9話 入学式と出会い(2)
【聖剣魔術学園豆知識】
トーチ・キールシュタット
1年S1組の生徒。新入生総代を務める。騎士階級の名家キールシュタット家の跡継ぎ。
超絶ブラコンな妹がいるらしい
「あれ? お前達はクラス分け、見に行かないのか?」
我関せずと自席で皆の様子を観察していて、アザミはふと会場内に2種類の人がいることに気づいた。
クラス分けを気にして昇降口を目指す者たち。その一方でそれをニヤニヤと見つめ、椅子から立ち上がろうとしない者たち。双子の前の席の少女たちも座ったままだった。アザミに突然声をかけられ、二人の少女の片方がビクッと驚きで肩を震わせた。
「え、えっと……! そのっ、私達は......ゴニョゴニョ……」
「えっ? すまない、何も聞こえないんだけど―――」
目の前の少女は背が小柄で小さいだけでなく声も小さかった。加えて周りの騒音もあって、もはやアザミの耳には何も聞こえていなかった。だから聞き返したのだが、もう一回、と指を一本立てて耳を立てるアザミを見て、その少女は何故か真っ赤になる。
「う、ううぅぅっっ、、、、」
真っ赤な顔を指で覆って俯く少女に、アザミはどうして良いか分からず頭をかく。シトラも反応に困っていた。するとそこへもうひとりの少女がアザミと声の小さな少女との間に割って入ってきた。
「ちょっと、あんたら何? 大丈夫? クレア......クレアのことイジメたら許さないんだからね!?」
「フレイアちゃん―――!」
フレイアと呼ばれた少女がアザミを睨んでいた。身長はクレアと同じくらいか、少し上くらい。だが水色の髪におとなしいオーラの漂うクレアに対して、フレイアは金色の髪を無造作に束ねた活発な女の子、と言った感じの見た目をしている。性格も内気なクレアに対して正反対のようだ。アザミは自分をまるで仇かのように睨みつけるフレイアに両手を軽く挙げて首を振った。
「いや、俺はただ質問をしただけだ。クラス分けに興味がないのかなって思ってな」
入学初日からいじめっ子認定はマズいからな、と明確に否定するアザミ。だが、
(魔王って確かにいじめっ子キャラですよね、うふふ......)
なんて考えている妹が横にいるのだがそれはひとまず置いておこう。フレイアはアザミの否定を聞いてなおさら怪訝そうに眉をひそめた。
「はぁ? なによそれ、、てか人のこと気にする前にあんた達がクラス分け見に行きなさいよ!」
「俺らは自分のクラスを知ってるからな。ひょっとしてお前らもそういう感じか?」
「知ってるっていうか……えっ? いや、おかしいわ。知ってるって、あんたは普通科よね!? なんで自分のクラスを知ってるのよ」
「先生から直接教えてもらったんです。A組だって」
普通科、またそれだ。アザミは好機だとばかりにフレイアにその意味を聞こうとしたが、それより先にシトラがフレイアに答えた。先生に教えてもらった、と。だがその答えにフレイアは先程よりも一層怪訝そうな表情を浮かべ、
「教師から直接って、そんなの聞いたこと無いわよ……。そんな、あんたら何者なの!?」
「大したものじゃないがな。俺は1年A組のアザミ・ミラヴァードだ」
「妹のシトラです。ところで先程から何度か耳にしたのですがその”普通科”とはなんなのでしょうか」
アザミが聞きたがっていたことはシトラも同じだったらしい。普通科とは、と質問をフレイアに投げかけたシトラ。だが、フレイアはシトラの質問に本気で言ってるの? と言いたげな表情を浮かべた。
「……答えてはくれないのですか?」
「……いずれ分かるわよ。この学校で過ごすなら嫌でも、ね。……答えてあげたいんだけど悪いわね。そろそろ私達も教室に移動するから、聞くなら他の人に聞いてちょうだい」
フレイアがクレアの手を引いて立ち上がると、双子を一瞥してそう言った。そして立ち去ろうとしたが、思い出したように再び二人は双子の方をくるっと振り返った。
