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1130話 地底談話のミステリウム(1)

 夜。皆が寝静まった頃、そして眠らない街ニダヴェリルですら流石に閑散としている深夜と朝方の合間ほど。


「……穴の下って、ここのことだよな?」


 アザミ・ミラヴァードの姿はそんな誰も居ないシンとした市街地にあった。昼の眩しさが嘘のように静まり返ったそこは、つい先日、朝の散歩で見つけた場所である。件の、穴が開いており地下の世界と期せずして繋がってしまったあの場所だ。その時、つい二日前は人間一人程度の大きさの穴に対して5人もの警備兵が立っていたのだが、今はその余韻すらない。


(さすがだな。今はすっかり穴も塞がっているし、ここで何かあったなんてまさか誰も覚えていないだろう)


 確かこの場所のはずなのに。アザミが立つそこにはしっかりとした足場があった。落とし穴になることも叩けば響くわけでもない。まるで、元よりそこに穴なんて無かったかのように、そこはすっかり修復されてしまっていた。


(まあそれもそうか。この世界は、管理局サマは地上の人間と地下の人間を交わらせたく無いんだもんな)


 その繋がりとなってしまいかねない不測の穴なんて当然、すぐにでも塞ぎたかっただろうし、そもそも穴が開いたこと自体が管理局の想定外だったはずだ。そう考えると、これだけ手早く復旧を進めたのも頷ける。


「さて。ルートを塞がれてしまったらそもそも俺は約束した場所へ辿り着けないわけだが……」


 ちょうど今日の昼間、訪れた地下の世界でチルという神代兵器の少女にとてもよく似た少女から紙切れを一枚こっそりと渡された。それに書いていたのが、今晩のこの時間に穴の下で待っているということ。つまりは秘密の呼び出しだ。

 神代兵器と出会い、彼女らから世界魔法の鍵を譲り受けてこの世界を閉じることを旅の目的としているアザミたちにとって、その取っ掛かりとなるかもしれない機会なんて喉から手が出るほど欲しいもの。

 しかしこの世界を開いたチルという神代兵器の少女は昔から憧れていたアイドルとしての幸せを全面に謳歌している。まあそんな彼女がまさか素直に「この世界魔法を終わらせてもいいよ」だなんて言うはずがない。そのため、さてどうしようかと悩んでいたところに追い討ちをかけたのが、‟もう一人のチル”の存在だ。地上でキラキラ輝くアイドルをしているチルが存在する一方で、アザミたちは地下の世界でみすぼらしい格好をした‟チル”に出会った。

 それは、他人の空似と呼ぶにはあまりにもよく似すぎている。双子説も無くて、分身説、信じられないけれど奇跡の一致説などは思いつくが……それでも、考えるだけ混乱が深まるばかり。


 そんな状況で、当の‟地下チル”から秘密裏に呼び出されたわけだから、まさかそれに乗らない手は無いと。

 そんなわけでアザミは約束した場所、ちょうどこの間まで穴が開いていた件の現場に訪れたわけだ。

 

 が、それがすっかり修復されて元通りだったためにその上で腰に手をあてため息を一つ。さて、どうしようかと。


(まさかもう一度穴を開けて地下へ行く、なんて無茶をするわけにもいかないしな)


 そうすることが最も単純な近道なのだろうが、ただ管理局に睨まれかねないというリスクを負ってまですることかと言われたら微妙。同じ場所に、しかも修復した直後に似たような穴が開いたとなれば流石に人為的なモノを疑うだろうし。


 じゃあどうすればいいのか。もしやこのまま約束をドタキャンするしかないのか。

 いいや、そんなことは無い。都合のいいことに、アザミ・ミラヴァードは魔術師である。


「確か見下ろした穴の深さは数十メートル……40メートルあたりで妥当ってところか。なら―――」


 最近あまり使用していなかったため少し不安はあるが、でも大丈夫だ。決まった属性の魔術に強みを持つのではなく、‟様々な魔術の素養を持つ”のがアザミの強み。である限り、まさか一つの魔術でも失敗するわけにはいかない。


「―――座標転移術式ムーブポイント!」


 久方ぶりにするその詠唱。呼応して、アザミの身体がパラパラと数式に転換されていく。

 そして、


「……っと、危ない。40メートルは流石に余裕を持ちすぎたか。まあでも、この程度の高さからなら落下しても問題ないがな」


 次の瞬間、アザミの身体は空中に再構築された。といっても、真上の方の空中じゃない。それは真逆で、真下。ちょうどアザミが立っていた位置より40メートル真下に、アザミ・ミラヴァードという存在を構成する式が再構築されたのだ。

 できれば地面に丁度良くスタッと降り立てればよかったのだが、残念ながらあの穴から見下ろした地下の世界は50メートルほど下にあったらしい。足りない10メートルの差分、アザミは空中から普通にストーンと落下することになった。普通の人間であれば骨折、運が悪ければ死ぬだろうところをこの男、平然と着地して涼しい顔なのだからやはり異常である。


