二十話
襲ってきた暗殺者の死体を光魔術の〈ライトボム〉で手早く消し炭にして、侵入経路を探します。万が一アンデットになられても困りますからね。
死霊にして使役しても良いのですが、如何せん手を下したのは私。主従関係を作る死霊魔術では相性が悪すぎます。仮称怨霊くんの体にしても、アサシンはスカウトジョブから派生するので残存体内魔力の指向性が真逆なのでこれまた相性が悪い。殺す手間、後処理の手間、何から何まで面倒な相手でした。
愚痴はともかく、侵入口と思われる部分の天井板が外されているのが分かります。帝国に置いての学問の集大成のような側面がある学院の校舎はとにかく広いのですが、高さもその例に漏れないのです。
……現在の私の身体能力でジャンプだけでは届きませんね、これ。
『ハマリエル』は体の性質を変化させることが出来ても身体能力は強化できませんし、龍人族に成った事で得たポテンシャルも開花しなければ意味がありません。高々五メートル程跳ぶ為だけにエンチャントをかけるのは尺ですし、それで成功してもそれはそれで気に入りません!
そうです!誰が使っても同じ結果になる飛行魔法を使いましょう!何かに負けた気がしますが、どうとゆうことはありません。要は跳ばなければ良いだけの話です!
「〈光翼の奇跡)」
私とマリルが共同で作った飛行魔術で、原理としては『ハマリエル』の翼を拠り元である天使の翼に近づけて、数ある天使の翼の能力の一つである自在飛行を一時的に付与するものです。 こんなところでお披露目となるとは思いもしませんでしたが、観客は誰一人として居ないのでバレないようにすれば隠し札のままにできるでしょう。
『……私はこんなにしょうもない理由で使われると思ってなかったんだけど』
若干の後光を発する私の翼の少し後ろを飛ぶティルフザールから、最近目にしてないなかった正真正銘の天使の翼を持つ童女が飛び出してきました。困った感情を使役術式を通して届けられますが、試運転にもなるという理由を思いついたからには使わない手はありませんでした。
『いたんですね、マリル。ダンジョンに行ったとばかり』
最近はCCSBとTUSBを使って自分の体を物質層に発現させる事に成功したことで自由行動範囲が広がり、私に無断でダンジョンに挑むことがしばしばあります。ドロップアイテムは私のアイテムボックスに入っているので、成果があるのでいいですが。本音としては倒された場合、修復に入手不可能に近い真銀を必要とするので止めて欲しいところです。
『野蛮な悪魔と違って、私はキチンと休憩するの』
やっぱり対抗意識があったんですね。ポテスを作ってから妙に動きが多かったので、もしや…とは思っていたのですが。敵意ではないので様子を見つつ、格闘になる様なら説教をしましょうか。
天井裏にたどり着いたので、翼を仕舞って〈光翼の奇跡)を解きます。今は魔力のみ殆ど昔と同じ量に戻っているので消費は少ないと言えるのですが、〈銀環暗日蝕喰邪呪封印〉が解けた後、戦闘中に使うとなれば使えるのは精々四時間ほどでしょう。
『で、他称野蛮なポテスは何処にいるのかな?』
『ん、ダンジョンでボスからドロップアイテムをカツアゲしてる。蛮族の行動』
魔物相手だから別に悪い訳ではないかなぁ。基本的に悪魔は魔物を従えるけど、理由としては手っ取り早く人類種の恐怖を集められるからですし。
む、暗殺者と同じ色の髪の毛か落ちていますね。私設とはいえ暗殺者ですから、こんなに分かりやすい痕跡を残しますかね。まぁ、いつまでも私がこの経路を見ていることはできないので、ここから先は『鴉』に任せましょう。
「『鴉』」
ポツリと響いた私の言葉は空しく天井裏の空気に消えていきましたが、転生した天使であるマリルは積み上げられた経験からくる気配探知によって察知した人の気配に驚いているようです。
「如何しましたか、総隊長」
『鴉』部隊特有の鴉を模した武装を着けた隊員が音を立てずに跪いています。技術にステータスが追い付いていない所為か、把握はできるのですが反応できませんね。
一先ず、何故ここに『鴉』の隊員が居るかと言うと。貴族子弟を使って連絡を取り合ったり、どの派閥に身を寄せるかなどを行動させたりするので、実は学院はイスタール帝国貴族の関係縮図のようになっている為、必ず三人ほど『鴉』が常駐しているのです。
何故新入りの諜報部員をこの仕事に回さない理由は、単純に交戦状態に陥ることが多いためです。学院内に潜んでいる犯罪組織の手の者を始末したり、ひっそりと犯罪の証拠を収集することもあることから、交戦率が上がります。
