1033話(2) 箱天の庭へいらっしゃい!
*3*
「次は櫓場です。先ほどもチラリと口にしましたが、ここは見張り台として機能しているのですよ」
「見張り台、か。確か似たようなものが俺たちが歩いてきた洞窟の方にもなかったか?」
「おや、記憶力がいいのですね。その通り。星天の庭から霊峰プレイアデス・ウルタムへ繋がる洞窟は二本ありまして、今僕たちがいるのはもう一本の方です。万一にも外部から迷い込む者が居ないとも限りませんし、逆もまた然り……ですから」
村を一望できる櫓の上でニコリと爽やかに笑顔を見せるパロム。その言い方じゃ外部から迷い込んだ者が居れば排除されると聞こえるのだが……どうやらアザミたちは運がよかったらしい。有無を言わさぬ笑みで封殺するパロムに、アザミもシルリシアも引き攣った愛想笑いで答えるのが精いっぱいだった。それ以上何も言えるはずがない。
「もちろん、アザミさんたちは別ですよ? あなた方は星が巡り合わされた縁深き民なのですから。それを我々が些末に扱うなど許されません」
そんなアザミたちの表情に気が付いたのか、アハハとパロムは素早く訂正を入れる。けれど不思議と、フォローされた方がより一層恐ろしいものを感じてしまうのだった。
*4*
「そして最後にこちらを」
星天の庭を案内され、巡って来たのもこれでラスト。薄暗くなってきた洞窟内で、アザミたちはパロムに続いて長い階段を上っていた。不思議なことに、天井の青白い星擬きは時間帯によって明るさの度合いを変えるみたいだ。
(あれじゃあ本当に太陽と遜色ないのな。昼も夜もこの星天の庭には存在するのかよ)
ただ常に明るくこの場を保っているのではなく、昼は明るく夜は暗くと時間によって明度を調整するなんて。天井の青白い光が何かの意志を持っているとしか思えない、少なくとも並大抵の石ころじゃない気がする。そして、こんなことならば確かにここに住まう彼らが星に拝むのも十分に理解できる。彼ら彼女らにとって天井の星は生活にとって不可欠の、大切なものなのだから。感謝も祈りも捧げて当然だろう。
「到着しました。ここが僕たちの御祭神、星神様の御座します‟星の祭壇”です」
だからこそ、祈りをささげるための場だって当然のように、この星天の庭には存在する。長い階段を上った先、そこは家が立ち並ぶ居住から少し離れた岩壁沿いに設けられていた。
「これが……祭壇、なのか?」
アザミとシルリシアは驚きに息をのむ。しかしその驚きは「こんなにも豪勢な!」とか「凄い!」とか、そういった類のものじゃない。むしろ逆で、
「ねぇ、アザミ。こんなこと言っちゃアレだと思うけどさ……」
「いや、大丈夫だシルリシア。俺も多分同じことを思った」
こそっとパロムに聞こえないよう、小声で耳打ちしたシルリシアにアザミは頷く。
そう、星の祭壇と案内されたその場所はあまりにも殺風景だったのだ。思っていたよりも……何というか……
(歯に衣着せぬ言い方をするならば、‟ショボい”な)
祭壇、神事関係と言って思い出されるのは最初に赴いた世界魔法の旅だろう。36番島、38番島に開いたその世界魔法でアザミは神事を目にした。神様に奉納する舞を見た。その時に使われていた舞台は、それこそ名のある職人が丹精込めて作り上げたのであろうと一目で分かるほどには力の入ったものだった。シアナの暮らしていた御社もさすがは神様、正確に言えば神族だが、それを崇め奉っていると思える華やかさを誇っていた。
それなのに星天の庭に設けられた祭壇はそうじゃない。いや、大切なのは祀る気持ちであって、場所や社の豪勢さは関係ないと言われてしまえばそうなのだが……。
でも、ここからおよそ200と数十年後に王都に広く浸透する星天の庭の星空信仰を知っているアザミとシルリシアからすれば、その前身であるはずのここがいまいちパッとしないのは意外が過ぎた。もっと大々的に祀り、祈りを捧げているものだと思っていたのに、これじゃあ拍子抜けだ。
階段を上った先には広いスペースがあった。御社を置くには十分な広さだ。けれど、そこには建物らしき影はどこにもない。真っ白な星砂が一面にさらさらと敷き詰められ、中央には仄かに青白い光を纏う巨石。それがご神体なのだろう。注連縄を巻かれ、その石だけ特別丁寧に安置されている様を見るに、恐らく。
そんな御神石の周りを取り囲むように7本の木でできた杭が地面に突き刺されている。高さは多分、人間の伸長より少し高いくらい。‟多分”、というのは、なぜかは分からないが、7本の杭のうち6本は膝ぐらいの高さで折れていたからだ。残っている1本の杭がアザミの背丈より少しばかり高いくらいだったから、他もそうだったのでは?、と予想しただけ。
(なんだろう……これは焦げ目?)
