二十七話
乱雑した書類と、丁寧な保護下に置かれた書籍。
書籍の保護のためか、埃ひとつ無いのが場違いな清潔さを出している。
書籍といってもその種類、ジャンルは多種多様で、図鑑、絵本、小説に教科書。
情報に際はなく、全ての同じという理念を体現した風景だった。
「掃除をそこまでするなら書類も整理すれば良いのに」
頭を掻きながら、困った顔をして目を泳がせるローエンス先生。
「私も皆んなには言い聞かせてるんだけどね……」
そう言って、僕の視界から課長席を遮るヒラヒラと揺れ動く紫ローブ。
なるほど……
「あ、あんな所に野生のグリフォンが!」
「何!!今すぐ尾行の準備……って此処屋内だよ!」
一瞬引っかかってカメラを取りに棚の群れに向かったが、一拍あれば正気に戻るには十分だった模様。
しかし!目的は達成した。僕の目にハッキリと映る他の机よりも一層書類に埋もれた先生の机。
おやおや、自分で整理整頓第一と歌う割には、実行が出来ていませんね。
「あっ………ちょっと待って!そんなニッコリして近ずいて来ないで!片付ける、片付けるからぁ!!」
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ローエンス先生の机を懇切丁寧に隅の隅まで整理し、乱雑に積まれた書類を種類ごとに分類、ファイルに分けるという作業を経て、現在は書庫。
禁書管理課は大図書館の最奥に位置し、尚且つ厚さ五メートルの内側に対して備えられた幾重の防壁の先にある訳だが、この書庫は更に厳重な設備によって過剰ともいえる警備下にある。
空間圧縮、拡大その二つを利用した圧殺式トラップ。
二十秒に一回のペースで変わり続ける二十桁のパスワード。
設置型の転移陣をトラップとして利用した感圧式転移トラップ。
などなど、優しさが見つからないトラップや管理課の技術の粋を集めたゴーレムが彷徨い練り歩いている。
転移トラップの行先を聞いてみれば、『何処かのダンジョンの最深部だよ』との言質が取れた。
何処かはローエンス先生でも知らないらしい。後で当時の設計案を確認すれば、禁書に記述してあった当時の最高難度ダンジョンの座標が入力されてるそうな。
基本的にダンジョンは時間ともに成長し、指数関数的にその力を増していく。
数千年前の最高難度ダンジョンは今やどれほどの地獄なのかは身をもって体験したくないが、生還さえ絶望的なのは明らかだろう。
帝都一番の危険地帯である皇帝の私室とも劣らない程トラップやセキリティが立ち並ぶが、基本的にはローエンス先生のパスがあればオールスルー出来る。
逆に言えばマスターキーはローエンス先生が持つ一本のみで、その価値は測りえない。
希少価値は中身が増えれば増える程高まり、蔵書は書籍に興味が無い公国から買い上げているので、現在進行形で上がり続けている。
そんな訳で下手をすれば国宝よりも価値があるパスはローエンス先生専用にチューニングされており、もしものもしもでローエンス先生が死んだとしても、生命反応が消えたと同時に自爆機能が作動する。
ついでに書庫のロックが現在の状態から一二、三から飛んで十二段ほど高まり、とんでもなく堅物な人口知能君が内部管理を開始する。
そうなったら、解錠には皇帝と四公爵全員の血が必要になる。
その完全自立管理型人口知能の魔導術式を担当したのは大図書館設立当時のエルカミス家なので、責めるつもりは無い。
だが、もう少し緩くても良かったのではないだろうか、そう思わずには居られない。
「ホィっと。全く、この体はカワイイけど身長が短いのが難点だね」
考えに耽っていたら、どうやら長いセンサーチェクを受けたローエンス先生が解錠したようだ。
手間取っていたのはパスをセンサーに照合させる事だったのは気のせいじゃないだろう。
事実、めっちゃピョンピョン跳ねる音がしたし。
「そんな事を言うなら真面目に解除方法を探すか再生性転換すれば良いのでは無いですか?」