「この先の捜索をお願い。報告はそうだね……六日後までに頼むよ」
六日後は予定が決まっていないですから。やったとしてもダンジョン探索の準備だけですから、準備しながら聞くことが出来ます。三日後はシンリアとの会議が有るので、出来れば報告に来てほしくないところです。
「了解しました」
髪の毛を数本残して隊員に託し、天井裏を任せて廊下に降ります。ですが、そのまま降りると少し痛いので工夫をします。着地の寸前で最小威力で〈ウィンドボム〉を使うことで速度を殺して着地します。
『一体何人指揮してるの?マスター』
昔はベットの上で寝たきりだったので、指揮の殆どを父に任せていましたが、現在は指揮権は私にあるので……
『鴉だけでもざっと三百人程でしょうか、その他を含めるとかなり増えますね』
『そこまで出来るなら召喚体の操作なんて自分でやれば良いのに』
ん〜、一応理由はあるのですがね。楽がしたいというのもあるので、どう誤魔化した物でしょうか。
『今の私なら召喚体も『鴉』や諜報隊員も同時に指揮できるでしょうが、残念ながら封印が解けると流石に出来ないので。その部分を補填する為にマリルを作ったんです』
こんな物でしょうか、本当は別の事に手を回したいから作ったのですがね。
ポテスもマリルを作った時の術式を半分ほど流用して作っているので、二人の術式を接続すれば更に召喚体の指揮性能が上がるのですが……この分ではその能力を見る事ができるのは当分先でしょう。
『他にも意図が有ると思うのだけど……今は騙されてあげる』
是非そのまま騙されたままでいて下さい。その方が好都合なので。天使と口論になるのは流石の私でもごめん被りますから。
天使は善性の体現者の様な側面を種族として持っているので、常に正論を持ち出してくるのです。しかも、天使の正論は言霊が宿ります。言わば勝手に常日頃から守らなければいけないルールが増やされてる事になります。
言霊を受けても、余程酷く拗れなれば三週間程で言霊の効力は無くなるのですがね。
てすが、私は一度でも"人を殺す事に関わらなければいい"と言われてしまうと、家業の尽くに参加できなくなるので口論は起こしません。三週間も有れば、裏社会は驚く程変わっているでしょうし。
事実、現在も情報が更新されて続けている所です。この天井裏通路は皇族派の貴族の脱出用に作られた経緯が有るのですが、その通路を貴族派の手の人物が使用している。この事実がある時点でいずれかの皇族派貴族が離反している事を指していますから。それも、かなり上位の貴族家でしょう。
特段裏切りを批判する気は有りませんが、理由が気になりますね。どの派閥が受け入れるのか、そこに興味が湧いたのもあるのですが。
現状、皇位継承序列の頂点には皇太子が座して居ますから、覆すのは多くの貴族家当主の承認が必要です。その為、無闇に派閥から離れれば担ぎ上げた皇族の繰り手から、嫌われるの必定です。そして離れた貴族家が衰退していく事も、また確定した未来と言えます。
まぁ、帝位についた皇族が一度として人形になった事は無いのですけど。貴族派が帝位争いに勝利しても、帝国領に損害を出さず、法を犯さず、国民に影響を与えず、この帝位争いの前提条件を破っている事が多く、貴族派が家に粛清されるのですよ。
その結果、皇族派が新たな皇帝の後ろ盾につく事になる訳で。帝位争いってエルカミス家が契約を守る限り、殆どの場合皇族が勝つのです。
えぇ、毎度の事ながら利用されてる感が凄いですね。ですが、これもまた初代国王と当時のエルカミス家当主の間で交わされた契約の一部です。
そんな考えに耽っていたら、アルテミス殿下が進んで行った方向にガレアが立っていました。
一応護衛に着くよう、指示を出していたことから、無事に護衛が終わった事が分かります。
「主、護衛の任は恙なく終了しました」
ふむ、報告通りですね。私の探知範囲にも鼠はいないようです。呪いの類いや、罠の気配も有りません。
「ご苦労様。しかし、随分と良いタイミングで学院の側に居たね」
「ダンジョンでの狩りを終えて、主を迎えに行こうとしていたので」
今は午後五時…私が普段帰ってくる時間ですか。しかしながら、何故いきなり迎えに来たのでしょうか。
「普段は迎えに来ないですが、何か気掛かりな事でもありました?」
「主の自律術式が良く狩りについてくる様になったお陰で【大地の記憶】の入り口まで辿り着く事が出来たので、その報告でもと思いまして」
「おぉ、もう入り口まで行きましたか。それなら次にダンジョンに潜った時に、時間が余っている様なら金属素材の回収をお願いします」
