10話(1) 勇者たる覚悟
「最初の行事......?」
「そう。みんなも聞いたことはあるだろ? 『クラス対抗新人模擬戦』ってさ」
双子にとってはまた聞いたことの無い言葉だ。だがそういう知らないことにも慣れてきた。
しかしなぜここまで双子に知識が無いのか。その理由はいくつかあった。まず、親であるユーゴとメアリーがろくに世間について教えなかった、ということがその一つだ。教えなかった理由は双子には分からないが、両親に双子を王都へ行かせる意図はなかったのだろう。連れて行ってもらったことなんて一度もないし、二人の口から王都の話が出たのを、双子は聞いたことがなかった。
しかし、その最大の理由は聖剣魔術学園の生徒層にある。聖剣魔術学園は国内にいくつかある教育機関の中でも群を抜いて秀でた学園だ。ゆえにそこに通う生徒の多くが中等学校で優秀な成績を修めた者たちなのだった。そして、この世界における優秀な生徒は主に血筋で決まる。王族、貴族、騎士などは遺伝的にも優秀である確率が高いし、加えて恵まれているためそれ相応のレベルの教育を幼少期から不自由なく受けることが出来る。だからこの学園は、そのほとんどが高位の身分の子供だったりするところなのだ。
裏を返せばそのような身分の者がいない村、例えば双子の出身であるエッジ村などでは簡単な魔術は教えても、『有名な魔術師』『強い勇者』『聖剣魔術学園について』などは教えない傾向にある。なぜならそんな物を教えても、将来その道に進む生徒が圧倒的に少ないからだ。それならそんな使わない情報よりも、農作の基礎などを教える方が実用的なのだ。
話を戻して、教室。双子は確かに言葉の意味には疎いところがある。だが、それでも何とかやっていけた。他力本願で、だが。そして今回も、
「……新人戦......それって確か第一学年生が入学後すぐに行うやつですよね? 各クラスの力を測る……みたいな」
教室の左前に座っている大柄の男がそう発言した。それによって双子はなるほどね、と言葉の意味を理解する。暗闇の中で最初は何も分からなくても、誰かが道を照らしてくれたらそれを頼りに前へと進めるのだ。それがこの時代での双子の処世術だったりする。なるほどなるほど、と今しがた理解した双子をよそに、ハイルはその発言をした大柄の男に目を細めた。
「君は……確かアンカー・スレイフィール君だったね? ……正解でいいかな。まぁ、簡単に言うとそんな感じだ。詳しい目的はもうちょっといろいろあるんだけど、、君等には特に関係ない」
そう言ってハイルは羽ペンを軽く振った。すると、黒板に浮かび上がっていた文字が一斉に踊りだした。順序を入れ替え、形を変え、そうして新たな文字列を作り出していく。そうして、その文字達が描き出したのは新人戦のルールだった。
【クラス対抗新人模擬戦について】
・S1、S2、A、B、Cの5クラス対抗で行う。
・一回戦はトーナメント(1クラスはシード)
・トーナメントを勝ち抜いた2クラスとシードの1クラスを合わせた3クラスで決勝を行う。
・一回戦で勝利するのに要した時間が短いクラスを決勝でのシードクラスとする。
【試合について】
・各クラス王様を一人決める。
・王様には探知術式無効のアドバンテージがつく。
・相手クラスの王様を先に殺したクラスの勝ち。
皆が黒板に並べられた文字をジーッと凝視していた。基本的に聖剣魔術学園での行事などの詳細は外部には漏らされない。だから新人戦の詳しい内容を知るのは皆平等に今が初めてだった。まぁ、それでも噂レベルでは広がるのでアンカーのように人づてに多少は知っている者も居るのだが。
「―――と、まぁこれがルールだ。……何か質問は?」
「先生、殺すというのはどういうことですか―――?」
再びアンカーが手をあげ、おそらくクラス全員が疑問に思ったであろうことを質問した。試合について、の一番下にさも当たり前かのように書かれた一文。『相手クラスの王様を先に殺したクラスの勝ち』、と。ハイルはある程度予想していたようにその質問にニコリと微笑み、スッと濁すこと無く答えた。
