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90話 蝶ト樹の魔王

「何が狙いだ、リコリス......」


 アザミがキッと鋭い目つきでリコリスを睨みつける。だが、その背中を冷たい汗がツーっと伝う。


(“私より弱い”、か......。まさか、あながち間違いではないのか……?)


 魔力暴走を防ぐ手立てはいくつかある。確実なのは、魔力を逃がすか、止めること。魔力暴走とはとめどなく体内を循環する魔力の流れにイレギュラーを起こすことで暴発させるもの。それなのに、リコリスは“何もしなかった”。何の対策もせずアザミの攻撃を受け、そしてケロッとした様子で立っている。


「狙い、かぁ。そこで倒れているアヴィの回収、かな。あと、父さんに会いたかったから」


 リコリスが愛くるしく微笑む。それだけ見ると、この少女が人界の最大の敵、七罪の使徒の1人、魔王だなんて誰も信じられないだろう。


 リコリスがてくてくと倒れているアイヴィージェの方へ歩み寄る。


「……アイヴィージェを助けに、ってことか? ……させねえよ、、」


 アザミが足に力を入れ、リコリスを止めようと体を動かす。だが、リコリスは全く意に介していない様子でアイヴィージェのすぐそばに立ち、その顔を見下ろす。その手にはいつの間にか、槍が握られていた。


「――助ける? いや、ほしいのはこれだけだよ」


 そう言ってリコリスはザクッと手に持った槍をアイヴィージェに突き刺す。アザミは目の前で起こった予想外の光景に呆然と立ち尽くす。


「……アァ、、リコ、リスデスカ? なん、で……」


 アイヴィージェが瞳孔を見開き、恨みがましそうにリコリスを見上げる。


「なんでって? 用済みだからさ」


 リコリスが感情のない言葉で淡々と告げ、胸に刺した槍をグリグリとねじる。そのたびにアイヴィージェは苦悶の表情を浮かべながらアザミの方を見る。


「た、すけて――」


「ダメだよアヴィ。君はもう、限界だ。“嫉妬”を冠する君なのに、もうその枠を超えてしまった。人間を、羨んでしまった、、」


 アイヴィージェは人間を羨ましく思った。仲間がいて、家族がいて、誰かが温かい言葉をかけてくれる、そんな人間を。だが、羨んでしまったものは決して超えられない。魔界の者であるアイヴィージェにとって、それは人界に対して勝利できないということを示していた。


「それに最後に君は、望みすぎた。あれじゃあ、まるで強欲だよ。それは嫉妬じゃない。……そんな弟はね、もういらないの。だからさ、、」


――死んで


 リコリスが最後に笑顔を作り、その3文字を告げると同時に槍を引き抜く。

 アイヴィージェが何か言おうと口をパクパクさせるが、それも虚しくその体が灰となってサ―ッと風に乗り闇に消える。


「――リコリス、お前は何を考えているんだ......。仲間を、手にかけるなんて……」


 アザミの表情が怒りに染まる。それは、リコリスに対する怒り、そしてそれを止められなかった自分への怒り。だが、リコリスは地面に残ったアイヴィージェの腕を拾い上げると、不思議そうに首を傾げる。


「仲間? いやいや、関係ないよそんなの。使えないものは斬り捨てて、新しいものを入れるんだよ。もうアイヴィージェはだいぶ狂ってきてたからね。潮時だったんだよ」


「――失敗したならまたチャンスをやればいいだろ? どうしてすぐに殺すんだ......!」


 アザミの言葉にリコリスの笑顔がピタッと止まり、ふぅと息を吐き表情に暗い影が落ちる。


「……甘いんだよ、父さんは。はあ、、アヴィには『殺すな』って命令していたんだよ? なのに、あいつは父さんを殺そうとしたじゃない? 自分の嫉妬なんて醜い感情に突き動かされて、挙句の果てには強欲な願いなんて持っちゃってさ。私の命令を聞けない者は魔界にいらないんだよ。まあ、もしもアヴィが本気で父さんを殺そうとしたら、父さんが危なくなったら私がアヴィを止めるつもりだったけどさ、、」


 リコリスがクルクルと指を弄りながらアザミの方に冷たい視線を投げかける。


「……その考え方には賛同できないな」


「べつに父さんに理解してもらいたいなんて思ってないよ。逆に、私は父さんのやり方は絶対に取らない。ぬるすぎるよ、人界と仲良くなんて私は絶対にしない――」


 アザミとリコリスがにらみ合う。両者の間の空気がヒシヒシと重みを増していく。


「――父さんはさ、、」


「どうしてお前たちは俺のことを父と呼ぶんだ? アイヴィージェのときから気になっていた。300年前、俺とサキアの間に子供は居なかった。……なのになぜ、お前たちは俺の、魔王シスルの子を騙る......?」


 アザミが何かをいいかけたリコリスの言葉に被せるように、気になっていた事を質問する。

 アザミの言葉を聞いたリコリスの顔が、一瞬とても悲しげなものになる。


「騙る、か。父さんは私達のことを何も知らないんだね。……アヴィが言ってなかった? 『魔王の腕』とか」


 リコリスの言葉にアザミはアイヴィージェとの会話を思い起こす。


――そうですか。お父様はワタクシ達を子供とは思っていないのデスね。“魔王の腕”であるワタクシが寵愛を受けられず、愛されるのはあの子だけ、、


「……確かに言っていたな。どういう意味なんだ?」


 アザミの疑問に、リコリスが少しため息を付いて話し始める。


「べつに、話す義理はないんだけどね......。いいや、教えてあげる。私達、アヴィや他の使徒たちはね、魔王シスルの聖遺物を元に錬成された作り物の魔王、言わば特殊生命体(ミュータント)なの。だから、核を破壊しない限り死なないのよ」


