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1028話(3) 勇者の休息

「バイバイ! 聖騎士様!」


 母親に手を引かれ、その少年は向こうへと去っていく。その純粋無垢な笑顔を見送りながら、シトラは振っていた手をそっと下ろす。なんだろう……不思議な感覚だった。だって、きっとこんなこと、昔の自分じゃ絶対にありえなかったから。


(そういえば、私を聖騎士に任命したのもジャンでしたっけ)


 それまでのシトラスという少女は騎士団の中でも七不思議の一つと数えられるような存在だった。戦場に颯爽と現れ、淡々と敵を殲滅する感情のない機械人形ドール。それをいつしか、誰が呼んだか勇者として噂になった。騎士団の七不思議だった少女の武勲は戦場を飛び出し、王都でもまことしやかに囁かれるようになる。


『こうなりゃいっそ、騎士団の看板娘ってのはどうよ?』


 なんて言って、それを聖騎士という立場に祭り上げたのがジャン・ミラーその人。騎士団のナンバーツーでエース、花形の聖騎士様となり、噂は形を持った。シトラスという少女が人形の噂にたがわず可憐だったのが猶更それを強いものにした。

 金髪碧眼の可憐で優美な聖騎士様。そのうえ最前線で魔界と戦う強き戦乙女ときた。民衆から絶大な支持を集めるのはもはや自明といったところ。こうして聖騎士シトラス様は人界にとって本物の、まるで本当に物語の中の勇者かのようになったのだった。


 けれど当時、それをシトラスは何とも思っていなかった。むしろ英雄扱いは煩わしいと思っていたぐらい。

 だって戦闘に関係ないし。人気が高ければ高いほど強さを得られるというわけでもなければ、彼女に賛辞を贈る者たちが戦場で生死を共にする友軍というわけでもない。そんな者たちからチヤホヤともてはやされたところでどうでもいい。それは実にシトラスらしい排他的な考え方だった。流石は強くあることだけを考え、戦場に生きることを是とした少女。その生きざまと価値観であればそうあるのも仕方がないだろう。


 けれど、成長した今なら分かる。一周目じゃ気づけなかったことも、今のシトラ・ミラヴァードであれば理解できる。

 ジャンはシトラスのその後を憂い、きっとそれを考えて彼女を民衆にとっての英雄アイドルに仕立て上げたのだろうと。


(戦争が終わった後、戦場でしか生きたことが無く、そこでしか生き場所を見つけられない私を受け入れてくれる場所をジャンは作ってくれようとしたのですね)


 シトラスという不器用な少女も、民衆にとってのヒーローであれば生き方に困ることは無いだろう。戦争が終わり、戦場に生きる必要性が無くなったとしても英雄を求める声がある限り、彼女は生き続けることが出来る。決して孤独にはならない。

 

 そう、たとえ戦後の世界にジャン・ミラーが居なかったとしてもシトラスという少女が問題なく生きられるように。


(自分亡きことを生前から考え、自分のことは棚に上げ私の心配をするなんて。どうして、あなたはこうも私を気にしてくれたのでしょうね)


 それも、以前までのシトラであれば考えすらしていなかったこと。不思議に思うことすら無かった。でも今なら、過保護ともいえるジャンのシトラへの献身が不思議でしょうがない。あの粗暴で適当で、世の中に興味なんて無いみたいな生き方をしているジャンがどうしてかシトラスにだけは人間味ある表情を見せる。常に周りを威圧し、ピリピリと険悪なオーラをまき散らしている普段のジャンからは想像できない。弱音を吐くのも冗談を言うのもシトラスの前でだけ。笑顔すら、普段はろくに見せないのだから。


 まあ、そんなことを本人に聞いたところで恐らくはまともに答えないだろう。適当に返してくるかうまく誤魔化されるか、そんなところ。

 けれど不思議とそんなジャンの態度を依怙贔屓には思えなくて、なぜか居心地よくすら感じてしまう自分がいる。懐かしさ、愛おしさ……そんな類のポカポカを感じてしまうのだ。それもまた、シトラにとっては理解不能な不思議の一つ。

 

 でも結局、ジャン・ミラーという男は志半ばで命を落とした。シトラは覚えている。初めてぐちゃぐちゃの感情を覚えた葬式。胸に覚えた怨嗟の炎。そしてあの日、渓谷の下で雪をかぶり冷たくなったジャンの亡骸と、その傍に立っていたあの男を―――


(痛ッ……痛い?)


 思い出せ、ない。自分の最期はよく覚えているのに、ジャンの最期のことはまるで封じられたかのようにおぼろげだった。葬式とか新騎士団長の要請を断ったこととか、その後は覚えているのに‟その当時”に関してはぽっかりと記憶から抜け落ちていた。思い出そうとすると脳が割れるように痛い。変な気持ち悪さを覚え、シトラはブンブンと首を振った。いつの間にか彼女はびっしょりと汗をかいていた。それはきっと、この暑さのせいだけじゃないだろう。


「ジャン・ミラー……。勇者シトラスの使用者として一番私を兵器扱いして、同時にあの当時じゃ唯一私を人間の女の子として見ていたあなたは一体、私にとっての何なのですか……?」


 分からない。何も分からない。だってあの男が何も語らないから。ひょっとすると、そこにはジャンが頑なに彼女のことをシトラスと呼ばず「お嬢」なんて他人行儀な呼び名で呼ぶのに関係していたりして。

 300年前に来てみたって分からないことだらけだ。自分のことも、人のことも、何もかも。成長した今でも、過去の自分のこと……勇者シトラスのことはよく分からないままだった。


 そんなことを考えながら、ふとシトラは東の空を見上げた。元の世界じゃ長いこと王都に暮らしてきて、でもこの300年前の王都はそれとは全然見える景色が違う。だからその空だっていまだに新鮮なものだった。300年前に何度も見たはずなのに一切記憶にないのは、当時のシトラスと言う少女がいかに「空がきれい」とか「街並みがどう」とか、そういう感想を要らないものとして排除していたかをよく表している。


(あっ、またあの山……)


 ついさっきもジャンに言われたばかり。それなのにまた、気が付くと彼女の視界には霊峰プレイアデス・ウルタムがあった。確かに存在感あるし元の世界の王都からじゃ隠れてしまって見えないし、そういう新鮮さからついつい目を引かれるのは分かる。でも、どうしてこんなにも惹かれ、そのたびに心の内で妙な騒めきを覚えてしまうのか。シトラは思わずギュッと胸の辺りを握りしめた。


―――自由なことを、しようかと


 そして、気が付くとシトラはその山を目指して駆け出していた。

 遥か先に臨む近づいた記憶のない山。変な噂を多く聞く過酷な山。連続少女誘拐事件に関係する要素は何一つとして見当たらない山。

 けれど、一度走り始めたシトラの足は止まらなかった。心の旋律が告げている。そこを目指せと、ただそこに行けと。

 根拠はそれだけ。でもシトラは迷わず従った。何かをすることで、何かに必死になることで頭の中のモヤモヤを忘れたかったというのもある。けれどそれ以上に、信じていたというのもある。


 何を隠そう、シトラ・ミラヴァードという少女の直感はあまり外れたことが無いのだ。それは勇者時代、聖騎士時代から変わらない。これまた人間離れした、いわゆる‟第六感”というやつだ。

※今話更新段階でのいいね総数→3348(ありがとうございます!!)

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