パロムに許可を得て近づいてみると、その杭には風化して折れたというより、燃やされて朽ちたと思えるような跡があった。そもそも、風化だとすれば1本だけきれいに残っているのが不自然だ。わざわざ1本残して他の6本には火をつけたのだろうか。だとしたら一体、なぜ……。
(奇妙だな。けど、それ止まりだ)
不気味さは覚えるがそれまで。パロムに聞けば何か分かるかもしれないが、どことなく触れてはいけないような雰囲気を覚えた。となればここでお手上げだ。推察は出来るが、それじゃあ真実に触れることは絶対に出来ないわけで。アザミは小さく首を横に振り、「さて」と立ち上がった。
「案内してくれてありがとう、パロム」
「もうよろしいのですか?」
「ああ。それに、悪いが体もそろそろ悲鳴を上げてきていてな」
「それは気が付かなくて失礼しました。さっ、戻りましょうか。皆さん、恐らく先にお休みされていると思いますし」
苦笑いをしながら凝った腕をグルグルと回すアザミを気遣いながら、パロムは「どうぞ、ついてきてください」と帰路の案内につく。
(大方は見て回れたし、この時代の星天の庭がどんなものなのかも少しは知れた。収穫は悪くないな。あとはもう少しばかり探りを入れられたら……。それで、未だ謎なところが多い星天の庭について少しでも持って帰ることが出来たら上々なんだけど)
階段を下りながら、「くわぁ……」と大あくびをするシルリシアの隣で、アザミは疲れた頭を動かして今のところの情報を整理する。とりあえず未知の場所を既知の場所に変えられただけ十分。王都に進出し、暗躍し始める前の星天の庭がどのようなものであったのかのきっかけぐらいはこれで掴めたはず。当時の生活とか、星空信仰の始まりとか。
とはいえ、パロムの言い知れぬ不気味さを前に躊躇して、具体的な信仰内容とかどうして彼ら星の一族がこんなところで集団生活を送っているのかなどは聞けていない。なので出来たらそこも収集しておきたい。
(今日は無理でも明日、ここを発つまでには調べておきたいな)
そう内心で決意をし、グッとやる気に拳を握るアザミ。降って湧いた千載一遇のこの機会を無駄にする手は無い。元の世界じゃ星天の庭は表舞台から抹消されているし、聞くところによれば裏でこそこそ復活の時を窺っているらしいが、裏ゆえ近づくことは簡単じゃないし。だからこそ、この世界魔法でたまたま得た機会を活かしたい。それが世界の滅びを回避するために必要になるかもしれないから。
(まあ、絶対王ゾルディナとの戦いや最後に一つ残った世界魔法の攻略とか、その前にこの世界魔法の旅で星天の庭についてどうこうすることは多分無いだろうけどさ。でも、星天の庭が騎士団にとっての敵で、俺とシトラの望む理想の世界……誰もが笑って暮らせる平穏な世界にとっての邪魔者であるのなら、知っておくに越したことはない。だって―――)
平和にとっての敵であれば必ず、いつかアザミたちとぶつかることになるのだから。その時になって調べ始めるのでは遅い。戦いにおいて情報は時に剣よりも強く鋭いものとなる。それを知っているからこそ、アザミは情報収集に余念が無いのだ。
薄暮れの田んぼ道、アザミは思う。
この世界魔法でミリャから鍵を受け取ることが叶えば、次の世界魔法……それが最後の旅になる。それが終わればいよいよゾルディナ王が復活し、もう1年も残されていない世界の滅びを回避するための最後の戦いが待っている。
そう考えたら、随分と遠いところまで来たものだ。もう滅びを回避した後、星天の庭という謎多き懸念について考えている次第なのだから。
気の抜けない綱渡りも、一歩間違えれば滅びへ一直線の世界魔法も、残るは僅か。今まで通り、いや今まで以上に気を引き締めなければと。
そんなことを思いながらパロムに案内され到着した彼の家で、アザミとシルリシアは倒れこむように眠りに落ちたのだった。百戦錬磨の彼らでもさすがに限界……だったのだろう。ひとまず、お疲れ様。
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