1025話(2) 合流、あるいは新たな出会い
「……ハハッ。確かに、君の言う通りだね。私たちも君からすれば異邦の不審者なわけだ」
そんなサキアの敵意が混じった視線を受け止め、シルリシアは降参するみたく両手をあげる。いいや、それは受け止めたというよりは‟いなした”と表現するべきだろう。こういうところはシルリシアの方が上手というか、巧者だ。思うところはあるだろうに、それを一切感じさせずうまく立ち回る。シルリシアは軽薄で悪戯っ子のように見えて、実は案外よくものを考えたうえで動いているのだなということをよく感じさせる一幕であった。
「じゃあ、こちからか自己紹介をさせてもらうね。私はシルリシア・コルティス。アザミの妹である、シトラ・ミラヴァードの副官だ。そんでこっちが……」
「初めまして。私はレンヒルト・ノルニスといいます。アザミ様との関係性は……そうですね。副官の件は断られていますし、後輩と飛ぶのはおこがましいですし、なんでしょう……。下僕、でしょうか?」
うーん、と迷いながらとんでもないことを口走ったレンヒルトにアザミは慌てて「部下だ。少なくともこの世界魔法の旅じゃそうだろう?」と補足を加える。危ないところだった。あのままではサキアに危険な勘違いをされてしまうところだった。もしそんなことになればどんな目に会わされるか……想像したくもない。
「ふふんっ、なるほど。つまりは二人とも、アザミの仲間ということになるのよね? であれば、ミリャちゃんにとっても信用していい相手ということに違いないみたいね!」
サキアに促された通り、人に尋ねる前にまず自分たちからその身を明かしたシルリシアとレンヒルトの二人。その自己紹介と、それを聞いたアザミが否定はしなかったところを見てミリャは若干見せていた警戒心をスッと取り去った。こうなれば、いつも通りの自分を見せても何の問題も無いわけだ。
「さあ、今度はお待ちかね、ミリャちゃんたちの番よ! というわけで早速崇め奉りなさい! 近い将来、このモルトリンデにもこの絶対的な力と可憐さを広く轟かせるであろう、このミリャちゃんと間近で相まみえることが出来る、その栄誉に涙を流して感謝なさいっ!」
クルッと華麗にターンを決め、いつも通り一体どこから来ているのやらと苦笑してしまう自意識k……いいや、自信満々の自己紹介。もしここが舞台の上ならスポットライトはギラギラとミリャを照らしていただろうし、音響もドドーンと迫真の鳴りを響かせていたことだろう。
「まったく、神代兵器というのは変わり者しかいないのかな。けれど、それでこそなのかもね」
うるさくてテンションが高くて、明るくて、自信家。一癖も二癖もある神代兵器にふさわしいその特徴にシルリシアはアハハと微笑みながらスッと手を伸ばした。
「よろしくね、ミリャ。どういう経緯でこうなっているのかはあとでアザミに聞くとして、でも同行してるってことは敵じゃないんだろうし」
「ええ、よろしく。アザミとは協力関係にあるのよ。だから、敵対するつもりは今のところ全くもって無いわ!」
その手をガシッと握り、ふふんと胸を張るミリャ。レンヒルトはそんな二人を少し離れて眺めていた。流石はシルリシア。ここまでメイレラを除く全ての世界魔法に同行してきただけはある。神代兵器と出会うのだってこれが初めてじゃないし、その癖も変さも慣れたものだ。ゆえに平気で握手を交わせるわけだが、それは経験のない世界魔法処女のレンヒルトにはまだ早い話であった。
「これが神代兵器……。なんというか、思ったよりも……」
「普通、でしょう? まあこれを普通と言うのはどうかと思うけど、でも‟兵器”なんて仰々しく呼ばれているけど実体はあくまで普通の人間、普通の女の子だもんね。だからレンも安心して、仲良くできると思うよ?」
「そ、そうかな? では……よろしく、お願いします」