「……1年S1組のリヴァ・フレイアよ。いちおう同級生になるんだし、名前くらい名乗っておくわ」
「……S1組のクレア・スノウ......ですっっ、、、」
クレアはフレイアの後ろに隠れながらボソボソとつぶやく。幸いすでにかなりの人が体育館から移動しており、騒音が少なかったため聞き取ることが出来た。それでも何とか、だが。
「よろしくな。……っと、じゃあ俺らもそろそろ教室に行くか、シトラ」
二人が今度こそ背を向け、講堂からでていくのを確認して、アザミもシトラの手を引き教室へと向かった。
* * * * *
「あの、ところでなのですが......どうして私達は手をつないでいるのですか?」
自分の右手を握るアザミの左手をチラッと見て、シトラが少し恥ずかしそうにアザミに尋ねる。それは兄に手を引っ張られる妹、という構図なのだが、まだ入学初日であることや双子のくせに顔つきが似ていないからだろう。事情を知らない周りの生徒たちからは恋人と見られているのか、ジロジロと好奇の目線を向けられていた。だがアザミはそんな視線を特に気にする様子無く、シトラに「ほら、あれだよ、、」と答えた。
「いや、お前目を離したら迷ってどっか行きそうだし……」
「なっ―――!? 私、もう高等学校生ですよ!? 迷子になんてなりませんっ! それにあなたこそよく迷子になるじゃないですか! 今朝だって……」
「おいおい、その話はしない約束だろ? ……それ言うなら試験の日に迷ったのだってシトラが―――」
「あーあー! それ言いますか!? 違いますもんっ! 私よりあなたのほうがぜーったい方向音痴ですもんっ!」
ついいつもの調子で廊下で双子はギャーギャーと言い争いを始めた。周りからの視線は一層キツイものになるが、相変わらず双子はそういう視線を一切気にしていない。二人だけの世界に入り込んだかのように五十歩百歩な言い合いを続ける。だが、それを止めたのは……
「―――おい、君たちはどこのアツアツカップルだッッ!」
ハイルがパコンと双子の頭を生徒名簿で叩いた。その衝撃でグッと言葉に詰まる双子。言い争いがピタッと止み、振り返った双子は自分たちを止めた男に気がついた。長身で優しそうな雰囲気の漂う、胸にいつもの羽ペンを刺したスーツ姿の男。そう、
「バードマン先生!」
「ハイル先生と呼んでくれ。あまり家の名は好かないものでね」
「ハイル先生……!」
「よし、それでいい。昨日ぶりだな、問題児の双子」
元気そうな双子の様子にハイルはニヤリと笑った。アザミとシトラは軽く会釈し、そして自分たちの呼称に納得できない前置きが入っている事に気がついた。
「問題児って、どういう意味ですか?」
「……おい、自覚ないのか? それはちょっとやばい、、だろ。試験に遅刻したり、ほらっ、今だって大声で言い争ってたろ? まったく、お前らあんまり大声で騒ぐなよ。他の生徒に迷惑だ。夫婦仲良くいちゃつくのはいいがTPOをわきまえてくれ」
「ごめんなさい……てか夫婦じゃないっ!!」
けっこう周りからじっと見られていたことにようやく気がつき、急に恥ずかしくなる双子。ハイルはそんな双子を連れて廊下を進んで行く。聖剣魔術学園の冷たい赤レンガ造りの見た目とは異なり、中は明るい色の壁紙で覆われていたりと、だいぶ温かなものを感じる。窓から見える中庭には綺麗な緑が広がっていて、こちらもやはり温かな印象を与えてくれた。そんな学園の内装を観察しながら進んでいるといつの間にか、双子は教室の前についていた。
「ここがA組の教室だ」
そう言ってハイルが教室の扉を開ける。そして「お前らはあそこな」と羽ペンで双子の席を示す。双子は教室の真ん中の列、後ろから2列目の隣りどうしの席だった。
