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1037話 名も無き少女の忠告(1)

 整理しよう……と、アザミは息を吐く。

 ニエ……いや、‟贄の少女”がアザミを訪ねてきた理由は分かった。忠告、というのはアザミたちに迫った危険を知らせに来てくれたのだろう。若干きな臭いと思うくらいで、まさかそんな思惑が裏にあったなんて知らなかったわけだから、その忠告は普通にアザミたちを救ったわけだが……。でも、未だに信じられない。


(そりゃあ、星天の庭(ガーデン)って名を聞いた時から不穏は感じてたぜ? けど、時代が違うしここは奴らが狂気に走る前だと思ってたんだよ。それが……なんだ。この子を星神とやらの生贄にするため育ててきただって? そのために生まれ、名も与えられず、そのためだけに今まで人生を送って来たというのかよっ……)


 グッとこぶしを握るアザミ。信じられないというより、信じたくないというほうが正確だろう。誰だってこんな残酷な事実を受け入れたくない。でも、星天の庭(ガーデン)だからと言われると妙な説得力があるのもまた事実。世界最後の金曜日事件という星天の庭(ガーデン)の狂気を知っているがゆえに、その話は事実無根というには心当たりがありすぎた。


 ここから200と数十年後、星天の庭(ガーデン)が歴史上の表舞台からその存在を抹消される元凶となったテロ未遂が勃発する。それは、孤児院の子供たちを利用してあちこちに毒を撒くという非人道的なもの。それを知るアザミからすれば、一人の少女を信仰ための生贄に使うなんて今更驚く話じゃない。


「……それに、俺たちも巻き込まれるってか」

「はい……そう、です。ケルトゥセルエスナナムジカ・パロム……この星天の庭(ガーデン)における、現在の指導者なんですけど……彼はあなたたちとの出会いを‟星の導き”と言いました。だから……きっと、よからぬことを……企んでる、です」

「そういや外部から人間を入れるのは初めてって言ってたっけ。くそっ、最初からそういう腹積もりだったのかよ!」


 あの優しさも、笑顔も、全部が全部偽物だったということだ。最初からアザミたちに無償の救いを与えるつもりなんて無くて、あの時からアザミたちを少女と共に星神への供物とするつもりしか無かったのだ。

 色々と辻褄も合ってくる。まずあの祭壇に感じた違和感もそうだ。7本の杭があって、でもそのうちの6本は焼け焦げて朽ちていた。新しく無事でピンッと立っていたのは残された1本のみ。なぜそんなぞんざいな扱いをしているのかと疑問だったが、そうじゃなかった。アレは生贄を括り付けて燃やすための場だったのだ。

 つまり、今まで最低でも6人の人間が星神への供物として生贄になった。そして、この少女が明日の夜、その最後の1本に括り付けられて星の元へ召されるのだろう。


(反吐が出そうだっ……)


 ギリッと歯を食い縛って、手のひらに爪を立てて、でも収まらない気持ち悪さと怒り。星天の庭(ガーデン)の狂気はこの時代から変わらないらしい。何よりも、この人道に反した生贄という行為を一切の疑いなく行う精神が理解できない。誰も疑問を抱くことなく、むしろ生贄に選ばれることは幸福なことなんだと賛美する姿勢が吐きそうなくらい気持ち悪かった。


 アザミがここで見た瞳、出会った人の顔。そのどれもが今になって思えば純粋無垢で真っ直ぐで、だからこそすべてを知った今、なおのこと気味が悪い。だって恐らくは全員がこの少女の運命を知っていながら、それをおかしなことと一縷すら思っていなかったということなのだから。


 ‟ちょうどよかった―――”


 それはいつだったか、パロムが呟いた言葉。今、その意味がようやく分かる。

 本当に最初から彼の中に優しさとか慈悲とかは無かったのだ。救ったのは生贄になると思ったから。食を与え、休息を与え、丁寧にもてなしたのは後に星神のもとに送る供物だから。だから丁重に扱っていたにすぎない。最初から、そこには打算しかなかったのだ。


 アザミたちの感謝も恩返しも、むしろ滑稽だ。星天の庭(ガーデン)の人間からすればさぞ感激する光景だったろう。だって生贄になってくれるどころか、それに感謝し労働までしてくれたのだから。外の人間も星空信仰に生きているのかと、感動し涙一杯だったに違いない。


「絶対っ、思い通りになんてさせないからなっ……」


 アザミの瞳に炎が灯る。やはり星天の庭(ガーデン)は屑だ。排除すべき悪だ。それは未来の話で、前身であるこの時代はまだ温厚だったなんてまやかし。甘すぎた。狂気の火種は、そりゃ最初から狂っているに決まっている。


