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1027話(1) 魔界の歩き方、最新版《NEW!》

「……なるほど、ね。そういう経緯で神代兵器と出会ったんだ?」


 ゆらゆらと小さく揺らめく灯りを囲み、シルリシアはふぅーっと息を吐きながら頷く。長い話の果て、空はすっかり黒く染まって無数の星が瞬く刻となっていた。

 まさかずっと路上でワイワイ話を進めるわけにもいかないだろう。ヴィンター・ノイシュ……の扮していた道化師ロヴィンが芸を見せていたということは、あの道は決して人の寄り付かない寂れた通りなんかじゃ無いのだから。時分を考えても、あれ以上滞在していたら往来の邪魔になりかねない。そういうわけで、アザミたちは翌日に再び会う約束だけ交わして、宿屋へと帰って来たのであった。

 ヴィンター・ノイシュとは‟彼が人界へ帰る力添えをする”と約束しているし、このまま彼が姿を消すなんて可能性は考えにくい。一応ヴィンターと同じ宿をとったが、さすがに部屋は別々である。見張りとかそういうのまでは気にしなくても大丈夫だろう。


 以上の展開を経て、ようやく再会を喜び合う……合えたら良かったのだが、残念。どうにもそんな気になれなかった。なんせ状況が状況だ。ゆえに宴や祝杯やなんてすることなく、アザミとサキア、そこにシルリシアとレンヒルトを加えた四人は宿の一室でこうして一つの灯を囲んでいるのであった。

 

「しかし、ミリャとあれだけ早期に出会えるなんて。流石に俺も驚いた。まさかあんな序盤で、しかも神代兵器の方から訪ねてくるパターンなんてこれまで無かったからな。そこだけ見ればラッキー、トントン拍子、そんないい調子なんだろうな」

「でもまあ、ミリャと敵対しているわけじゃないんでしょ?」

「完全に味方、って信じ切るのも危ないがな」

「でも、敵じゃないなら十分でしょ。私は結構この世界魔法、今までと比べると容易に攻略できてると思うけどなぁ」


 油断はしないアザミに、「‟らしい”ね」なんてクスクス笑いながらシルリシアは可愛らしく小首を傾げた。ロキの時みたいに手探りの状況でもない。ユルムの時みたく敵方が複数あるわけでもない。ユグリス、ユドエルの世界魔法ほどの広さもないし、大それた相手もいない。スルトリーヴァと出会った先の世界魔法のように決して敵わない強大な相手が立ちふさがっているということも無い。

 序盤で神代兵器自らこちらに接触してきて、完全に味方かどうかはさておいて、少なくとも協力関係にある以上、敵というわけじゃない。‟神様に最も近い人間”―――なんて評価を受ける神代兵器と戦うことなく、そして世界魔法は300年前の大陸というアザミやシトラにとっちゃ第二の故郷、いいや第一の故郷か? ともかく、よく知った場所に開いた。これまでの世界魔法はどこも訪れるのが初めての場所ばかりで手探りの移動になったが、今回は地の利すらある。

 シルリシアの言う通り、ここに至るまでの道のりは面倒こそあれ、決して‟厳しい”とか‟難しい”とか‟苦しい”とか、これまでのような高い壁はどこにも見当たらない。確かに、今のところ攻略は‟容易”に進んでいる。


「……でも、違うのですよね。これから厳しい道のりになる、のですよね」

「そうだな。普通に行けばまあ、無理だろう。それほどに馬鹿げた話なんだよ。魔界と人界の戦の前線を通り抜けるってのはな。そんなもの、簡単にされてたまるか」


 当事者ゆえに荒くなる語気。というか、冷静になって考えてみれば人界出身のヴィンター・ノイシュがこうして魔界にいるということは、少なくとも一度彼は‟争いのさなかを潜り抜ける”という愚行を成功させてしまったことになる。それはつまり、人界からの侵入者を平然と許してしまった魔界軍の不手際になるわけで、そうなると魔王としては面白くない。苦虫を嚙み潰したような顔にもなるというもの。

 

 とまあ、それは一旦さておいて。


「だから、俺たちが進むべき道は‟普通”じゃない道だ。遠回りでもなんでもして人界へ、王都セントニアを目指す。それがひとまずの目標だな」


 そう言ってアザミは懐から取り出した地図をクルクルと机の上に開いた。そこに描かれていたのは大陸北部の概要図。人界と魔界の境界あたりの地形を詳しく知ることが出来る機密文書であった。

 

 戦争において地図というのは現代じゃ信じられないくらいの価値を持つ。なんせ‟地の利”なんて言葉があるくらいだ。地形や気候、道がどこに繋がっているかなど、そういう情報を持っているか否かでは作戦の立案にも大きく影響する。攻める方が守る方よりも三倍の兵力を要する、と一般に言われているのはそれもあるのだろう。

