1028話(2) 勇者の休息
王都セントニア。それは人界を構成する二つの国の片方である、アズヘルン王国の都の名だ。
つまりは首都である。ゆえに最大種族の人間族をはじめ、ごく僅かながら獣族や天使族などが多く集まる。
ちなみに、魔界を見ると分かるように、この大陸には実に多くの種族が暮らしている。それなのに人界、特にアズヘルン王国に住むのは99%人間だ。その理由は単純で、かつてこの地域を収めていた国が人間史上主義の国家として成立していたから。
そんな人溢れる王都の、大通りからひとつ外れた路地裏の小店。隠れ家チックを売りにしているゆえに客はポツポツしかいない、そんなこぢんまりしたカフェのさらに壁際の席にひっそりと二人の姿はあった。
「んで、ここまでの調査結果だが……どうだった?」
「私の方はさっぱりですね。結局、この報告書以上の成果は得られませんでしたよ」
「お嬢も同じかよ、チッ」
「同じ……ということは、まさか」
「ああ。俺の方も揃って空振りだ。手掛かりのての字すらありゃしねぇ。そもそも、俺たちがこの件に首を突っ込んでから人が消えたなんて話を全く聞かねぇんだからどうにもできねぇよ」
イライラと顎肘を付きながら舌打ちし、その鬱憤を晴らさんとばかりに冷たいヒーコーをズズズーと勢いよく吸い込むジャン。そんな慌てて飲むとお腹壊しますよ、なんて冷静な心配事をするシトラはなぜこうも他人風なのだろう。
「事件が終わった、これ以上起きないというのなら幸せなことのはずですが……複雑ですね。なんの進展も無い私たちのここ数週間は無意味だったことになるのですから」
「んだな。聞き込みをしても得られるのは報告書通りのモノばかり。新規の手掛かりなんてどこにも転がっちゃねぇ。まぁ、それだけウチの騎士団が優秀なのかクソったれの犯人様が優秀なのかって話だけどよ」
そんなわけで、騎士団長様と聖騎士様は二人揃ってこんな人気のないカフェで仲良くため息をつく。騎士団に夢を見る少年少女が見れば千年の恋も一瞬で冷めてしまいそうな、なんと現実味のある光景だろうか。
「本当に事件は終わった、ということなのでしょうか。だって報告書によると最後の一件は三ヶ月も前のことですよ? それまで毎月、毎週とは行かないまでも私たちを嘲笑うかのごとくペースで罪を重ねてきた犯人がここに来てピタリと音沙汰なしなんて、普通のことじゃないですよね?」
「あるいは次のデカイ事件に向けた準備期間とかな。まあいずれにしてもこれで万事解決とは絶対にならないだろうが」
「そうですね。次の件が無くとも、行方知れずの少女たちのその後を無視することは出来ませんから」
手掛かり無くとも、何も得られなくとも、じゃあおしまいと切り上げることは許されない。たとえ自分の意志によるものじゃなくても、首を突っ込んでしまった以上最後までやらなければならないのだ。それが騎士団長であり、聖騎士。人界の守護という立場上、そういう半端が出来ないのは辛いところ。
「とりあえずどうにかして犯人の一端を掴みたいですね。今のところそれに関する情報は一つとして現れていないですから」
「そいつはいい。犯人を抑えられりゃこれ以上王族の無茶に付き合う必要も無くなるしな。けど、それが出来れば……」
「苦労はしない、ですよね」
一分ぶり、二回目となる深いため息。またもや文字通りの息ぴったりだ。
ここ数週間の間、連続少女誘拐事件に関してジャンとシトラは最初から洗い直しをしていた。それこそスラム街での一件目と思われる曖昧なものから最新のものまで、全てをあらためて調査したのだ。
ジャンは腐っても騎士団長になるくらいには優秀な男。シトラも勉強の方が弱いだけでこういう勘の鋭さには時に目を見張るものがある。そんな二人が、しかも騎士団長と聖騎士という立場に付随した特権をフルに活用して、一連の事件を隅から隅まで調べ直した結果―――、
(なんせ、私とジャンがここまで力を尽くしたというのに、新しい発見を一つだって出来なかったのですから)
信じられないが、それは本当の話だ。過去を振り返ってみても何も得られず、そして新しい事件も起きないものだから新事実もない。つまりは一歩も進展が無いのだ。出てくるのは同じもの、既出の情報ばかり。そりゃあ、ため息も深くなるよなという話。
そんな隙のない犯人を次の事件が起きるより先に捕まえようなんて夢物語もいいところだ。はてさて、これは一体どうしたものか。
「何はともあれ、調べを進めるしか今出来ることは無いぜ。聞くに探偵の基本は現場百篇らしいしな。気は進まねぇが、俺は俺で何とかやる。お嬢もお嬢で好きにするこった」
