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三十二話

 暗闇が何処と無く心地いい。虚無感と無限と広がる闇が混在する。

  

 大きな戦闘の後だからだろうか、達成感も、疲労感も、等しく体に満ちている。

 

 精霊界でのヨルムンガンドとの戦闘の後、人界に戻ったのは午後十一時。

 

 神殿長とのミーティングがあったが、滑り込みセーフといったところだろう。

 

 神殿長は苦笑い共に僕を出迎えた。が、神官としての長年の勘ゆえか、僕の状態を察した。

 

 その後の対応は普段の数倍は過保護で、普段から僕に付いている雑用係が身支度係にクラスアップして人数も増えた。

  

『なんなんですか、この状態!』

 

 僕の惨状か、過保護さか、兄上からの手紙を持ってきたサーラが目を丸くして言った言葉だ。

 

 何かと生活で困る事はなかったが、脇腹をくすぐられる様な小っ恥ずかしさが絶え間なく襲ってきた。

 

 ティーナはこれを毎日耐えているのだろうか?

 

 いや、生まれつきだから、気にする事は無いだろう。

 

 ガレアからのダンジョン攻略報告だったり、ティルフザール次世代機計画の進捗を確認したり、手元にあるエイリエスの書の複製を読み漁ったり。

 

 目的の夢説きの泉の伝説。その頁を見つけだし、何十ページにも及ぶ三十分の一も読めずに情報量から頭痛を引き起こしたり。

 

 たった千字あまり。それなのに机上はメモ書きと計算の走り書きが散らかっている。この本が相当なものである、その事が激化させているのであろうが、禁書管理課の机が散らかり放題なのも理解出来る。

 

 ローエンス先生のことを叱れなくなる日は近いかもしれない。

 

 しかし、エイリエスの書にある魔導理論をチラ見したが、僕の精霊関係の術式が一変するかもしれない。

 

 世間に漏れようものなら、精霊の巫女信仰が消失するだろう。

 

 まぁ、どっかの馬鹿皇子が己の正当性に致命的な欠損を持っていても知ったことでは無い。

 

 教える義理も、義務も、返す恩も無い。

 

 ……口論の決め手には使えるか、頭の中でしっかり覚えておこう。メモに書いて、紛失でもすれば無用な争いが生まれかねない。

 

 それは僕の望む所でもない。

 

 ――――――――――――――――――――――――


 毎日の様に儀式が催される大神殿も月明かりの下で静まる零時。

 

 時計の針がその数字を回る頃、独りでに自室のドアが開く。

 

 僕の部屋にはコア達の分体であるCCSBとTUSB、加えて諸々の進化を経たドラポイ君。


 他にも、『鴉』の部隊員が数人。寝てはいるが、ガレアとブォルフレ君も居る。未だに病人の印象が残っているからか、無意識に僕も過保護気味に護衛を置いてしまっている。

 

 まだ、消化していない予定の内、僕に敵意のない物は……何時だったか部下に投げた学院の隠し通路の件か。

 

「もうちょっとホラーさを抑えて入れないかなぁ。エンデール君」

 

 シスム様の使徒故に、僕の部屋は月明かりを最大限取り込む作りになっている。

 

 それこそ、現在時刻でさえ夏の五時頃と同じくらいの光量を保つ程に。

 

 それなのに、床には黒が刺し、明るさには程遠い薄暗いさが辺りを漂い始めていた。

 

 これこそは『鴉』三番隊隊長エンデール・レイミットの術式によるものだ。

 

「………おれの個性だから、ね?」

 

 彼の体は闇属性魔力に極端とも言える程適正を示しており、それは実生活に影響を及ぼす程。

 

 極端な適正故に、彼の体は光に弱くなってしまい。現在も神殿という場所の特性を受けている筈だ。

 

 その浄化特性と、光属性魔力を打ち消す為なのだろうけど、その膨大な数闇属性魔力はこの時間帯の僕には刺激が強い。

 

「分かって入るけどね。で、どうだった?あの通路は」

 

 基本的に帝都全般の事項は三番隊の仕事であり、学院の潜入調査もその一つだ。

 

「………貴族派とは違う痕跡が見つかった…………精密に再現されていたけど……ホンモノはもっと杜撰…」

 

 そう言って、ゴソゴソと闇の中から取り出したる血痕が付着したナイフを掲げた。

 

 べっとりと付着した血痕は今着いた(・・・・)かのような雰囲気を醸し出している。

 

