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1105話 虚実皮膜のツインシンパシー

『……名残惜しいけど、次が最後の曲だよっ!』


 その一言に、会場内が「えぇーっ!」と落胆に包まれる。だが同時に、クライマックスに向けた一層の盛り上がりを見せるのだから、やっぱり不思議で分からないものだ。


(さて、特に問題は起きませんでしたね)


 そんなライブ会場の中、手ごろな壁にもたれかかってシトラは軽く息を吐き出す。まあ、とはいえまだ実際に終わったわけではなく、そんな段階で気を抜いていいはずもない。一息つきながらも、油断なんてものはこれっぽっちもしていなかった。


 この盛り上がり、暗がりの中で警備なんて何をすれば……と、百戦錬磨のシトラも最初は戸惑っていた。いくらシトラ・ミラヴァードという少女がかつて戦場を住処とし、戦いにしか生きられない、それしか知らない少女だったとはいえ、その‟百戦”の中にライブの警備なんて戦があったはずもない。つまるところ、全く初見の任務だったわけだ。


(最初はよく分からず歩き回っていましたが、どうやらルール上あまり良くなかったみたいですね)


 そこも最初は分からなかった。警備、というからとりあえずうろうろ歩き回って異変を探していたシトラだったが、途中でまあ少なくない数の人から訝し気な眼をされたり睨まれたり、あるいは舌打ちをされたりもした。こういう時に、ライブの爆音の中でも些細な音を拾ってしまう地獄耳は役に立つらしい。おかげで、自分の行動がズレていることを早くに知れたのだから。

 常識的に考えれば、ステージ上のライブを楽しんでいる最中で視界の隅をチラチラ歩き回る輩がいればイラつきもするだろう。だが、その常識はこの世界の常識であって、そもそもシトラの知る中には無かったのだから……仕方ない、と擁護することも可能。けれど、この世界の住人にとってはシトラの事情なんて関係ないし、そもそも知るよしも無いし。


 そこからは今みたいに、見晴らしのいい場所から全体をジーッと見つめる形式に変更した。警備、なんて曖昧な目的で来ている以上、純粋に楽しみに来ている客たちを邪魔するわけにもいかないし。


(それに、私であれば些細な挙動でも怪しい方は見分けられますし)


 平然と言っているが、まあたいそうなことである。アザミと同じだ。何者が悪を企てるかは分からないが、素人であれば間違いなく、悪事の際に何らかの気配を発する。例えば敵意、例えば殺気。そういった類のものには戦場で幾度となく触れてきた。むしろそれを感知できない者から死んでいくのが戦場だ。どこに敵が潜んでいて、敵が何を仕掛けてくるか分からない戦場。兆しを読めないものはみすみす敵の罠にかかって命を落としていく。それを‟住処”なんてものにしている時点で、アザミもシトラもその辺の感知力はずば抜けているというわけだ。


(物理的な距離はどうしようもないですが……そこは私たち、一応5人いますし)


 カジカはどうなのか分からないが、それでも自警団のトップ。弱いなんてことはないだろう。もし彼女がポンコツだったとしても、こちらには4人いる。しかも上記の事情ゆえに悪事を未然に食い止められるアザミとシトラ、そこに加えて五桁の年月としつきを生きたエリシアとメラグロードだ。経験値の量は、それはもう計り知れない。今宵、悪を企てた者は不幸が過ぎるだろう。なんせ、これほどのメンツがこの中規模の会場に集まっているのだから。


(何やら途中で不穏な出来事があったようですけど、そこはアザミがしっかりと解決してくれました。流石、アザミです。まったく惚れ惚れするほどの‟巻き込まれ体質”ですね)


 そんなことを考えながらクスクス微笑むシトラ。そんな褒められ方をしても嬉しくないアザミであった。遠くで一つクシャミの音が聞こえたのは、きっと件の誰かさんによるものだろう。感知力。流石である。


 それはさておき。もちろん、シトラも距離の離れた悪の芽には気づいていた。それほどまでにあの不審者の殺気はバレバレだったのだ。スモークと暗闇、色とりどりのサイリウムに人の数という詰め詰めの状況の中でもばっちり分かるぐらいには、彼は素人だった。

 

 まあ、だからこそ防げたというのもあるのだが。

 

 残念ながら、シトラは反応できただけで間に合いはしなかった。いいや、正確に言えばこの距離でも阻止は出来る。だが、‟ライブの進行に支障をきたさない”という条件を満たしつつ、はまず無理。聖剣フィルヒナートで狙い撃ちをすれば死傷騒ぎになるし、この会場ごと変形させる勢いで一撃を放ち、そもそもの襲撃を取るに足らないものに変えてしまうなんて手もある。

 だがそれをすれば間違いなく、このライブはそこでおしまいである。そこまで依頼されたわけじゃ無いが、でも。


(チルさん……。神代兵器の方と言えば皆さん強く、そして皆さん遍く戦場に近い場所に居ました。それなのに彼女は、こんなにも眩しい場所に居る……)


 楽しそうに踊り、幸せそうに歌い。眩しいステージの上で笑顔を振りまく彼女は、まるで別世界の住人のようだった。まさか自分と同じく、かつて戦場に生きた少女であるとは到底想像もつかない。自分と同じ、いや自分以上に長い時間を戦場で過ごした彼女が輝く舞台の上に立っていて、自分はそれを観客席から見つめている。


