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1038話 名も無き少女の忠告(2)

 違うと否定したかったし、少女の本音が知りたかった。希望と共に捨てた投げやりのそれじゃなくて、本当の声を聴きたかった。

 でも、不思議と少女の口にする絶望に声が出なかったのだ。まるで喉をキュッと絞められているみたいに、重々しい濃度の絶望が喉に詰まったみたいに、渇き切った言葉は掠れるだけで形にならない。


 どこかで聞いた気がする―――。けれどそんな少女の重たい瞳を前に、アザミは金縛りにあったようにピクリとも動けなくて。何か言い知れぬ圧につぶされているよう。


「皆さんが無事に逃げられるよう、祈っています。それじゃあ……私は、そろそろ……ですので」


 少女はヘラッと笑い、そしてクルッとアザミに踵を返した。そのまま開けっ放しだった窓からひょいッと身を投げる。二階だというのに恐れ知らずなのか、それとも……今更死んでもどうでもいいやという諦めの一環か。

 このままずっとアザミの部屋に居続けるわけにはいかないだろう。危険を冒して忠告をしに来てくれたのだ。大方、生贄が逃げ出したりしないように見張りなんかも居るはず。それでも何とか抜け出して、アザミの元を訪ねてくれただけ頭が上がらない。それなのに、自分ときたら……


「あんなにも苦しい笑顔は……初めて見た、な」


 ようやく重たい縛りから解放され、封じられていた声が出る。アザミはクソッと握った拳でドンッとベッドを叩いた。何も言えなかった自分、結局何もできなかった自分に腹が立つ。圧倒されてしまった自分にも、気づけなかった自分にも、腹が立ってしょうがない。


 平和ボケしていたのだろう。この世界魔法では神代兵器と戦わないで良いなんて状況にかまけ、甘え、気が緩んでいたのだ。ミリャをヴィンター・ノイシュに引き合わせ、錬金術の指導を受けさせたら鍵を貰えるなんて今までの世界魔法と比べたら楽すぎて笑いが出るような条件に、無意識化で「余裕だ」なんて油断があった。

 だから星天の庭(ガーデン)のたくらみに気が付かず、そのせいで少女に危険な橋渡りをさせてしまい、そして救いの手の信用さえ失ってしまった。


「……そうだよな。こんな腑抜けた奴を信じて命を預けたいなんてそりゃ思うわけないよな」


 今の自分を見て、シトラはなんて言うだろう。呆れるだろうか。見損なうだろうか。少なくとも、再会を喜ぶより前にその瞳が失望に変わるのだけは間違いない。

 これまでいくつもの高い壁があって、それを乗り越えるたびに強くなってきた。世界魔法に足を踏み入れるたびに今回で旅は終わるんじゃないかと思うほどの苦難と出会って、でも何とか針の穴を通すような奇跡を掴んでここまで来た。

 

 この世界魔法ではそれがあっただろうか。強くなるどころかむしろ弱くなったんじゃないだろうか。

 そりゃあ、戦いなんて無いに越したことはない。世界を救う旅の途中なのだから、出来る限りリスクとなる争いは無い方がいいに決まっている。

 でもだからって油断していいわけじゃない。今の自分には‟世界の滅びを回避するための戦いのさなかにいる”―――という自覚が欠けていた。それが情けなくて、そんな自分自身に怒りが収まらない。


 真っ暗な部屋の中、うずくまりながらアザミはふぅーッと鋭く息を吐き出す。

 ようやく思い出した。ぬるま湯の中に居て忘れていた危機感ってやつを。緊張感ってやつをようやく思い出した。


(生贄の儀式が行われるっていうのは明日の夜だったか。つまりそれまでにここを抜け出す必要があるってことだな)


 幸いにも時間はまだ残されている。朝から晩まで、半日もあれば十分だ。

 

(もう一度、もう一度だけあの子に本音を聞こう。その時こそ、俺たちを信じて希望を見出してくれるように。大丈夫、緊張感を取り戻した今の俺なら不安に思われることは無いはずだ)


 きっと信じてくれる。一度逃げ出そうとしたのだから、死にたがっているわけではないはずなのだ。ただ諦め、希望を捨ててしまっているだけ。そんな彼女にもう一度だけ手を伸ばそう。そして助けてとその手を少女が掴んでくれたなら、その時は何に変えても守り抜く。生贄として生まれ、そのためにしか生きちゃいけないなんてことは無いのだと。救いに意味が無いなんてことは無いと伝えたいから。


 でももし、その時も少女が首を横に振るのなら。救われなくてもいいと望んだのなら。


「その時は俺が責任もって、このクソッたれな狂気を焼き尽くしてやるよ」


 そう低いトーンで呟やかれたアザミの声は真剣そのものだった。嘘でも冗談でもない。本気で、アザミならそれを執行するだろう。

 ここは人界と魔界の狭間にある霊峰プレイアデス・ウルタム。そして生憎なことに、この空洞の中は魔界の領域―――つまりは魔王の治世下だ。やろうと思えばなんだって出来る。こんな狂気を王が御前で見逃すはずがないだろう?