仮称怨霊君とか、マリルとポテスを損傷から守る為の器とかで結構必要になりそうなので。
因みに自律術式とは、知能を有する術式の事です。マリルとポテスは生体術式の中に脳に値する術式機構があり、その機構が作動する事で知性を得ています。
元天使と元悪魔、存在自体が一度死んでいても強いので、あの機構が壊れても問題なさそうではあります。
「そして、ご所望だった精霊結晶五つ、手に入りました」
「ありがとうごさいます。ご褒美は何が良いですか?アクセサリーから鎧まで、可能な範囲なら何でも御座れですよ」
多分戦闘関連の物だと思うのですが、何にするのでしょうかね。剣が欲しい場合は、ちょっと悩む事になりますが。
「では………数本、料理に使う刃物を」
「料理に使う刃物……専門外ですが、作ってみますね」
予想の斜め上の答えでした……。私は基本的に武具や防具を作るので、家庭用具は本当に専門外ですね。しかし、どうやってガレアの魔力に耐え得る刃物を作るのか。刀身が大きく出来ない都合上、負担を分散させる事が出来ませんね…。
「……難題を申し上げてしまいましたか、申し訳ない」
使用者がガレアである、この前提を解決する方法を思案しながら帰り道を辿っていたら、悩み込む私を気遣ってか、ガレアが謝罪を口にしました。
「普段から素材や、資金を調達してきてくれるお礼ですから、問題ありませんよ」
砥石や、ポーション代に冒険者ギルドの依頼達成報酬を分配してはいますが、それでも尚リターンが多いので、そこから生まれた罪悪感を清算しているだけですし。上手な解決方法が見つかれば、武具防具に転用出来ますし。
「これはこれとして、後で料理の腕を見せてください。私に道具を頼む程には気に入っているのでしょう?」
膝でウリウリと小突きながら、聞いてみます。料理場を担当している大神殿付き料理人から話は良く聞いていますから、食べてみたくなったのです。
いやはや仮称怨霊君を殺した手下人を探そうと長年勤めている人を当たって探していたら、何やら私が作業している夜間に料理場を借りているらしいではありませんか。
「それは主とのダンジョン探索の時にでもお見せしますから!離れて下さい!」
そう言ってガレアは先に進んで行ってしまいました。本人が、そう言うならばダンジョン攻略の際に腕を発揮して貰いましょう。……その時までに刃物が完成しているかは、分かりませんが。最悪、外注でもしましょうかね。
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時刻は午後八時。お風呂を済ませて、夕食を食べた後。実は大神殿には公共の設備として大浴場が開かれている。ですが、私はお風呂の時間を癒しの時間と捉えているので、公共の場特有のガヤガヤとした所には行きたくないのです。大浴場が小さな貸し風呂だったのなら、喜んでいくのですが。
ですが、ここは帝都。イスタール帝国の政治、経済、流行、あらゆる物が集まる場所、人も又、例外では有りません。その為、衛生の要とも言えるお風呂は巨大化する他ありません。
謎にお風呂好きなご老人達が足繁く来ていたり、お風呂周りを走り回る子供たちがいたりします。大盛況なのは良い事ですが、私には性に合わないようです。
さて、態々時間をとって何をするかと言えば、ティルフザールの改造と言うよりかは、次世代機の製造です。
研究好きなエルカミス家の人間が明白に改造と宣言するからには、性能を大いに向上させなければなりません。
構想はできているのでかなり時間がかかると思いますが、術式の基盤となる宝石の準備から始めましょう。
宝石の下準備とは言え、手間暇をかければ元が並の宝石だったとしても、上等なものに仕上げることができます。
私は魔術師なので『魔力湧き』に漬けることで魔術師向けの宝石にすることができます。前回の作成事は摂取用に薄めて作ったので、今回は本来のレシピで作成します。
閑話なのですが、剣士や槍使いなどの前衛職向けの宝石を作る際には、『傷戻し』につけることで生命力を高める宝石にすることができます。
手初めに抽出機に魔憑草、奪魔草、血吸草、日偽草をセットしエッセンスにします。この際前回作成時には水と各エッセンスの量の比を五対一にしましたが、一対三にします。この比が元来調薬師達に伝わってきた物です。
そして今回、使う水は私が祝福した聖水を使います。使うのは光属性魔力の中の力を増幅させる陽の力です。変更する事によって更に能力を高めることが期待できます。
