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1128話 逆天動地のラビリンス(1)

 地下の世界に来てまず思ったのが、‟案外普通だ”ということだった。

 まあ普通と言っても人それぞれなわけで、まだ曖昧のまま。つまるとこと、想像していたようなスラム街だとか貧民街だとか、いわゆる低層の掃き溜めみたいな場所では無かったということだ。


 その扉は屈強な機械兵二体によって厳重に守られていた。ガチガチに固めるより、簡素に守る方がむしろややこしくないということなのか。一本道だし入り口は一つで狭いし、それで十分なのだろう。

 その入口よりアザミたちは地下の世界の概要を見回す。そこは、一言で言うなら‟夜の祭り”だ。明かりの足りない地下ゆえに、街の至る所にロープが張り巡らされて、そこに提灯がずらりと連なって辺りを照らしている。街の雰囲気も暗いとかじめじめしているとかは無くて、むしろ活気のあるそこは本当に祭りの屋台でも立ち並んでいるかのようだった。


「見上げたところに岩壁が無ければ、まさかここが地下だとは信じられないだろうな」

「ええ。まるで祭囃子の夜を映した一幕に思えます」


 それには少し拍子抜けする。が、同時に安心もする。革命の萌芽だとか不穏の巣窟だとか、ここに来るまでは一体どれだけアングラな場所かと身構えていたから。

 それが、意外とワイワイ活気のある街だと知って安堵しないはずがない。ただ未知ゆえに根も葉もない噂が立っただけ、そしてそれを訂正する者もいなかったから単に独り歩きしただけか。


「……と、思いたいけどねぇ♪」


 けれど、そんな光景にも「なんだかにゃ」なんて懐疑的な目線を向けるエリシア。


「まあ俺だって完全に信じたわけじゃないさ。無論、まだ俺たちが見ているのは‟表面”に過ぎないからな」

「それを聞いて安心したよ♪ いやぁ、しばらく一緒に仕事をしない内に耄碌しちゃったのかって思ったよ?」


 アザミは「はぁー」、と一息吐き出した。当然だ。まさかこんな見かけだけで完全に彼らを無害と決めつけ安心しきるほどアザミは平和ボケしていない。第一段階は、その印象はとりあえず良さげだという、ただそれだけなのだから。


「ちなみにカジカ。これって地下じゃ普通の、ありふれた光景なのか?」

「そうですねぇ。私が前に来たのは二年ぐらい前ですけど、その時も似た感じでした! 別に変なことは無いですよぅ」


 カジカもそう言うのだから、猫をかぶっているだとか無害に振る舞っているだとか、そういうことじゃ無さそう。今日がたまたまそのまま祭りの日だってことも……まあ、無いだろう。


「それじゃあとりあえず視察をしますけど、その前に。絶対守りやがれなことが幾つかあります」


 扉の前、さあようやく地下の世界へ本格的に踏み出そうとその前に。アザミたちの前に立ち塞がって、カジカは指を三本立てた。


「一つ。決して仲良くならないでください」

「それは、俺たちが地下の住人の味方をする可能性があるからか?」

「そういうのもありやがりますけど、それ以前にここの住人は極力地上のことに触れさせたくないんですよね」


 だから仲良くはするなと。そもそも仲良くしたところでどうにもならないのだから。連れ帰られるわけも無いし、救えるわけでもない。むしろ変に介入してアザミたちが地下に同情なんてしてしまう方が、管理局からすると厄介だった。


「まあでも、いくら情報統制をしてもどうやってかここの住人は地上の情勢を仕入れているんですけどね」


 そう言ってやれやれとカジカは肩をすくめる。なので、‟地上のことを知られたくない”というのは建前みたいなもので、本音は別にあるのだろう。


「……まあ、分かった。それであと二つは?」


 幾つかとは言ったが、カジカの指が三本から二本になっているあたり、あと二つなのだろう。


「二つ目は何も与えないでくださいってことです」

「それは情報を含めて、具体的な物とかってことか?」

「武器はもちろん、御菓子なんかもです。でなければ地下を地上と隔絶した世界にした意味が無くなりますんで」


 どんな些細なものですらそれは許されないと、カジカは顔の前で大きくバツ印を作る。それは何となく分かる気がした。武器供与がNGなのは革命とか不穏めいたことが言われている今、理由を考えるまでもなく当たり前のことだろう。御菓子とか小さな玩具ですらダメなのは、地下の世界にはそれ相応の立ち位置にあって欲しいからだと思う。つまるところ、地上のおさがりしかない‟地下”でなければ都合がよくないのだ。それは地上の、支配者のエゴ。けれど客人でしかないアザミたちがそれを否定したり無視したりは出来ない。その約束も「分かった」とアザミは頷いた。


 そして、三つ目。


「最後に、この世界の住人に話しかけないで欲しいんですよ」

「話しかけるな……っていうのは、喋るなってことか?」

「いや、まあ向こうから話しかけてきやがったら別ですけどね。それを無視させるのはこっちも良心が痛みますし、その場合はまあいいです。けれどアザミさんの方からここの人間に声をかけたりしやがらないでください」


 そう固く念を押して、カジカはグッと握った拳をパーに開いた。これで三つの約束事はおしまい。仲良くするな、何も上げるな、話しかけるなと。


「もう一度確認なんだけど、向こうからこっちに話しかけてきた分に関しては答えてもオッケーなんだよね♪」


 それはテストにおいて抜け道を見つけた悪戯っ子のような、むふふとした笑みで確認を取るエリシアのもの。こじつけや言葉遊び、抜け道を探して容赦なく突っつくなんて真似に関してはわりと巧者なエリシアだ。こっちから話しかけちゃダメなら、そもそも地下の世界で得られる情報がかなり制限されてしまう。見て回るだけ、つまり視覚情報だけになってしまうから。