ざっと見回してみるとクラスは30人ぐらい、だろうか。積極的に話しかけ、友達を作ろうとしている赤髪の男や、静かに本を読んでいる女の子などいろいろな人がいる。
教室に入ったハイルはまず生徒たちをぐるっと見回して、教卓を羽ペンでトントンと軽く叩いた。すると教卓がフッと消えた。急に消えた教卓に生徒の視線が一瞬でハイルに集まる。それを見てハイルはニコリと笑い、
「さて、新入生の皆。僕が君たちA組の担任、ハイル・バードマンだ」
そう普通に名乗った。なのに、その名前を聞いたクラスがザワザワと教室がざわめき出した。
「え? ハイル・バードマンってもしかして、あの飛翔魔術師の!?」
「確か、魔術では不可能とされていた飛行魔術を発明した天才……」
「この学園を主席で卒業した学園史上トップの魔術師だろ?」
「どうしてそんな人が教師なんて……」
「というかなんで教卓を消したの??」
ハイルが教師として自分たちの目の前にいる、そんな状況にザワザワする周りと対象的に、こういう話題にトコトン疎い双子は「ん?」と首をかしげていた。
「確かに300年前に空飛ぶ魔法なんて無かったから驚いたけど、、。ひょっとしてあの先生ってそんなに有名人なのか?」
「えぇ! 君知らないのかい!?」
ボソッと独り言のつもりで呟いたアザミの言葉に、後ろの席の少年が驚きの声を上げた。その声に振り向くアザミ。その声の主の身長は男にしては低い。クレアやフレイアより少し高いレベルだろうか。それは黒い髪にメガネを掛けた、見るからに勇者ではなく魔術師タイプの少年だった。その少年はクイッとメガネを上げ、アザミに向けて鼻息荒く熱弁を奮い始めた。
「ハイル・バードマンといえば、この王国の魔術レベルを2段階ぐらい押し上げたとも言われている天才魔術師だよ! あの人の実力なら国家魔術師なんて余裕だろうし、いくらここが聖剣魔術学園といえども、高等学校レベルの教育に携わるような人じゃないんだよっ!」
「そうなのか。えっと……」
「あぁ、ダグラス・ロイセンだ。ダグラスって呼んでくれよ」
若干引き気味なアザミに、ダグラスは名乗っていなかったことに気づいて気さくに自己紹介をした。アザミもその熱量に圧倒されながらも、名乗る。
「アザミ・ミラヴァードだ。俺のこともアザミでいい。……ところでダグラスは同い年、、ってことでいいんだよな?」
アザミがダグラスの背丈を確認しながらそう言った。
「やめてくれよ。低身長なのは気にしているんだ。……飛び級とかじゃない、正真正銘僕は15歳さ」
ダグラスは少し気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。アザミはごめん、と手を合わせてダグラスに謝った。それを見逃していなかったハイルがパンパンと咎めるように両手を叩く。その音にビクッと前を向くアザミ。
「はいはい、静かに。自己紹介は後でやってくれ」
盛り上がっていたクラスを一旦鎮め、ハイルは話を続ける。
「僕がこのクラスの担任に立候補したんだ。王国を守るためには君たちのような金の卵を育てるほうがいいからね」
とりあえず、とハイルが一番皆が気にしていたことについてめんどくさそうに説明した。おそらくこれまでも何度も説明させられてきたのだろう。だがなぜか、その言葉にアザミは「ハイルが何かを隠している」ような引っかかりを感じた。そんなピクリと眉をひそめるアザミなど知る由もなく、
「さて、各々自己紹介は後で勝手にやってもらうとして……」
ハイルが羽ペンで黒板をトンっと叩いた。すると黒板にズラーッと文字がひとりでに描かれていく。
「じゃあ、早速だけど最初の行事の説明をしようか―――」
この小説を見つけてくださったあなたに感謝します。
是非コメントや評価のほうもよろしくおねがいします。励みになります!
「続きが読みたい」と思ってくださった方はブックマークもくださると本当に嬉しいです!!