 ‟座標転移術式ムーブポイント”。それは疑似的に空間移動テレポーテーションを実現する魔術である。

 前提として、魔術にはいくつかの不可能術式ノーテクストマジックというものがある。魔術とはあくまで「人間が神の御業を真似したい」という目論見で作られたもの。なので、人間の身ではどうしてもたどり着けない領域というものがあるのだ。

 それは例えば透明化。あるいは例えば時間逆行。そして例えば、空間移動テレポート

 しかし人類は狡猾である。不可能なら、‟ほんの少し解釈を変えて”、疑似的に可能にしてやればよいと。

 そんな考え方で、しかし代用の魔術を実現させるのだから恐ろしい。


 それが先ほどアザミの用いた‟座標転移術式ムーブポイント”である。本来は自由自在に好きな場所へワープできる空間移動テレポーテーションだがそれは残念なことに不可能術式ノーテクストマジックなので、「上下前後左右に」「あらかじめ指定した距離だけ自身を移動させる」という制約の下に生み出された‟疑似”テレポーテーションがそれだった。まあでも、大抵の魔術は何らかの制約や縛り、限定条件と呼ばれるものがある。魔術師同士の戦闘では相手のそれを先に見抜いて突いた方が勝つので、ある意味不完全だからこそ完成されているみたいな点もある。


 なんて、それが久しぶりに用いる魔術という概念。このように様々な面倒に縛られた魔術の一方で、魔法は精霊さえいればわりと自由に勝手が出来るのだから、そりゃあどちらも使えるアザミとはいえ普段は魔法を好んで使うよなという話。魔術は魔術で‟魔術式があるゆえ緻密な狙い撃ちが出来る”であったり、‟精霊の如何に関わらず、いつでもどこでも同じことが出来る”だったりと、それはそれで強みはあるのだが……ここから先はあまりにもオタッキーな内容なので割愛しよう。


 というわけで、話はアザミが地上より座標転移術式ムーブポイントを用いてポンッと空中に現れ、そして危なげはありながらも地下の世界へ再び足を踏み入れた場面に戻る。こうすれば穴を開ける必要もなく、あんな物々しい北西区画の‟地下への入り口”なんて場所を通る必要もなく、地下の世界へ不法侵入が出来るわけだ。

 

「……魔術なんて久しぶりに見たよ。セイラムお兄さんとミリャお姉ちゃんが練習しているところを見た以来かもねぇ」

「その名前が出るってことはやっぱり……アンタは神代兵器ってことだな」


 魔術をもって突然現れたアザミを訝しむことも驚くことも無く普通に受け入れて微笑む少女が、傍らの石の上に座ってジーッとアザミの方を見つめていた。その口ぶり、そして何よりもその顔。やはりそれは神代兵器、チルという少女その人だった。恰好こそあの華やかな舞台上と比べると格段に質素だが、その顔立ちや纏う雰囲気はチルとそっくり。いや、本人のそれを一致だった。


「……こうして近くで見て確信したよ。これは決してただのそっくりさんなんかじゃない。双子でもない。紛れもなく同一人物だ。だが、地上と地下との二つの世界で生き分ける理由も見当たらない。それなら一体、アンタは何者なんだ?」


 アザミの視線は真っ直ぐにその少女へと注がれる。闇の中、チョロチョロと水の流れる微かな音だけが小気味よく聞こえるその空間で、ミステリアスにたたずむその少女へと。


「チルはチルだよ」


 その問いかけに対する答えは、ごくごく当たり前で、だからこそ‟違和感しかない”ものだった。


「今、お兄さんの目の前に居るチルもチル。そして、恐らくお兄さんが会ったっていう地上でアイドルやってるチルもチルなんだもん」


 そうだから、そうとしか答えられない。納得のいく説明なんて有るはずがなかった。

 なんせ、他ならぬチル自身も今自分の身に起きている現象について理解が出来ていなかったのだから。


「……ねぇ、お兄さん。お兄さんはどこまで知っているのかなぁ? チルのこと、‟地上のチル”のことを一体、どこまで知っているの?」


 闇の中より謎めいて揺らめく彼女の目。その探りを前に、アザミは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。そして改めて確信する。


(ああ、確かに分かった。これは間違いなくチルだ。俺たちが今まで出会ってきた、紛れもない神代兵器だ―――)


 ぶるっと背中に感じる悪寒。思わず漏れ出てしまう笑み。それは、神代兵器と相対した時に覚えるプレッシャーと同じものであった。見かけは普通の女の子で、格好は地下の民らしくみすぼらしいものだったけれど。それは到底、‟普通の女の子”だなんて可愛らしいものには思えなかった……。

※今話更新段階でのいいね総数→3699(ありがとうございます!!)

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