シルリシアに背中を押され、恐る恐るではありながらもレンヒルトはその小さな手を伸ばす。ミリャはクスッと微笑み、その手を自ら迎えに行ってガシッと力強く握りしめた。微かに震えていたレンヒルトの手はその強さを前にピタリと止まる。‟神代兵器”なんて言うからにはどんな機械みたいな、人形みたいな存在だろうかと思っていたが……
(全然、そんなことはないですね。暖かくて柔らかくて、兵器なんて呼ぶのが大袈裟なくらいです)
少なくとも初めましてで受けた印象は、思っていたものとはだいぶ違うものだった。兵器みたいに固くごつごつしたものでもなければ、冷酷な殺人鬼みたく冷たい手でもない。レンヒルトの表情がフフッと柔らかなものへと変わり始める。突然のことに対する身構えも緊張も、どうやらもう大丈夫みたい。
ニコニコの笑顔でブンブンと交わした手を上下させるミリャに釣られ、レンヒルトもクスッと軽く吹き出す。そんな彼女たちの様子にアザミは心の内でホッと安堵の息を吐き出した。どうなることかと心配したが、この調子なら案外うまくやっていけそうだ。
「ところで……」
そんな丸く収まりそうな雰囲気だが、一つまだ残っている問題が……。というのは大袈裟かもしれないが、些末なものがまだ残っていた。レンヒルトの視線がチラッとミリャの肩越しにその向こう、とある少女へ向けられる。
「ミリャ様が神代兵器でしたら、ではそちらの方は……」
「……そうね。まず名乗れと申したのはサキだし、ここでぞんざいな態度をとる方がフェアじゃないわよね」
サキアは腰に手を当て、はぁーっと深く息を吐きだした。ここまでのやり取り、そしてミリャとの交流を見る限り、アザミの仲間らしき二人の少女に敵意を向ける必要性はもう無さそうだ。筋を通すという意味であのような態度をとったが、別にサキアは外部を拒絶するタイプじゃない。むしろ積極的に他と交流する、社交的なタイプの少女である。さっきは時と場合的にそうせざるを得なかったというだけ。
「先ほどの態度は謝罪するわ。レン、シア。サキの名前はサキア……サキア・ピルトゥシャール。アザミ君の、何というか、知り合い? お目付け役? まあ、そういう感じの関係だよ」
サキアもその名を名乗り、フフッと表情柔らかに恭しく礼をした。そういう立ち居振る舞いはさすが魔界の正妃、だろうか。必死に勉強した甲斐あって、サキアのそれは随分と様になっている。
(さすがにエヴァグレイスの姓を名乗るわけにはいかなかったし、咄嗟に旧名の方を口にしちゃったけど……まあいいよね)
サキアが魔界の正妃であることは内緒なのだ。モルトリンデじゃ内密に行動している以上、変にぼろを出すわけにはいかない。名前ぐらいなら同名で誤魔化せるだろうが、さすがに苗字も一緒は言い訳が通じないだろうから。
とはいえ、‟ピルトゥシャール”……世間じゃ迫害され、嫌われ者・憎まれ者である吸血鬼族の忌姓を持ち出したのも迂闊だったろうか。知る人が聞けば顔をしかめるだろうし、調べればそれが忌むべき吸血鬼の滅びた家の名だとバレそうだし。
「最初からあだ名、ね。ううん、悪くないよ。その方がこっちも気兼ねなくていいし」
「はい、よろしくお願いしますねサキア様。アザミ様と行動を共にされるのでしたらこの先、私たちにとっても遠くない関係になるでしょうし」
しかし、シルリシアもレンヒルトもそんな素振りは一切見せない。詮索も、眉を顰めることもしない。屈託のない笑みを見せ、気軽に握手を求めてくる。そんな態度に少しほっとして、そしてそんな彼女たちに一度は敵意警戒心を見せてしまったことにズキンと罪悪感を覚える。
(まあ、シスル……アザミ君の仲間って時点でこの世界の外部の人間だもんね。サキの噂とか吸血鬼のしがらみとかには縁ないだろうなぁって思ってたけど、危ない橋は渡るもんじゃないね)
そこはひとつ反省点、である。二人の少女と改めて親睦の握手を交わしながら、サキアはアザミをチラッと見つめて小さく肩をすくめる仕草を見せた。