 そんなそろそろ朝の帳の方が近いだろう刻。星天の庭(ガーデン)の平穏、そしてこの世界魔法の安穏とした雰囲気は終わりを告げた。気楽にしていい世界魔法なんてどこにも無かったのだと、そう思い知ったぬるま湯の平和は終わりだ。それはたとえ神代兵器が敵対していなかったとしても。強大な敵が眼前に迫っていなかったとしても。緩めていい気なんて僅かも無い。していい油断だって一つも無い。


 そうして、次第に外は明るくなり、星天の庭(ガーデン)で過ごす最後の一日が始まろうとしていた。


 * *


「おはようございます、アザミさん。よくお眠りいただけましたか?」

「……ああ。おかげさまで日々快適な睡眠を取らせてもらっているよ」

「それはよかった。僕たちとしても喜ばしい限りですよ。けれど、どうです? ひょっとして今夜が最後の安寧ということで名残惜しさを感じていてなどいませんか?」

「そうだな。またしばらくぐっすり眠れない日々が待っているかと思うと辟易とはするな」

「ふふふ、そうでしょう。それほどまでに気に入ってもらえたのでは僕らも別れが惜しくなりますね」


 それは朝の挨拶。いつも通り、パロムの表情も態度も、声の柔らかさもこれまでの通りだった。まったく、恐ろしい男だ。‟今夜の寝床”など用意するつもりはハナから無いだろうに。なんせパロムのつもりじゃ今宵、生贄としてアザミたちは永遠の眠りにつくことになるのだから。

 

 それほどまでにこの男が残忍で狡猾なのか、それとも信仰に純粋なあまり客人を生贄とすることに何の躊躇いも無いのか。そこは果たして、この笑顔の裏に何かあるのかはたまた何も無いのかは分からない。

 でも、彼がこれまでと同じ態度で接してきている以上、アザミも同じような態度で返す。まさか今夜生贄にされるという忠告を受けた‟程度”で動揺し表情に出すほどアザミは落ちぶれちゃいない。シトラなら敵意や警戒心が漏れ出るかもしれないが、こういう演技や嘘はむしろアザミの得意分野だ。騙そうとしている相手を騙し返すくらい容易い御用。


(俺たちが‟気付いている”ことに気付いていない方が都合いいしな。もう少しばかり、アンタの目に映る俺たちは滑稽な供物のままで居させてもらうぞ)


 内心でペロッと舌を出すが、それを表には出さない。パロムに対してはあくまで愚かな生贄のまま、気づいていない素振りで。その方が警戒されないし、ギリギリまで疑われない愚か者でいた方が逃走しやすい。馬鹿の振りをするのは存外プライドに触るし疲れるものだが、くだらないプライドのためにリスクを選ぶ方が馬鹿らしい。そういうところは誇りを何よりも貴ぶ王様らしからぬアザミであった。

 

「それでは、今日は少し用があるのでこれにて失礼させていただきますね」

「じゃあ、俺はいつもの通りブラブラと散歩でもするかな~」


 ぺこりと頭を下げ、どこかへ向かったパロムを「いってらっしゃ~い」なんて見送りながら、アザミはニコニコ笑顔。けれどその姿がスッと角を曲がって見えなくなったところで、その表情は一気に真剣なものへと変貌を遂げる。


「……ちょっとわざとらしくない? 演技力に関しては私の方が数段上だね」

「ぬかせ。こういうのは少し大げさな方がむしろ油断を誘えるんだよ」


 そう言って肩をすくめるアザミの背後からぬっと這い出てきたのはシルリシアだった。今までずっとアザミの傍に息をひそめていたのだ。けれど、その気配は全く感じ取れなかった。パロムもまさか気が付いていないだろう。アザミですら何度かその存在を忘れそうになったくらいだ。これもシトラゆずりの隠密……か?


「そんなものなの? まあでも、それはいいとして……問題はここからどうするか、だよね」

「ああ、それが目下の悩みだな。正面突破を無理に試みるなら別にどうとでもなるだろうが、なるべく穏便に抜けようとするなら難しい」

「でもまさか、だったかな。この時代の星天の庭(ガーデン)はよく知らなかったけど、接してる限り不穏な気配は感じなかったからね。今朝早くにアザミから話を聞いて驚いた」

「それはきっと、星天の庭(ガーデン)の人たちが良くも悪くも純粋だからだろうな。あの時も、そして今も、星天の庭(ガーデン)のやることには‟悪意”が無い。すべては星の導くまま、それを心から信じて動くんだ。利益とか欲望とかそういうのじゃない分掴みにくいし、そしてその分余計にタチが悪い」


 少し悔しそうに唇をすぼめるシルリシアに、アザミもチッと舌打ち。気を緩めているつもりは無かったが、星天の庭(ガーデン)の狂気を誰よりも知っているこの二人が少女の忠告を受けるまで一切その不穏な気配を感じ取れなかったのは言い訳もしようもないだろう。

※今話更新段階でのいいね総数→3350(ありがとうございます!!)

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