95話 転校生
宵。薄明かりの中で少女は目を覚ます。横には男が眠っていた。起こさないよう、そっとベットから起き上がろうとする。だが、布団が動いたことに気づいたのか、男の目がパチッと開く。
「す、すみません。起こすつもりはなかったのですが、、」
「……」
男は面倒くさそうに枕元にあったガウンを裸の少女に投げつける。
「着ろ。風邪をひかれると面倒臭い」
「あ、ありがとうございます」
少女はシルクのような透き通った生肌の上にガウンを羽織る。上半身裸の男は退屈そうな声を出す。
「……寝るのも面倒臭いから、夜伽の相手にと思った。でも、お前には早かったみたいだ、リゼ。普通に寝た方が楽だ」
「申し訳ありません。イドレイ様、、私が未熟なばかりに……」
リゼ、と呼ばれた少女がガウンの裾をギュッと握りしめ、申し訳なさげに俯く。
「まあいい。早く着替えろ。計画が遅れるのも面倒だ」
その言葉にリゼは机の上にあった制服を無造作に手に取り広げ、着替え始める。
「……それにしても、人界の中でこのような屋敷を見つけられて幸運でした。てっきり、野宿をするものかと、、」
「野宿なんて面倒。全く、人界はなんて怠惰なんだ。……人界にも魔界の味方をする方が利益の出る連中もいる。俺たちはそれを利用する。それだけ……」
そう言ってイドレイは再びベットへと潜り込む。リゼはシャツを羽織り、スカートをウエストの位置で留める。
(――やはり、人なんて愚かなもの、、。壊すばかりで壊されることを知らない……)
パチンっとリボンを胸元につけ、流れるような黒髪を口にくわえていた赤いヘアゴムでひとつに結う。フワッとスカートを広げ、鏡の中に写る自分を見る。
「――別人、みたいだな」
数年前までは決して着られなかったような服装。イドレイに仕えるようになって、少しでも何か変えられただろうか。リゼは自問する。いや、変えなければならない。一族の未来のためにも。過去に私達を救って下さった“英雄”のためにも。
「待ってて、皆。私が、終わらせてみせるから、、」
ドアを開け、陽の差す外へ出る。その暖かな光に鬱陶しそうに目を細め、日傘を差したリゼは歩きだす。鋭い犬歯がキラリと光っていた。
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「おはよー!」
「おはよう! おい、課題やったか?」
いつも通りの日常だ。夏休みも明けて、聖剣魔術学園に日常が戻る。久しぶりに会うクラスメートに盛り上がっている教室をよそ目に、双子は自分たちの席に腰を下ろす。
「……おはよう、2人とも。元気だったか?」
「おはよう、アック。随分と久しぶりな気がするよ」
アックがヒヒッと気さくな笑みを浮かべる。アックは合宿には参加せず家の用事に出ていた。なので会うのは一学期最後の日以来だ。夏休み中ずっと会ってなかったことになる。
「背、伸びたか?」
「ん〜? あーまあ、ちょっと制服が窮屈かもな、、」
アックがシャツをバサバサと扇ぐ。それを見てアザミが「アハハ......」と引きつった笑いを浮かべる。
(こいつ、まだデカくなるのかよ......)
アックはクラスで一番デカかったり、学年でも1,2を争うくらいの長身だったりする。ゴードンといい勝負だ。
「……そんなことより、聞いたか? 次の行事のこと、、」
そこまで小さいわけではないのだが、なんだか最近シトラとの差が縮まってきていることに対して真剣に悩んでいるアザミは“そんなこと”という発言に眉をピクリと動かす。
(……そんなこと、ねえ。そんなことって言うなら少しぐらい分けてくれたって――)
「――アザミ? 聞いてるか?」
「っと、悪い。……次の行事だっけ? 聞いてないな、何も。何があるんだ?」
ボーッとしていたアザミは申し訳なさげに謝る。アックがゴホンッ、と軽く咳払いをして話し始める。
「……聞いた話によると次の行事は双剣戦と言うらしいんだ。各学年ごとに予選を行い、学年ごとの優勝者を決めるらしい、、」
「つまり、バトルロワイヤルってことか? それは、、これまでと比べていささか見劣りするがな......」
「もちろん、ただのバトルロワイヤルじゃないさ。双剣戦、だ。ペアを組んで戦うんだよ。つまり、2対2だ」
アックの言葉に「なるほど! 面白い、、」とアザミがにやりと笑みを浮かべる。
(――そう来たか。……双剣戦、、。戦場において1人で戦うこともある。が、二人っきりになったときにどうやって生き残るか。互いに互いを守り、信頼し支え合う。死なばもろともの関係。……それを学ばせるのな、、)