 そう言ってリコリスがアイヴィージェの腕、だったものをクルクルと回す。


「チッ、俺の死んだあとでなんてことをしてるんだよ――」


(……特殊生命体(ミュータント)か。道理で俺の攻撃を受けても意識を失うだけだったアイヴィージェがリコリスに槍で刺されて死んだわけだ、、)


 誰かの遺体の1パーツを元に錬成された人造人間、特殊生命体(ミュータント)。並一通りの攻撃では死なず、魂の定着に用いた(コア)を破壊されない限り死ぬことも老いることもない存在。そしてその強さは対価となった遺体の強さに比例する。つまり、魔王であるシスルの体の一部分から錬成されたということは惑星級の強さを誇るということに他ならない。


 だが、これはあくまで机上の空論だったはずだ。少なくとも、300年前は。そして、今の人界でも。仮に魔界でその技術が確立されたのなら、、


 と、アザミがひとつ結論づける。だが、それはそれとして聞き過ごせる話ではない。

 なんせ自分の亡き後の魔界で、自分の遺体を元に魔王を作り出している、となれば看過はできない。


――それに、もし本当なら俺はこれから自分自身と戦うことになるんだから、な......


「……だから私達はあなたの子供なのよ? 父さん。アヴィは『魔王の腕』。私は『魔王の心』、、フフ。いいでしょ?」


 リコリスがいたずらっぽく笑う。


「俺は、、認めないぞ。それに、、誰が、そんな事をした? 誰が俺を元に魔王を錬成するだなんて言い出したんだ」


「さぁ? 知らな〜い。私もそんなに詳しくないんだよ。“魔王再降臨計画”、だったかな? 名前ぐらいしか聞いたことがないね、興味もなかったから……」


 リコリスはアザミの質問をのらりと躱す。そこには面倒くさいとか敵意と言った感情は全く無い。ただ純粋に興味が無いのだろう。

 リコリスが踵を返し、森の奥へと歩みを進めようとする。その背中にアザミが呼びかける。


「おい、待てよ。帰るならそれ、置いてけよ」


 アザミがリコリスの持つ腕を指差す。


「え? 嫌だけど、、だって、私が倒して得たものだし......」


「元はと言えば俺の腕だろ? もう、これ以上勝手な真似はさせない――!」


 アザミがスッと右腕を伸ばす。その眼が再び真っ黒に染まる。セラが慌ててアザミのローブの裾をきゅっと掴み、魔力を供給する。

 それを見てリコリスがため息をつく。


「……私、戦うつもり無いんだけどね、、」


「お前になくても、俺にある」


「あらまあ、傲慢なことで」


 そう言ってリコリスがフフッと笑みを浮かべ、アザミの方へ向き直す。


「やるつもりは無かったんだけどなぁ〜」


 リコリスが肩の力を抜き、「ねえ?」と、自身の手のひらに留まる金色の蝶に話しかける。風が吹き、リコリスの前髪を揺らす。星明かりはその姿を幻想的に描いていた。


(――あの蝶は、クリムパニス大墳墓で俺を助けたときのやつか、、)


 思い起こされるのは大墳墓での記憶。死地に陥ったアザミの元へ舞い降り、精霊石の存在を伝えた蝶。あのときは青色だったっけ。


(おそらくあの蝶には攻撃力はない、ただの魔法の媒介だろう。つまり、精霊と同義......。それならあの蝶の瞬きにさえ注意していれば――)


 アザミはリコリスの手のひら、羽を休める蝶に意識を向ける。精霊であれば、魔法を用いる際に必ず光を放つ。それが見えれば防ぎようも、避けようもあった。言わば後出しジャンケンのようなもの。


 だが......


「――あ、、れ、、?」


 ボタ、ボタとアザミの口から血が吹き出す。今度はアザミの腹が真っ赤に滲む番だった。その横腹を木の枝が貫いていた。リコリスの背中から生えた、漆黒の樹の枝が。

 気づけば刺さっていた。避けることは愚か、反応すらできなかった。


「……蝶ト樹の魔王(テフトキノマオウ)。私の幼時の二つ名なんて、知らないよね、、」


 リコリスがアザミの方を見て、悲しく微笑む。


「アザミ――!!」


 セラが泣きそうな顔でアザミの傷を押さえる。その手が赤く染まる。


「大丈夫だよ、精霊ちゃん。急所は外してあるから、死なない。それに、父さんには仲間もいるみたいだし?」


 森の奥からか細くだが近づいてくる男の声が聞こえる。

 リコリスがアザミの腹部に突き刺さった枝を引き抜く。支えを失ったアザミはそのまま地面に崩れ落ちる。リコリスはそっとそばに寄り、枕元に屈み、何かを囁く。


「」


 なんて言ったのか、大量出血で頭に血が回っていないアザミには理解できなかった。覚えているのはセラの泣き顔と、きれいな星空。そして、揺れるリコリスの瞳......。


 アザミの意識は、そこで途切れた。世界が闇に包まれる――



『……殺さないよ、今は。これは私の復讐なんだ。それなのにこーんなに簡単に終わったら、興ざめじゃないか。300年もその時を待ったんだからさ、次会うときはもっと楽しいことしようね、、。……じゃあ、おやすみ――』





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