「……言葉通りだ。でも、安心していい。流石に本当に死ぬわけではないから。新人戦はね、魔術によって作られた異空間で行われる。その特殊な空間の中で戦ってもらうから、死んでも大丈夫だ」
「精霊魔法じゃ異空間干渉は出来ても進入はできなかったものを。ハッ、随分と現代魔術というものは便利なようだな。……でも、そういうことならなるほどね。じゃあ安心だ」
アザミとシトラはハイルの説明に余裕の表情を浮かべていた。300年前、実際の戦場で何度も殺し合い、何度も死線をくぐり抜けてきた双子にとっては実際に死なない戦いなどなんの問題もなかった。死への恐怖や戦いへの慣れは当然ある。だが、それは普通なことではない。
―――やっぱり、他のやつらはそうじゃないみたいだな、、、
ハイルの安心していい、という言葉も虚しく、教室は一層ざわつきを増していた。殺しても死なないし、殺されても死なないなら大丈夫だ―――なんて楽観的に思える生徒はほとんどいなかった。なんせ、普通の生徒は、他の皆は人を殺した経験など当然ないのだから。
「どうしてこんなに狼狽えてるのでしょうか……」
シトラは周りが慌てる様子を不思議そうに眺めていた。命令されるがままに人を殺し、戦争において敵を迷うこと無く蹂躙してきたシトラにとって皆の狼狽えは不思議なものでしか無かったのだ。戦争が日常だったシトラにとっては理解できないこと。それを知っているアザミはチラッと頬杖をついたままシトラを見て、ボソッと呟く。
「……誰でも怖いのは最初の一歩目だ。誰かの足跡の上なら安心して歩けるんだよ、、」
アザミの言ったことは概ね当たっていた。皆が恐れているのはその一歩目。戦争に出たことがない、人を殺したことも命を狙われたこともない。そんな中で『大丈夫だから殺してみよ?』なんて言われてナイフを渡され、それをためらいなく突き刺せるような人間がいるならそれは人ではなく、人形だろう。誰かがナイフを刺してくれて、そして刺された誰かが笑ってケロッと起き上がってくれれば不安は晴れる。でも、皆その“誰か”にはなりたくない。それが恐怖で、皆がその一歩目を踏み出せずに譲り合っている現状だった。
そんな中、シトラはそう疑問を口にした。恐怖で足がすくみ、「お前行けよ』と譲り合っている中で一人上から「どうしてそんなに怖がっているの?」と、恐れる者たちを愚者呼ばわりしていると捉えられかねない発言。だから当然、シトラにヘイトが向いた。
「……お前、もう一回言ってみろよ、、」
シトラの言葉を聞いて明らかにイライラした様子の赤髪の少年が立ち上がって、シトらの方へ向かってきた。だが、シトラは一歩も怯まない。アザミと同じくらいの身長の赤髪の少年に睨まれても気にすること無く席に座り、首をかしげる。
「えっ? いえ、、だって本当に死ぬわけではないのでしょう? それなのに何を恐れることが―――」
「―――ッッ、テメェ!」
プチン、とその頭でなにか線が切れた赤髪の少年がシトラに掴みかかろうと手を伸ばした。が、その腕をアザミがガシッと掴んで止めた。
「……妹に何をする気だ?」
「……妹、だァ? はっ、んじゃあよ、お前もそこの女と同じ考えかよ。何もためらわずに人を殺せんのかよ。……気味悪ぃよ。俺はなァ、現実で死ぬわけではないとしても、たとえゲームだとしても同級生で殺し合うなんて御免なんだよッッ―――!」
赤髪の少年が腕を掴むアザミを睨みつけながら、そう言い放った。が、アザミがそれを聞いてビビることも、何か返事をすることもなかった。
「がッッ!?」
何も言わず、アザミが掴んでいた少年の手を軽くひねった。それだけで少年の体がクルッと回り、ビタンッと床に叩きつけられた。軽く投げられて床に転がる少年の上を見下ろし、今度はアザミが言い放つ。
「……おい、お前は何をするためにこの学校に来たんだ?」