加えて混ぜる溶媒である『傷戻し』も、同様に前回作った物よりも濃く作ってあります。
使う素材の量はエッセンスが総量十五キログラム、聖水の量は5リットルです。
魔力臓器は前回の量であれば五つで済みましたが、今回はそういう訳にもいきません。出来上がるであろうエッセンスと『傷戻し』の混合液の予想量から、魔力臓器を四キログラム分投入します。粉々にする必要があるので、ハンマーで叩き割り細かくしてから薬研に投入します。因みに、魔力臓器は爪や角、胆石等々、粉々にし易い物を選定しました。魔力臓器の中には、心臓や肝臓、毒袋にブレス攻撃に使う油を保管する油袋など本当の臓器もありますが、今回は液体に混ざり難いので却下です。
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魔力臓器が粉々になった頃には、大量の薬草達がエッセンスに加工されています。そして、聖水、エッセンス、魔力臓器粉の順で攪拌機に投入。
さて、あとは待つだけので一つ気になっていた事を済ませましょう。
アイテムボックスから取り出すのは、屋根裏に落ちていた数本の髪の毛。そして、鼠の頭部から刈り取った髪の毛。
何方も同じ黒い毛なのですが……。きな臭い事が最近多いので、洗浄してみます。場合によっては、父に報告しなければ。
桶に水を張り、鞍馬特製の石鹸(事情を話したらくれた)で髪の毛を洗います。先に刈り取った方からやりましょう。
鞍馬曰く『六十秒で大半の着色は落ちるよ!けど、幻影属性魔力とか人を惑わせる系の物を打ち消すには至らないから気をつけてね!』だそうなのだけど……色落ちませんね。死んだ中年男性の髪が綺麗になっただけですか。
さっさと(気持ちが悪いので)燃やして死人に返しますか、レッツふぁいあー!
さてさて、今度は落ちていた方です。髪の毛に貯め込まれた魔力性質と、髪色、なんとも言い表せない違和感があります。『魔観の魔眼』で見た時は魔力性質と髪色に違和感は無かったので、魔力操作技術からくる違和感でしょう。恐らくは、幻惑効果を齎す素材を使ったカラーリング剤だと思われます。稼業柄こういった部分での戦力隠蔽はよく見るのですが、推定される魔力量と魔力質的に前衛職、魔力の指向性から予想されるのは速度重視の剣士でしょう。
剣士は持ち物などから隠すことが結構難しいですし、アイテムボックスから出すとしても物質層に呼び出すタイムラグによって即座に対応することが難しく、加えてアイテムボックスは高価なので用意が困難です。他にも諸々の理由はありますが、一番前にいち早く出る壁役を求められる為に基本的に帯剣する事が基本です。
ハッキリ言えば、隠す意味がありません。それこそ、指名手配犯など容姿自体に問題がある場合のみです。裏返せば、容姿に問題があるのが分かります。さてさて、もうすぐ六十秒です。因みに私の体内時計はとても正確なので、時計は見ていません。
おぉう、泡が灰色に。髪の毛に感じていた違和感も、泡に移動しています。泡を落とせば、目に見た色は艶のある銀色。髪の状態から、平民やスラム街の者ではないですね。そして銀色と言えば皇族直系男児、そして皇族の血が濃いことが分かります。……吸血鬼の髪の毛かもしれませんが、この辺りは日がよく当たるのでほぼゼロに等しい確率です。
皇族直系男児で帝位に意欲がある人物で、私又はアルテミス殿下に敵意や隔意がある人物と言えば阿保皇子殿下ですが、軍派閥の第二皇子殿下も怪しいところです。
おっと、攪拌が終わりましたね。蒸留機に入れなければ。
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ふー、無事に新しく購入した大型の蒸留機に諸々の素材が入りました。今回は製造量が多かったので、実家から持ち出してきた錬金道具には入り切らず、最終的に全て大型の物へと買い替えました。何気なく素材代よりも値を張りました。
前回は術で時間を加速させて暇な時間を無くしましたが、現在時刻は午前零時を回る頃。殆どの時間活気に溢れている帝都でも歓楽街のある北部以外、寝静まっています。
次の行程も準備に時間がかかるので、大人しく寝ておきましょう。
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今回の成果
プラス
魔力湧きの大量生産
マイナス
道具代 素材代合計六万シル
所持金
クエスト達成報酬や素材の買取代など総計 三十万シル(増えてます)(+十万)