「では、そうさせてもらいましょうか。最近は何の進展も得られず煮詰まっていたところですし、視点を変えるためにも一度自由なことをしようかと考えていたのです」
「……念のために言っておくが、変な真似はするんじゃないぞ?」
シトラの口にした‟自由”に嫌な気配を覚えたのか、ジャンはしかめっ面でビシッとシトラの鼻頭を指す。この少女にまともな感性や常識が無いのはもはや周知の事実であり、そうなると彼女にとっての自由がごく一般の人間にとっての自由からかけ離れている可能性も十二分にある。「失礼な。そんなことしませんよ」と頬を膨らませ憤慨するシトラだが、いまいち信用が無いのは彼女の前科ゆえだろうか。
「とりあえず、しばらくは別行動だ。また何か分かったら連絡するから、お嬢の方も……」
「ええ、了解です。私も何か掴めばすぐにジャンへ知らせますよ」
そう決定し、隠れ家カフェでの中間報告は終了。特に収穫も無かったため、‟中間報告”と言ったってスタート地点より一歩も動いていなかったわけだが、けれど現状を整理し受け止めるのには十分役立ったか。
「そんじゃ、また」と少し多めの会計だけ机に残してサッサと去っていくジャンの背中。一人残されたシトラは扉の立てるチリンチリンと鈴の音を聞きながら、氷が融けて薄くなったアイスコーヒーの残りをゆっくりと飲み干す。そして、
「そろそろ、私も行きましょうか」
ジャンの置いていった硬貨から半分を抜き、そして代わりに自分のポケットから同額のそれを出して机に乗せる。上司と部下、使用者と武器という関係性とはいえ、なんかあの男に借りを作るのは癪だった。「次会ったときに返しましょう」、とそれをするりと懐に潜り込ませ、シトラも店を出る。
「暑ッ……」
途端、襲ってくる夏の猛威。店の中は魔法で多少涼しくなっていたので、それに慣れていたせいで余計そう感じてしまう。氷魔法を得意とするシトラにとって夏は大敵だ。というか、好き嫌いで言うと魔法適正関係なく普通に嫌い。
でも、文句を言ったって暑さが和らぐわけでもないし、むしろ言葉に出した分より暑さを実感してしまう。ならばいっそ口にしない方がマシだ。シトラはふぅー、と一息と共に汗を拭うと、王都の通りの方へ歩き出した。
(さて、自由にすると言ったものの、どうしましょうか)
大通りに出てすぐ、シトラの足が止まる。ああは言ったものの、じゃあ何かすることを決めていたのかと言うと全くそんなことは無くて。手詰まりということは同時に、新しくやることも残っていないということ。だからってもう一度事件を洗い直したとしても結局同じことだろうし。
足を止め、腕を組んで「ふむ……」と難しい顔で考え込むシトラ。するとその時、たまたまそこを通りかかった小さな子供が「あっ!」と叫んで不意にシトラのことを指さした。
「聖騎士のお姉ちゃんだ!」
その呼ぶ声にハッとするシトラ。そして彼女も気が付いた。まるで憧れでも見ているかの如く目をキラキラと輝かせてシトラを見上げる少年の姿を。
「すっ、すみません! うちの子が聖騎士様に失礼なことを……!」
それを見た少年の母親は、血相を変えて我が子の口を塞ぐ。人界の守護である騎士団において、聖騎士と言えばその最強の座にある人物のことだ。騎士団をリーダーとして率いるのは団長で、強さで引っ張るのは聖騎士。簡単に言えばそういう区別だろうか。
そんな聖騎士は当然、人々から畏敬の念で見られている。恐れ多い存在なのだ。それを子供とはいえ指さし、邪魔になってもおかしくないことをしたのだ。それは、もしかするとこの場で不敬と切り捨てられたっておかしくないようなこと。母親が慌てるのも無理はない。
「……いえ、構いませんよ」
しかし、シトラ・ミラヴァード……聖騎士シトラスはそんな野蛮の騎士ではない。彼女はペコペコと繰り返し何度も頭を下げる母親にニコリと優しく笑いかけ、それどころかキョトンとする少年と目線を合わせるみたく両膝をついた。
「ねえ、少年。もしかして私はあなたの憧れになれていますか?」
「うんっ! ぼくね、聖騎士様のことがだいすきなんだ! かっこよくて、いつかぼくも聖騎士様になるんだ!」
「そうですか。それは嬉しいですね」
よしよし、と笑顔で少年の頭を撫でる。目を細め、少年は心から嬉しそうだった。
そんな憧れを見て、シトラはより思う。
(この子たちの期待を裏切らぬよう、やはり私たちが諦めるわけにはいきませんよね)
見知らぬ少年とはいえ、応援されて嫌な思いはしない。むしろそれを知ったことで一層気が引き締まったというか、自分のやるべきことを自覚できたから。
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