「とまあ、とりあえず一触即発の事態は抜けたって認識で大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。そもそも最初からいがみ合ってはいなかったと思うけどね」
四人の少女はアザミの問いかけに頷いた。その笑みには裏も無く、綻びも、冷たさも無い。女性同士の関係性は難しいと聞くが、この様子であれば問題もなさそうだ。アザミはホッと胸をなでおろす。
(あのままギクシャクした状態で再会ってのは面倒だったからな。まったく、俺一人で握れる手綱の数を超えているぞこんなもの)
一癖も二癖もある四人の少女と、一人のアザミ。ハーレムだ!、なんて舞い上がる馬鹿になんてなれるはずもなく。というか、もしそんなハイテンションでアザミと入れ替わりたいと妄想するものが居ればどうぞどうぞとむしろ代わりたいくらいだった。神代兵器に、魔界の歴史に名を遺すレベルの鬼嫁に、悪戯好きの掴めない少女に、馬鹿真面目。このメンツに入って鼻の下を伸ばせる男がいるなら、会ってみたいくらいだ。全員漏れなく美少女だが、それを除いても余りあるくらい癖つよなメンバーなのだから。
「顔見せはこんなところか。で、だ。さっきからずっと気になっていたんだけど……」
そんなそれぞれ違った強さを持つ四人の少女をあらためてグルリと見渡したのち、アザミの視線はスッとこの場の第“六”人目に向く。
「アンタ、一体何者だ?」
最初から、それはマイラの捜索に手詰まってこの場に集合したその時から思っていた。思っていながらあえて触れてこなかったのだが、ここまで来て流石に無視することは出来ない。
怪しさで言えば壱百萬点。不穏さ、不気味さでも同等の評価を受けるだろう。
そんなアザミの懐疑的な視線に合わせ、四人の少女たちからも同じような視線を受ける。内訳は、サキアはアザミと同じ警戒心、ミリャは謎の対抗意識、そしてシルリシアとレンヒルトは「あー……」と苦笑い。
そんなこの場にいる全員からの注目を受けながらも、その人物は慣れた面持ちでスクッと姿勢を正す。
「……道化にとって喋事は禁忌でありますが、此の場においては致し方ないでしょうな」
その声は想像していたよりも渋く、低く通る声。目を閉じて声だけを聞けば、それはどこぞのダンディーな紳士だ。けれど、そのひょうきんな格好とおしろいのせいで違和感しかない。
「改めまして、皆様。今宵に居合わせ舞台を共した者として名乗らせて頂きましょう」
その道化師はピンと背筋を伸ばしたまま両手を広げ、そして冠っていた不思議帽子を軽く持ち上げて恭しく礼をする。
だがしかし、相変わらずその格好のせいで軽薄なおふざけに見えてしまうのはいかがしたものか。
赤のヒールにボーダーの上下。ピエロといえば小柄でふっくらしたイメージのある中、彼は声色に違わずシュッとした体型で長身。おそらくはアザミよりも背が高いだろう。そして、白塗りの顔面に三日月型の口、不気味さと親密さを共に与える馴れない目元も忘れちゃいけない。
観客たちを前にすればそれは立派な道化師。けれど声を出してしまえばそれは単なる道化者だ。
「はじめまして、御客様。私はしがない大道芸師のロヴィンといいます。そして秘めたる真の名を……」
暗がり、壁に立てかけられた木札に刻まれた道化の名前。されどそれは偽物であり飾りの名であり、芸名であり、そして彼の本当の名前は、
「ヴィンター・ノイシュ―――、といいます」
月光の下、その道化師はクスリと笑みを浮かべた。
それは不敵であり不気味であり、それでいて親しみある朧げな笑み。見るものを虜にしてしまいそうな……気を抜けば吸い込まれ、飲み込まれそうな雰囲気を醸し出すそれは、夜の幻想も相まって喜劇の演じ手とは程遠いものに見えた。
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