 ゆえに、地図は戦上の最重要機密だ。特に前線の地図なんて流出した日にはどんな均衡も破れ、即日戦いの行方が決してしまうだろう。そう言ったって大袈裟じゃないくらい、とりあえず戦時下でそれはどんな武器よりも力を持つのである。


(……とりあえず、怪しまれてはいないみたいだな)


 だから普通に考えて、アザミがそんな大事な地図を持っているこの状況は不自然極まりないのだが……少なくとも二年前までは平和と言って差し支えなかった元の世界で生まれ育ったレンヒルトらにとって、地図の重要性への嗅覚は薄いらしい。平和ボケだな、と残念に思いたいところだが、今はそれに助かっているのだから口を噤んだ方がいいだろう。

 前線付近の地図―――なんて代物をアザミが持っているのは当然、この時代において彼は魔界軍の長、魔王シスルであるから。おそらく勇者シトラスとしてこの世界魔法内に顕現しているであろうシトラ・ミラヴァードと接触するためにいつかは必ず人界へ渡らなければならないな……と、魔都アスランを出発する際にこっそりくすねておいたのであった。魔王としての特権をフル活用とは、まったくお主もなかなかのワルである。


「……さて、と。俺たちが今いるのはここ、モルトリンデだ」


 アザミはきゅぽんとペンの蓋を外すと、その筆先でぐりぐりと地図上の一点を丸する。元の世界じゃ聖都モルトリンデと呼ばれている場所。そこはこの世界魔法の開いた時代、300年前だと魔界の最前線に近い街だった。最前線に最も近い大都市、と言えばわかりやすいだろうか。その証拠に、そんなモルトリンデからツーッと少しペンを走らせただけで人界との境界線にぶつかる。


「そして最も近い人界への入り口がベルベット平原だ。モルトリンデから北にまっすぐ進んだところにある、この広い草原地帯だな。ここであれば一日も経たず人界へ入り込めるだろう」

「あはは、やっぱアザミはいい性格してるね。その言い方するってことは、まずそのベルベット平原? はダメって少なからず思ってるんでしょ?」


 直接仕えているわけじゃないが、それでも主人シトラの隣にいるアザミとは今まで4つの世界魔法を共に旅してきた関係。アザミの性格も、言葉の意味も論の組み立て方も分かってしまう、とシルリシアはクスッと口角を上げる。


「ああ。シルリシアの言う通り、このベルベット平原を通るルートは無しだ」


 しかしアザミはムッとする様子も無く、そう言ってベルベット平原にバツ印をつけた。いちいち反応しているようじゃ先に進めないし、決して短くない付き合いの中でシルリシアがアザミを知っているのなら、その逆もしかりというわけだ。


(シルリシアはこっちの反応を面白がるタイプだしな。よって、気にしないが吉なんだよ)


 どうだ、見たかとばかりに勝ち誇るアザミに彼女はつまらなさそうに口をすぼめるのだった。

 おっと、いけない。反応してしまうとこれだから話がよく脱線し、なかなか先に進まないのだ。


「……ゴホンッ。とにかく、このルートは無し。理由は単純で、守るべき大都市モルトリンデに近いということは魔界の軍勢が多く、ということは対岸の兵、つまりは人界の兵力も呼応して多勢になるからな。それに、今のところ前線は睨み合いが続き、一触即発でとどまっているんだ。変に刺激したせいでモルトリンデ周辺に戦闘地帯が出来てしまうのは避けたい」


 シルリシアたちの前ではアザミ・ミラヴァード。けれどこの時代じゃ彼は魔王シスルその人なのだ。王として、ここが世界魔法であろうとイフの世界線であろうと関係なく、魔界もそこに暮らす人たちも守らなくちゃいけないから。

 アポロンが居れば「元の世界に関係のないこの世界をどうして気にするのだ、たわけ」と呆れられてしまっていただろう。けれど、何と言われようとこれがアザミの抱く‟王としてあるべき姿”なのだ。だから譲るつもりは毛頭なかった。タイムパラドックスが起きないからって何でもしていいわけじゃないし、この世界線を適当に扱っていいわけじゃない。それが世界魔法の攻略の枷となろうと、元の世界の滅びを回避するためには遠回りになったとしても、アザミは頑として首を縦には振らない。


(一度でも妥協したらそこで最後。俺は二度と王座には就けないし、顔向けすらできないだろうな)


 だから決して―――。世界魔法だろうと元の世界だろうと、世界線AであろうとBであろうと関係なくアザミは普段通り振る舞う。ベルベット平原を抜けるルートは単純な難易度の問題もあり、くわえて万一の場合、この世界魔法において魔界の平穏が乱されかねない選択であった。


 それゆえにアザミは地図上に大きくバツ印を打ったのだ。

※今話更新段階でのいいね総数→3348(ありがとうございます!!)

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