 その光景は不思議で、それでいてなんだか寂しかった。同じなはずなのに、違ってしまった彼女になんだか複雑な感情を覚える。それは皮肉にも、アザミと全く同じ類の嫌悪感だった。


 神代兵器と関わっていく中で、敵としてでも味方としてでも、どこか親近感を覚えていたのは、きっと生きた時代は遥かに違っていても、生きた場所が似ていたからだろう。だからこそ他人事とは思えなかった。彼女たちの物語に深入りしてしまった、のだろう。


 だから、一人夢を叶えて幸せを歌う少女は……羨ましい。

 傷をなめ合う。その枠を離れた彼女を、妬ましいと思ってしまうのだ。


 アザミと同じく、いやそれ以上に深い深淵を見てきたシトラはよりいっそう。


『みんなっ! 今日は本当にありがとうねぇ!』


 そんなことを振り返っているうちに、どうやら舞台は終わったようだ。割れんばかりの拍手と喝采。


「あれ? 私……」


 それに釣られたのか、気が付くとシトラもパチパチと拍手をしていた。してから、そんな自分に初めて気が付いて。呆けた変な顔になってしまう。


(そう、ですか。私は羨ましくて、妬ましくて、でも……憧れてしまったのですね。過去がどうあれ今を楽しみ、生きる。そんなチルさんの生き方を、いいなぁと思ってしまったのです)


 奇しくも、もここまで重なると見事だ。憧れまでアザミと同じ。双子の兄妹ゆえ思考も似通っているのだろう。一応‟転生した”という疑似的な双子であり、遺伝子レベルまで瓜二つの‟本物”に比べると紛い物感はぬぐえないだろうが、付き合いの長さなら本物をゆうに凌ぐ。一応、それも理由にはあるのだろう。

 

 でもそれ以上に、アザミと同じことを彼女が思ったのは、‟戦場”という共通点ゆえだろう。

 アザミ、シトラ、そしてチルに共通する言葉。

 そして、その中でチルだけが戦場を忘れられている。あの場所に囚われていない。他の神代兵器たちですら結局、世界魔法の中で得た二度目の生でも戦場から逃れられなかったというのに。


 だからこそ、そんな彼女のライブを見て、アザミもシトラも同じ感想を抱いた。同じように嫌って、同じように憧れて。

 そういえば、このように誰かの心を揺さぶれるアーティストは本物らしい。シトラたちの生きる世界にアイドルはいないが、でも音楽や芸術は存在している。それを紡ぎ出す彼らも、確かに人の心を大きく動かすから。それに対して人々が賞賛するのと同様、シトラも無意識に拍手をしてしまったのだろう。


 やっぱり、チル個人に相容れない感情を抱くことと、じゃあそんな彼女の作り出すステージが良いか悪いかは別の話だった。


(そういった意味じゃ、私はこの世界魔法でチルさんのステージを見られて感動でした。最後の世界魔法……何といいますか、この旅の締めくくりに相応しいような、そんな、根柢の価値観を揺さぶってくれるような……)


 とにかく、よかったということだ。シトラは微笑みながらパチパチと惜しみない賛辞を舞台上の少女に送る。幕は閉じ、さっきまでの輝きが嘘だったみたいに閑散としたステージに、それでも。出だしこそ無意識だったが、今は本心からいいステージだったと、そう思うから。


 こうして、アザミたちが請け負った警備の任は、一件だけ不審はあったものの、それを未然に防いで、特に問題が起きることはなく終わった。つまり、チルのステージも大きなアクシデントが起きることなく無事閉幕を迎え……


「……!」「……!」「……!」


 にも拘わらず、未だ客席からは期待と熱狂のこもった声援が飛ぶ。余韻に浸っているのか、はたまた素晴らしいステージに向ける賞賛にはこれでも足りないのか。


 

 と、ここでもう一度。

 アザミとシトラの生きる元の世界にはアイドルなんて概念は存在しない。ライブとかステージとか、サイリウムなんてもちろんのこと無い。

 いつだったか、世界魔法の中で踊り子という職業についた少女と関わったことがあった。彼女もチルと同じくステージ上で踊り、人々から声援を受ける側にいたが、それですらアザミらにとっては物珍しいものだったのだから。踊り子とアイドルじゃ似ているようで全然違うし、あの日の舞台より今日のステージの方が何というか、ギラギラしているし。


 そんなわけで、アザミたちにとって‟らいぶ”なんて芸事は初体験のものなのだ。

 だから当然、こんな常識を知るわけもなく、あんなお約束だって知るはずもない。


『みんなぁ! ‟アンコール”ありがとぉ!』


 パッと、再び舞台上にスポットライトが向けられ、会場の熱気が元以上に盛り上がる。閉幕したはず、ステージを終えて誰も居なかったはずのステージにはチルが居て、バック演奏の少女たちもいつの間にか元の配置についている。


「えっ? ‟最後の曲”じゃ無かったのですか……?」


 その言葉を正直に受け止めたシトラは目に見えて困惑。

 ライブが終わっても何が起きるか分からない。そんなわけで油断はしていなかったが、でもチルに関してはすっかり警戒の対象から外していたシトラであった。


 随分と慣れてきたつもりだったが、やっぱり電脳世界の常識はムズカシイ。ここまで元の世界と全然違うとなると、もう正直お手上げの領域なのである。

※今話更新段階でのいいね総数→3692(ありがとうございます!!)

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