 けれど‟こちらから”が駄目でも、向こうから来る分には拒まないでもよいと言われたのなら。そんなもの朝飯前、簡単なことだった。


「……まあ、いいですよ。ただし―――」


 そんなエリシアにカジカはコクリと頷いた。しかし、それはそんなエリシアの企みすらどこか見超えたような笑みであった。


「……この地下の住人の方から私たちに声をかけてきたら、の話ですけどね」


 その言い方にニコニコと悪戯っぽく微笑んでいたエリシアは「へぇ」と低く呟いた。アザミも「その言い方ってことは」と少し引っ掛かりを覚える。だってそれは確認内容を肯定したというよりも、やれるものならやってみろと挑発っぽい雰囲気だったから。


 そして、そのアザミの覚えた違和感は正しかったと、彼らはすぐに知ることになる。


「地下の世界は水路が張り巡らされていやがりまして、それが物流や人の移動を支えていやがるんですね。あっ、でもこの水は地上で不要になった汚染水を浄水したものなんで、綺麗っちゃ綺麗ですけど、飲むのはおすすめしません」


 なんて、カジカはアザミたちを案内しながら地下の世界について説明をしていく。まるでガイドみたいにノリノリだ。その説明を聞いているだけで十分地下の世界には詳しくなれそうだったし、実際二時間ほど経過する頃にはわりと全体的なところが見え始めていた。


(だがこれは、あくまでカジカが……管理局が‟見せたい”地下ってやつだろ? 表面的で、都合が悪いことは隠したままだ。俺たちが知りたいのはこういうのじゃなくて、もっとこう……)


 確かに全体像も把握したいが、それ以上にもっと踏み入ったことを知りたかった。例えば革命と噂があるが、反逆者の組織なんてものがあるのかどうかとか。地下の世界に、地上からの圧力なんてものがあったりするのかとか。そう言う踏み込んだ内容を聞き出して真実の姿を導き出したいのに、これじゃあ地上が‟こうあるべき”と演出した地下の世界しか知れない。


 そのためにも、ここに住まう人間から情報を仕入れたかった。しかし、カジカのほくそ笑んだ通り、地下の住人はアザミたちを見ても目を逸らすだけで、そもそも近づこうとすらしないのだから話しかけられるなんてその予感すらなかった。むしろアザミたちが歩いていると距離を取ったり路地裏に隠れたり。


(まるで腫物だな。よっぽど触れたくない、関わりたくないと見える)


 チラッと観察すると、それに気づいた瞬間ササッと目を逸らされる。それだけならまだいい方で、多くは青ざめてそそくさとどこかへ消えてしまうのだから。


(地上の人間に関わることが何らかの罪になるとか、そんなあたりか? あるいは自警団のトップであるカジカを恐れているか。何にせよ、この雰囲気じゃまさか地下の人間の方から話しかけてくるなんてあり得ないだ―――)


 だって近づくことが出来る予感すらないのだ。仲良くなんてまず無理そう。このままカジカの、あるいは管理局の思惑通り、地下の世界について表面的にしか知れないまま、特に不穏の欠片すら掴めることなく終わってしまうのかと覚悟したその時だった。


 辺りを見回しながら歩いていたアザミの視線が一人の少女を捉える。薄汚れた服装で、みすぼらしい雰囲気を纏った少女だ。この地下じゃどこにでもいるような格好で、それがひときわ目立っていたから目を引いたとかじゃない。現にアザミだって一瞬はそれを‟どこにでもいるただの女の子”としてスルーしそうになった。


 それなのに彼の目に留まったのは、アザミが目を合わせても何やら不安そうな顔をするだけで目を逸らしたりしなかったから。隣の老婆は嫌なものを見ているみたいにブツブツ何か言いながらそっぽを向いたというのに、その少女は違った。

 その違和感がまずきっかけで。そして、一度スルーしかけた視線が二度見するみたいにそれをはっきりと見やったのは。


「―――なんで、アイツがここに居る!?」


 その顔に見覚えがあったから。その瞬間、アザミの中から冷静な判断力だとかの‟場を取りなす”つもりが消えた。「ちょっと! 話しかけないって約束したはずです!」と叫ぶカジカを振りほどいて、アザミはズンズンとその少女の方へ向かって、そして彼女の被るみすぼらしいベールをバッと勢いよく剥ぎ取った。


「あっ……あのぅ、えっと……」


 その突然の出来事に困惑する少女。風に舞うベールに伸ばすべきか、それとも急に曝されることになった自分の顔を画すべきか、迷う手がぎこちなく動く。が、それに気を止めることなく。アザミはズイッとその顔を少女に寄せた。近くで見て、やっぱりそうだ。


 それは瓜二つというにはあまりにも同じが過ぎた。似ている、空似というレベルじゃない。


「なんでここに居るんだ? ……‟チル”」


 それは地上でアイドルになるという夢を叶えた少女の名前。

 かつて神代兵器として戦場に生きた少女の名前だった。


 そしてそれは、こんな地下の世界に入るはずもない例外の名前でもあった。

※今話更新段階でのいいね総数→3699(ありがとうございます!!)

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