少女の身体年齢に留まった体に引っ張られたのか、それとも長年の経験から来る少女的動作か、白い頬に指を当て、首を傾げ、彼女は答えた。
「方法自体は知ってるけど、体が成人レベルまで成長しないと小児まで若返るから諦めたよ。それに、ネネルも気に入ってくれてるし」
急に惚けられたので、強引に話を戻すとしよう。
兄上もそうだが、自分の恋人を他人に話すのは好感度を下げるというのに。
「話を戻しますが、エイリエスの書が本当にあるんですか?」
創世神話にも描かれる調律者エイリエスが作り上げた精霊について最も詳しいとされる書物。
しかし、その閲覧には内容が内容だけに精霊からの試練の達成が条件となっている。
「うん。実は極秘裏に精霊の巫女に代々渡してきた物なんだけどね。ほら、今代はさ……」
何処かの馬鹿のせいですね分かります。
帝宮各所に甚大な迄に勤務を増やしている何処かの国の馬鹿な第三皇子を頭に浮かべつつ、厳重な封印か施された本棚の合間を進む。
「禁書、と言う割には数が多いですね……」
出土が少なく、危険だからこそ厳正に管理されているの思っていたのだが……
「あぁ、アレク君には説明してなかったけ!いや、そもそも中に入れてないのか…」
自分が頑なに書庫に入れようとしなかった事を完全に忘れ去っていたローエンス先生を頷きで追撃しつつ、理由を詳しく聞いてみる。
「で、説明すべき内容って何ですか?」
受けたダメージ故にか、紫紺の三角帽子を両手で掴み、頭を隠そうとしていたが、ボソボソと返ってきた。
「本棚に入ってる本の大半はまっ更な本なの、禁書が強く持つ内容を広めるという意思を利用して、禁書自身が内容を周囲の白紙の本に写本してるのさ」
凄まじく拗ねているローエンス先生を他所に、本棚を注意深く観察してみる。
ローエンス先生が普段の調子に戻る十分程の短い間だったが、禁書と思われる本から文字の羅列が小さく、少しづつ溢れて白紙の本に吸い込まれる現象が確認できた。
本当はスケッチを取ろうと思ったのだが、近ずいた所でマリルの術式内に永続効果として発動している反応型精神防御結界〈天の御光〉が発動したので、本棚から二メートル程距離を置いた。
反応型結界は指定したジャンルの攻撃にしか起動しないものの、隠蔽術式を利用した術式じゃない限りその攻撃を逃す事は無い。
つまり、禁書が僕の精神に何らかの干渉をしてこようとした事がわかる。試練がこれからあるのに、自分の状態を悪くする趣味はない。
好奇心は猫を殺す。肝に銘じておこう。
「うぅ……さぁ、着いたよ。これがエイリエスの書、その原本さ」
図書館イコール静かで厳かな場所。この式が例に漏れず当てはまるエズスフ大図書館には珍しく、端正な作りと、豪華な装飾が施された書見台が目に入る。
ローエンス先生の解説通りならば、これこそがエイリエスの書なのだろう。
華美な装飾は無く、鞣した革に自然との調律という題を示す刻印。
何万、何億もの月日を経て、一切の劣化を見せない純粋な意志の力。今の僕を遥かに超え、ローエンス先生と比べようと結果の変わらない魔力。
そして、守護する精霊の存在感。大海のような深く、果てのない大きな力が漏れ出る少量によって齎させれる。
恐らく、書見台にはこの力隠し通す、或いは何かに利用する術式が組み込まれているのだろう。
当時の完成された美を求める風潮が、そう易々と例外を持つはずが無い。
考察から現実に目を向け、ハッキリとその全体像を眼中に収める。
深く、肺の隅々まで空気を取り入れる。
長きに渡る怠惰に染まり切った体は驚き、慌てふためく様に赤い血を身体に巡らす。嗚呼、深呼吸さえ、久々だと言うのか。
肺から心臓へ、それから脳、四肢へ、最後に指先まで。
これはまだ糸の端。
長い旅の門出に過ぎない。
だから、此処で躓く訳には行かないんだ!!
どうにかして執筆時間を取れる時間を探してますので、安定して取れる様になるまで短めです。
すまねぇm(_ _)m




