104話 記憶の扉
昔昔のある村に
優しい鬼たちおったとさ
鬼たちみんな生きるため
命を沢山摘んだとさ
怖い怖いと人間は
鬼たちみんな追い出して
怖い怖いと魔の者も
危ない鬼たち消し去って
残ったものは赤い花
(『魔界小話集 アルカード峠事件』、か。魔界ではポピュラーな話ではあったな。……俺がアルカード峠事件について覚えているのはこの詩と俺が何かのきっかけになったということ。そして、断片的な記憶、、)
アザミがチッと軽く舌打ちをして側頭部を押さえる。ズキズキと疼く頭。
鍵を持ってドアの前に立つアザミ。手に持った物を鍵穴に差し込み、グイッと回す。ガチャッ、と音をたてて扉の鍵が外される。
あとは、誰かがドアを少しでも押せば……。
きっと、その先にあるものが見えるのだろう。
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「――アザミ、ひとつ気になることがあるのですが、、」
夕刻の教室、戸締りをするアザミにふとシトラが質問をしてきた。
「なんだ? さっきの話について、か?」
アザミは教室の鍵をクルクルと指先で回し、シトラの方へ向き直る。
「そうですね。リゼについてです。……あのとき、私がリゼと戦った時、彼女が使った魔術はなんなのですか? ずっと気になっていたんです。私は、、見たことがなかった……。それが、もしかしたら魔界特有の――」
「いや、そんなことは無い。あれは普通に闇属性の魔術だよ。……ただ、少し特殊だった。俺も見た事がない。まぁ、そもそも闇魔術を専門とする使い手はあまりいないからね。基本は他属性魔術の補助として用いるのがセオリーだよ」
「……つまり、リゼの魔術が闇属性だからといって魔界の人間だ、と確定させることはできないのですね?」
「ああ。魔界に闇魔術の使い手が多いのは確かだが、あの系統の魔術なら人界の者が使っていても不思議ではない、、」
アザミの答えを聞いてシトラは少しホッとしたように肩の力を抜く。
「それを聞いて安心しました。まだ確定という訳では無いのですね? アザミのことだからてっきり確たる根拠を掴んでいるのかと思っていました。例えば、魔界の人しか知らないことを知っていた、とか……」
その言葉にアザミがふぅ、と息を吐く。シトラは昔からどこか鋭い。300年前から何度も戦い、その度に騙しあってきた間柄だからだろうか。隠し事やウソはすぐに見抜かれる。
「――敵わないな、シトラには」
「やはり、何か隠していたのですね……」
アザミが諦めたように軽く微笑むと、シトラは悲しげな表情を作り力無く笑う。
「私、リゼとは仲良くしたかったんです。あのとき、1体1で戦った時、とっても楽しかった。私が本気で戦っても底が見えない相手なんてそうそういません。良きライバルになれると思っていたのです、、」
気を落とすシトラにアザミは全てを話す。
アルカード峠事件という、魔界では知らぬ人がいない事件のこと。そしてその事件がアザミの記憶の鍵を握っていること。
シトラは黙ってそれを聞いていた。
すべてを語り終わったとき、シトラがゆっくりと口を開く。
「……その、アルカード峠事件とは、あの時アザミが見た未来のことですか――?」
「……そのことはよく分からないんだ。迷宮攻略試験の第二の試練の間で、俺は何も思い出せなかった。過去にクリムパニス大墳墓に行ったのは覚えていた。でも、そこの第二の試練であったことだけが濃い霧に覆われていて思い出せないんだ。……だが、シトラが言うならその通りなのだろうな。知っているんだろ? そこで俺に何があったのか、、」
照れくさそうに、申し訳なさそうに頭を搔くアザミの姿にシトラは目を伏せ、キュッと口を結ぶ。
(言うべき、なのでしょうか……。でも、もしそれがアザミを傷つける結果になったら、、)
300年前、2人で入ったクリムパニス大墳墓でのアザミの取り乱し様は転生した今でもはっきりと覚えている。第二の試練で将来経験する最悪の未来を見て暴走した魔王シスルを抱きしめた時の温もりも。
『――俺さ、未来でたくさんの人を殺してしまうらしいんだ。それも俺の選択が原因で。でも、そんなのは嫌だ。……絶対に変えて見せる、、』
そう言って微笑んだアザミの悲しげな顔も、はっきりと覚えている。でも、アザミの様子から察するにきっと未来は変えられなかったんだ。そして今もその業を背負っている。私に出来ることは、何かあるのだろうか......。
黙り込む妹の姿にアザミはポンとその頭に軽く手を当て、歩き出す。
「いいさ。思い出せないものは思い出せないままで。やっぱ、怖いもんな」
鍵を返してくるよ、とそう言って廊下を歩くアザミの背中が小さくなっていく。その姿を見てシトラは悔しそうに唇を噛み締める。
――私は、、
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翌日、いつものように学校はあった。普段どおりのテンションで、とは流石にいかないが皆できるだけ気にしないように振る舞う。誰も事件について口にしたりしない。意識してしまうと恐怖に支配されてしまうから......。教室の隅、フーヴァーの席のみがポッカリとギャップを作っていた。
「……おはよう、みんな。よく眠れた、、わけないか......」
ガラガラと教室の戸を開けたハイルが教室を見渡す。そして皆の疲れた表情を見てふぅ、と息を吐く。
昨日、フーヴァーと絡みがあった何人かは事情聴取に呼ばれたりして疲弊している。それに、もしかしたら犯人がいる事件なのかもしれない、という恐怖感情が皆の疲労を一層押し上げていた。
「触れないほうがいいのかもしれないが、一応報告しておこう。フーヴァー君については騎士団はもちろん、僕も独自に動いている。だから安心して欲しい」
静まり返った教室にハイルの声だけが響く。一旦言葉を止め、パンッと手を鳴らす。乾いた音が空気を破るように静寂の中で響く。
「――さて、もうすぐ双剣戦の決勝だけど、このクラスからは、、アザミ・シトラ、アック・リゼ、グリム・エイド、の3組かな? ……残念ながらフーヴァー君は棄権ということになっちゃったけど、他の3組には彼の分も頑張って――」
「ちょ、ちょっとまってください! まさか、こんな事件が起こっているのに双剣戦を続けるのですか!? それは――」
「アック――!!」
アザミの声にハッとアックが口を押さえる。“事件”という言葉に少しざわつく教室。
「……うーん、、そう言われてもねえ。これは学園長が決めた方針だからなぁ......。聖剣魔術学園はこのような問題には屈しないってね」
そう言ってスッと教室を見渡し、ハイルがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
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