 塗料などを合成した物を使うのが貴族派の暗殺技術だが……

 

「使われているのは人口血液か、其れも態と粗雑に作った」

 

「………貴族派なら……ケチりそうな部分……」

 

 まぁ、あの連中ならば、確実に手を抜く部分だろう。問題は、連中は黒幕達の予想を上回る事だろう。

 

「あの連中なら、少し凝っただけのインクで作るんだがなぁ」

 

「………うん……暗殺者の隅にも置けない奴ら……」

 

 惜しむらくは事前調査の不足。あの連中は基本的にスラム街からの出身が多く、経費をケチる者もまた多い。

 

「で、コレはどこで見つかったのかな?通路の先?それとも、途中かな?」

 

「………通路の先五キロメートル、牢の鉄城……放棄された儀式城塞…」

 

 イスタール帝国内で凶悪犯を集結させ、一括管理する事を目的として建設された城。崇高な目的の裏には危険なものが隠されていた。

 

 その結果、現在廃棄されている。その危険なものは今口にするには物々しいので、後に回そう。

 

「あー、あそこか。あの祭壇の再励起を狙った様に見せかけるのが、狙いだろうね」

 

「………けど…祭壇の生贄には到底ありえない……」

 

 だろうね。たかが人類種数人の生命如きで満たされる器では無いし。

 

「ふーむ。状況証拠は完全に国外を指しているね。ここから先は僕達の範疇では無い、かな」

 

「……国外の連中にしても……手段が杜撰……見せかけかも……」

 

「その線もあるのが、微妙な所だね。合同調査が妥当か」

 

 少しでもアウトローに染まっていれば知り得る知識のみを用いて創り出された状況。杜撰なのか、何かの策なのか。新手の犯罪組織か、古参のマフィアでも進出してきたのか。

 

 深まる考察は徐々に窮屈さを呼び起こした。手詰まり。言葉が自然に脳裏に浮かぶ。

 

 『精霊の巫女』の件同様情報の不足が行く手を阻んた。

 

「…………『ファントムフィクサー』に調査の申し出をしておく………」

 

「頼むよ。今しばらく、僕は帝位争いから手を離せそうにない」

 

 ズルズルと闇の霧に沈み込むエンデール君を見送る。

 

 明日は僕の聖者就任式典。加えて、新たな神器が帝国に舞い降りた事の発表。この二つが帝都を揺るがす事になるだろう。

 

 全貴族家の大まかな出方は把握できているが、子弟までとなると、話は違う。予測のよの字も無い。

 

 個人感情が判断を変える部分が多いし、そもそも貴族家当たり三人は居る子弟含め貴族家族を探っていては、人員が足りない。

 

 情報に対する全権を持っていても、見合うだけの数無いのだ。

 

 代々エルカミス家が抱える問題点であり、国内では唯一の弱点。

 

 その改善の為に僕の魔術科目専行は召喚術を中心とする使役術全般な訳だ。因みに兄上の専門は身体能力強化魔術で、カシス嬢は補助術式。

 

 カシス嬢は婚約のルーツが異質過ぎる故に暗躍家業に参加出来ているが、基本的には外の血には介入させないのが鉄則である。

 

 まぁ、その話は何時かに回そう。兄上に何か関わる時にでも。兄上も兄上で、部隊指揮があるから忙しいから難しいけど。

 

 さ、エイリエスの書の解読を進めよう。どうにかしてティルフザール次世代機の基本設計に書き加え無ければ……

 

 今の魔力浸透作業は幾ら長くなっても問題などありはしないが、術式に魔力を走らせる金属環部分は魔宝石部分の術式と同時に完成させなければならない。

 

 一度に術式を構成しなければ、術式が分離してしまい、術式が意味を成さなくなってしまう。そうなれば、宝石と水晶に魔力を染み込ませている現在の工程からリスタートする必要がある。

 

 パパっと計算して、魔力浸透に必要な最低時間(・・・・)で三ヶ月。

 

 当分はティルフザールの媒体効果で十分だが、クロノクルスやコア達などの他の術式に接続して運用するには、心許ないだけの話だからだ。

 

 大問題として、父上は勿論のこと、ヨルムンガンド等の化け物集団には効果が薄いという事もあるが。

 

 僕の魔術コンセプトは数の暴力である筈なのだが、十全に生かせる戦闘が最近ないのは気の所為だろうか?

 

 ティーナとのダンジョン攻略では生かせる筈……きっと。

 

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