「……まったく、君はいつもなんだか楽しそうだな」
アックが微笑ましそうにアザミを見つめる。期待、羨望よりも不安が勝ってしまうアックはアザミのそういうところが羨ましいと思っていた。きっとこんな自分よりも物事を冷静に分析し、ピンチも楽しめるようなアザミがリーダーに相応しいのだろうな、とも。
まあ、アックはミレディ島でアザミがどれだけ取り乱し、ピンチにおいて冷静さを欠いたかなんて知らないのだが。
そんなアックの気持ちなどつゆ知らず、アザミは「ああ」と頷き笑う。
「楽しいさ。だって、挑戦するごとに新たな学びのみがあるなんて、この先にはないぜ? 今だけだよ。それを楽しまずしてどうするんだ......?」
アザミはそういうやつだ。きっとこの先、ほとんどは兵士として騎士団に入るのだろう。そのときは学びとともに危険が常に隣に立つ。そして今だけが、純粋に学びを追い求められる時期。
「……やっぱり羨ましいよ。アザミのそういうところ」
「アックも割り切ってしまえよ。行事のたびに不安になってちゃ、保たないぞ」
アザミが緊張をほぐすようにアックの肩をポンッと叩く。
「……へえ、双剣戦ねえ。面白そうじゃねえか」
そんな2人の間にひょっこりとグリムが現れる。そのまま自分の席に向かうと鞄を置き、静かに本を読んでいたエイドに話しかける。
「なあ、エイド。俺と組まねえか?」
「……いいよ。でも、その双剣戦ってもう確定してるの、、?」
エイドが本に栞を挟むと立ち上がり、アザミ達の会話の輪に加わる。
「たぶん、ね。親戚にこの学園の卒業生がいるんだけどさ、その人が言うには毎年あるらしい。二学期のメインイベントだとよ」
基本的に聖剣魔術学園のカリキュラムは洗練された完璧なものだ。将来、一流の魔術師・騎士になるために様々な経験を積ませるために特別な行事を準備している。
だから、よっぽどのことがない限り行事は例年変わらないのだ。まあ、学年ごとに多少は違いがあるが。
「……それじゃあ、双剣戦はあると考えていいのですね?」
「ああ。だから、今も廊下とかで秘密裏に契約を交わしたりとかしてるぜ? クラスの垣根も全部越えて自由に組めるイベントだからな。条件は『二人組』であること。それだけらしいし、、」
アックの言葉に少しじっくりと耳を澄ませると確かに教室中でヒソヒソと何か話し合う声や握手が行われていたりする。
アザミとシトラはじーっと目を合わせ、お互いに見つめ合う。
「それじゃあ......」
「……よろしくおねがいします」
その様子にアック、エイドにグリムも「やれやれ」、と息を吐く。もうこの2人のラブラブには慣れっこだ。
「まあ、お前らと戦うことになっても、負けねえぜ?」
「それはこちらもだ。負ける気なんてさらさら無いさ。なあ? シトラ」
「ええ。もう誰にも、何があっても負けません」
シトラがすっと前に出る。まだ双剣戦は始まっていないというのに、早くもヒートアップしている。そのとき、盛り上がっていた教室のドアがガラガラと開き、ハイルが現れる。教室の喧騒を見るやいなや、パンッ! と手を鳴らし、全員に席につけ、と促す。
「――さて、夏休みも終わり、こうして皆と会えて俺は嬉しいよ。そんで、今の盛り上がりから察するにお前ら、双剣戦についてはもう知っているのな?」
A組の皆がハイルの言葉にまばらに頷く。それを見てハイルが「ああ、そう」と軽い反応を見せる。
「ラッキー! ……説明する手間が省けたよ。でも、“こっちの重大発表”は知らないみたいだね?」
ハイルの言葉に教室がザワザワと再びざわめく。
「……アザミ、アザミ。なんか知ってっか?」
「――さあ? 見てれば分かるんじゃないか、、」
アザミ含め、全員の視線がハイルに集中する。なんであろうと“重大発表”には興味がそそられるものだ。
その反応に満足そうにうなずき、ハイルがニコリと微笑む。
「――じゃあ、入っておいで」
スッ......と、その少女は静かに教室に入ってきた。黒い髪を赤いヘアゴムでひとつに結んだ色白の少女。
少女は冷たい目で教室を一瞥しハイルの方をちらっと見る。
「あー、自己紹介をお願いできるかな?」
少女は面倒くさげに軽く息を吐く。
「……リゼ・ケイネス」
リゼはそれだけ言うと、小さく会釈して開いている席へ向かい腰を下ろす。
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