。

 狐は人間よりも視覚、聴覚、そして‟嗅覚”が幾倍にも優れているという。そんな妖狐の血が混じったエリシアの方が悪魔の血混じりとはいえ、人間のベースが濃いアザミよりも先に何かに気が付くのは自明なのだろう。


「……あれ」


 ただそれだけ言って、エリシアは暗がりの中、最前列を指さした。もし今日、このステージが普段通りチルの明るく楽しいライブステージだったのなら、きっとプレミアがつくほどの特等席になっていただろう場所だ。


「あそこに何か……」


 その指さす席には、確かに人影が見えた。誰か座っているのは確か。

 その影にハッと何かを察したアザミは急いで駆け寄り、そして最前列に躍り出てその人影を覗き込んだ。


「クグツさん、だ」

「まさかっ……! ではやはり管理局がこの惨状の―――」

「―――いいや。いいや、違う」


 そこには確かに、人影があった。剣の柄に指をかけたシトラを制止して、アザミはグッと唇を噛み締める。

 そこには確かに、人影があった。ただし、それが……‟生者のそれ”だとは誰も言っていない。


「……死んでるよ。他の奴らと同じように、自分で自分の心臓を一突きしてな」


 何とも安らかな顔で、きっと断末魔の僅かすらなく彼は逝ったのだろう。その表情には苦しみとか怨嗟とか、後悔とかは微塵も見られなかった。ノアの支配……その下にあったのは、そう言えば彼も同じ。‟ノアより殺せと言われたら殺す”、そう答えたのは他の誰でもない、クグツだったのだから。


「そん、なっ……」


 悲痛な顔で口元を押さえ、必死で嗚咽をかみ殺すシトラ。戦場で数多の死は見てきたが、それは、言い方は悪いが見知らぬ有象無象の死でしか無かった。見知った者の死というものは、だからこそ酷く新鮮で、何度経験しても吐きそうになる。これまた、慣れない。とはいえ慣れたくも無いが。

 

 管理局ですら、カジカですら……そして、クグツですらノアの選別によって命を落とした。

 となれば、一体この惨状を引き起こしたのは、そしてその裏でほくそ笑んでいるのは一体何者なのか。


(だが、今はその前に―――)


 後ろを振り返れば、未だにぞろぞろとデルフィニウム歌壇場に入ってくる人の流れが見えた。つまり、現在進行形でノアの支配は、その自死命令は有効ということ。


「裏を返せば、まだ救える命は残っている」


 ならば、今ここでその真実とやらを真剣に考察するとか、そんな時間は無駄でしか無いだろう。アザミはクグツを前にそっと祈りだけ捧げて、そしてついぞ目の前に来たチルのステージを見上げた。


「これがかぶりつきというやつか。ハハッ、こんな近くから見ることになるなんてな」


 何が起きているのか、何故このような事態になっているのか。

 その答えはまだ全然分からなくて、むしろ考えるほど複雑にグルグル巡って惑っているけれど。

 何となく、アザミはその答えがこの舞台上にあると感じた。神代兵器と世界魔法、そこで起きる不穏にリンクを覚えてしまうのは、まあ勘のようなものだ。けれど勘だって時には当たるのだから、わりと馬鹿に出来ない。


(そもそも、だってここの連中はこのステージに誘われてデルフィニウム歌壇場にやって来るんだからな。そのタネ、からくり、あるいは元凶ってやつはきっとこの上にある―――)


 そういうわけだから。アザミは柵を飛び越えて、そしてそのままひとっ跳びでチルの歌い踊るステージ上にひらり乗った。まさか……あの時憧れ、嫉妬した輝くステージの上に自分が乗る時が来るなんて思ってもいなかった。


 もっとも、こんな形で無ければ幾分か楽しむ余裕はあったのかもしれないけれど。

※今話更新段階でのいいね総数→3722(ありがとうございます!!)

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