「なので、逃げてください。皆さんまでくだらない信仰に巻き込まれる必要……無い、です」


 それが彼女の忠告だった。明日の夜、自分と共に星神への供物とされる運命にあるアザミたちを救うために。それを教え、逃げろと。けれどアザミは「いや」と首を横に振った。


「逃げるならアンタも一緒に行くぞ。くだらないって理解しているならなおさら、付き合うなんて馬鹿らしいだろう?」


 そう言ってアザミは少女に手を伸ばした。少女にこそ、本当に恩義を感じるべきだ。生贄の立場という動きにくい状況だったろうに、こうしてアザミに危機を知らせてくれたのだから。もし知らぬまま明日を迎えていればどうなっていたか……正直背筋に悪寒が走る。

 星天の庭(ガーデン)に生きるもの全てが信仰の下に従っているわけじゃない。少なくともこの少女は彼らの狂気を‟くだらない”と言った。その冷静な視点を持てるのなら、まだ救いはある。むしろ彼女こそこの掃き溜めから救い出さなければならない存在だ。狂っていると分かっていながら、どうしてその命を捨てていいのか。


「……私、は」


 少女はアザミの誘いに一瞬目を丸くし、希望を見るみたいにその黒い眼を輝かせた。けれどすぐにその輝きは失われ、また少女はスーッと目を背ける。


「私は、いいです」


 そして少女が呟いたその絶望は、救いなんてどこにもないと諦めたものだった。

 少女は未来を否定し、だったらアザミはそれをまとめて否定する。


「どうしてだ? アンタは死にたがっているわけじゃないんだろう? 逃げ出したいと思っているんだろう? だからあの時……アンタは霊峰プレイアデス・ウルタムに出ようとしていたんじゃないのか……?」


 元来、アザミは「‟助けてと手を伸ばすならその手を掴むが、そうでない限り自ら救いには動かない”」という信念に生きる人間だ。それは冷酷でもなんでもなく、魔王であっても所詮はちっぽけな自分の手のひらに‟すくえる”人の数を知っているからこその合理。

 なりふり構わず救いたいと望めば、高すぎる理想によって真っ先に潰されるのは他でもない自分自身だ。でも、助けてと求める声を決して無視はしない。跳ねのけはせず、縋る手は必ず握るのがアザミ・ミラヴァードであり魔王シスルという王様の生きざまだった。


 だから、少女が救いを放棄したのなら、アザミの信念にのっとればそれ以上干渉する理由は無いはず。

 でもアザミがその手を自ら差し出したのは声にならない声を聴いたから。


「アンタはここを逃げたいって思ったから、あの洞窟を通って外に出ようとしていたんだろう?」


 あの時、真っ白一色の世界でアザミは光を見た。その光を辿ってここ星天の庭(ガーデン)にやって来たのだ。

 そして、その光の持ち主だったのが少女。光のあった場所に行ってみれば、岩の窪みに少女とパロムがいた。


 あの時は偶然居合わせたのか、何か用事があって外に出ていてその帰りなのかとか、その程度にしか考えてなかった。でも、事情を知った今なら見え方も変わる。

 生贄の時を間近に控えた少女は逃げ出そうとして、けれど外はあの猛吹雪。絶望に打ちひしがれていたところをパロムに追いつかれたのだと。

 そして、そこに‟偶々”飛び込んだのがアザミたち。ああ、確かにパロムからすれば星の巡りだったろう。生贄として捧げられる供物が自分から飛び込んできてくれたのだから。


「だったら俺たちと一緒に逃げよう。大丈夫、俺たちは決してアンタを見捨てたりなんてしない。絶対に守ってやると約束する」


 少女の忠告によって命を救われているのだ。それぐらい当たり前のこと。どうせ無駄だろうとか諦めているなら「そんなことはない!」と大声で叫びたいくらい。まだ希望を捨てる時間じゃない、と。

 そう言ってアザミは「さあ!」と改めて手を伸ばした。絶対に守ると、その約束のために何を対価にしたっていい。アザミ、シルリシア、レンヒルトが揃っていて、加えて神代兵器ミリャもいるのだ。この錚々《そうそう》たるメンツで敗北なんて考えられない。サキアとヴィンター、そして生贄の少女の三人を守りながらでも戦い勝利できる自信があった。


「……私は、やっぱり逃げないです。だってどうせ……救われたところで意味無いって知ってます、から」


 それでも少女がアザミの手を取ることは無かった。むしろ必死で抗うみたいに左手で自身の右手首をギュッと抑え、唇を噛む。


「だって私は……ずっと終われない、のです」


 なぜだろう……。少女の諦めた絶望の言葉に、アザミは何も言うことが出来なかった。

※今話更新段階でのいいね総数→3350(ありがとうございます!!)

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